娘への性的虐待に逆転有罪、地裁と高裁で分かれた判断3つのポイント

「無罪」と「懲役10年」。判決が分かれた理由について、名古屋高裁は「正当に解釈しなかった結果、誤った結論に至った」と1審判決の不備を指摘している。
名古屋高裁前には、花を手にした支援者も
名古屋高裁前には、花を手にした支援者も
Kasane Nakamura/HuffPost Japan

当時19歳の実の娘に対して性的暴行をしたとして、準強制性交等罪に問われた被告の父親に対し、名古屋高裁(堀内満裁判長)が3月12日、懲役10年の有罪判決を言い渡した。

被告の父親側は3月14日付けで、判決を不服として最高裁に上告した。

1審の名古屋地裁岡崎支部の無罪判決を破棄し、1審での検察側の求刑通りの逆転判決。

ほぼ同じ証言や証拠をもとに、なぜここまで判決が変わるのか。それぞれの判決を比較すると、3つのポイントがあることがわかる。

起訴事実は同じ

比較に入る前に、まず、前提となる起訴事実や判決の内容を確認する。

起訴事実はどちらの裁判でも同じ。

2017年8月と9月、当時19歳だった実の娘のAさんに対し、ホテルや会社会議室で性的な暴行をしたとする2件の性行為が問題となっている。長年の虐待で抵抗したり拒絶したりする意欲が奪われた状態だったとして、準強制性交等罪に問われた。

それぞれの判決は?

同じ起訴事実に対し、それぞれの裁判所はどんな判決を下したのか。簡単に説明する。

1審判決(2019年3月26日)

娘が中学2年生のころから同意のない性行為を強いられていたと認めながらも、「被害者が抗拒不能の状態(心理的に抵抗できない状態)にあったと認めるには合理的な疑いが残る」

⇒⇒⇒無罪。

一方、2020年3月の高裁判決は、「抗拒不能の状態にあったと認められ、これに対する合理的疑いをいれる余地はないのに、異なる結論に至った1審判決には事実の誤認がある」として1審判決を破棄。次のように認定した。

控訴審判決(2020年3月12日)

「被告人には、性行為にAさんが同意しておらず、形として応じているのも、性交の求めを心理的に抵抗できない状態にあるためで、それに乗じて性交に及んでいるとの認識はあったと認められ、準強制性交の故意に欠けるところはない(故意と認められる)」

「親子関係にありながら長年にわたり性的虐待を繰り返してきた中での犯行であり、常習性は明白。強く抵抗できない状態につけ込み、性欲のはけ口として弄んだ卑劣な犯行で、被害者が受けた肉体的、精神的苦痛は、加害者が実の父親であることからしても極めて甚大かつ深刻」

⇒⇒⇒懲役10年の有罪判決

逆転有罪判決を喜ぶ「フラワーデモ」の関係者
逆転有罪判決を喜ぶ「フラワーデモ」の関係者
時事通信社

「抗拒不能」とはどんな状態?

地裁と高裁で判断に差がついたのが「抗拒不能」の有無。

これは、今回の裁判で父親が問われた「準強制性交等罪」を成立させるには欠かせない要件だ。

地裁では、娘が「抗拒不能」状態だったとは認められなかったが、高裁では認められたのが大きな違いだ。

ただ、「抗拒不能」がどんな状態を指すか、という解釈については1審でも控訴審でもほとんど差はない。

どちらも、「相手の年齢や関係、性交の際の状況などを総合的に考慮し、物理的または心理的に抵抗することが著しく困難な状態」と解釈した。

ただし、控訴審では1審判決についてこう批判している。

控訴審判決

(1審判決の解釈について)

「判決で当初設定した抗拒不能の成立範囲に比べて、最終的には『人格を完全に支配』といったより厳しい成立範囲を要求している。成立範囲を変えた理由について何ら言及していない」

「性的自由への侵害の有無が問題となっているのに、人格の完全支配といった性的自由を超えたものを想定しているかのような解釈は、法解釈に関し一貫性に欠けていると言わざるを得ない」

続いて、1審判決が「抗拒不能の状態にあったと認めるには合理的な疑いが残る」とし、控訴審判決で覆された3つのポイントについて説明する。

1、性交を拒否できないほどの暴力か?

2017年7月後半から8月11日までの間、Aさんが自宅で就寝中、被告が服の中に手を入れてきたことがあったという。

Aさんが手を払うなど抵抗したところ、こめかみのあたりを数回拳で殴られ、太ももやふくらはぎを蹴られた上、背中の中心付近を足の裏で2、3回踏みつけられ、ふくらはぎなどに大きなアザができた。この時、被告は耳元で「金を取るだけ取って何もしないじゃないか」などと言い、部屋を出て行ったという。

この暴力についてそれぞれの判決はどう認定したのか。

1審判決

「実の父親との性交という通常耐えがたい行為を受忍しつづけざるをえないほど強度の恐怖心を抱かせるような強度の暴行であったとは言いがたい」

控訴審判決

「1審判決の認定に疑問がある」

また、この暴行以前に性行為を拒んだ際に受けた暴力について、Aさんは「頻度はさほど多くなく、この時ほど執拗ではなかった」と証言している。

それまでの暴力についても、判断は分かれた。

1審判決

「ひどい暴行を恐れて性交を拒むことができなかったとは認められない」

控訴審判決

被告の暴力が減ったのは「反復継続的な性的虐待によってAさんの抵抗が弱まった結果」だとして、「Aさんの抵抗する意思・意欲が奪われたことを推察させる事情に他ならない」と認定した。

暴力のイメージ
暴力のイメージ
Yuttana Jaowattana / EyeEm via Getty Images

2、日常生活での支配は?

Aさんは高校卒業後、両親の反対を押し切って専門学校に進学している。

この際の入学金や授業料は、一時的に被告である父親が負担したこと。生活費と学費で月8万円を返済するよう求められたが、Aさんの希望で返済額が4万円に減額されたこと。1人暮らしも検討していたことーーなどから、1審判決では次のように認定している。

1審判決

「日常生活全般において逆らうことが全くできない状態であったとまでは認めがたい」

「被告人は父親としての立場に加えて、長年にわたる性的虐待等によってAさんを精神的な支配下に置いていたといえるが、服従・盲従せざるを得ないような強い支配従属関係にあったとまではいいがたい」

一方、控訴審では、1審判決での医師の証言や、その後に検察側が新たに行なった精神鑑定の医師の証言などをもとに、次のように認定した。

控訴審判決

「日常生活で自由に行動できることと性交時の抵抗が困難になることとは両立し得るものであり、矛盾するものではない」

「1審判決は、1審での専門家証言を軽視した結果、誤った判断に至ったものであり是認できない」

3、回避行動へのためらい

「抗拒不能」についての判断が分かれた4つの事実について、それぞれの判決を比べてみる。

①ふくらはぎにアザを負った時など、Aさんは被告からの性交の要求を拒めたこともあった。

②2016年の夏〜秋には、弟に相談して同じ部屋で寝てもらうようになり、一時的に被告からの性的暴行はなくなった。ただ、弟たちが別の部屋で寝るようになると、再び性的虐待が始まり、その頻度も増えたという。

③友人や弟から警察への相談を勧められていたのに「父親が逮捕されれば弟の生活を壊してしまう」と考えて相談を思いとどまったり、市に相談しようとしたけれど実際には相談しなかったり。公的機関への相談をためらっていた。

④友人の忠告を断り、被告の車に同乗したこともあったという。

こうした状況に対し、1審判決と控訴審判決はどのように判断したのか。

1審判決

「たとえば性交に応じなければ生命や身体に重大な危害を加えられるおそれがあるという恐怖心から抵抗することができなかったり、相手の言葉を全面的に信じて盲従しているために性交に応じる以外の選択肢が一切ないと思い込まされていたりする心理的抗拒不能の場合とは異なり、抗拒不能の状態にまで至っていたと断定するにはなお合理的な疑いが残るというべきである」

一方、控訴審判決では、それぞれについて、次のように指摘した。

控訴審判決

①「執拗な暴力を受け大きなアザを負うとともに、経済的な負い目を覚えさせる苦言まで言われ、その後の抵抗の意思・意欲がさらに奪われることになった。結果としては、むしろ抗拒不能状態が強まったとみることができる」

②「弟の協力で回避できたのは短期間で、その後は性的虐待の頻度が増したというのは、かえって抵抗することへの無力感を増強させたともいえる」

③「それだけ被告人の求めに抗しきれなかった心理状態であったことをうかがわせ、この事情で抵抗が可能な状態であったことにはならない」

④「この段階において、抵抗することを諦め、被告人と行動をともにする他ないと思い、友人への断りの回答をしたとみることもできる」

抗拒不能をどう解釈するか

裁判所のイメージ写真
裁判所のイメージ写真
Korrawin Khanta / EyeEm via Getty Images

以上の判断をもとに、1審判決が「合理的な疑いが残る」と指摘した内容について、控訴審判決は「いずれも抗拒不能状態を否定するものではない」として、次のように批判した。

控訴審判決

「本来であれば、『抵抗することが著しく困難であるかどうか』について合理的疑いの有無を検討すべきなのに、『被告がAさんの人格を完全に支配し、被告に服従・盲従せざるを得ないような強い支配関係にあったかどうか』について合理的疑いの有無を検討し、抗拒不能の状態を認めなかった」

「抗拒不能について正当に解釈しなかった結果、誤った結論に至ったものといわざるを得ない」

Aさんの精神鑑定を行なった医師の証言についても、1審判決は「高い信用性が認められる」としたうえで、「Aさんが抗拒不能の状態にあったかどうかは、法律判断であり、裁判所がその専権において判断すべき事項。精神鑑定の結果は専門家である医師としての立場から当時の精神状態等を明らかにする限り尊重されるにとどまり、法律判断としてのAの抗拒不能にかんする裁判所の判断をなんら拘束するものではない」としている。

控訴審では、これについても「専門家の証言を軽視した結果、誤った判断に至ったもので、是認できない」と指摘している。

さらに、1審判決後に検察側が新たに行なった精神鑑定などに基づき、「子どもは家から簡単に逃げ出せないため、親から繰り返し性的虐待を受けると無力感を持ち、性的要求に対し抵抗しなくなる傾向があり、これはAさんにも当てはまる」とする医師の証言も認定。

「1審判決は、父親が実の子に対して継続的に行なった性的虐待の一環であるという実態を十分に評価していない」とした。

控訴審の判決公判が開かれた名古屋高裁前。名古屋市のフラワーデモなどで集められた、性暴力被害者らの「MeToo」の声が記されている。
控訴審の判決公判が開かれた名古屋高裁前。名古屋市のフラワーデモなどで集められた、性暴力被害者らの「MeToo」の声が記されている。
Kasane Nakamura/Huffpost Japan

刑法は変わるか?

控訴審判決では、「抗拒不能」が認定され被告人は逆転有罪とされた。

しかし、1審判決がそうだったと指摘されたように、「抗拒不能」について、裁判所が根拠なく被害者側に厳しく見積もる判決が起こりうる。

1審でも控訴審でも「抗拒不能」の解釈は「抵抗することが著しく困難な状態」とされている。これは、刑法177条の強制性交等罪の構成要件に、「被害者の反抗を著しく困難にする程度の暴行や脅迫」がなければ罪に問えないという「暴行・脅迫」要件が残っていることに準じるものだ。

2017年6月に改正された刑法の附則には、「性犯罪の被害の実情や改正後の状況を見ながら、必要があれば見直しを検討する」と記されている。

2020年は、その見直しが始まる目処とされている年でもある。

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