なぜ5Gが世界各国で盛り上がるのか “5Gの使い道”とは?

単に通信速度が速い無線ネットワークではありません。将来の社会全体を支えるインフラになり得る存在と捉えられるようになってきました。
Engadget Japan

今回は「5G」について触れていきたいと思います。5Gは新しいモバイル通信の規格で、現在の4G(LTE-Advanced)の次の世代となる通信方式で、2時間の映画を数秒でダウンロードできるともいわれる「高速大容量通信」を実現できること、ネットワーク遅延が非常に小さい「低遅延」で、通信によるタイムラグが発生しにくいこと、そして1つの基地局に多数の機器を接続できる「多数同時接続」を実現できることが、その特徴として挙げられています。

正直な所この5Gという言葉をよく耳にするようになったのは、ごく最近、具体的には去年から今年辺りにかけてという人が多くを占めているのではないでしょうか。確かにここ最近、5Gという言葉は専門なメディアだけでなく、一般的なニュースを扱うメディアでもよく取り上げられるようになり、5Gに関連するイベントにも多くの人が集まるなど、急激に盛り上がりを見せているように感じます。

▲ソフトバンクが「FUJI ROCK FESTIVAL '19」で実施した5Gのプレサービスより。日本では2020年の商用サービス開始を控え、5Gに関する関心が急速に高まっている
▲ソフトバンクが「FUJI ROCK FESTIVAL '19」で実施した5Gのプレサービスより。日本では2020年の商用サービス開始を控え、5Gに関する関心が急速に高まっている
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それゆえ筆者も最近、5Gに関する記事を書く機会が非常に増えているのですが、標準化の段階から5Gに関する動向を追ってきた筆者からすると、現在の盛り上がりには少なからず違和感を抱いてしまいます。なぜなら、5Gに対する注目や関心の高まりが、あまりにも急すぎるからです。

5Gに関する動向が取り上げられ始めた2015年頃は、5Gに対する関心や機運が世界的に高まっておらず、強い関心を持って取り組んでいたのは2018年の平昌冬季五輪で5Gの試験サービスを実施したい韓国と、2020年の東京五輪に合わせて商用サービスを提供したい日本の携帯電話会社くらい。それ以外の国では関心があまり高まらず、一時は標準化団体「3GPP」での標準化が、2020年の商用サービス開始に間に合わないのではないかと言われていた程だったのです。

▲NTTドコモが2015年に実施した「5G Tokyo Bay Summit 2015」の様子。当時は業界内でも5Gに対する機運が盛り上がっていなかったため、5Gへの関心を高めるための取り組みに苦心している状況だった
▲NTTドコモが2015年に実施した「5G Tokyo Bay Summit 2015」の様子。当時は業界内でも5Gに対する機運が盛り上がっていなかったため、5Gへの関心を高めるための取り組みに苦心している状況だった
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ところが2018年から2019年にかけて状況は一変。韓国が5Gに積極的ということは変わっていませんが、5Gの導入に及び腰だった欧州などの携帯電話会社も相次いで5Gの商用サービスを急いで始めていますし、米国と中国に至っては、ファーウェイ・テクノロジーズなどを巡り5Gに関連した摩擦が起きている状況です。

▲これまであまり5Gに積極的でなかった欧州の携帯電話会社も、「MWC 2019」では5Gの展示を積極化。英ボーダフォンのブースでは、5Gの低遅延を生かしたエリクソンブースとの遠隔セッションのデモを実施し、注目を集めていた
▲これまであまり5Gに積極的でなかった欧州の携帯電話会社も、「MWC 2019」では5Gの展示を積極化。英ボーダフォンのブースでは、5Gの低遅延を生かしたエリクソンブースとの遠隔セッションのデモを実施し、注目を集めていた
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世界各国での盛り上がりに対し、日本の5G商用サービス導入が2020年と変わっていないことから、「日本は5Gで遅れている」という声が多く上がっています。ですがこれは、周辺の動きが突然変化したことで結果的に遅れてしまっただけであり、日本は元々の計画通りに5Gの導入を進めているに過ぎないのです。

なぜこれほど急速に、5Gに対する熱が高まったのか?というのは、正直な所筆者も困惑しているのですが、それは要するに“5Gの使い道が見つかった”が故といえるでしょう。

元々携帯電話の通信規格は、増え続ける通信トラフィックに対処するべく10年に1度くらいのペースで新しい規格へと移行しており、5Gも元々はトラフィック対処のために標準化が進められていたものでもあります。(厳密には4Gではないのですが)LTEによる商用サービスが世界で初めて開始されたのが2009年であることを考えると、2019年、2020年というのはというのは従来のペース通りの更新で、それ自体は順当なものだといえます。

しかしながら4Gの導入ペースは国によって大きく異っており、例えば4Gの導入が遅れた欧州の携帯電話会社などは、短期間で5Gへ移行をすると経営的にも負担が大きいことから、元々あまり前向きではなかったのです。

そこに変化をもたらしたのが「IoT」です。あらゆる機器がインターネットに接続するというIoTの概念が注目されたのは2014〜2015年頃ですが、IoTの盛り上がりを受け、同時期に標準化が進められていた5Gは高速大容量通信だけでなく、低遅延や多数同時接続などの機能も備えられていきました。

その後IoTは第1次、第2次産業や都市・交通などのデジタライゼーションを推し進める存在として重要性が高まっていったのですが、そこで注目されたのが5Gの存在です。5Gは全国で利用できる携帯電話のネットワークとして展開されることから、他のIoT向け通信規格より広いエリアで利用できる可能性が高く、IoTを支えるネットワークの本命として注目されるようになりました。

▲2019年6月27日に実施された「KDDI 5G SUMMIT」より。5Gはあらゆるものをネットワークに接続する、IoTを支えるネットワークとして大きな期待が持たれている
▲2019年6月27日に実施された「KDDI 5G SUMMIT」より。5Gはあらゆるものをネットワークに接続する、IoTを支えるネットワークとして大きな期待が持たれている
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それゆえ5Gは、単に通信速度が速い無線ネットワークというだけでなく、将来的にはIoTを支えるインフラ、すなわち道路などと同じように、社会全体を支えるインフラになり得る存在と捉えられるようになってきたのです。そこで世界各国の携帯電話会社は、重要性が高まった5Gの導入を急がないと”やばい”と考えるようになった結果、現在のような盛り上がりを見せるに至ったと言えるでしょう。

筆者の想像以上に期待が膨らんでいるように見える5Gですが、当初からその性能をフルに発揮できる訳ではありません。そもそも商用サービス開始当初の5Gで実現できるのは、先に挙げた3つの要素のうち高速大容量通信のみだからです。

その理由は5Gの導入にあります。先にも触れた通り5Gは元々標準化を急いでいなかったのが、業界からの要求が高まり標準化が早められ、4Gから段階を踏んで移行することが重視されています。それゆえ日本をはじめ多くの国で導入される5Gは、4Gと5Gのネットワークをセットで運用する「ノンスタンドアローン」という仕様で運用され、5Gによる高速通信は可能になる一方、4Gの設備も使うため性能がそちらにひきずられる部分があることから、低遅延などの特性を生かすことはできません。

それゆえ5Gの特徴をフルに発揮するには、5G単体で運用できる「スタンドアローン」での運用が求められています。ですがノンスタンドアローンでサービスを開始した事業者が、スタンドアローンの運用に移行するには1〜2年かかるとされており、それまで5Gの本領は発揮できない訳です。

▲同じく「KDDI 5G SUMMIT」より。KDDIでは当初ノンスタンドアローン運用で5Gのサービスを提供し、2021年の半ば頃からスタンドアローン運用に移行する方針を示している
▲同じく「KDDI 5G SUMMIT」より。KDDIでは当初ノンスタンドアローン運用で5Gのサービスを提供し、2021年の半ば頃からスタンドアローン運用に移行する方針を示している
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さらに言うならば、5Gの特徴の1つである多数同時接続に関しては、現在商用化されている5Gの標準化仕様(3GPPの「Release 15」)ではまだ実現できていません。2019年末に完了する予定の「Release 16」を待つ必要があり、それまでは「NB-IoT」「Cat.M1」など4GによるIoT向けの通信技術を使う必要があるのです。

5Gは恐らく今後10年にわたって進化していくと考えられ、5Gで実現されると言われるもののいくつかは、その後半にならないと実現できない可能性もあります。それだけにあまりに当初の期待が膨らみすぎると、サービス開始当初の現実の姿に失望してしまい、長きにわたって5Gへの関心が失われ、その後の進化が停滞してしまうというのではないか?というのが、筆者が最も懸念する所です。

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