「トランスジェンダー女性は女性です」保守的な地方の街を、一人のトラック運転手が変えている

オーストラリア・ウォガウォガ初のプライドパレードを計画した、一人の女性の物語です

トラック運転手のホリー・コンロイさんは2019年、オーストラリア・ニューサウスウェールズ州の街ウォガウォガでプライド・パレードを計画。開催にこぎつけた。

それは、ウォガウォガでの初めてのプライド・パレード。コンロイさんは、これが最初で最後になってしまうのではないかという心配していた。

ウォガウォガの人口は、わずか6万人強。この小さな街で、何万人もが集まるシドニーの「マルディグラ(LGBTQIの祭典)」をモデルにしたプライドパレードの開催は初めてだ。

しかしそれから1年経って、コンロイさんは2020年も同じ場所で、ウォガウォガ・マルディグラの準備をしている。

コンロイさんの心配に反して、2019年のマルディグラに地元の人たちが好意的な反応を示してくれたのだ。

「去年のイベントは一晩だけでした。だけど2020年は3日間開催する予定です。これはすごいことですよ」とコンロイさんは語る。

ウォガウォガのあるリベリナは、オーストラリアで最もキリスト教徒が多い地域だ。だから、クィアコミュニティに対する地元の保守的な姿勢を変えたことは「すごいこと」なのだ。

彼女の努力も注目も集めた。コンロイさんはトランスジェンダー女性。そのコンロイさんが、ニューサウスウェールズのウーマン・オブ・ザ・イヤーにノミネートされたのだ。

それは、「女性として受け入れられるため」そして「トランスジェンダーの権利を女性の権利として認めてもらうため」に闘ってきたコンロイさんにとって大きな意味を持つものだった。

「トランスジェンダーの存在を知ってもらうため、そしてトランスジェンダー女性を女性として受け入れてもらうためにやってきた全ての努力が、ノミネートされたことで報われました。女性は女性なのです。シスジェンダーであろうと、トランスジェンダーであろうとそれは変わりません」

ずっと闘ってきた

ありのままの自分として生きるために、コンロイさんは子どもの頃から闘ってきた。その頃コンロイさんはまだ「ホリー」という名前ではなく、「デイヴ」という名前だった。そしてデイブは、いつも学校にドレスを着ていきたいと願う子どもだった。

「幼少期の早い段階から、私は自分が他の子たちと違う、と気づいていました。学校で女の子たちを見て嫉妬していました。11歳くらいの時に、古い半ズボンを切ってスカートを作ったのを覚えています」と、コンロイさんは振り返る。

しかし、生まれ育った小さな田舎町で、親戚や友達がゲイやトランスジェンダーの人たちを酷い言葉で中傷するのを聞いて育った。そのため、コンロイさんは、カミングアウトできなかった。

それから時が経ち、27歳になった14年前に、コンロイさんはトランス女性であることを周囲にカミングアウトをしようと決心した。

ところが、家族や友達から反応は否定的なものだった。コンロイさんはカミングアウトを諦め、再びクローゼット(自身のセクシュアリティを他の人に伝えないこと)になった。

1回目のカミングアウトでは「望んでいたような反応が得られなかった」と、コンロイさんは振り返る。

「周りからは『あなたのことは愛してる。だけどカミングアウトしたら友達もいなくなるし、仕事も見つからなくなるよ。私たちはあなたを見捨てないけれど、他の人たちはそうじゃない』と言われました」

「彼らは彼らなりに私を受け入れはしました。だけど彼らの言葉を聞いて、私の頭は否定的な考えでいっぱいになりました」

仕事や友人を失えば精神的にもつらくなるだろうであろうことを、コンロイさんはわかっていた。

「色々なことが一気に押し寄せてきて、私は『彼らの言うことはきっと正しい。もしもカミングアウトをしたら、人生を台無しにしてしまう』と思いました。そして、またクローゼットに戻ったのです」

それから10年。37歳でカミングアウト

自身の本当のアイデンティティを押し殺して、コンロイさんは女性と結婚した。結婚生活を5年続けた後に、コンロイさんは女性であることを公表する、心の準備ができたと感じた。

「私は結婚生活に終止符を打ち、その3週間後にトランスジェンダーをカミングアウトしました。その決断を、一度も後悔はしていません」と彼女は話す。

1回目のカミングアウトから10年経っていた。その後、ホルモン治療を始め、性別適合手術も受けることになる。

2度目のカミングアウトが決断できた理由を、自分と向き合ったからだとコンロイさんは説明する。

「私はこれまで、自分自身に敬意を払ったことがありませんでした。そこで自分と向き合って、こう話しかけました。『ホリー、あなたは行動しなきゃいけない』」

本当の自分で生きると決めたホリーさんは、SNSで友達にカミングアウトをし、プロフィールも変更した。

37歳のカミングアウトは、これまでで最高の決断だった、とコンロイさんは話す。

「Facebookでポジティブな反応をもらえたことで、肩の荷が一気に降りました。『一体何を心配していたんだろう?』と思ってしまいました。色々な人たちから反応をもらった後、少なくとも1時間は嬉し泣きしていました」

最初にコメントをくれたのは、かつて一緒に総合格闘技をやっていた仲間だったという。

「一番最初にもらったコメントは、以前に一緒に闘っていた仲間の1人からでした」

「こう書かれていました。『俺たちは、リング上ではブラザーだった。今はブラザーでシスターだ。もしお前に何か嫌がらせをするような奴がいたら、その時は俺が相手をするよ』。この話をするときはいつも泣いてしまいます」

ありのままに生きようとするコンロイさんの姿勢は、私生活だけでなく職場の人たちにも影響を与えている。

「性別を変え始めた時、私は無職で求職中でした。仕事を探しながら、私はこう決意しました。『デイヴとして仕事を探し、一から説明するのはやめよう。また最初からカミングアウトしなければいけなくなる』」

それから程なくして、コンロイさんは建築会社とカジュアル従業員(オーストラリアの非正規雇用形態)での雇用契約を結び、トラック運転手として働き始めた。

「最初はとても女性っぽいデイヴとして働き始めました。職場に初めて行ったときは、ハイビズ(光沢の作業用ジャケット)を着て、ネイルをしていました」

「『何か言われてもきちんと説明すればいい、ネイルで何となく察してくれるだろう。男らしいふりをしなくても良いんだ』と自分に言い聞かせました。『女性らしいデイヴでいい』と思えたことで、カミングアウトのハードルがすごく下がりました。実際、ネイルやその他のことを見て、周りの人は察してくれていました」

最終的に、ホリーさんは同僚にもカミングアウトした。キャンベラにある病院で、ホルモン治療を始めていることも話した。この話は、職場を仕切る“ボス”の耳にも入り、ある金曜の午後にコンロイさんはボスに呼ばれた。

「『トランスの人に働いて欲しくないんだろう。私はクビにされるだろう』と思っていました」とコンロイさんは振り返る。

「ビクビクしながら事務所に入るとボスが振り向き『君が性別を変えようとしていると聞いた』と言いました。その後、ボスはこう続けました。『知っておいて欲しいんだが、私はそれをまったく気にしていない。会社も気にはしていない。自分らしい姿で仕事に来たいなら、遠慮しなくていい。プレッシャーを感じなくていい』」

「私はこう返事をしました。『月曜日には、女性として出勤します』。それだけでした。それからはずっとホリーのままです」

その会社との契約は終了したが、それから2年が経った今も、ホリーさんはウォガウォガでトラック運転手の仕事を続けている。

コンロイさんが計画した2019年のウォガウォガ・プライドパレードには、ストレート男性の同僚も参加した。

コンロイさんは数カ月前にパートナーができて、幸せな毎日を過ごしている。

知ってもらうことで、助けになりたい

コンロイさんの願いは、トランスジェンダーをオープンにした自分の存在が、他の人たちにとって救いになることだ。

「私が自分のことをオープンにしたのは、トランスジェンダーの人がいることをもっと多くの人に知ってもらいたかったたからです」

「もし、自分の部屋でこっそり着たい服を試したり、メンタルヘルスの問題を抱えたりしているトランスの若者がいれば、私は真っ先に自分の経験を伝えたい。多くの人に知ってもらうことで、彼らを助けたい」と、コンロイさんは語る。

コンロイさんは、2019年のウォガウォガのプライドで出会った一人の若い男性の話をしてくれた。

「真夜中の1時頃、ちょうど帰って寝ようかな思っていた時に、一人の男性が私の元へやって来たんです。18歳か19歳くらいだったと思います。彼は目に涙を浮かべながらこう言いました『ホリー、一晩中あなたを探していたんです。今日、僕がカミングアウトしたということを知って欲しくて』」

「彼がカミングアウトできたのは、ウォガウォガの人たちがマルディグラを支援してくれたからです。子どもからお年寄りまで、多く人が受け入れてくれました」

「パレードには、ゲイの人たちよりストレートの人たちの方がたくさん参加してくれたんです」

一年前に、翌年もパレードを続けられるかどうか心配していたホリーさん。2020年のマルディグラには、1年前より多くの人が参加してくれるだろうと確信している。

(編注:2020年のウォガウォガ マルディグラは、新型コロナウイルスの影響のために中止になった。しかしすでに、2021年の開催に向けて動き出している)

「もう一度場所を予約して、翌年開催のために動き始めました。新型コロナウイルスは、私が2021年にウォガウォガ マルディグラを開催し、街の人たちを感動させるのを止められません。2021年に戻って来ます👊🌈💜」

ハフポストオーストラリア版の記事を翻訳・編集しました。


2020年、世界的に流行した新型コロナウイルスは、LGBTQコミュニティにも大きな影響を与えています。「東京レインボープライド」を始めとした各地のパレードはキャンセルや延期になり、仲間たちと会いに行っていた店も今や集まることができなくなりました。しかし、当事者やアライの発信は止まりません。場所はオンラインに移り、ライブ配信や新しい出会いが起きています。

「私たちはここにいる」――その声が消えることはありません。たとえ「いつもの場所」が無くなっても、SNSやビデオチャットでつながりあい、画面の向こうにいる相手に思いを馳せるはずです。私たちは、オンライン空間が虹色に染まるのを目にするでしょう。

「私たちはここにいる 2020」特集ページはこちら。