安倍総理、経済界に賃上げ再要請 

「過去3年今世紀に入って最高水準の賃上げを続けて頂いた。今年も是非、昨年並みの水準の賃上げをお願いしたい」(安倍晋三首相)

安倍首相と財界三団体の長 ©Japan In-depth編集部

「力強い経済があってこそ政治は安定する。過去3年今世紀に入って最高水準の賃上げを続けて頂いた。今年も是非、昨年並みの水準の賃上げをお願いしたい。(一同笑)物価の上昇に後れをとらないような賃上げがあってこそ、しっかりデフレを脱却し経済を力強く成長させていく道に進んでいくことが出来る。」

安倍首相は新年5日午後、東京港区のホテルで開かれた経済三団体(経団連、経済同友会、日本商工会議所)の賀詞交換会にてこう挨拶し、経済界に賃上げを去年に続き要請した。

安倍首相©Japan In-depth編集部

安倍首相は続けて、「下請け等の取引条件が改善していくよう指導力を発揮していただきたい。給料が上がって行けば家族を持つことが出来る。将来への希望を持つことが出来るし、また働く意欲も高まる。そのことに正規も非正規も変わりない。今年は働き方改革断行の年だ。正規労働者と非正規労働者の不合理な待遇差は認めない。昨年末ガイドラインを示したが、これに裁判での強制力を持たせるよう法改正案を国会に提出する予定だ。子育てや介護、無理なく両立できるようにする。時間外労働の上限規制を実施する、労働基準法の改正案を国会に提出する。」と述べた。

さらに、「先頭に立って働き方の文化を変えていただきたいと強く期待している。去年より今年、今年より来年、来年よりも再来年がきっとよくなっていく。みんながこう思えるような日本を作っていきたい。昭和30年代、日々日本が良くなるのを感じていた。生活の水準は今よりはるかに低かったが、日々よくなっていく、これはいつも気持ちをわくわくさせる。今年も是非みなさんとわくわくするように日本を作っていきたい。」と締めくくった。

まず、「賃上げ要請」だが、そもそも政府が民間企業に賃上げを要請すること自体が間違っている。企業が賃上げするのは景気が上向き、業績が上がって利益が増加した場合に限られるのが常識だ。

政府の役割は景気回復のための政策の実行であり、賃上げ要請ではない。実際、パーティーに参加している複数の経営者からは「今年こそ規制緩和など成長戦略をやってもらいたい」と声が相次いだ。安倍首相は経済の安定が政治の安定につながる、と言ったが、経済安定こそ政治の役割である、と申し上げたい。

金融政策、財政政策に過度に依存したアベノミクスの効果が剥落しつつある中、最後に残された「成長戦略」の実施が急務である。

そして「働き方改革」だが、政府が去年12月に示した「同一労働同一賃金ガイドライン」案は、非正規労働者の処遇改善を目指しており評価できる。通常国会での関連法改正を是非実現してもらいたい。

一方で、電通新入社員過労自殺問題などにみられるように、働き方の見直しが必要だ。これは法律で企業に強制するということではなく、企業の責任として着実に進めていかねばならない。従業員が長時間労働で疲弊し生産性が落ちるのでは本末転倒だ。

時代は高度成長時代の昭和30年、40年代とは大きく異なる。経営者の発想の転換が求められている。

三村明夫日本商工会議所会頭 ©Japan In-depth編集部

続いて経済界を代表して登壇した日本商工会議所の三村明夫会頭は、注目すべき2点を上げた。

第1点は「人手不足」がもたらす効果だ。三村氏は、「人手不足は逆説的に日本の成長率を引き上げるポジティブな側面がある。」とし、人手不足が(企業の)IOT(Internet of Things:モノのインターネット、AI(Artificial Inteligence:人口知能)、ICT(Information and Communication Technology:情報通信技術)など、デジタル技術導入の大きなインセンティブになるとの見方を示した。

又、三村氏は人手不足により「労働改革」が進み、柔軟な働き方や若者と女性の活躍の場が広がるとの見通しも示した。

2点目は、アメリカのトランプ新政権の経済政策を挙げた。持続性や保護主義にリスクがあるものの「(米経済は)今後2年に限定すればプラス面の方が大きく、成長率が上向く」と評価した。日本にとってはフォローの風だとし、その間に構造改革を進めるべきだとの考えを強調した。

この三村氏の見方も楽観的に過ぎる。まず「労働改革」については先述した通り、企業のやる気が問われてもう何年もたつ。女性管理職比率の引き上げは遅々として進んでいない。電通に限らず、サービス残業を従業員に強いている企業はごまんとある。まず隗から始めよ、と言いたい。

また「トランプ新政権の経済対策」だが、TPPをまとめた甘利明前経済再生担当相は「(トランプ氏の経済政策は)2年ももたない。やろうとしている事の整合性が取れない。例えば輸入車の関税引き上げにしても、国際的な貿易ルールがある。アメリカが勝手にできるわけがない。貿易交渉もなんでもバイ(2国間)でやろうということだろうが、そもそもそれがアメリカの利益にあるとは限らない。その為にマルチ(多国間)交渉があり、アジアにアメリカが進出するためにTPPがあった。今はトランプ氏は何もわからないで言っているのだろうが、そのうち気づく時が来る。それには1年くらいはかかるだろうが、(日本としては)見守るしかない。」と述べた。

現下の円安ドル高局面が今年いっぱい続くとの保証はどこにもない。

安倍首相も経済界トップも楽観的な挨拶に終始したが、トランプ政権という波乱要因は日本経済にも大きな影響を及ぼさずにはいられないだろう。従って、構造改革と成長戦略の推進はもはや待ったなし、ということだ。

最後に、民進党の議員がほとんど参加していなかったことが気になった。同党の藤末健三参議院議員(参議院政審会長、政調会長代理)は、「民進党の議員が自分以外誰も来ていないのが問題だ。」と述べた。実際、蓮舫代表や野田佳彦幹事長の姿は見かけなかった。野党第1党として、こうした場に来て経営者やメディアの人間と意見交換することに意義があると思うのだが、どうしたことか。釈然としない。

注目記事