「生きることを諦めないで」児童養護施設出身の女の子は、初めて着た振袖に笑顔をもらった

自前で二十歳の振袖を用意するのが難しい児童養護施設出身の若者に、振袖の着付けと前撮り写真をプレゼントするプロジェクトがある。
ACHA PROJECT

自前で二十歳の振袖を用意するのが難しい児童養護施設出身の若者に、振袖の着付けと前撮り写真をプレゼントするプロジェクトがある。自らも児童養護施設で育った山本昌子さんが2016年に始めた「ACHA Project(アチャ プロジェクト)」だ。着物の提供から、着付け、ヘアメイク、撮影まで全て、ボランティアの支援によって成り立っている。

振袖を着るのは諦めていたけれど…

都内の児童養護施設で4月中旬、この施設出身のある少女の前撮り撮影が行われた。

「リノちゃんの定位置は、この席だったね」
職員の方がそう言うと、リノさん(仮名・19歳)は、少しはにかみながら食卓の椅子の1つにゆっくりと手をかけた。
「こんな日が来るなんて、何だかすごく嬉しくて」
職員の目に涙が溢れる。
「もらい泣きしちゃうじゃん」と目尻を抑えるリノさん。
カメラマンがカメラを構えると、「生活感丸出しだね」と笑う。施設にいたとき毎日過ごしたリビングルーム。ここでみんなと食事をし、笑い合い、テレビを観たりゲームをしたりした。

リノさん 児童養護施設のリビングルームにて
リノさん 児童養護施設のリビングルームにて
ACHA PROJECT

「いままでで一番楽しい時間を過ごした場所だから、ここで撮影をしたいと思ったんです」

リノさんは、高校3年生の1年間を過ごした児童養護施設で撮影をすることに決めた。

入園して初めの3日間は、施設から出たくてたまらず部屋にこもった。「最初の2週間はずっと不機嫌そうな顔してたよね」と、職員はその時のことを懐かしく振り返る。その後、徐々に周囲と打ち解け、施設での生活に馴染んでいった。友達のように付き合える職員の存在が大きかった。年下の子たちとよくグラウンドで鬼ごっこをしたこと、泊まり勤務の職員と明け方までおしゃべりをしたこと、職員との思い出話は尽きない。リノさんは、「施設は一番ホッとできる場所だった」と話す。

リノさんが落書きをしたティシュケースを、職員が保管しておいてくれた
リノさんが落書きをしたティシュケースを、職員が保管しておいてくれた
ACHA PROJECT

施設を出たのは高校を卒業した2年前。現在はネイリストとして働き、1人暮らしをしている。お金がなく振袖を着るのは諦めていたが、施設の職員の紹介でACHAプロジェクトの存在を知った。

この日、リノさんの振袖姿を見るために10人以上の職員が集まった。出勤日ではない職員もわざわざ駆けつけた。「リノちゃんらしい振袖だね」と、皆が笑顔でリノさんを取り囲んで祝福した。

「こんなに祝ってもらえるとは思わなかった」
リノさんのはち切れんばかりの笑顔が溢れた。

職員の方と写真を撮るリノさん
職員の方と写真を撮るリノさん
HUFFPOST JAPAN
リノさん
リノさん
HUFFPOST JAPAN

「最大の目的は、生きてもらうこと」

撮影には山本さんも駆けつけ、施設の皆に祝福されるリノさんを嬉しそうな表情で見守った。
「この前撮りが、『1人じゃない。みんなに愛されて育てられてきた』ということを実感する機会になれば」
そう語る山本さんの言葉の奥には、生きることだけは諦めないでほしいという、施設出身の若者に向けた切実なメッセージがあった。

「施設出身の子にとって、18歳から22歳は『生きるか死ぬか』くらい辛い時期なんです」
山本さんは自らの経験を踏まえて話す。山本さんが生後4カ月から育てられてきた施設を出たのは18歳のとき。「施設が自分の人生の全て」だった。仕方がないことは頭では理解しつつ、あまりにもあっけなく施設での生活が終わってしまったことに、「捨てられた」ような気持ちになった。

それまでは、施設のなかで同じ境遇の子どもたちと過ごしてきたから、自分の境遇がそれほど特別だとは思わなかった。でも、施設から離れて初めて「児童養護施設で育ったということがどんなことだったのかを真剣に実感した」という。両親のいる普通の家庭で育った周りの友人を見て「自分は愛されてこなかったんだ」とすら思ったこともある。
「あの時は、本当に『死』に近かった」と話す。

それでも山本さんが生きることを諦めなかった理由、それはある2人の存在だった。

1人は、沢山の愛情を注いでくれた「育て親」の施設の職員。「死んでしまったらその人を悲しませる」、そう思って「今は死ねない」と前を向いた。

もう1人は、山本さんに振袖を着させてくれた専門学校の先輩「あちゃさん」だ。山本さんは、金銭的な理由から成人式で振袖を着ることができなかった。そんな山本さんを気遣って、あちゃさんは振袖の後撮りをプレゼントしてくれた。「生まれてきてくれておめでとう」という言葉とともに。

ACHA Projectは、「自分があちゃさんからしてもらった事を同じ境遇の子にしてあげたい」と始めた。だから、プロジェクト名は「ACHA(あちゃ)」にした。

山本昌子さん

自分を愛してくれた人がいたから辛い時期も乗り越えられた。だからこそ、若者にも「愛されていること」を知ってほしい。山本さんはそんな思いから、前撮りがその機会になればと願い、「人と人のつながり」を感じられる前撮りにできるよう心がけている。

このプロジェクトの最大の目的は、生きてもらうこと」と話す山本さん。「頑張らなくていい、無理しなくていいけど、生きることだけは諦めないでほしい」 あの時の自分と同じような状況にいる若者に、そう伝えたいと願っている。

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