人工知能のビジネス利用はどのように進むのか

これから人工知能は実際のビジネスの現場にはどんな形で浸透し、進化していくのだろうか。そして、仕事の進め方やビジネスモデルはどうなっていくのだろうか。

▪︎用語は浸透したが……

この2~3年、私のブログでも何度か人工知能に関わる話題について取り上げてきたわけだが、その度に世間での関心度がまさに幾何級数的に増大してきていることをひしひしと感じてきた。

だが、Google傘下のDeepMind社の人工知能プログラムAlphaGoが囲碁の現世界チャンピオンのLee Sedolに4勝1敗で勝利して以降、ステージが一段上がった印象がある。

どうやら、予想を上回る猛烈なスピードで人工知能が進化していることの象徴として、一般人にももちろんだが、日本の人工知能の関係者にも冷水を浴びせるような効果があったようだ。

この意味と意義を正確に理解しているかどうかは別として、昨今では、人工知能は少し目端が利くビジネスマンなら知らぬもののない用語の一つになってきた言って良さそうだ。

とはいえ、まだほとんどのビジネスの現場では言うほど活用されているわけではなく、一部先進企業を除けば、仮に導入されているとしても、まだ始まったばかりで、大半のビジネスマンはあまりピンと来ていないのが実情ではないだろうか。

これから人工知能は実際のビジネスの現場にはどんな形で浸透し、進化していくのだろうか。そして、仕事の進め方やビジネスモデルはどうなっていくのだろうか。

▪︎『個』から『全体/相互の関係性』へのシフト

少なくとも、人工知能は、もうSFでも人目をひく客引きアイテムでもない。

ビジネスの競争を左右する現実のツールになろうとしていて、かつてインターネットがそうであったように(というよりそれ以上にずっと)使いこなせる企業/人が圧倒的な競争力を獲得する一方で、使いこなせない企業/人をあっという間に置き去りにしてしまう恐れがある。

そんな近未来が今まさに到来しようとしている。従って、この人工知能(およびその周辺技術)の進化から目を離すことなく、自分の関わるビジネスをこのツールを使ってどう変革できるのか、他人に荒らされてしまう前に自分から変化を先導していくべく、覚悟を決める必要がある。

自分の関わるビジネスと言ったが、インターネット導入後、どのビジネス領域においても、参入障壁のハードルは極端に低くなった。

今ではどの市場でもそれぞれの領域を囲む壁を破壊してまわる、いわゆる『カテゴリー・キラー』が跋扈している。

市場の片隅で起きた小さな成功モデルがあっというまに様々なビジネスの領域をまたがって応用/適用される。もちろん国境も関係ない。

そういう意味で、どのビジネスに従事するのであれ、今までよりずっと広範囲に市場全体を見渡しておく必要がある。

しかも、昨今それぞれの企業の前後工程(製造業であれば、部品購入、から製品販売まで)から、関係する参加者(部品供給者、販売会社、決済代行業者、ユーザー等)に至るまで緊密に繋がるようになり、しかもその全体像/全体の関係(エコシステム)が可視化されるようになり、その全体の関係の最適化を差配できる企業がそこに参加する企業を支配し、そこからあがる利益の大半を召し上げるようになった(いわゆるプラットフォーマー)。

このビジネスにおける勝利条件の焦点を『個』から『全体/相互の関係性』にシフトするのに寄与した力学にさらに大きな力を与え、促進するものこそ、人工知能(およびその周辺技術)ということになる。

▪︎人工知能が進化しやすい分野/しにくい分野

前にも何度か指摘してきたことだが、人工知能(およびその周辺技術)の浸透は、自動運転車やペッパーくんのようなロボットや、あるいは先端医療のような人目についたり、人の生死に関わったりする分野より、地味で目立たないが実効性の高い分野のほうが、浸透も進化も早いし、今後はその差はもっと大きくなるだろう。

というのも、直接一般消費者と関わりを持つ分野は、どうしても潜在/顕在を問わず、忌避感、拒否感、あるいは倫理意識、宗教観等の壁にぶつかり、進歩が止まったりスピードが鈍りがちだ。

中には理由を列挙できないが『なんとなく違和感がある』という感じの反対理由も少なくないが、こんな理屈を超えた拒否感等の感情を覆すのは容易なことではない。法律も未整備で整備のためのコンセンサスも容易には収束しないことも予想される。

史上、新しい技術が出現して浸透する過程では、いつでもそうだが、社会の仕組みの急激な変容を迫る技術については、社会の側からの反発も強い。

とりわけ、今日(そして今後)の技術進化は企業コミュニティのような社会の中間集団も猛烈なスピードで解体してしまいかねない。かつて自動車工場に産業用ロボットが導入された時のような、ほんの一部の工程に置かれて、人間の労働者に『聖子ちゃん』だの『百恵ちゃん』だの身に似つかわしくない名前をつけてもらったような牧歌的な時代とはわけが違う。

もちろん、自動運転車は事故を減らし、先端医療は患者の命を救い、ロボットは人手不足が深刻になる日本の救世主となることは確実だ。

だが、身体を持つ人間は、理屈で理解できたとしても、身体のリズムを超えてあまりのスピードで変化するものを、急には受け入れることができない。少なくとも受容に時間がかかる。

ところが、そのような一般消費者と直接関わらず、関係者の間で理想的なWin-Winの関係を構築できるビジネス分野は沢山ある。そういう分野では、これから猛烈な進化が期待できる。

▪︎Win-Winの関係を構築している分野

例えばその最たる例が農業分野だ(以下、『世界トップ企業のAI戦略』を参照しつつ実例を紹介する)。

例えば農薬ビジネスのトッププレーヤーである、Monsanto社は1970年に強力な除草剤の『ラウンドアップ』の販売を開始したが、2000年には特許が切れてしまうことと、使い方を誤ると作物にダメージを与えてしまうという欠点があった。

そこで、一連の買収等を通じて遺伝子組換えの『優良種子』を手に入れ、自社の除草剤『ラウンドアップ』を使用しても枯れない遺伝子組換え種子『ラウンドアップレディ』を開発し、除草剤と種子のセット販売を開始した。

加えて、IT技術を駆使した精密農業へ舵を切り、農場の土壌の質に合わせ、どこにどの種子を植えれば最も収量が上がるかを人工知能が学習し、GPSで農場の位置情報を参照しながら、1平方メートル単位で最適な深さ・間隔で種をまくことのできるトラクター用機材を提供しているという。

また、The Climate Corporation社は、常時更新される農場の土壌・環境情報に、気象予測情報と農家の経験値である過去の収穫量データを加え、人工知能(機械学習)を使って、作物ごとの収穫予測または収穫被害発生確率推定をし、農家ごとにカスタマイズした農業保険を提供しているという。

2015年末にThe Dow Chemical社との対等合併を発表したばかりの、Dupon社の農業・食品関連部門でも、エキスパートシステムと呼ばれる人工知能技術が使われていて、『どの農地にどの種類の種をまくのが最適か』『気象予測から肥料をいつまくのが最適か』『この農地の収穫量はどれくらいか』などの質問を投げかけると、クラウドに乗じ蓄積しているビッグデータの解析結果と専門家の判断データベースとを組み合わせる等、活用している。

農業分野にこれだけIT技術や人工知能を活用する余地があったことをあらためて教えられた気がする。

この中で遺伝子組換え技術等については賛否両論あり、世間の反発を招く可能性もなしとはしないが、大方は、気象、害虫、病気等で壊滅的な被害を被る恐れと隣り合わせの農業従事者にとってみれば、精密な情報分析により多方面に渡るリスクを最小限にするためのシステマティックなサポートは極めてありがたいはずだ。

企業と農業従事者の間に強いWin-Winの関係が築かれていると言える(もっともどこかの企業が強くなり過ぎて、独占利得を得るようになればまた話は違ってくるが)。

製造業についても、工程に人工知能制御のロボットを導入して生産の効率化をはかるような使い方も、急速に広がっていくことは疑いないが、それでも(昨今では以前ほど問題にならないかもしれないが)労働争議等のネタになる可能性はないとは言えない。

その方向とは別に、今、製造業が人工知能の技術を糧に、新たなビジネスチャンスを求めて業容をシフトしようとしている例が出てきている。

製品を提供するだけではなく、提供した自社製品から得られるビッグデータを人工知能で解析して、ユーザーに使い方やメインテナンス情報を提供する方向を促進することに舵を切った米国のGE社の例は著名な一例だ。

GE社はボーイング社等の航空機メーカーにジェットエンジンを納入しているが、ジェットエンジンだけではなく、その他の機器にも多数のセンサーを取り付け、『稼働状況』『温度』『燃料消費賞』等のビッグデータを常時蓄積していて、それを人工知能を使って解析して、最適なフライトプランやメインテナンスプランをサービスとして提供していることは広く知られている。

これらの事例は、ユーザーや労働者にあらぬ不安を与えたり(一部の労働者には不安を与えるかもしれないが)、利害相反を招いたりすることなく、それぞれのビジネスの広い意味でのエコシステム全体を見渡して(あるいは自らエコシステムを作り上げ)、その最適化をはかることで、顧客との間にWin-Winの関係を構築し、人工知能の能力が上がることを提供者(企業)も被提供者(顧客)も双方が共に望むことになる。

ここには人類を滅ぼす人工知能も、人間を裏切るロボットもいない。事故で人を殺す自動運転車もいない。ということは、どんどん拡大し、進化し、ビジネスモデルとして洗練されていくことを意味している。

しかも、よく考えてみれば、これは農業や製造業の一領域だけの特殊事例ではなく、あらゆるビジネスへの展開が可能なポテンシャルがあることはすぐにわかる。

どんな製品でもどんなサービスでもその前後工程を加えたエコシステムまで視野を広げることで、全体の関係を俯瞰し(あるいは新たに構築し)、個々の製品やサービス、業務だけを個別に考えるのではなく、システム全体の効率性や高付加価値性を上げていくようなビジネスを組み立てる。もちろん出来上がった後も、改善を重ねていく。

そこには大量の情報が流通し、蓄積し、そしてその情報を人工知能を活用して、有用な『意味』を見出してさらなる付加価値としていく。

▪︎ビッグデータと人工知能の最強タッグ

エコシステム全体を見る視野については、インターネット導入後、特にその活用の巧な企業が勝ち組になることが喧伝されてきが、そのモデルをもっと拡張するツールとして、IoT(モノのインターネット)がその真価を発揮する環境が整いつつある。

エコシステムが膨大になればなるほど、人工知能による優劣が決定的になると考えられる。次世代のビジネスシーンは、この構造を理解し、最適化をはかり、できればその場を支配することが望ましい。

困ったことに、一時代前の製造業マインドが抜けない人の中には、いまだにスタンドアロンの製品自体の品質が良くなれば勝てると信じきっている人が少なくないのだが、ここまで述べてきたように、製品の品質が良くなることは市場で勝つための必要条件であっても十分条件ではない。

そもそもその品質の良さも、システムの中でしっかりとユーザーと繋がった上で実現される『良さ』でなければ、資源の無駄遣いになってしまうだろう。

一般消費者との接点を持つ製品やサービスに関しても、もちろん劇的な進化が期待されているわけだが、いずれにしても、第一段階では、この『ビッグデータと人工知能の最強タッグ』についてあらためて十分に情報を収集して、自分自身でその意味を熟考してみることを強くおすすめする。

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