人工知能 x 次世代マーケティングはマルチラリティをもたらすか(後編)

人工知能と次世代マーケティングの融合はこれからの分野。

iPhone、Android端末などスマートフォンの発展とクラウドコンピューティングの普及とともに人工知能(AI)が身近な話題となった今、消費者が企業のマーケティング活動を通じて自己実現をかなえるという次世代マーケティングはどういった形になるのか。人工知能が人間の脳の処理能力を超える特異点、いわゆるシンギュラリティが個々人それぞれに訪れるというマルチラリティはどうやって訪れるのか……。

前篇に続き、5月20日(金)に開催された、筆者がボランティア運営委員を務める次世代マーケティングプラットフォーム研究会(NMPLAB)第8回総会をもとに考察します。

1. 広告を届ける次世代エージェント

前半に続くパネルディスカッションでは、株式会社日経BP「日経FinTech」編集長 原 隆氏をモデレーターに迎え、株式会社電通の日塔 史氏、株式会社リクルートホールディングスの石山 洸氏、株式会社Gunosyの福島 良典氏が登壇しました。

原氏は、フィンテックの世界では顧客との接点となるロボアドバイザーがAIにより人間の雇用を代替するなど、実感できるAIが今日のテーマと解説。

そして、日経BP社がかつて「日経AI」(1986年〜92年)を発行していたとおり、2013年から続く今日のAIブームは第3次といわれているが、その原動力は、そしていつまで続くのか。1981年〜92年の11年間、通産省(現経産省)が計570億円を投じたAI研究の「第五世代コンピュータ」プロジェクトは失敗と騒がれ、同プロジェクトに関わり第五世代コンピュータ日本の挑戦を執筆したスタンフォード大学名誉教授のエドワード・ファイゲンバウム氏は日本のソフトウェア軽視を大きく問題視したが、今後われわれはどう進むべきか、といった問いを投げかけました。

ここでパネリストのプレゼンテーションとしてまず、電通の日塔氏が、一般社団法人 日本広告業協会(JAAA)第45回懸賞論文 金賞を受賞した「AI革命の『大分岐』で広告業界が動く~人を動かす次世代エージェント」の要旨を説明しました。

広告はこれまで、印刷、放送、インターネットといったテクノロジーの進化とともに動いてきました。広告業界は、テレビによる従来型のビジネスモデルを作り、大きな利益を上げることができました。

しかし既存の広告代理店は、テクノロジーの変化、つまりインターネットの波に乗り遅れ、Googleがインターネット広告を寡占しその下に数多のディスプレー広告のプレイヤーが存在して少ない利益を分配する形となり、広告代理店が培ってきた強みが技術進化によって弱みに転じる「イノベーションのジレンマ」が起きています。ここで、次のテクノロジー、つまりAIの変化を見極めて広告ビジネスモデルを動かすことができれば広告業界は短期間で再び大きく成長しうる、というものです。

マクロの景気変動に大きく左右される広告業界の今後を、駒澤大学教員 井上 智洋氏の論考をもとに考えると、産業革命を起こす汎用目的技術(GPT:General Purpose Technology)としてサイバーフィジカルシステム(CPS:実世界のセンサーネットワークなどでさまざまなデータを収集し、サイバー空間のコンピューティング能力で処理するシステム)に着目したAI活用がカギになります。

そして、AIが人間の頭脳労働を肩代わりするAI革命では、機械による自動化と学習のみよって生産性が向上する「AK型生産経済」により、労働不在のもと成長率が指数関数的に伸びると考えられます。

広告業界がAIを導入するには、現在主流の、IT企業が進めるターゲティングとオプティゼーションに基づく運用型広告(アドテク)の弱点を埋める戦略が必要となります。そこで、今日のアドテクが提供している、過去および現在にわたる需要をビッグデータ解析して情報を提示するレコメンドする「欲求内在型の供給最適モデル」からの脱却が求められます。

児玉氏が先に指摘されたとおり人々の情報取得が無意識化するなかで、広告業界が、IoT活用により人の生体情報や脳波のデータをもとに働きかけるエモーションドリブンな仕組みを、AIによってイベントや感情に訴求する方法で構築する「欲求外材型の需要創出モデル」を提案しています。縮小均衡型ともいえる過去、現在をもとにしたインターネット広告から、AIによる広告運用でDesire「欲求」を生み出すモデルへの転換です。

具体的には、広告を露出するインターフェイスが、VPA(Virtual Personal Assistant:AppleのSiriやGoogle Now、MicrosoftのCortana、FacebookのMなど)へ移ると考えられます。現在はスマートフォンが情報のインプットとアウトプット両方を担っていますが、将来的には、データのインプットはあらゆるところにあるセンサーから、アウトプットはテレビ、PC、スマートフォン、デジタルサイネージなどから、と入出力が分離され、データがクラウド上でバーチャル化されると想定されます。

そして、ビッグデータでなく個人の深いライフログからなる「ディープデータ」が(前回の次世代マーケティングプラットフォーム研究会(英文)でも議論された)分散PDS(Personal Data Store:個人情報を自分自身でクラウド上に格納し安全に管理する仕組み)に蓄積され、それをAIで解析して個々に最適化された広告が、VPAで個々人にあわせて時々に適したアウトプットメディアで届けられるようになると考えられます。

情報のインプットからVPAを通したアウトプットまでをつなぎユーザーをサポートする煩雑な部分を、特定のOS、アプリケーション、端末などに依存しない形で実現するのが「次世代エージェント」と呼ばれる、広告を届ける仕組みです。日塔氏は、「次世代エージェント」が、高度な利便性を実現しながら、欲求を喚起し、社会の需要を生み出すと説明しました。

2. ひとりひとりが多様な価値で人工知能を作る 〜マルチラリティ〜

続いて、リクルートホールディングスにて世界的頭脳を集めてAI研究を行うRecruit Institute of Technologyを率いる石山氏がプレゼンテーション。ご自身が大学院で知能システムを学び、社会科学に人工知能を適用する研究をしていたときに、C5(Creating, Connecting and Collaborating through Computing:コンピュータを利用した創造・連携・協調に関する国際会議)でアラン・ケイ氏が行った「技術で何が生まれるか」というキーノートスピーチを引用し、コンピュータサイエンティストにとって最も重要なことはデジタルによる次のレボリューションを考えることだと述べました。

ケイ氏曰く、グーテンベルクの活版印刷技術が生まれ、聖書というメディアが普及して識字率(リテラシー)が上がり、人々が宗教と協会の活動を見直してプロテスタントが生まれた。つまり、児玉氏が紹介したニーチェの「神は死んだ」は実は、テクノロジーの進化により「神は生まれ直った」といえる、と石山氏は解説しました。

さらに、フランシス・フクヤマ氏著「The End of History and the Last Man」「歴史の終わり」に照らし、人間は戦争をしてきたが民主主義を完成させ、比較的、安定的に豊かな心で社会に向き合えるようになったという見方を紹介します。

が、現実は米国のトランプ現象しかり(その後の英国EU離脱しかり)、マーケット、社会システムが完全とはいえない様相にある。石山氏曰く、現代はつまり「Restart of History and Artificial Intelligence」(歴史の再始動と人工知能)と呼べる状況ではないか、と述べました。

アラン・ケイ氏は、テクノロジー、メディア、リテラシー、レボリューションの四身一体を説きました。石山氏がAIを研究しアラン・ケイ氏に触発されて、10年ほど前にインターネットによるメディア変革を推進するためにリクルートに参画して、人工知能研究所を立ち上げたのは昨年。この10年でデジタルマーケティング、データサイエンスの一般化が進み、機械学習等のインフラが整備され、例えばコードを書けずともディープラーニングが可能になってきました。

この10年を鑑み石山氏は、今後ひとりひとりがそれぞれのAIを作れるようになると、ダイバーシティ(多様性)が機能してマーケット、社会が安定し、各人が自己実現を達成する次世代マーケティングの世界が実現すると考えます。

例えば、研究者が見つけられなかった目的関数、評価関数を、ドメインナレッジ(特定の領域内で蓄積された知識)を持つ人が吸い上げ機械学習させて新しい価値を実現できる。そして消費者と生産者、学ぶことと働くこと、受動と能動の垣根がどんどんなくなっていく。これは、(無意識化とは異なる世界観で)適時適材適所(ジャストインタイム)で教育(エデュケーション)を受けて想像(クリエーション)していく、計画・実行・見直し・修正のPDCAサイクルがどんどん高速化する状況と考えられます。

リクルートでAI研究のアドバイザーを務める、カーネギーメロン大学教授のトム・ミッチェル氏は、個々人に「シンギュラリティ」(人工知能が人間の脳を超える特異点)があるという「マルチラリティ」を唱えています。ひとりひとりが人工知能を多様な価値で作る、ひとりひとりがシンギュラリティに達する、という考え方です。

今日、ディープラーニングが注目されていますが、人工知能の世界でもマービン・ミンスキー氏、ハーバート・サイモン氏、テリー・ウィノグラード氏といった多様な学者が居て、ラリー・ペイジ氏がGoogleを創業し、といった流れがあります。このように、今後もさまざまな研究が発展し、可能性のある技術が融合して、マルチラリティが実現していくものと考えられます。

3. モデリングによる学習

そしてGunosyの代表取締役 最高経営責任者(CEO)福島氏が自己紹介。福島氏は大学時代にデータマイニングを研究しGunosyを創業。Gunosyはニュースアプリとして有名ですが、広告の運営会社、そしてコンテンツを正しく評価する仕組みを持つAIの会社、といった側面を持ちます。

Gunosyがやっていることを、料理、美味しいカレーの作り方に例えると、レシピであるアルゴリズム(算法)を作り、調理過程(プロセス)の色々な組み合わせで仮説(モデル)を変数として組み合わせています。

コンテンツ(ニュース、動画、漫画、広告)をユーザーごとに最も正しくアルゴリズムを作って配信し、いいニュースの読ませ方、コンテンツの評価方法といったプロセスを、10人いたら10人が良い(カレーでいえば美味しい)というようにニュースの読まれ方から学習して調整していく、といった業務の流れ(ワークフロー)を回しています。

Gunosyはニュースを読む人(カレーでいえば美味しいという人)を増やすことをKPIにして、アルゴリズムを人によって変えるモデルを作るプロセスを経て機能しています。マーケティングにおけるAISAS同様に、モデリングの結果から何が大事かを学習していくといった点で、GunosyはAI企業の具体的事例といえます。

4. AIはブームか

ここでモデレーター原氏より、AIは第3次ブームといわれているがいつまで続くのか、過去の過ちを繰り返さないか、今のAIブームを支える原動力は、と質問が投げかけられました。

Gunosy福島氏は、これまでのAI研究の課題(ボトルネック)は計算量と集まるデータ量で、コンテンツを消費する人が少なかった。今は、インターネットによりフィードバックを得られる相手が増え、スマートフォンにより接触時間が増え、データのストレージが安くなり大量のデータを計算する過程も安価になった。

ムーアの法則に従い、コンピュータによりインテリジェントなシステムを構築することが実経済として利益をあげるようになった。これの流れは今後20〜30年続く、と解説しました。

石山氏は、「第3次AIブームといっているのは日本だけ」、人間のバイアス(偏見)によりブームが存在すると指摘。ずっとAIを研究している者にとっては、昨今AIが取り沙汰されるのは決してブームではない。よって、ブームで終わらせないためには継続的に取り組むことが最高の戦略だろう、と述べました。

一方で、「コンドラチェフの波」が示す経済循環と同様に、テクノロジーもムーアの法則に沿いながら多少の循環がある。そこで、今流行っているAI以外にも、差別化できる分野、データの偏りのある分野など、テクノロジーやビジネスドメインにおける順張り、ないし逆張りによりひとりひとりが研究を進めれば、それぞれの自己実現、次世代マーケティングにつながるだろう、とまとめました。

日塔氏は、着々とAIへの投資額、メディア露出は増えて、進化していると考察。第2次AIブームといわれた第5世代コンピュータ研究の成果は、仮名文字変換程度しかできなかったと叩かれたが、Googleが検索で利益を得ているのはこうしたちょっとしたことによるもの。

少し前のビッグデータブームは、コンピューティングパワーによるデータの蓄積がもたらしたもので、それがいまのAIブームにつながっている。電通としても研究対象はAIだけでない、その先も考え、かつデータが結びつく形、ハードウェアを考えないと具体化できない、と述べました。

児玉氏は、コンピューティングパワーと集まるデータによる成果を、経済的に正当化するビジネスモデルの存在が重要、と主張。GoogleはOvertureの検索エンジンにより1000万CPUのコンピューターリソースを作っても余剰が出てアルファ碁のトレーニングに50億円、日本の年間科学研究費の半分を突っ込める。

Gunosyも、日本で数少ない大学院発のベンチャー企業として、コンテンツの価値づけ、ニュースをキュレ―ションするアプリによりビジネスモデルを確立している。第5世代コンピュータは、ビジネスモデルが作れなかった点が、その研究成果が後に続かなかった原因。テクノロジーを大きなビジネスモデルにつなげる、たくさんの計算力を使える事業者を育てることが大事だと説きました。

原氏は続けて、AIを競争力の源泉にするには、と問いかけ。

福島氏は、機械をうまく扱える人材獲得競争により、オペレーションエクセレンス(競争優位性)を極めること、とコメント。児玉氏は、世界的にみてインフラになる要素(コンポーネント)を作れる企業は限られるので、大多数の事業者はインフラをどうユーザーとして使うかが重要、と説明。

多くの日本企業の課題は、自身のビジネスとテクノロジーを橋渡し(アダプト)して使う能力の欠如と指摘。企業が、エンジニアリングチームを持たずにシステムインテグレーターに開発を丸投げするのではなく、AIをそれぞれのビジネスに適用する組織づくりの重要性を主張しました。

5. RoBoHoNとAI

続けて、シャープ株式会社の景井 美帆氏が、AIを搭載したRoBoHoNとともに登場。

学習された行動習慣から対話を構成する仕組みやRoBoHoNの対話ユーザーインターフェースのポリシーを説明しました。クラウドサービスのココロプランに加入することで、家庭でのWi-Fi接続や、 モバイル回線接続で、おはなしやカメラ、プロジェクターなどが使えるようになります。

最後に来場者がステージに上がり、RoBoHoNによる記念写真撮影が行われ、賑やかに閉会して懇親会に進みました。

AI(人工知能)は人類を超えるのか?

  • 類似点から見えるもの

ここで当日、司会を務めた運営委員の立場から、登壇者が述べる類似点について考察しました。

まずパネルディスカッション後の会場からの質疑応答で、「AIで日本の経済性を上げるには」、という質問に対し、児玉氏は、エドワード・ファイゲンバウム教授の指摘と同じく、「日本はソフトに投資せずマーケットを作ってこなかった」、かつ、「そもそも任天堂のファミコンのようにクレイジーなもの、BABYMETALのようにバイアスが強いものを作るのが得意なので、ハードウェアに行くのが得策」、と述べた点。

この児玉氏の指摘に合致する、バイアスが強いハードウェアを持つRoBoHoNが、これからマーケットの可能性を示しているようです。ポケモンGOのポケモンも、リオデジャネイロ・オリンピック閉会式で阿部晋三首相が扮したスーパーマリオも、日本のコンテンツとして世界的に認知されています。日本のキャラクターやアニメは、テクノロジーやエンジニアリングを活かして消費者行動と経済性をもたらす仕組み作りができれば、世界的優位性を持ちうると考えられます。

また、日塔氏がVPA(Virtual Personal Assistant)と呼ぶインターフェイスは、児玉氏が著作「人工知能は私たちを滅ぼすか」のなかで述べるA.I.D(アシスタント知能デバイス)と、スマートフォンの次の情報エージェントという点が共通しています。

いずれも、クラウドコンピューティングとパーソナルデータにより個々人にあわせて学習しコミュニケーションを図るツール。こうしたインターフェイスを通じて、人が接するメディアやコンテンツを個々人にあわせたものにするというのは、すでにGunosyが展開している事業モデルと通じます。この延長線上に、石山氏の説くマルチラリティが実現する未来があると読み取れます。

石山氏は、日本におけるAI活用についての考察で、認知症における介護のニーズと労働市場のミスマッチを例に挙げ、高齢化社会における医療分野でのAI活用を進めるには日本が適したマーケットだと述べました。

これに、児玉氏がAI活用のカギとする、計算能力の活用、バイアスの強いものの創出、を掛け合わせると……。日本がAI時代の産業を育成するためには、個々人の持つデータとクラウド上のコンピューティングリソースを使って、現実空間で役に立つ、突出した個性をもつハードウェアを作る、というのがこれからの方向性と捉えられます。

個々人のレベルでAIの活用が進みマルチラリティが実現するまでには、方法論についての議論が尽くされるでしょう。ムーアの法則によりコンピューターはこれまで約40年間にわたり性能向上を遂げてきましたが、これからのテクノロジーのカギはIBMのTrueNorth、GoogleのTPU(Tensor Processing Unit)、インテルのXeon Phiなどが手掛ける人工知能チップとなる可能性が示唆されます。

IoTの枠組みが進化するなか、センサーで読み取れる個人情報の活用や3Dプリンターの応用などにより、AIの活用、マルチラリティ実現の可能性が広がるものと推測されます。

人工知能と次世代マーケティングの融合はこれからの分野。ひとりひとりの挑戦が成果をもたらす第一歩、と考えさせられる、熱い議論に満ちた研究会となりました。

この熱量を糧に、次回は9月7日、「マーケティングで世界平和が実現できるか?」をテーマに総会を予定しています。

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