トランプの黒幕「バノン」の世界観(5)「オルタナ右翼」と日本文化の親和性--会田弘継

ポイントは、いまなぜ「リバタリアン感覚」を右に噴出させているのか、だ。なぜ開放ではなく閉鎖への衝動となっているのか、であろう。

「オルタナ右翼(Alt-Right)」の論壇となったニュースサイト『ブライトバート・ニュース』は、トランプ政権の「黒幕」スティーブ・バノンが2007年の創設時から関わり、2012年から経営者となった。バノンと「オルタナ右翼」が結びつけられて語られるゆえんだ。

だが、両者の結びつきは単純ではない。また、「オルタナ右翼」=「白人至上主義」ないし「白人民族主義」と一本線でつなぐのも、考えものだ。そこには複雑な経路がある。連載の(4)ではそのことを考えた。

定義の難しい「オルタナ右翼」の内部の多様性についても、ブライトバートの編集幹部である若手論客ミロ・イァノプロスらの「主流派保守のためのオルタナ右翼ガイド」を手掛かりに探ってみた。【「トランプの黒幕『バノン』の世界観(4)『オルタナ右翼』の淵源と多様性」2017年2月17日】

「1488族」

「オルタナ右翼ガイド」が「本来的保守主義者(natural conservatives)」に継ぐ第2の勢力として挙げている「ミーム・チーム」には、日本のサブカルの影響があることに触れた。ミームとはインターネット上で爆発的に広がる映像や文章・言葉などを指して言う。

ミーム・チームのプラットフォームとして重要な役割を果たしているのが『4ちゃんねる(4chan)』、あるいは『8ちゃんねる(8chan)』であり、日本の掲示板サイト『2ちゃんねる』を模している。【An Establishment Conservative's Guide to The Alt-Right, Breitbart News, Mar. 29, 2016】

若者たちがそこで「政治的正しさ(PC=political correctness)」などお構いなく、人種差別的あるいは反ユダヤ的な暴言などを投げつけ合っているのは、1960年代に若者たちが長髪とロックとフリーセックスで親の世代を仰天させたのと大差ないと、イァノプロスらは見る。

若者たちに「知的覚醒」が起きたのでもなく「保守感覚」があるのでもない、と。ベビーブーム世代が1960年代に新左翼に惹かれたのと同じく、「自分たちが理解できない社会の規範に挑戦し、破るのが面白い」からやっているのだというのが「オルタナ右翼ガイド」の解説だ。

保守でも左翼でもなく、「リバタリアン(自由至上主義)感覚」なのだとイァノプロスらは分析する。

確かに、左右に関わりなく「リバタリアン感覚」が噴出するのがアメリカだ。左派の政治思想史学者マーク・リラも、ティーパーティ運動の分析でそうした観点を示したことがある。【The Tea Party Jacobins, The New York Review of Books, May. 27, 2010】

だがポイントは、いまなぜ「リバタリアン感覚」を右に噴出させているのか、だ。なぜ開放ではなく閉鎖への衝動となっているのか、であろう。

イァノプロスらは後述するように文化的背景の説明を行っているが、それだけでは割り切れなさが残る。文化状況だけでなく、政治・経済的閉塞状況が衝動の向かう先を変えさせているのかもしれない。

「オルタナ右翼ガイド」が挙げているもう1つのグループは、「1488族」と呼ばれる「不寛容なホンモノの人種差別主義者」らだ。

1488とは一種の暗号で、英語で「白人の生存と、そのこどもたちの未来を確かなものにしなければならない」というネオナチのスローガンの一文が14語からなることを「14」という数字で表し、「88」はアルファベットの8番目であるHを2つ並べることの符牒で、「ハイル・ヒトラー(ヒトラー総統万歳)」を表す。

1488族とは、つまりネオナチ集団のことである。彼らの存在のため、オルタナ右翼は全体がネオナチのように見なされてしまっている。オルタナ右翼穏健派は、できればネオナチはいてほしくないと思っている、とイァノプロスらはいう。

「アイデンティティ・ポリティクス」の失敗

このようにいくつかの潮流があるオルタナ右翼が出現した原因についてイァノプロスらは、西欧文明が、多文化主義の風潮の中で「死んだ白人男性ら」がつくった文明とされて貶められている問題を挙げる。

大学にも進学できない白人労働者階級の若者は、マイノリティの大学生エリートたちが白人社会の伝統文化を否定するのをみて、「真に無視されているのは誰で、被害者面しているだけなのは誰か」をまざまざと見せつけられる思いを抱いている。その白人労働者の声に応えようとするかのように、オルタナ右翼の論客は「文化と人種は不可分」と主張し、白人文化の優位を語ることが多い。

他方、経済と外交の方ばかり向く主流派保守に対し、オルタナ右翼は批判的だ。多文化主義による「アイデンティティ・ポリティクス」の隆盛に対し、「(古典的)人文主義や自由主義、普遍主義」を盾に押しとどめようという努力をしなかったと見るからだ。

左派のアイデンティティ・ポリティクスには見て見ぬふりをして、逆に右派にその傾向が出てくると厳しく抑え込んだ。つまり、主流派保守の裏切りがオルタナ右翼の興隆という結果になったとイァノプロスらは主張する。

ブライトバート・ニュースのスター記者でもある幹部の主張だから、オルタナ右翼の詭弁のように思う向きもあるかもしれないが、「アイデンティティ・ポリティクス」の行き過ぎ(PCはその「症例」)に対する似たような批判は、すでに20年以上前から左派の間にも出ていた。

典型的な例は、ケネディ政権で大統領特別補佐官を務めたアーサー・シュレジンガー・ジュニアが1991年に著した『アメリカの分裂(The Disuniting of America)』である。最近でも、前出の左派政治思想史家マーク・リラが『ニューヨーク・タイムズ(NYT)』への寄稿で、リベラル派のアイデンティティ・ポリティクスが失敗したことは今回の大統領選で明らかになったとして、そこからの脱却を訴え、論議を呼んだ。【The End of Identity Liberalism, NYT ,Nov. 18,2016】

イァノプロスらが、オルタナ右翼を「体制エリートが生んだフランケンシュタイン」とみなしたのと同じ発想である。

こうした「アイデンティティ・ポリティクス」の失敗の結果、本来的保守主義者(natural conservatives)を中核とするオルタナ右翼は、さまざまな民族が共存し統合されることは不可能だという悲観的世界観を持つに至った。それがイァノプロスらの主張だ。また、オルタナ右翼の論客たちの間では「文化は人種と不可分」と主張する傾向が強まった。

このあたりは、アイデンティティ・ポリティクスとオルタナ右翼の誕生をめぐって、卵が先か鶏が先か的な議論になる余地がある。ただ、シュレジンガーやマーク・リラのような有力な左派論客までがアイデンティティ・ポリティクスの失敗を指摘している意味は大きい。

ネオコン主導の「主流派保守」打破のため

オルタナ右翼系の知識人・論客とはどういう人物たちだろうか。

オルタナ右翼(Alt-Right)とは「もう1つの右翼=オルタナティブ・ライト」の省略形表記だが、この省略形はブッシュ政権を支持する主流派保守に対し疑念を持つ右翼を指す言葉として、シンクタンク「国家政策研究所(National Policy Institute)」を主宰する若手論客リチャード・スペンサー(1978〜)が2008年につくったとされる。【How the So-Called "Alt-Right" Went From the Fringe to the White House, Mother Jones, Nov. 22, 2016】

ヘイト・グループを監視する組織である「南部貧困法律センター(SPLC)」は、白人アイデンティティと欧米文明の保持を中心とする極右思想を指す言葉と見なしている。【Alternative Right, Southern Poverty Law Center】

省略形でない「もう1つの右翼(alternative right)」という表現は、アメリカ保守思想に関する多数の著作を持つ思想史家ポール・ゴットフリード(1941〜)が使い始めて広まったとされる。ゴットフリードは、2008年大統領選でオバマ候補を立てた民主党に共和党が大敗したのを受け、ネオコン主導の主流派保守を打破するため「もう1つの右翼」運動を起こすよう訴えた。【Clinton plans Thursday address in Nevada on Trump and the 'alt-right', Washington Post, Aug. 23, 2016】

今回のトランプ支持のオルタナ右翼などの連合とネオコン・グループとが対立した背景は、このゴットフリードの発言にさかのぼることができる。

ゴットフリードの発言は、さらに1992年大統領選で保守派論客パット・ブキャナンが出馬した際に、ブキャナン支持の論客たちとネオコンが激しく対立し、保守思想集団の分裂が起きたことに淵源を持つ。その歴史的経緯については稿を改めたい。

ゴットフリードは、本連載(4)でイァノプロスらがオルタナ保守の淵源である思想家たちとして挙げたブキャナン、サミュエル・フランシスと深いつながりを持つ。3人はレーガン=バックリー保守主義から追放された一群の論客に属している。

日本との関連

1990年代初めに「パレオ・コンサーバティブ(略称パレオコン、パレオは「原」ないし「旧来」の意味)」と呼ばれたブキャナン、フランシス、ゴットフリードと、2000年代にオルタナ右翼という呼称で活動を活発化させたスペンサーらを結ぶ中間的な存在が、「新世紀財団」という組織をつくり『アメリカン・ルネッサンス』という雑誌(現在は休刊)を主宰していたジャレッド・テイラー(1951~)だ。

オルタナ保守を厳しく批判する「SPLC」は、そのホームページの「過激派情報」でテイラーについて詳細な情報を載せている。【JARED TAYLOR, SPLC EXTREMIST INFO】

SPLCの批判では、1990年に発足したテイラー主宰の「新世紀財団」は、白人の優越性を立証する「研究」を推するエセ・シンクタンクであり、雑誌『アメリカン・ルネッサンス』は、人種と知能の関連に焦点を当てていたとされる。

SPLCはテイラーを過激な人種差別主義者と認定している。そうしたシンクタンクや雑誌が生まれたのが1990年、つまりアイデンティティ・ポリティクスを左派の立場から批判するシュレジンガーの『アメリカの分裂』が出版されたのとほぼ同時期である点に注意を喚起しておきたい。

また、冷戦集結とともにグローバル経済がまさに大進展していく時期でもあった。

もう1点、注意を喚起したいのは、テイラーが宣教師の子として16歳まで日本で育ち、イェール大で哲学を学び、フランスのエリート校であるパリ政治学院で国際経済の修士号を得ている点だ。日本語とフランス語に堪能と言われる。この日本との関連は、次に考える若手論客リチャード・スペンサーにおいても注目される。

「オルタナ右翼」の穏健化

スペンサーの主宰する「国家政策研究所」がトランプ大統領の当選翌週の11月19日にワシントン市内でオルタナ保守系諸組織を集めた祝賀会を開いた際、「ハイル・トランプ(トランプ万歳)」と叫んでナチス式に右手を斜め上に掲げた敬礼をしている映像がテレビで放映され、大きな論議を呼んだ。

スペンサーは、イァノプロスのオルタナ右翼分類では「1488族」に近い論客と考えていいだろう。

そのスペンサーについては、進歩派の『マザージョーンズ』誌オンライン版がトランプ当選の10日ほど前に詳細なインタビューに基づく優れた報道を行っている。スペンサーは現在、モンタナ州のホワイトフィッシュという人口6000人ほどのスキーリゾートを拠点に活動している。

マザージョーンズはスペンサーの思想を次のように要約する。

アメリカの白人は多文化主義とずさんな移民政策によって危機に直面している。主流派保守はそうした問題の解消に取り組んで来なかった。アメリカは独裁制による「新たなローマ帝国」を目指すべきだ。市民権の条件は白人であること......ただ、そんなアメリカの実現は夢のような話だと当人も自覚しているから、当面は政策議論の方向性を自分の考える方に向けさせることが目標なのだという。

スペンサーにとって、バノンやその腹心イァノプロスは、オルタナ右翼を穏健化させようとしているとしか見えない。バノンらは人種に焦点を当てた考え方を捨て、目標を「欧米の価値観(Western values)」の擁護と「PC(政治的正しさ)」による言葉狩りとの戦いに重点を置こうとしているからだという。【Meet The White Nationalist Trying To Ride The Trump Train to Lasting Power, Mother Jones, Oct. 27, 2016】

東洋からのインスピレーション

この記事には不思議なかたちで日本が登場する。たとえば、記事はホワイトフィッシュのホテルのレストランで、スペンサーが箸を巧妙に使って「唐辛子(togarashi)」で味付けしたキハダマグロ料理を食べながらインタビューに応じるシーンから書き起こされる。

記者に強い印象を残したのであろう。昨年8月下旬、ヒラリー・クリントン候補がトランプ陣営はオルタナ右翼に乗っ取られたと非難する演説をネバダ州で行った時、スペンサーは休暇を東京で過ごしていて、ホテルのテレビでこの演説を聴いたことも紹介される。

さらに、スペンサーは30歳になる直前、アジア系アメリカ人女性と付き合っていたが、それを隠そうとしていることも記事は暴いている。

マザージョーンズ誌記者は、スペンサーのような白人民族主義者は東洋からインスピレーションを得ようとする傾向があると指摘する。またヒトラーが、日本と中国の古い文明はドイツに優るとも劣らないと評価していたことと関係しないかとも推測している。

スペンサーとジャレッド・テイラーだけでなく、白人民族主義のアメリカ自由党の党首ウィリアム・ジョンソンも日本語に堪能といわれる。ミーム・チームが、『2ちゃんねる』を模した『4chan』『8chan』を舞台に言論を展開していることも含め、日本(文化)とオルタナ右翼の親和性のようなものは、考察を必要とするテーマだ。

社会心理学者ジョナサン・ハイトによれば、保守的心理とは「多様性よりは同質性、変化よりは安定、平等主義よりは階層と秩序」を重んじることである。ブライトバート・ニュースのイァノプロスらによれば、オルタナ右翼の中核である本来的保守主義者は、この心理を強く抱いているという。

「同質性、安定、階層秩序」こそ、オルタナ保守と日本文化の親和性の核なのかもしれない。そして、アメリカ文化がむしろ「多様性、変化、平等」に重きを置く側なのだとしたら、日米関係は最後はすれ違わないか。気になる。

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会田弘継

青山学院大学地球社会共生学部教授、共同通信客員論説委員。1951年生れ。東京外国語大学英米科卒。共同通信ジュネーブ支局長、ワシントン支局長、論説委員長などを歴任。2015年4月より現職。著書に本誌連載をまとめた『追跡・アメリカの思想家たち』(新潮選書)、『戦争を始めるのは誰か』(講談社現代新書)、訳書にフランシス・フクヤマ『アメリカの終わり』(講談社)など、近著に『トランプ現象とアメリカ保守思想』(左右社)がある。

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(2017年2月22日フォーサイトより転載)

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