ポン・ジュノ監督が傑作『パラサイト 半地下の家族』で描いた、残酷なまでの「分断」

「私がこのテーマで映画を作ったのは、まったく特別なことでも不思議なことでもありません」
ポン・ジュノ監督
ポン・ジュノ監督
Jun Tsuboike / HuffPost Japan

『殺人の追憶』や『母なる証明』を手がけたポン・ジュノ監督の最新作『パラサイト 半地下の家族』が、2020年1月10日に全国公開を迎える。国際的に高い評価を受けている本作は、日本でも公開前から話題で、Twitterには一足早く鑑賞した映画ファンからの熱狂的なコメントが相次いでいる状況だ。

反響を受け、12月27日からTOHOシネマズ日比谷、TOHOシネマズ梅田の2館で先行公開もされる。

作品が映し出すのは、強烈な格差社会と分断だ。貧しい家族がIT企業を経営する金持ち一家に“寄生”していく。序盤はそのさまがコミカルに描かれるものの、次第に不穏な空気が流れはじめ、やがて思わず息をのんでしまうような事態に展開していく。

「この映画は悪役がいない悲劇」だとポン・ジュノ監督は言う。いったいどんな作品なのか?

『パラサイト 半地下の家族』より
『パラサイト 半地下の家族』より
©︎2019 CJ ENM CORPORATION, BARUNSON E&A ALL RIGHTS RESERVED

物語は、その日暮らしの貧しい生活を送るキム一家の長男ギウが、裕福なパク社長一家で家庭教師をはじめるところから幕を開ける。

キム一家は全員が失業中で、地盤面より低い“半地下住宅”に住んでいる。部屋の中は日の光が入りづらく、壁はカビで黄ばんでいる。水圧が低いためトイレは室内の一番高い所に不自然に配置されているが、そこでしか隣の家が飛ばすWi-Fiの電波を拾えない。

半地下の住宅で暮らすキム一家
半地下の住宅で暮らすキム一家
©︎2019 CJ ENM CORPORATION, BARUNSON E&A ALL RIGHTS RESERVED
トイレでWi-Fiの電波を拾う。
トイレでWi-Fiの電波を拾う。
©︎2019 CJ ENM CORPORATION, BARUNSON E&A ALL RIGHTS RESERVED

半地下住宅は日本では馴染みが薄い存在だが、韓国のソウルを歩くと頻繁に目にする機会があるという。

韓国の広範囲に半地下住宅があり人口の半分がそこに住んでいる、というわけではありません。しかしながら、韓国の低所得者層のうち約10%がそのような住宅に暮らしているという統計が出ています」

その多くは、人が住むために建てられたものではない。

もともとは、戦争に備えるための「防空壕」として設置された。韓国政府が1970年、北朝鮮との間に有事があった場合の避難所として、地下室の建設を義務付けたのだ

しかし、ソウル市内の人口と集合住宅のニーズの増加に伴い、半地下や地下部屋は価格帯の低い賃貸物件として利用されるようになった。そして、韓国都市部の貧困を象徴する存在の一つになったという。

韓国統計庁の2015年人口住宅総調査によると、韓国では約36万世帯が半地下または地下住宅に住んでいる。全世帯のうち、その割合は実に1.9%を占める。

対するパク一家は、高台の閑静な住宅街に建てられた豪邸に暮らしている。その貧富の差はあまりにも歴然だ。

パク一家が住む豪邸
パク一家が住む豪邸
©︎2019 CJ ENM CORPORATION, BARUNSON E&A ALL RIGHTS RESERVED

半地下住宅だけではなく、作品には現代の韓国社会への皮肉も散りばめられている。大学受験に失敗しつづける長男、予備校に通う金がなく美大に進学できない長女、アメリカナイズされた金持ち一家…。

本作は、韓国で動員1000万人以上と大ヒットを記録しているが、そうした社会風刺が多くの観客の心を掴んだのだろう。

Jun Tsuboike / HuffPost Japan

ポン監督へのインタビューは、アメリカで一般公開を迎えて数週間が経った11月初旬に行われたが、韓国の観客とは反応の違いを感じたという。

アメリカでは、予測不可能で活力のあるストーリー展開を楽しんでいる観客が多いような気がします。韓国では、そういった反応もありますが、自分の周囲で実際に起きていたり、見かけたりしている出来事としてこの作品を鑑賞している人が多いと感じています。この物語を『現実的なもの』だと感じているのでしょう」

Jun Tsuboike / HuffPost Japan

本作は韓国特有の問題を扱いながらも、格差や分断といったテーマを普遍的に描いていた。

2019年のカンヌ国際映画祭では満場一致で最高賞のパルムドールを受賞。ゴールデングローブ賞では監督賞、脚本賞など3部門にノミネートされ、アカデミー賞での受賞も有力視されている。

「私がこのテーマで映画を作ったのは、まったく特別なことでも不思議なことでもありません」とポン監督は言う。

「これまでも数多くのクリエイターがこの問題を取り上げ、作品で描いてきました。創作者とは、現代の人々が生きているその時代を映し出す者です。資本主義の時代を生きる私たちが直面している格差の問題は、創作者にとって避けては通れない問題だと思っています」

ポン監督が指摘するように、近年の映画界では格差や貧困問題などを扱う作品が注目を集めている。2018年のパルムドール受賞作である是枝裕和監督の『万引き家族』や、賛否両論を巻き起こしたアメコミ映画『ジョーカー』なども同様のテーマを描いていた。

「是枝裕和監督の『万引き家族』は、国家や社会構造のシステムからはみ出し、そこから隠れようとしている人々を描いていました。これは、今の時代の本質を鋭く見抜いていると感じています」

Jun Tsuboike / HuffPost Japan

<注:以下、作品解釈につながる記述があります。ネタバレは含みませんが、前情報を入れずに作品を観たい方は、鑑賞後にお読みください。>

『万引き家族』は、犯罪を繰り返しながら生計を立てる貧困家族が外部の介入によって解体させられる物語だった。

ポン監督の『パラサイト』では、「富裕層=持てる者」と「貧困層=持たざる者」の分断がよりはっきり描かれるが、「わかりやすい悪役がいない」という面で是枝監督作と共通している。

冒頭に記したポン監督の「悪役のいない悲劇」という言葉が表すように、金持ちのパク一家は決して「悪」ではない。邪心がなく、人の言うことを鵜呑みにしてしまうような無垢さもある。

しかし、物語が進むにつれて、次第に「持てる者」であるパク一家の残酷さが浮き彫りになっていく。

パク一家
パク一家
©︎2019 CJ ENM CORPORATION, BARUNSON E&A ALL RIGHTS RESERVED

「『一線を越えるな』という言葉が、パク社長を表現するキーワード」だとポン監督は説明する。

「彼らは見えない線を引いていて、その線を越えた外の世界にはまったく関心を持っていません。たとえ目に見えていたとしても、線の外にいる貧しい人たちのことは、まるで見えていないかのように行動するのです。幽霊のように、いないものとして扱っているんです。この作品は、その見えない一線が越えられた時に起きてしまう悲劇を描いています」

そして、その「見えない線」は現実に存在しているものだ、とも強調する。

韓国では、経済格差の広がりが社会問題となっている。OECD(経済協力開発機構)の調査では、若年層の失業率は増加傾向にあり、生まれる家の所得によって子どもの人生が左右されることを表す「スプーン階級」という言葉も話題になった。

そうした問題はもちろん韓国に限った話ではない。日本は先進国の中でも相対的貧困率が高く、約6人に1人が貧困状態にある(2017年のOECD調査結果)。非正規雇用と正規雇用の賃金格差が問題視され、女性の社会進出も遅れをとっている。

「飛行機に乗れば、ビジネスクラスとエコノミークラスに分かれていて、すぐにその線を感じることができますよね。資本主義という名の下では、誰にでも平等な機会が与えられ、はしごをのぼることで階層や階級も飛び越えることができると言われてきました」

「しかし、現実には、『見えない線』が厳然として存在している。そして、今の時代は異なる階層を繋ぐはしごがすでに腐敗し、崩壊寸前のところにきているのではないのではないかと思っています」

世界が直面している問題を再認識させるように、ポン監督は作品を通して警鐘を鳴らす。韓国の鬼才が届ける悲喜劇の顛末を、ぜひ劇場で目撃してほしい。

Jun Tsuboike / HuffPost Japan

(聞き手、執筆:生田綾 @ayikuta / 写真:坪池順 @juntsuboike

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