これからの経済
2020年03月18日 12時04分 JST

編集の経験がないから、文藝春秋を変えられた。経理出身の中部嘉人社長が語る「noteとコラボする理由」

編集系以外から34年ぶりに起用された中部嘉人社長はコラボについて、「デジタルに近いところにいる人は若い人たちですから。任せることに決めました」と話す。

Eriko Kaji
文藝春秋の中部嘉人社長

「文春砲」と呼ばれるスクープの連発で知られる老舗出版社、文藝春秋。3月18日発売の『週刊文春』では、学校法人「森友学園」への国有地売却問題の対応にあたり、2018年に自殺した財務省近畿財務局の男性職員の「手記」全文を掲載し、大きな話題になった。

同社は、デジタル化にも力を入れる。創刊100年に間もなく迫る月刊誌『文藝春秋』では、有料課金型のデジタル版を開設した。自社でシステムを開発するのではなく、文章や写真などを自由に投稿できる「note」を使うことにした。

どんな記事を読みたいのか、Twitterでアンケートを取ったり、ネットの書き手を月刊誌でデビューさせたり...新しい試みにも挑戦している。

同社のトップは、2018年に就いた中部嘉人(なかべ よしひと)社長だ。同社では、月刊誌『文藝春秋』編集長経験者らがトップにつくことが多かったが、中部社長は経理局や営業局の勤務が長い。編集系以外の就任は34年ぶりだった。

作家を担当したり記事を執筆したりする「編集経験」がないトップだからこそ、文春はデジタルシフトがうまく行ったのか?中部社長にハフポスト日本版が単独インタビューを行った。

Eriko Kaji

文藝春秋がnoteと「組んだ」理由 

ーーいま勢いのあるnoteと老舗の文藝春秋が手を組むということには驚きの声が上がりました。

2019年11月にスタートしたばかりですが、なかなかいい手応えを持っています。 

私もアプリをインストールして見てみたんですが、noteは非常に読みやすいですよね。月刊『文藝春秋』の紙版は縦書きで文章も長い。

デジタルで読むと途中で嫌になってしまうのではと思っていましたが、写真が多く字の大きさや行間も絶妙なので、横書きで読んでみてもまったく抵抗感なく読めます。

ーー社長は、noteのことを知っていたのでしょうか?

存在は知っていたのですが、あまり使ったことがありませんでした。

月刊『文藝春秋』のデジタル版を立ち上げるという企画が社内から上がった時は、noteという名前は上がっていませんでした。

最初はかなり大掛かりな規模の企画だったのですが、『文藝春秋』のような長い記事が掲載されている媒体がデジタルに適しているか、という点には不安がありました。そこまで大きな投資をするのはリスクがあるのではないかと。

「デジタルはやるべきだ」と思いつつも、やるからには「小さくスタート(スモールスタート)するのが良いのではないか」と返しました。そこであがってきたのが、noteさんと協業する、という案でした。

Eriko Kaji

ーーその提案者でもあり、企画を中心となって進めたのは30代前半の若手編集者です。

企画を進めたのは『週刊文春』の経験もある30代前半の『文藝春秋』編集部員ですが、彼のような若い人間が、しっかりした調査・検証の上でプレゼンテーションをしてくれました。提案を聞いた時から良い印象を持ちましたし、これはいけそうだと思いました。

デジタルに近いところにいる人はやはり若い人たちですから。任せることにしました。紙媒体の売上げがこれまでのような数字を上げられないという危機意識は、誰もが共通認識として持っていますので、すぐに賛同は得られました。

Eriko Kaji

ーー『文藝春秋』は看板雑誌で、およそ100年の伝統と歴史をもっています。デジタル版は自社で開発し、こだわって出したい、という思いはなかったのでしょうか? 

確かに、社名雑誌であり、看板雑誌である月刊『文藝春秋』は社員皆が愛着を持っており、大事にしなくてはいけないという思いを持っています。

雑誌全体の売行きが厳しくなってきているのは現実としてありますし、『文藝春秋』も紙プラスαでマネタイズして存続させなくてはいけない。その一つの手段としてデジタルは欠かせないものだと思っています。

(編集部注:日本雑誌協会によると、『文藝春秋』の発行部数は38万1667部20197月〜20199月の期間)

noteは技術力もありますし、ユーザーインターフェースも完成されている。その上で初期投資を抑えて、スピード感を持ってスタートができるというところに非常に魅力を感じましたし、両社の考えがマッチしたと思います。 

Eriko Kaji

「文春砲」とは一味違う、『文藝春秋』デジタル版

 《『文藝春秋』デジタル版では、ネット的な取り組みも行なっている。

 201911月には、麻薬取締法違反の罪で起訴された沢尻エリカさんに関する記事について、「『文藝春秋digital』にやって欲しい記事は次のうちどれですか」とTwitter上で意見を募った。アンケートの結果、「沢尻さんの映像作品を過剰に自粛する風潮について考えるオピニオン記事」の回答が最多を占め、その答えは実際に誌面づくりに反映された。

同じ出版社でも、「週刊文春」は沢尻さんの薬物使用疑惑を積極的に報じており、対照的でもあった。》 

ーーTwitterでアンケートを募り、読者と誌面を作るというやり方に新しさを感じました。

デジタルの時代だからこそできることだと思います。編集部の若い人たちを中心に、SNSのツールを駆使しながら読者のニーズはどこにあるのか探求し、誌面にも反映させていく。それは非常に重要なことだと思います。

——ハフポストでも、読者の意見はすごく参考にしています。一方で、「読者に寄り添う」ことを意識するあまり、独自性が薄れる心配はないでしょうか。

そこが編集者の腕の見せ所で、読者のニーズに対してどのように答えていくのがベストなのか、ということを日夜考えることが編集者の仕事ですから。

編集者は培ってきた人間力と企画力、そして人脈を駆使して、読者ニーズを超えるコンテンツを提供する。それを紙媒体でもずっとやってきたわけです。そこは絶対的な自信を持っているので、読者に寄り添い過ぎてしまうのでは、という心配はしていません。

Eriko Kaji

――沢尻さんのニュースでもそうですが、特にTwitterでは、薬物や不倫などのスキャンダルを過剰に報道することへの「疑問」も出てきています。いわゆる「文春砲」をはじめとしたスキャンダルに対する世間の考え方に対して、変化を感じますか?

ユーザーの意識の変化を捉えるというのは非常に難しいことです。

雑誌やテレビだけでは変化は掴めないですし、色々な人に会って話を聞くことはもちろん、SNSを使って読者の声を聞く必要性を感じています。 

「文春砲」に関しては、不倫ばかり追いかけすぎだよ、という声があることは承知しています。しかし、同時に現役閣僚の不祥事もスクープしています。週刊誌ジャーナリズムがないと世に出ないことがあることも事実なのです。

ファクトを積み重ねた調査報道としての週刊誌ジャーナリズムの意義は間違いなくあると思います。

Eriko Kaji

ビジネス感覚を持った編集者が育ってきている

20186月に文藝春秋の代表取締役社長に就任した中部社長は、経理局や営業局出身。同社で編集畑以外の役員が社長に就任するのは34年ぶりだったという。

そのメリットについて、「一言で言えば会社の数字がわかっているというところに尽きると思います」と中部さんは話す。》

ーー先ほど「社員の誰もが危機感を共通認識として持っている」と話していました。今は記者や編集者がビジネス感覚を持つことも必要とされていると思いますが、その文化を浸透させるために工夫されていることはあるでしょうか?

月1度のペースで業務報告を行なっているのですが、具体的な数字を出して全社員にフィードバックするようにしています。

――全社員に...。反応はどうでしょうか?

これまでは、「数字よりもいい記事を書き、いい本を作ることが第一」という風潮が強い会社だったんですが、そこから「自分たちも数字を把握しなくてはいけないんだ」と意識が変わってきているように感じています。

もちろん出せる情報と出せない情報がありますが...そもそも、社員側から「共有があるべきだ」という意見があり、その意見をふまえて全社員に提示するようにしました。

時代の変化とともに、まさしくビジネス感覚を持った編集者が育ってきているような気がします。

ーー中部さんは経理畑出身ということで、会社のビジネス面をずっと見てきました。一方で、出版などのコンテンツビジネスは、数字が全てではない、必ずしも合理的に判断できない世界でもあると思います。編集とビジネスをどう棲み分けているのでしょうか。

本物の編集現場とはどうあるべきか、様々な意見があると思います。ですから色々な人に話を聞きながら判断していくようにしています。

一番大事なことは、風通しを良くしていくことで、ものを言いやすい空気を作っていくこと。上から押し付けるということはしたくないですし、編集部の独立性というものを何よりも尊重していきたいと思っています。

Eriko Kaji

ーーnoteと組むことで、今後のデジタルメディアの未来について、どう希望を持っていますか?

デジタルにシフトする必要性は感じていても、紙は紙として重要だと思っています。ただ、10年前に今の状況が予想できなかったように、10年後の新聞、雑誌などの紙媒体がどうなっているかはもっと予想がつかないのではないかと思っています。

経営側の立場からすると楽観的な見通しはできませんし、よりデジタルで情報を得る人たちが多くなってくると思います。

ただ、今まで紙で読んでいたような情報が求められなくなる、ということではない。それは間違いないと思うんですね。

編集力や取材力、それぞれの社員が持っている人脈の力には自信を持っていますので、きちんとしたファクトに基づく情報をデジタルにも展開していくことで、会社を支える柱の一つとして大きく育っていってほしいと思っています。

Eriko Kaji