「スーパーヒーローには、どんなアイデンティティーでもなれる」トランスジェンダーで聴覚障害を持つ俳優、チェラ ・マン

「先駆者の歴史を学び、信念を曲げずに生きてきた人たちを見た経験は、私の道を切り開いてくれた」
Laurel Golio for HuffPost

Photos by Laurel Golio

一体誰が、スーパーヒーローなれるのか?ハリウッドはこれまで、マントとタイツを着る役を「異性愛者の白人男性」に限定してきた。しかし映画「ブラックパンサー」や「ワンダーウーマン」の成功は、従来の物語よりも、それを打ち破る登場人物を観客が求めていることを裏付けているともいえる。

ニューヨーク市ブルックリンに拠点をおくアーティスト、チェラ・マン(20歳)は、自らのアイデンティティーが映画で誠実に描写されているのを見たことがない。ヒット作では特に、彼のような、聴覚障害者でトランスジェンダーの、中国・ユダヤ系の人物を見ることはない。

それにもかかわらず、マンはドラマ「タイタンズ」シーズン2で、無言で犯罪に立ち向かうジェリコ役で、スーパーヒーローに変身することが決まった。DCユニバース初の、障害を持つトランスマスキュリン俳優として歴史を刻むことになる。

これは、マンのために作られた役とも言える。どの俳優がどのような役を演じるべきかという論争が続く中で、彼の採用はマイノリティの誠実な描写にとって紛れもない快挙として祝福された(映画「Rub & Tug」でトランスジェンダーの男性役に抜擢され、降板したスカーレット・ヨハンソンとは違って)。

活動家、モデル、SNSのスターでもあるマンは、InstagramやYouTubeを自分の声を発信する場にして、着実にファンを集めていった。動画や文章を通じて彼の生活、恋愛関係、性別移行、そしてそれらの合間にある全てをありのまま発信しつつ、自分が持つ数あるアイデンティーを特殊なものとしてではなく、毎日の現実として描いている。

マンは自身への注目が上がり続ける中でも、自分が属するコミュニティのため、そして若いLGBTQの世代のロールモデルになるために活動を続けている。ヒーローとは何なのか。交差するアイデンティティーの可能性とプレッシャー、そして彼の輝かしい未来について語ってもらった。

■ドラマ「タイタンズ」への採用が発表された時、ネットの一部では大きな話題になりました。俳優活動を始めようと思ったきっかけは何でしたか?

この体がようやく「自分のものだ」と感じられるようになり、自分の外見と内面の両方が「自分だ」と感じられるようになりました。自分が何者であるか、ということよりも、それ以外の自分の人格を模索できるようになったのです。なので演技はそれにピッタリでした。

■毎日の生活の中にある喜びや困難、成功や失敗などを発信しているのがとても魅力的だと感じました。普段私たちの目に入っていくるクィアの人の生活といえば限定されていて、それも寂しい描写が多いですが、このようにオープンであることにファンが惹かれていると思いますか?

自分が自分だけの代表であることですね。私だけでなく、誰でもスマホを持っていれば自分を代表できて、身近な存在になりえて、「ああ、好みじゃないんだよね」といってくる大企業を挟まなくて良いのはすごい力だと思います。誰の好みにならなくても良くて、何を発信するかは私たちに選択があるのです。

■いくつものアイデンティティーの交差点に立つことによって、それぞれのコミュニティを代表しなければいけないというプレッシャーは感じますか?

全ての人のために、代わりに戦うことはできないということをいつも考えています。1人分の要素しか持ち合わせていないので、全ての人のアイデンティティーとその視点を発信することは不可能です。社会の周縁に置かれている一員として自らを可視化させるということは、周縁に置かれているコミュニティの中からより多くの人に光をあてるということ。自分には必ずしも代表することのできない経験を、コミュニティの誰かが持っているからです。

持っているアイデンティティー間での共鳴はどうでしょう。クィアの人たちにとって、自分が誰であるかを発信するのが難しいことがありますが、あなたは聴覚を失ったことによって自分のジェンダーやセクシュアリティの理解が深まったということはありましたか?

どんな困難であろうと、それを乗り越えた経験は次の障害を越える助けになります。悩んでいた頃は、1つずつというよりも全部同時にやってきました。聴覚に関しては医学的なことだったので、それを説明する言葉があって、周りがそれをくれました。同時進行でジェンダーとセクシュアリティの葛藤もあって、誰もそれを説明する言葉や、悪いことではないことを教えてくれなかったので、時間がかかりました。聴覚を失った経験は言葉の力を教えてくれました。将来、自分のクィア・アイデンティティーを言語化することが重要になるということも無意識に気付かせてくれたと思います。

■スーパーヒーローはポップカルチャーの中である意味、理想の男らしさを体現してきましたが、実際そんな人間が存在するのかという問題もあります。小さいころにコミックスを読んで、自分のような人間が描かれているとは感じましたか?

性差別や女性嫌悪という文脈では自分が描かれているとは全く思わなかったのですが、人を助ける場面では自分と同じだと感じました。スーパーヒーローになるには制限がないことを見せてくれたDCには感謝しています。どんなアイデンティティーを持っている人でもスーパーヒーローになりうる。自分は幸い、周りにいた愛する人たちのおかげで気付けていましたが、それを誠実に描写し、代表するということは革命的です。この二極化された世界で育つ子ども達に、男女のどちらでも、異性愛者でもなく、障害があっても人を助けることができて、スーパーヒーローにもなれるということを見せたいです。

もしも大手映画スタジオを任されたら、どのような物語を見たいですか?

私のような人が登場するラブストーリーを見たことがないですよね。障害を持つトランスジェンダーの人が登場する映画で、障害を持つトランスジェンダーの人にその役を誠実に演じてほしい。そういう人たちが恋に落ちて、それに伴う困難を乗り越える物語を見れる日を、生まれた時から待っています。

■え、そのラブコメ今すぐ見たい。ハリウッド早く!

でしょう!待ってる!まだ?みたいな!いつか今の彼女と恋に落ちるまでのストーリーを書きたいと思っています。私たちは多くのステレオタイプを破りました。私が告白したのはホルモン投与を始める前。彼女は間違いなく異性愛者に見えましたが、外見がセクシュアリティと等しいことはありません。それ以来、彼女は2人で話せるようASL(アメリカ手話)を学び、性別移行を初めた時からずっと一緒にいてくれました。自分に価値があって、愛をこのように受け入れられるとは思いませんでした。

■最近、どの俳優がどのような役を演じるべきかといった論争が過熱しています。この問題についてどう思いますか?

障害者の役のわずか5%にしか、障害者の俳優は起用されていません。何年にもおよぶ苦労やそのアイデンティティーに深い理解がない俳優が採用された場合、不誠実な描写になることがよくあります。社会の周縁に置かれている人たちの多くが仕事を受けられていない現状、実際それらの経験を持っている彼らを採用してほしいです。トランスジェンダーの俳優がシスジェンダー(身体的性別と性自認が一致している人)の役に採用されたり、知覚障害者の俳優が健常者の役に採用されるのが当たり前になるまで、私たちのアイデンティティーと同じ役に採用される機会が平等であるべきだと思います。

■トランスジェンダーや聴覚障害者にまつわる話で、聞き飽きたようなことはありますか?

一番は男女二元論で、FTMかMTF(生まれ持った体が女性で性自認が男性か、生まれ持った体が男性で性自認が女性)のどちらかにしか性別移行しないということです。医療処置で性別移行しない人もいて、その人たちは医療処置を受ける人たちと比べてより不完全なトランスジェンダーというわけでもありません。男女のみ可視化されることによって自らの経験がまるで無いものにされ傷付いている人がコミュニティに多くいます。グラデーションがより誠実に描写されていれば ... そもそも描写があれば ...多くの人にとって発想が変わるきっかけになると思います。誰もが立ち上がって「これが私、これが私のアイデンティティーです」と言うだけで十分になると良いなとも思いますが。

それと、聴覚障害にもグラデーションがあるということ。音が全く聞こえないか、聞こえるかのどちらかという誤解を多くの人がしています。私のように、その間にいる人たちもいるんです!

全ての人のために、代わりに戦うことはできないということをいつも考えています。1人分の要素しか持ち合わせていないので、全ての人のアイデンティティーとその視点を発信することは不可能です」というチェラ・マン
全ての人のために、代わりに戦うことはできないということをいつも考えています。1人分の要素しか持ち合わせていないので、全ての人のアイデンティティーとその視点を発信することは不可能です」というチェラ・マン
Laurel Golio for HuffPost

■ユダヤ人としてのアイデンティティーも大事にしていると聞きました。宗教と関わるLGBTQの人たちに対してクィアコミュニティは拒絶的であることがありますが、ユダヤ教の信仰は今の生活においてどのような支えになっていますか?

ユダヤ人はとても早い時期からホロコーストについて教わります。人がどれだけ嗜虐的になれるかを7歳ごろに知ると、世界の残酷さに直面しても驚かなくなります。社会の周縁に置かれてきた先駆者の歴史を学び、信念を曲げずに生きてきた人たちを見た経験は、私の道を切り開いてくれました。例えば、アンネ・フランクは「私は理想を捨てません。どんなことがあっても、人は本当にすばらしい心を持っていると今も信じているからです」と、誰かに見つかるかも知らないまま日記に書いたのです。彼女は私にとってのロールモデルです。

2016年大統領選の数ヶ月前、高校にドナルド・トランプが演説をしに来たという逸話を聞きました。

逸話…というかホラー!

■どのような日でしたか?

1日中、友達2人と抗議していました。ペンシルベニア中部では、私と同じような意見を持っている人はあまりいませんでした。他のクラスメイトたちが建物へと入っていく光景は、今でも差別を受けて反論する時の糧となっています。同時に、共に育った人たちでもあるので悪い人たちではないことを知っています。彼らが、自分たちを悪人だと感じてしまう描写をしてはいけません。社会の周縁に置かれた多くの人たちがそれをできないのは、傷付けられた後にそれを癒す方法や特権がないけれど、確かで強い怒りはあるからです。私には特権がある。自分の怒りを飲み込んで中立的に議論に挑み、相手が理解できる方法で反論するのが私の責任の一つです。

商業化、警察との関係、ダイバーシティの問題などによって、プライド月間の意義が複雑化しています。あなたにとってプライドとは何ですか?受け入れるべき、もしくは批判するべきだと思いますか?

プライドは1カ月に限定されるものとは思いません。プライドは常にあるものと考えています。クィアの人が一般的に受け入れられ始めているのは重要です。なぜなら、大型な公共のイベントで、クィアの人たちが支持されていることが示されるからです。けれどもクィアの人としては、私たちはいつもプライドを持っていて、盛大なパレードが必要とは限らないと思います。

50年前の6月、ニューヨーク市のあるバーで暴動がおきた。警察によるLGBTQの人の理不尽な取り締まりが発端となった反乱は、事件があったバーの名前をとって「ストーンウォールの反乱」と呼ばれ、その後に続いた抵抗運動はやがて世界を、そして歴史を揺るがした。

私たちは今、ストーンウォールの後の世界を生きている。

アメリカでは2015年に同性婚が認められた一方で、現在トランスジェンダーの人たちの権利が大統領によって脅かされている。日本ではLGBTQの認知が徐々に広がっているが、学校のいじめやカミングアウトのハードルがなくならない。2019年のバレンタインデーには同性カップル13組が同性婚の実現を一斉提訴し、歴史的一歩を踏み出した。

6月のプライド月間中、ハフポストでは世界各国で活動する次世代のLGBTQ変革者たちをインタビュー特集で紹介する。様々な偏見や差別がある社会の中で、彼らはLGBTQ市民権運動の「今」に取り組んでいる。「Proud Out Loud」ー 誇り高き者たちだ。ハフポストは心から彼らを誇りに思い、讃えたい。

注目記事