「マンガを描く力で、恩返しを」ちはやふる基金、設立の思いを末次由紀さんに聞いた。

大人気漫画『ちはやふる』のモチーフになった「競技かるた」の支援を行うため、個人や企業に寄付などを呼びかけている。

競技かるたに情熱を注ぐ高校生たちを描いた人気マンガ『ちはやふる』の作者・末次由紀さんが発起人となり、競技かるたの支援を行う「ちはやふる基金」が設立された。

スローガンは「かるたを愛するみんなのために」。個人サポーターや企業スポンサーから募った寄付金や『ちはやふる』関連グッズの収益金を基に、かるたの情報発信や大会の運営支援などを行っていくという。

マンガの連載開始から12年。なぜ今、基金を設立したのか。

末次さんと、基金の理事を務める2人に、設立のきっかけや競技かるたへの思いを聞いた。

当初、理事の2人に話を聞く予定だったが、近くで仕事中だったという作者の末次さんが取材場所に駆けつけ、取材に飛び入り参加した。
当初、理事の2人に話を聞く予定だったが、近くで仕事中だったという作者の末次さんが取材場所に駆けつけ、取材に飛び入り参加した。
ハフポスト日本版

何か恩返しをしたい。でも私にはマンガしか描けないし…

「私はこれまでずっと受け身で、いろんな人にチャンスのドアを開けてもらってきました。でも、私ももう、誰かのドアを開ける側にならないといけないと思ったんです」

末次さんは、基金への思いをそう表現する。

2019年、『ちはやふる』の連載が最終局面に入り、「お世話になったかるたの世界に恩返しをしたい」という思いが強くなったという末次さん。最初に思いついたのは、競技かるたの日本一を決める大会が開かれ、これまで何度も訪れたことのある「近江勧学館」(滋賀県大津市)に温水便座付きトイレを贈ることだった。

「何か恩返しをしたいと思った時、トイレの便座を温かくするくらいなら私にもできるなぁって思ったんです。近江勧学館のトイレは和式2つ、洋式が3つ。冬のトイレは寒くて…。コンディションを大事にしている名人やクイーンも使うのだから、と」

「ただ、話をしていくうちに、お世話になった方たちの役に本当に立ちたいのなら、そこじゃないなって感じるようになりました。競技を志す方たちや運営の皆さんが本当に困っているのって、そこじゃないって気づきはじめたんです」

2007年12月に『ちはやふる』の連載が始まって以来、作品の人気の高まりとともに、競技かるたを楽しむ人の数も急増した。

しかし、活気付く一方で、大会出場者の増加によって会場の追加手配が必要になり運営費用がかさんだり、競技かるたを始めたいと思う若者に対して指導者の数が追いつかなかったり、という課題も出てきた。さらに、トップ選手であっても賞金の出る大会がほとんどないため、交通費などの負担も重く、以前から選手の頭を悩ませている苦しい状況もあった。

末次さんはそうした課題を知るうち、『ちはやふる』の登場人物・若宮志暢(わかみや・しのぶ)にこう言われているような気がしたという。

“あんたは何もせんのか 大人やのに”

「ちはやふる基金、はじめます!のマンガ by 末次由紀」より
「ちはやふる基金、はじめます!のマンガ by 末次由紀」より
©末次由紀/講談社

末次さんはいう。

「やっぱり心のどこかで、『かるたのことはそちらの皆さんで何とかしてくれるだろう』って思っていた部分があったんですよね。私にはマンガを描くことしかできませんし。でも、そのマンガを描く力を使って、お世話になった人たちに本当の意味での恩返しをしなきゃいけないんじゃないかって。そう思うようになったんです」

こうした経緯は基金のサイトと合わせて公開された『ちはやふる基金、はじめます!のマンガ』でも描かれており、話題を呼んでいる。

(マンガ全ページを基金の許可を得て記事末に掲載しています)

競技かるたを応援することが、違うものまで照らすかも…

何ができるか模索していた時、友人から「基金を設立したら?」と提案を受け手探りで設立に向けて動き始めた。2019年初夏のことだ。

基金と聞いて末次さんの頭に浮かんだのは、人気マンガ『宇宙兄弟』から派生した「せりか基金」だった。「せりか基金」は、作中で取り上げた難病ALS(筋萎縮性側索硬化症)の治療方法を見つけるための研究開発に役立てるために設立。「宇宙兄弟はALSを決して、忘れません」と呼びかけ、寄付を募っている。

「私も競技かるたを頑張っている子どもたちに『ちはやふるは、ずっと君たちを応援するよ』って言いたい、と思いました。僭越だけど、好きなマンガの作者がいつまでも、自分たちのことを見てくれているって信じられたら、すごく勇気になる気がして…」

「それに、せりか基金の活動は、ALS関係者はもちろんのこと、ALSに直接関係ない私もすごく励まされました。つまり、もしかしたら私も、私が競技かるたを応援することで、違うものまで照らすことができるんじゃないかと思ったんです」

基金は必ずしも、子どもたちや協会のためだけではない。自分のためでもある、と末次さん。

「基金があることで、たとえ連載が終わっても、私が『ちはやふる』の世界を描き続ける理由になる。たとえば寄付のお返しで4コママンガを描くとかね。あの子たちと離れたくないから、描き続ける場がほしかった、というのもあるんですよね」

「良かれと思って」で、かるたの精神を踏みにじりたくない

基金を設立するまでは、もちろん苦労もあった。

長い歴史のある競技かるた。関わる人たちは、「かるた愛」に溢れる人ばかりだ。まずは丁寧に思いを伝えることから始めた。

基金の代表理事を務める本保美由紀さんは、「本当にみんなが必要としているものは何なのかというヒアリングに一番時間をかけてきた」と語る。

「皆さんが大事に大事にしてきたかるたの世界に外から入っていくのだから、信頼関係がすごく大切です。こちらが良かれと思うことが、ずっと大切にされてきた精神を踏みにじることだけは絶対にしたくない。基金からの支援は持続可能なのか、どのくらい本気なのか、ということを粘り強く伝えてきました」と話す。

多くの関係者に会って調整を続け、新たに開かれることになった大会への協賛が決まった。その名も「ちはやふる小倉山杯」。トップ選手8人が出場するこの大会は、2月23日に京都市の嵯峨嵐山文華館で開かれる予定だ。基金から出場者全員に賞金や奨励金を出すことが決まっている。

「好き」という気持ちで動く何か

1月14日に「ちはやふる基金」の公式ホームページを開設した反響は大きく、一時はアクセスが集中して繋がらなくなるほど。

寄付者からは「マンガのことも、かるたのことも知らなかったけど、このアクションに心が動いて寄付しました」というコメントも寄せられたという。

理事を務める紫原明子さんは「今Twitterなどで起こるムーブメントは、怒りや悲しみなどネガティブな感情によるものが多いですよね。ちはやふる基金のようにポジティブな感情が起点になって広がっていくのは、インターネットの世界にとっても良いことなんじゃないかと思います」と話す。

末次さんたちは今後時間をかけて、競技かるたにとって良い道を開けるような活動を続けると決めている。

「寄付はハードルが高い人もいるし、そういう支援の方法があることを知らない人もいる。でも一方で、『言ってくれれば出すのに』という人もいますよね。寄付って善行っぽくて大っぴらに言いにくい側面もあるけれど、「好きだから」というベクトルなら少し違う気がする。皆さんが『ぜひ出したい』っていう前向きな気持ちでアクションできるように、そういう共感を増やす手段として、私にはマンガがあると思っています」(末次さん)

『ちはやふる』ファンや競技かるたに興味がある人たちが、何らかの形で応援したいと思っていても、個人ができることは多くない。「ちはやふる基金」は、「あなたも応援できるんだよ」というチャンスの”ドア”を開けようとしているのかもしれない。

「ちはやふる基金」に代表されるような「“好き“で動くお金や経済圏」が拡がっています。1/21(火)夜9時から生放送の【Twitter×ハフポスト 就活応援番組 #ハフライブ】は、クラウドファウンディング大特集をお届けします。ちはやふる基金についてもご紹介予定です。

ぜひご期待ください。番組はこちらから⇒https://twitter.com/i/broadcasts/1zqKVEYAWaMxB

▼ちはやふる基金、はじめます!のマンガ by 末次由紀

「ちはやふる基金、はじめます!のマンガ by 末次由紀」より
「ちはやふる基金、はじめます!のマンガ by 末次由紀」より
©末次由紀/講談社
「ちはやふる基金、はじめます!のマンガ by 末次由紀」より
「ちはやふる基金、はじめます!のマンガ by 末次由紀」より
©末次由紀/講談社
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「ちはやふる基金、はじめます!のマンガ by 末次由紀」より
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©末次由紀/講談社
「ちはやふる基金、はじめます!のマンガ by 末次由紀」より
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©末次由紀/講談社

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