なぜ、まだ待機児童問題が解決できないか

待機児童問題が、今年も大きく問題になっています。SNS上でも、叫びにも似た呟きがあふれています。今、一刻も早い、政治的な決断が問われています。

全国小規模保育協議会、理事長の駒崎です。待機児童問題が、今年も大きく問題になっています。

SNS上でも、叫びにも似た呟きがあふれています。

安倍総理も17年度末での待機児童ゼロは難しい、と国会で答弁しています。

安倍総理は、「景気が良くなり、働く人が増えたから、保育所をつくるのが追いつかない」という趣旨で、お答えになっています。しかし、じつはこれは理由を半分しか説明していません。「なぜ、保育所をつくるのが追いつかないのか」という問題が残るからです。

ニーズがあれば、それに合わせて、サービスも拡大するはず。しかしそれを阻害する壁、要因があるのです。

それは大きくは以前ご紹介した、保育士不足の壁と物件不足の壁ですが、実はもう一つ、隠れた、しかし大変重要な要因があります。

自治体の壁です。

【子どもが減ったら、どうするの?】

基礎自治体の保育課の担当者の方々と会い、こんなやりとりをしました。(細かい数字や表現はアレンジしました)

保育課「昨年度は500人待機児童が出たので、今年は550人分の定員数で、公募をしました。これで待機児童はゼロに近くなるはずです」

駒崎「いえ、あなたは昨年の4月に異動されたばかりでご存知ないかと思いますが、一昨年もその前の年も、同様のことを、ご担当者がおっしゃられていました。

ニーズは待機児童数で測るのではなく、児童数と母親の就業率で測りましょう。もっとニーズはあります。例えば、目標にするなら1000人分です」

保育課「しかし、そんなに作ってしまったら、将来的に少子化が進んだ時に困ってしまいます。どうせ子どもは減っていくんです。保育園が余って、業績が悪くなった保育園が潰れたら、通えなくなった住民達からのクレームはすごいことになるし、救済するにもお金がかかります。それは難しいです」

そう、自治体は、将来の少子化トレンドを見越して、不良資産を抱え込むのを恐れ、過少投資の意思決定バイアスがかかっているのです。

そしてもう一つ、大きな問題があります。

お金です。

【保育園予算が、巨大化】

世田谷区の保坂区長と昨年末に対談した時のこと。

「保育園の予算は膨らみ続け、2016年度の世田谷区の予算3000億円のうち、300億円が保育園関連経費だ。10%にものぼる。これが、2020年度になると、444億円にもなる。もう、持ちこたえられない」と叫ぶように仰っていました。

通常、認可保育園を運営する場合、国と都道府県と基礎自治体の3者で、国が半分、都と区が4分の1ずつお金を出しあいます。しかし、世田谷区等の都市部では、地価が高かったり、人件費が全国水準よりは高かったりと、普通の補助率のままだと、事業者は運営ができません。

よって、世田谷区が単独で補助を上乗せします。すると保育園をつくればつくるほど、どんどんと自治体の負担は大きくなっていくのです。

日経新聞(16/12/5)によると、15年度の認可保育園の運営費の内訳は、「利用者が払う保育料が16%、国と都が16%で、世田谷区が7割を負担した」となっています。世田谷区が音をあげるのも、わかります。

(参考データ出典:保育所運営、重い負担 保護者は2割弱 日経新聞 http://www.nikkei.com/article/DGKKZO94543810Z21C15A1ML0000/

【2割の自治体しか、保育園を作りたがっていない】

「将来の施設あまり」と「今の財政負担」。この2つの要因によって、政府がベタ踏みでアクセルを踏んでいても、自治体がブレーキをかけざるを得ず、思ったような課題解決のスピードが出せないのです。

実際に、日経新聞が行なった調査によると、2割(!)の自治体しか、「積極的に認可保育園をつくりたい」と思っていないのです。

では、どうしたら良いのでしょうか。解決策は、あります。

【解決策その1 認可制から指定制へ】

現在、保育所は基礎自治体が供給量を決定する仕組みです。今年度は1000人分保育園をつくろう。だから、10の事業者を選定するために、公募をかけよう。11社きても、ダメだからね。という仕組みです。

言い方を変えると、保育園を自治体が「配給」する仕組みです。パン屋さんだったら、行きたいパン屋さんを選んでパン屋さんとお客さんの間だけでやりとりしますが、保育園はそこに自治体が挟まれ、自治体がお客さんの希望を聞き、サービスを届けます。

しかし、自治体自体がブレーキをかけている(あるいはかけざるを得ない)状況では、これでは機能しません。

よって、介護や障害児の通所サービスで導入されている、「指定制」に切り替えます。

指定制においては、自治体は供給量の意思決定と、供給業務にはタッチしません。事業者が、ニーズを見定めて参入し、成り立たなさそうだったら、参入しない、という市場的なメカニズムで供給が決定されます。事業者と保護者との間の直接のやりとりになります。

ただ、ここで勘違いされやすく、しばしば極端な規制緩和論者の方が忘れがちなのは、とはいえ保育園は福祉でもあるので、完全なるビジネスであっては、貧富の差が広がってしまうので、きちんと税による補助は投入されるべき、ということです。介護も障害児のデイサービスでも、利用者の負担は部分的で、支払い能力によって負担が調整され、安価に利用できます。

制度による補助が入りつつ、かつ市場的なメカニズムが働く(準市場)のが、指定制です。

実は2015年度から開始した「子ども子育て新制度」の制度設計時点においては、当初は指定制の導入が検討されていました。

実は2015年度から開始した「子ども子育て新制度」の制度設計時点においては、当初は指定制の導入が検討されていました。

そして途中まで、指定制にしていこう、と議論が進んでいたのです。

しかし、当時の野党自民党内に、自治体が強く関与して供給量と質をコントロールできる認可制を支持する議員の方々がおり、与野党の政治的折衝の中で認可制がそのまま生きることになったという背景があります。

【指定制は既に一部で実施】

ただ、実は既にこの指定制に限りなく近いものは、つい最近、ひっそり保育園制度の中に一部取り入れられることになり、始まっています。それが、昨年度から始まった「企業主導型保育」です。

企業主導型保育は、名前がミスリーディングで、企業しか運営できないような印象を受けるのですが、実施主体はNPOでも社会福祉法人でも大丈夫です。自治体主導で配給する仕組みではなく、事業者が主導して、自らの従業員や地域の人たちに向けて保育を行う、と理解してもらえたら良いでしょう。

この企業主導型は、以下の点で非常に開園しやすくなっています。

(1)初期費用・運営費用ともに認可保育所並みの補助が出る

(2)自治体の公募に関係なく、自分で物件押さえて申し込めば、基本的に開園承認される

(3)自治体を介さず、保護者の方々と直接やりとりをする

内閣府は既存の認可保育所制度をいじることができなかったため、事業主拠出金を原資に、認可保育所制度とは別のルートにおいて指定制を実現し、供給量改革を狙っている、ということが見て取れます。

企業主導型は、指定制であることが大きく作用し、現在大きく開園数を伸ばしています。

(出典:企業主導型保育所、全国100カ所に新設 日生とニチイ学館、4月から共同- SankeiBiz(サンケイビズ)http://bit.ly/2lx6EAJ

こうした指定制が実現した場合、自治体は供給の主体ではなく、「保育の質の管理」を主要なお仕事にシフトしていくべきです。現在、膨大な量の書類を開園前は提出しますが、開園してからはロクなチェックもしておらず、ブラック保育園を跋扈させる状況となっているためです。

【解決策その2 国や都の負担割合を増やす】

ただ先ほどの世田谷区のような悩みは、指定制になっただけでは解決しません。むしろ参入が相次ぐので、自治体の負担はさらに増していくでしょう。

そこで、現在自治体が割を食っている負担割合を平準化し、待機児童対策に懸命な自治体に、都や国から追加的な財政支援を行なっていくことです。

そうすれば、世田谷区のような基礎自治体は、膨れ上がる保育予算を抑制することができ、供給増加を加速することができるのです。

これは、法改正等必要なく、厚労省や小池都知事が「よし、そうしよう」と思って予算を取れば良いだけなので、比較的やりやすい施策と言えるでしょう。

【まとめ】

塩崎厚労大臣と対談した時に、彼はこう仰いました。

「安倍政権では、なりふり構わず保育園をつくっていくんです!」(出典: 塩崎大臣 なりふり構わず積極的な保育園対策を | 駒崎弘樹 社会を変えるダイアローグ | 日経DUALhttp://bit.ly/2lwUXKe

まさに、厚労省を始め、政府はギアを上げて待機児童対策に取り組んでいると言えるでしょう。

しかし、政府の吹いた笛に合わせて、自治体は踊りつつも、もはや財源不足でぜえぜえ言って、踊るフリをしている、と言って良いのかもしれません。

もともと踊りの得意ではない自治体から、踊り手を事業者にタッチさせてあげるのと、踊り手の給料を払う自治体の負担を、国や都が肩代わりしていってあげること。それがこの踊りのテンポを、もっともっと早めて、「保育園に入りたい」という人たちの叫びに応える方法なのです。

今、一刻も早い、政治的な決断が問われています。

(2017年2月20日「駒崎弘樹公式サイト」より転載)

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