中国は新型コロナで”国民との約束”を守れなくなった。2020年の成長率「1.5%」予測の衝撃

中国経済の停滞は日本にとって他人事ではない。工場の操業停止や、観光客がパタリと途絶えることの経済的ダメージは今も続いている。

中国の2020年のGDP(国内総生産)実質成長率は1.5%程度にとどまるー。

衝撃的な予測が日本のシンクタンクから発表された。

これは、中国政府の今年の成長目標を大幅に下回るどころか、数年かけて達成を目指していた国民との「公約」を反故にしてしまう数字だ。

ここまでの予測に至った理由と、今後に潜むリスクは何か。予測を発表した大和総研の齋藤尚登・主席研究員を訪ねた。

大和総研・齋藤尚登主席研究員
大和総研・齋藤尚登主席研究員
Fumiya Takahashi

■「壊滅的」

「壊滅的に悪かった。あの数字が出てから、相当な下方修正を余儀なくされました」齋藤さんが指摘したのは、3月16日に中国政府が発表した、2020年1月から2月にかけての経済状況に関する統計だ。

この時期中国では感染拡大の終わりが見えず、武漢市を事実上の封鎖にしたうえ、広い範囲で外出制限などが敷かれていた。それは数字にも明確に現れ、一般の人たちの消費の動向を示す「小売」は前年比でマイナス20.5%。自動車販売やレストランの売り上げなどが急激に落ち込んだ。齋藤さんは次のように解説する。

「中国の感染拡大防止策は、EUやアメリカがやっている対策の最も厳しいものと言えます。人との接触を禁止し、移動を制限したため、娯楽や観光に影響が出ました。また、マスクを生産する場合などを除き、ほとんどの職場は春節(旧正月)休みが延期され、工場なども稼働できなかった。

さらに、農民工(地方から都会にやってきた出稼ぎ労働者)が職場に戻れるタイミングもバラバラで、職場が再開しても生産までに時間がかかったのです。生産、消費、固定資産投資、全てが壊滅的な悪影響を受けました」

「コロナの収束と景気の安定を両立させるのは不可能です」と齋藤さん。景気が良くなるためには、ヒト・モノ・カネが社会を血液のように循環する必要がある。一方で、新型コロナ対策は他人との接触や外出を抑制するため、その逆を行くようなものだ。感染拡大防止に重点をおいた中国で、景気が悪化するのは当然の帰結だった。

中国(イメージ写真)
中国(イメージ写真)
Reuters

齋藤さんはさらに、2003年ごろに中国で流行したSARS(重症急性呼吸器症候群)とも影響の大きさは段違いだと指摘する。

「新型コロナは世界各国に拡散しました。1〜2か月遅れでアメリカやヨーロッパが中国と同じような状況になります。生産や経済活動が全面的に停滞し、中国で起きたことがそのまま欧米で起きます。中国にとって、時期がずれるだけ、輸出先の需要が戻るのが遅れる可能性は極めて高い」

仮に国内の消費が戻っても、輸出先の海外がモノを買ってくれる状態ではないかもしれない。それが国内企業の業績回復の遅れなどにつながり、悪循環を続かせる原因となりかねない。

さらに、中国国内でも、コロナが収束してもなかなか消費が戻らない可能性があるという。

中国の政策のトップ・プライオリティ(最優先事項)は雇用の維持です。企業への税金や費用を減免しました。潰れそうな企業にはとにかく輸血(資金の供給)をし、賃下げをしても雇用を維持するよう要請しました。

しかし、失業率はポンっと上がってしまった。コロナが収束しても、雇用や所得が心配で、戻りは鈍いのかもしれません。

閑散とする北京市内の様子
閑散とする北京市内の様子
Reuters

こうした状況から、齋藤さんは1〜3月は-7%とマイナス成長になると予測している。それ以降では、大まかに4〜6月は-1%、7〜9月からはプラスに転じ6%、10〜12月は7%成長となると見ている。7月以降は中国政府の景気刺激策も勘案しているが、通年では1.5%となる、という見立てだ。

ちなみに、この予測は6月末までに欧米でも収束の道筋が見えた場合のものだ。これが後ろにずれ込めば、さらに下方修正される可能性もある。

■「好材料」期待されたが...

ダメージを受けた中国経済において、数少ないプラス要素として捉えられたのが「在宅消費(巣ごもり消費とも呼ぶ)」だ。家に閉じこもる時間が増えたため、オンラインのゲームや教育サービス、それにテレワークに使うビデオ会議システムなどの躍進が報じられた。

ビデオ会議の様子(ディントークの公式動画より)
ビデオ会議の様子(ディントークの公式動画より)
ディントークの公式動画より

しかし、齋藤さんはその影響はあまり大きくないと考えている。

「少なくとも1〜2月の時点ではほとんどプラスの影響を感じられません。ネット通販は財(有形のもの)とサービス(無形のもの)の統計では-3%だったんです。財だけならプラスだったので、サービスはマイナス成長です。

どこまでが統計に入っているかは不明ですが、それほどプラスの効果はなかったというのが正直な感想です。中国は元からオンライン系のサービスが強い。むしろ、後々から見返したときに、テレワークのようなオンラインサービスが普及したと話題になるのは日本やネット後進国の方かもしれません」

■政府次の一手は

中国経済はどのように持ち直しを図るのだろうか。コロナが収束していない今は、感染拡大防止を優先しているため、雇用の維持を念頭に置いた「痛み止め」が中心だが、今後は景気全体を押し上げる必要がある。

「今のフェーズは、連鎖倒産が起きて不良債権が山積みになるような、危機的状況を回避することです。

次のフェーズでは、メリハリをつけた財政が必要になります。その1つが地方政府の特別債券です。去年は1.25兆元出されましたが、今年は3.5〜3.8兆元ほどだと予想されています。収益の期待できる交通インフラへの投資や利下げ、銀行の預金準備率の引き下げが中心になるでしょう。」

地方政府がインフラ(鉄道や高速道路、病院など)を建設しても、それが税収の増加につながらなければ、投資にかかった金額が負債としてのしかかる。収益性の期待できるインフラに投資が向くとみられるのはそれが理由だ。

金融機関の利下げや預金準備率(中央銀行に必ず預けなければいけないお金の割合)の引き下げは、いずれも銀行が企業などへ貸し出すお金を増やす効果が期待できる。

そのほかには、どんな手段で景気回復を図ると考えられるのか。

「政府は2019年に、自動車の買い替えとスマート家電などの販売を促進する政策を発表していますが、実施細則は未発表のままです。これを収束後から始めるかもしれません。

さらに、公共サービスのハコモノ(建物)の建設を加速する政策も、去年発表しています。これは2022年までが対象ですので、22年に開かれる共産党大会に向けて景気をよく見せかけることもできます。しかし、郊外に病院を作るなどの内容で、収益性の低い投資となり不良債権化のリスクは高まりますので、地方政府はやりたくない。スジがとても悪い政策ですが、この時期の景気テコ入れとしてやってしまうリスクはあります」

中国は、過去に景気を刺激しようとして大きな代償を支払ったことがある。2008年のリーマンショック後、4兆元(当時のレートで57兆円)の大規模な投資を推し進めたのだ。

この効果は欧米にも普及し一時期は「世界を救った」とまで評されたが、実際には採算の取れない投資が横行し、地方政府の不良債権が雪だるま式に積み上がるきっかけとなった。

「中国にとっては4兆元対策はトラウマです。同じことをやったらひどいことになるという考えは当然持っていると思います。李克強(り・こっきょう)首相は折に触れて『洪水のように、水びたしにする対策をしない』と発言しています。必要なところに的確にテコ入れをするという意味です」

とはいえ、中国にはある“縛り”が存在する。政府は国民に対し「2020年に10年前と比べてGDPを倍増させる」と宣言しているのだ。

中国共産党は日本などと違って国民から選挙で選ばれた政党ではない。そのため国民の不満には敏感で、特に成長目標を達成できないのは統治の正当性にも関わりかねない問題だ。

そのためには、今年は5.6%程度の成長が求められていたが「もはや無理でしょう」と齋藤さん。成長率の目標が発表されるのは、毎年春に開かれる全人代(日本の国会に相当)だ。今年は開会が延期されているが、政府は開催を急いでいるとみられる。

BEIJING, CHINA - MARCH 5, 2019: China's Prime Minister Li Keqiang (front) addresses an annual meeting of the Chinese National People's Congress of the 13th convocation at the Great Hall of the People in Beijing. Artyom Ivanov/TASS (Photo by Artyom Ivanov\TASS via Getty Images)
BEIJING, CHINA - MARCH 5, 2019: China's Prime Minister Li Keqiang (front) addresses an annual meeting of the Chinese National People's Congress of the 13th convocation at the Great Hall of the People in Beijing. Artyom Ivanov/TASS (Photo by Artyom Ivanov\TASS via Getty Images)
Artyom Ivanov via Getty Images

もしこの全人代で、あくまで「倍増計画」達成にこだわる方針が発表されれば、それは中国経済にとって「最悪のシナリオだ」と齋藤さんは指摘する。

「ポイントは現実的な成長目標が出せるかどうか。

2020年は『貧困層をゼロにする』という年でもあります。

習近平国家主席は『今年の目標を達成する自信がある』と発言していますが、(GDP倍増ではなく)貧困撲滅のほうを前面に押し出すのではないかと期待しています。成長率にはこだわらないのがベストシナリオです。

貧困層は激減していて、2019年末では551万人。補助金をつぎ込めば統計上ゼロにするのは可能です。

2021年は共産党結党100周年。そこへ向けて『貧困がゼロになった』と宣言する方が党の正当性の評価につながるのではないでしょうか。

逆にGDP倍増にこだわれば、4兆元の再来になる可能性があります」

経済へのダメージが「深刻だろう」と思われていた中国。国家統計局の発表によって、それが想定を超えるものであることが分かった。

中国経済の停滞は日本にとっても他人事ではない。新型コロナウイルスの感染拡大以来、工場の操業停止や、観光客がパタリと途絶えることの経済的ダメージは今も続いている。

世界2位の経済大国の行方をどう見極めるか。全人代での発表内容が次の試金石となることは間違いなさそうだ。

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