従業員の賃上げで「社会主義者」と罵られたCEO、6年後会社の収益は3倍になっていた

自らの年収1億円は削って、従業員並みに。この決断は果たして会社にどんな結果をもたらしたのか。
従業員と話すダン・プライスCEO
従業員と話すダン・プライスCEO
Idaho Statesman via Getty Images

自分の収入を削って全従業員の最低年収を、7万ドル(約760万円)にします――。

アメリカ西海岸シアトルを拠点するクレジットカード処理会社グラビティ・ペイメンツ、ダン・プライスCEOの2015年の決断はビジネス界に衝撃を与えた。

従業員の最低年収を上げるにあたり、プライスCEOは自分の110万ドル(約1億1000万円)の年収を90%カットした

収入の不平等を無くすための大きな一歩だと高く評価された一方で、批判も少なくなかった。

中でも保守系のFoxニュースはプライス氏を「社会主義者」と呼び、「従業員は生活保護の支給を求める列に並ぶことになるだろう」と酷評した。

また、最低年収の引き上げが手数料の引き上げにつながると懸念して、グラビティ社との契約を取りやめたクライアントもいた

しかし発表から6年たった今、ビジネス誌「Inc.」によるとグラビティは従業員が倍増し、同社が取り扱う金額は38億ドルから102億ドルに増えた。ハーバードビジネススクールは、グラビティを成功したケーススタディとして取り上げる。

発表から6年経った4月13日、プライス氏はかつてFoxニュースが批判した映像を投稿した。

Foxの番組出演者たちは「この試みは失敗し、社会主義がうまくいかないということを示すケーススタディになるだろう」「最低賃金は、雇用を喪失させる」「馬鹿げた決断だ」と批判している。

6年前の今日、私は会社の最低報酬を7万ドルに引き上げました。FOXニュースは私を社会主義者と呼び、従業員は食料配給を受けなければならなくなるだろうと批判しました。

その時に比べると、私たちの会社の収益は3倍になり、ハーバードビジネススクールのケーススタディに取り上げられようになりました。家を購入した従業員は、10倍増えました。

大切なのは人に投資すること。

続く投稿で、プライス氏は7万ドルの最低年収を導入してから、会社がどう変わったかを箇条書きで説明した。

・収益が3倍増加
・従業員数は70%増加
・顧客の数は2倍に
・赤ちゃんが生まれたスタッフは10倍に
・70%の従業員が借金を返済
・家を買った従業員は10倍に
・確定拠出年金への支払いが155%増加
・離職率は半分に

・76%の従業員が、熱心に仕事に取り組んでいる。アメリカ平均の2倍
・顧客離れはアメリカ平均を25%下回った
・オフィスを拡大しそこでも7万ドルの最低年収を導入
・最も給与が高い従業員と低い従業員の差が33倍から4倍に

シアトルオフィスで7万ドルの最低年収を導入した後、プライス氏はアイダホ州の会社を買収してオフィスを拡大した。

新オフィスの所在地である同州ボイシはシアトルより生活費は安かったものの、プライス氏はそこで働く40名の従業員の給与も段階的に引き上げ、最低年収を7万ドルにすることを決めた。従業員の中には、年収が2倍になった人もいたという。

ボイシオフィスでの同額の最低年収導入について「誰もが十分な給与を受け取る資格がある」と、プライス氏は述べている

新型コロナで収益が激減。どう乗り切ったのか

批判にも負けず、順調な経営を続けていたグラビティ。しかし新型コロナウイルスの影響から逃れることはできなかった。同社は2020年3月、収益が55%減り倒産の危機に直面した

しかしこの危機に、プライス氏は従業員を解雇することなく、危機を乗り切ろうとした。

「私には、会社を成長させてくれた従業員を守る責任があります。彼らを今解雇するのは、裏切りになる」とプライス氏はワシントンポストにつづる。

プライス氏は全社ミーティングを開いて、従業員に現状を伝えた。その結果、ミーティングが終わるまでに、従業員の98%が5〜100%の一時的な給与カットを申し出たという。

さらに従業員たちは危機を乗り切るために結束して働き、その結果3・4月の収益は減ったものの、それ以降は前年を上回ることに。

最終的に給与を元の額に戻し、削減した給与を従業員に返済したとプライス氏は説明する。

ボイシオフィスのオープンを祝うプライスCEOと従業員たち
ボイシオフィスのオープンを祝うプライスCEOと従業員たち
Idaho Statesman via Getty Images

お金で買えるもの、買えないもの

プライス氏が7万ドルの最低年収を導入したきっかけの一つは、従業員の副業だったという。

「従業員の一人がこっそり、マクドナルドで副業をしていたのです。私がひどいCEOで、従業員の期待に添えていないということは明らかでした。副業を辞められるよう、彼女を昇給しました。生きていくために仕事を掛け持ちすべきではありません」と、プライス氏はツイートする。

さらにプライス氏は、取り組みが一部の人たちにとって脅威だったのは、「CEOは従業員の1000倍支払われるべきだ」という定義を壊すものだったからだとも指摘している。

利益を生み出すために、従業員を減らそうとする企業もある。しかし、職場に満足した従業員は最高収益を生み出し、離職率が減るので、求人に時間やお金を割かずに済むとプライス氏は述べる。入社志願者が山ほどいるため、 グラビティは求人広告にお金を使ったことがないという。

自身の給与を1億円超から従業員と同額にしたことで、プライス氏自身の生活も大きく変わった。しかし同氏はこう述べる

「ミリオネア時代のライフスタイルで、恋しいと思うものはありません。貧困から抜け出す時には、幸せはお金で買えます。しかし恵まれている状態から恵まれすぎている状態になる時に、お金は人を幸せにしません」

※編注:2015年の記事で最低年収7万ドルは日本円で830万円としていましたが、現在の為替では約760万円となっています。

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