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2019年08月01日 10時40分 JST

10日間の有給休暇が、会社員を映画監督に変えた。「遠回り」だと思った道が夢に通じていた。

会社員をしながら、10日間の有給休暇で撮った短編映画で、国際的な評価を得た長久允監督。一見華やかに見える経歴の裏で、実は自身のキャリアについて人知れず悩んでいたという。

KAORI SAWAKI
長久允さん。三つ編みのお下げがトレードマークだ

貧困をなくし、みんなが平等に、平和に生きられる世界を目指す「SDGs」。2015年の国連サミットで採択された「持続可能な開発目標」のことで、「貧困をなくそう」「不平等をなくそう」といった17個の目標がある。

ちょっと難しそうなイメージもあるが、実は働く世代に関わる目標も含まれている。それが目標8番の「働きがいも経済成長も」だ。「すべての人が働きがいのある、人間らしい仕事をできるようにする」ことを目指している。

そんな働き方って、どうやったら実践できるんだろう?

電通のCMプランナーとして忙しく働きながら、長年の夢だった映画監督に挑戦した長久允(ながひさ・まこと)さん(34)に、好きなことを続けられた理由を聞きに行った。

 

■「決してスタークリエイターじゃなかった」

KAORI SAWAKI

長久さんは2007年に電通に入社し、CMプランナーとして活躍してきた。10日間の有給休暇を使って撮影した短編映画「そうして私たちはプールに金魚を、」が、2017年に若手の国際的な登竜門として知られる「米サンダンス映画祭」の短編部門でグランプリを獲得した。その後、会社に身を置きながら、業務として映画を作る道を自ら切り開いた。今年6月には、初の長編映画「ウィーアーリトルゾンビーズ」が公開された。

一見華々しく見える経歴。だが、「そうして私たちはプールに金魚を、」を撮ったのは、自分のキャリアに深く悩んでいた時期だったという。

2012年8月。埼玉県狭山市で、中学校のプールに大量の金魚が放流される「事件」があった。その後、夏祭りの売れ残りの金魚を譲り受けて放流したとして、女子中学生4人が建造物侵入と器物損壊の疑いで書類送検された。

KAORI SAWAKI

「プールに400匹の金魚、女子中学生『一緒に泳いだらきれいだと思って』」

Yahoo!ニュースのトピックスに載ったそんな趣旨の見出しが、長久さんの目に飛び込んできた。

当時、クライアントから信頼を得て、忙しく働いていた。「決してスタークリエーターではなかった」というが、クライアントのメッセージを翻訳し、より広く伝えるというプランナーの仕事にまい進していた。

ただ、もともと映画が好きで、趣味でシナリオも書いていた。「このまま仕事を続けていて良いのか」と悩みながらも、行動を起こせずにいた。そんななか目に入った中学生の思い切った行動が、強く印象に残った。

「本当に『きれいだと思ったから』と言ったのかな、大事な動機は他にあったんじゃないかなと思った。わかりやすく、ニュースになりやすい言葉が1行に凝縮され、消費されていく感覚があった。この1行に入らなかった思いを映像化したいという使命感が、勝手に生まれたんです」

実際に狭山市で取材を重ねてシナリオを作った。10日間の有給休暇で撮影したデビュー作がいきなり、国際的な評価を得た。

■育休中、コンビニでシナリオを書き上げた

KAORI SAWAKI

それから、会社の幹部にかけあって部署を異動。業務として映画制作ができる環境を自ら切り開いた。

「自分自身をプレゼンテーションすることは初めてだったけど、十年も会社でプレゼン能力を鍛えてもらっていましたから、理解してもらえました」

2作目の「ウィーアーリトルゾンビーズ」の着想も、実際に起きた事件のニュースからだった。

そのニュースは、何者かがSNSを通じて若者らに指令を出すゲームで、最終的には自殺を促され、ロシアなどで多くの自殺者が出たという衝撃的なもの。

「ニュースを見て、何かに悩んでいるローティーンの子たちを救うことができないかと、考えずにいられなかった」

当時は育児休暇中。妻と時間を調整し、1日30分間だけ近所のコンビニのイートインコーナーでシナリオを練る時間をつくった。1カ月半ほどで書き上げた。

■あいまいさやユーモアが人を救うこともある

©2019“WE ARE LITTLE ZOMBIES”FILM PARTNERS
映画「ウィーアーリトルゾンビーズ」

物語はこんな内容だ。事故や自殺で両親を亡くしたばかりの中学生4人が偶然出会う。悲しいはずなのに泣けなかった「ゾンビ」みたいな4人が、ひょんなことからバンドを組む。バンドは大きな社会現象になるが、運命に翻弄された4人は、冒険の途中で、何かを見つける――。

同作は米サンダンス映画祭で審査員特別賞を日本人として初めて受賞。ベルリン国際映画祭では、若者向け映画を対象とした「ジェネレーション14プラス部門」で特別表彰を受けた。

日本国内でも6月から全国公開が始まった。当初、観客動員数はふるわなかったというが、一度上映が終わった地域でも、反響が広がってミニシアターで再上映が始まったところもあるという。

印象に残ったのは、10代の子どもの親からの反応だという。「うちの子に見せたら楽になったみたい」「映画を見た後、久しぶりに子どもと会話が出来た」と感想が寄せられた。

 

©2019“WE ARE LITTLE ZOMBIES”FILM PARTNERS
映画「ウィーアーリトルゾンビーズ」

1作目も2作目も、主人公は生きづらさを抱える10代の子どもたちだ。

「僕自身、中学生くらいのときに色々と悩んでいたんですが、時にはユーモアやニヒリズムに逃げて、何とか絶望感に対峙せずに済んだんですよね。そういう経験を、映像に落とし込めないかと思った」

「ウィーアーリトルゾンビーズ」では、子どもが親からの暴力に苦しむ場面もある。

「子育てしていて思うのは、子どもの豊かな感情を親や社会が抑えたり、評価したりするのはおかしいということ。子どもはそのままで良いんだよというまなざしを、伝えたかった」

「クラスにいる30人のうち、たとえ28人には刺さらなくても、悩みを抱えている2人に何かを感じてもらえたら、うれしい」

 

©2019“WE ARE LITTLE ZOMBIES”FILM PARTNERS
映画「ウィーアーリトルゾンビーズ」

劇中で子どもたちは、親の死という絶望的な状況に直面しながらも、その状況を客観視したようなひょうひょうとした表情を見せる。

あいまいさや、ユーモアが人を救うこともありますよね。でも社会の風潮として、『夢を持とう』『ポジティブでいよう』と声高に言われる。そうじゃなくても良いと思うんですよね。とにかく絶望さえしなければ良いと思う」

「今の世の中、はっきりと言語化できるコンテンツしかないような気がして。僕は作り手の責任として、あいまいさやユーモアを表現することを狙っていきたい」

■取材を終えて

私は長久監督と同世代。会社員として働いていると、当然ながらいつも自分がやりたい仕事だけができるわけではなく、「自分がやりたいことって何だったのかな?」と悩む場面に何度も直面します。

でも、目の前の仕事に追われているうちに、次第に考えることをやめてしまいがちで…。

映画に挑戦するまで、「これで良いのか」と悩み続けてきた長久さんですが、広告の現場で鍛えられたプレゼン力やプロデューサー的な視点が、いま、映画のプロモーションの場面でとても役に立っていると言います。

長久さんのこんな言葉が印象に残りました。

「遠回りだし、道はそれていると思っていた。でも結果を見てみると、この道を通らなければ映画監督になれなかったと思う」。

「遠回りに見えても、無駄なことはないのかも」。そう思うと、少し気持ちが楽になりました。