数値化できない、子どもの『感性』を育てるには? 未就学児にクラシック生演奏を聞かせる理由

「幼児期に五感を使ってのびのびと自己表現させることが大事で、その後のアウトプットの仕方は色々あっていい」

ラシク・インタビューvol.126

NPOみんなのことば 代表理事 渡邊悠子さん

昨年末、未就学児向けのクラシックコンサートにお招き頂きました。大型ホールにファミリー席が用意された、静かな雰囲気をイメージしていましたが、全く違って想像をはるかに超えるものでした。

何と言っても四重奏を奏でるアーティストと観客(子どもたち)との距離がとにかく近く、すぐ目の前で自由に聴くことができるのです。音の迫力もさることながら、演奏者の息遣いや表情までもが手に取るように伝わるので、この臨場感たるや。だんだん子どもたちは立ち上がって踊ったり、手を叩いたり、最後にはみんなで歌い出して…… みんなが参加できるハートフルな体験でした。「クラシックってこんなに楽しみながら、子どもと一緒に聞けるんだ!」と、大人の私が驚かされたほど(詳しいレポートは次回じっくりお伝えします)。

コンサートを届けるのはNPO「みんなのことば」、通称みんことは保育園や幼稚園、イベントなどで、未就学児専門でクラシックの生演奏を年間約120回届けていらっしゃいます。「子ども×クラシック」という少し縁遠いイメージのある企画が、こんなにも素敵な時間を生み出すなんて。代表の渡邊悠子さんにお話を伺ってきました。

子ども×クラシック、化学反応を目の当たりにして…… これだ!

ラシク

編集部:このNPO「みんなのことば」を立ち上げられたきっかけを教えてください。

渡邊悠子さん(以下、敬称略。渡邊):学生時代にまず音楽家を派遣する会社にインターンとして入りました。イベントのコーデイネートや音楽家庭教師の派遣、あと新しくはじめた音楽ベビーシッターというビジネスを展開している会社でした。

編集部:音楽ベビーシッターってすごく先駆的なビジネスですね! すごく流行りそう。

渡邊:ピアノの先生がお迎えに来てくれて、お母さんが不在の間にレッスンして帰りを待つ、みたいな情操教育とシッティングサービスがセットに。そこでインターンで働いていると、当時の社長が次のビジネスを展開するので「この会社やりたい人?」と聞かれたので「はい!」と手を挙げました。怖いものしらずでした(苦笑)

編集部:すごい……! 大学生で社長になったのですね。そこで「子ども×生演奏」というミッションのきっかけを得たのでしょうか?

渡邊:子どもは好きでしたし、音楽ベビーシッターのビジネスを強くしたい、という思いがありました。それと同時に、これまで生演奏に縁がなかった私が、ものすごく近い距離で四重奏を聞くわけです。その臨場感と言ったら「なにこれ! 生演奏ってすごい!」と感動しっぱなしでした。でも、実際にパーティーやイベントに入ると、BGMという ”イチ演出” でしかなくなる…… この不甲斐なさ。あんなに感動的なのに「これだったら生じゃなくていいよね」って思ってしまう自分がいました。若い音楽家にとっても成長にならないな…… と。

編集部:もったいないですね、BGMでしかないなんて。

渡邊:するとある時、幼稚園から演奏の依頼があり、子どもたちの中で化学反応が起きているのを実感しました。私が生演奏を初めて間近で聞いて感動した時以上に、子どもたちの反応が素晴らしく、どの子も目がキラキラ輝いていたのです。「これをやりたい!」って思えた瞬間でした。一人でもいいから、人生を変えるようなきっかけになれたらいいな、と。

その頃にたまたま出会った「楽器を手にする子どもは、武器を手にしない」という(当時の)コロンビア大統領の言葉にも、大きく背中を押されました。

編集部:偶然の出会いだったのですね! そこから未就学児中心にチャレンジされたのですか?

渡邊:でも幼稚園・保育園って十分な予算をとれないところが多く、営業すればするほど、厳しさを実感しました。そんな中「一回やってみたら?」とスポンサーさんが機会を下さり、親子700名無料招待のコンサートを開くと、あっという間に席は埋まりました。

お母さんたちは経験をさせてあげたいけど機会がないことがわかりましたし、サポートしてくれる企業もあるのなら…… と、会社を退いて10年前にNPOを立ち上げました。

編集部:「みんなのことば」というネーミングも素敵ですね!

渡邊:音楽は世界共通の言葉です。私たちは、音楽をコミュニケーションツールとしてとらえ、子どもたちの心へ届けたい、そして共有・共感を生み出していきたい、という思いからです。

表現力を伸ばすということ、感性を育てるということ

ラシク

編集部:「クラシック=静かに聴くもの」というイメージがあります。そこはどう払拭されたのですか?

渡邊:幼稚園や保育園に行って最初から「静かに聴きましょう」って言われると、子どもたちは心から楽しめない。そうなると子どもたちの反応としてもいまひとつで、大人には「やっぱり子どもたちにはまだ早い」って思われてしまうのです。

編集部:まだ早いというより、楽しみきれていないんですね。

渡邊:モーツァルトが流れても立ち上がりたい子もいれば、手を叩きたくもなるし、踊りたくなる子もいるのです。未就学のうちはそれをやっていいんです。

「静かに聴きましょう」っていうのは小学生からでよくて、ジャンルにとらわれず「聴きました→こう感じる→こうだよね!」と表現するのが大事なのです。それが感性を引き出すし、表現力を伸ばすし、その子の大事なものがどんどん出てくるのです

編集部:子どもにとっては音楽のジャンルは関係ないですものね。でも、いざ自分の子がクラシックで手を叩きだしたら、親の私が止めてしまいそうですが……(笑)

渡邊:最初はどうしてもお母さんが動揺してしまいますよね、でも気にしないでほしい。「みんこと」のアーティストたちは子どもたちと目を合わせて演奏しています。そうするとやっぱり子どもたちは嬉しくって反応して手を叩きだすし、楽しかったら笑っちゃう。さらに、その反応を受けて音楽で返す…… これって、テレビやスピーカーを通してではできない体験じゃないですか。その音楽を介したアーティストと子どもたちのコミュニケーションを見ると、お母さんたちも「これでいいんだ」と思ってくれます。

編集部:まさにアーティストとの「対話」ですね!

渡邊:演奏者の表情が見て取れたり、空気の振動を肌で感じたり、そこからさらに自分を表現して参加して…… より感性を育てるには五感をフルに使って体で感じてほしいのです。そういう意味では数ある生演奏の中でも、ライブで体験できる芸術であるクラッシックが最適だと思います。

一生体験できなかったかもしれない体験を、みんなに届ける

ラシク

編集部:10年目ということですが、活動を続けてこられていかがですか?

渡邊:私たちもどんどんブラッシュアップされています。子どもたちと目や表情でコミュニケーションとりながら音楽を作っていく、これが未就学専門で行うクラッシックの大切なスキルだと思います。あと、コンサート自体は一期一会ですし、二度と再現できない空間です。それをいつもの場所でいつものお友達と一緒にリラックスして共有できるのが大切だと思います。

編集部:世の中の変化は感じますか?

渡邊:活動の中心である幼稚園・保育園の予算がないという状態はより厳しくなっています。「子ども体験活動って大事だよね」と言いながら、国からは予算は全然出ていません。それなのに、働いているお母さんたちも増えています。

編集部:子どもを連れて行きたくても時間がないし、なかなか機会もない…… だからこそ幼稚園や保育園で体験させてもらえるなら、本当にありがたいことです

渡邊:活動に賛同してくださるお母さんたちの多くは、外でも色々な体験をさせています。そういう意味では、体験の格差というはすごく広がっていると思います。保育園や幼稚園に届けることで、家庭環境や親の選択に関わらず、みんなに届ける、という意味で「みんこと」は理想的だっておっしゃってくださる方は多くいらっしゃいます。届けられないところに、届けるというのが大事なので。

編集部:そこが本当に素晴らしいです。共感の輪は広がっているのですね

渡邊:「みんことフレンズ」という年間3000円の寄付金を一般の方向けに募っています。月1000円からの「サポーターズクラブ」もあり、保育園とか幼稚園でコンサートをするときの見学や、優先的に親子コンサートへのご案内ができます。

また、もし呼びたくても予算が足りない! という幼稚園・保育園があれば、皆さんの寄付からなる「みんなのコンサート基金」や企業からのサポートを活用しもらえればと思います。

数値化できない子どもの感性、アウトプットの仕方は色々あっていい

ラシク

編集部:「何歳までに音楽を始めたら云々」などさまざまなデータがありますが、「みんこと」の生演奏を聴いて、実際に音楽の道へ進んだお子さんはいらっしゃいましたか?

渡邊:確かに20歳を100%と考えた時、6歳までに五感や運動神経をつかさどる神経系の80%が構築され、感性も同時期に磨かれるというデータがあります(スキャモンの発達発育曲線)。その時期にいかに伸ばしてあげられるか、体験をさせてあげられるかがすごく大事だと思います。その一方で、もう少し意味を広く捉えて、可能性を広げてあげたらな、と思います。

もちろん、楽器を習いだす子もいますし、毎年届けている保育園の卒園生には、小学校で金管クラブや吹奏楽に入る子が多いと聞きます。でも、私たちは「将来、音楽家になってね」というつもりでやっていませんし、そこがアウトプットだとは思っていません。

編集部:そこだけではないってことですよね。でも「生演奏を聴いた何人の子どもたちが音楽家の道に進みました!」というかいうデータだと、もっと理解を得やすそう……

渡邊:そうなのです! 私たちの活動において、数値化はすごく難しい問題でもあり、でも、そこで頭を悩ませたくないと思っています。子どもの感性なんて見えないし測れない。大人になってから振り返ってみれば、小さなタネかもしれないけれど大事に持っていて、いつかその芽が出て全然違う分野で影響してくることもあります。幼児期に五感を使ってのびのびと自己表現させることが大事で、その後のアウトプットの仕方は色々あっていいと思っています。

編集部:「どのぐらい感性が育ちました」とかって言えませんものね。毎年演奏している園での子どもたちの様子はどうですか?

渡邊:全然違ってきています! 人の話を聞く、音楽を聴くその集中力が高く、何事に対しても興味や関心がすごく高いですね。それに、子どもたちが音楽会とかクリスマス会とかで演奏している時もアーティストになりきっていますよ。髪を振り乱して、体を揺らして引いている姿を見ているので真似しています(笑)

編集部:それはすごい! この距離で実際に見ているからこそできることですね。

渡邊:心を育てるための音楽体験という意味では、この規模でこの距離感が最適だと思います。それに若手演奏者のためにも、未来を作る音楽家として彼らの生きる道を作っていきたいです。将来的には遠足に行くのと同じぐらい「生演奏を聴く」を当たり前にしたいです。

代表理事 渡邊悠子さんプロフィール

千葉県出身。上智大学比較文化学部比較文化学科(国際ビジネス専攻)卒業。3年生在学中に、生演奏派遣・音楽家庭教師派遣・音楽ベビーシッター派遣を手がけるベンチャー企業で1年間のインターンシップを経て、2003年、代表取締役に就任。2007年末までの4年間代表を務めた。2009年3月より1人でも多くの子どもたちへ楽しい音楽との出逢いを提供するため、新たにNPOみんなのことば の活動を開始。2019年で設立10周年を迎える。

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