中谷美紀が語るフランス映画の魅力と女性の生きづらさ。男女平等のためには「あと一世代必要」

「世の中って、ねえ、人が思うほどいいものでも悪いものでもありませんね」。モーパッサンの小説のこの言葉こそ、フランス映画を表現していると思います。
©️ Hiroki Sugiura

「映画は、人々の心に寄り添い、そして誰かが言えなかった言葉を代弁し、時には社会に問題提起する存在であり続けました」

フランス語で、中谷美紀さんはこう語った。

6月20〜23日、横浜で開催される「フランス映画祭2019 横浜」のラインナップ発表記者会見が先日、フランス大使館にて開催された。中谷さんは同映画祭のフェスティバルミューズに就任、フランス語と日本語でスピーチを披露した。

10代の頃からフランス映画が大好きだったという中谷さん。20代のころにはフランスまで行って映画を観るほどフランス映画にのめり込んだそう。日本とフランスをつなぐ同映画祭にうってつけの人選だろう。

今年で27回目を迎える同映画祭、主催のユニフランス代表のイザベル・ジョルダーノさんは、今年のセレクションについて3つのキーワードを挙げた。

「パリの街の光と影」、「見捨てられた人々の反逆」、「女性たちの視点で見た現代社会」。

結婚後、現在はオーストリア・ウィーンに暮らし、記者会見のために帰国していた中谷さんに、フランス映画と日本社会に生きる女性たちへの思いについて話を聞いた。

美しいだけでないのがフランス映画の魅力

フランス映画と中谷さんの出会いはどのようなものだったのだろうか。

「月並みですけれど、最初に観たフランス映画は、VHSで観たゴダールの『気狂いピエロ』でした。それからトリュフォーの『大人は判ってくれない』などのヌーヴェル・ヴァーグ作品を次々に観ました。

私が10代の頃でしょうか、フランス映画を観るのがオシャレだという時代があったんです。『オリーブ』といった雑誌で頻繁に特集されたりしていたので」

18歳からフランス語を学び、20代の頃にはフランスまで行って映画を観るほどにフランスに傾倒していたそうだが、中谷さんが考えるフランス映画の魅力とは何だろうか。

「フランスの小説、モーパッサンの『女の一生』に、

『世の中って、ねえ、人が思うほどいいものでも悪いものでもありませんね。』

という言葉が出てくるのですが、フランス映画はまさにそれを体現していると思います。美しいだけでなく光と影がともに描かれている」

映画祭で上映される『アマンダと僕』という作品は、まさに「光と影」を描いた作品だ。パリで暮らす青年とシングルマザーの姉とその娘。ある日、テロ事件に巻き込まれた姉が亡くなり、残された青年と姪がともに悲しみから立ち直ろうとする姿を描いた作品だ。

華やかなパリで唐突に起きた理不尽なテロ事件、しかし、映画はテロへの怒りや憎しみを描くのではなく、悲しみに耐え、心を取り戻す2人の姿を静かに優しく見つめる。

まさに欧州が直面する現実の光と影を切り取った作品であり、人生の浮き沈みが凝縮されている。そんな光と影は中谷さんの中にもあるだろうか。

「もちろん、私の中にも陰と陽の部分があります。しかし、逆説的ですが、だからこそ人生が美しいと思えるのではないでしょうか。人生山あり谷あり、不安定なお天気もあるからこそ、快晴がありがたく感じられるものですし」

映画祭のオープニング作品である『シンク・オア・スイム イチかバチか俺たちの夢』は、まさに人生の山あり谷ありを描いた作品だ。仕事のない冴えない中年男性がシンクロナイズドスイミングの世界大会を目指す。リストラ、移民、低賃金労働などなど、様々な事情を抱えた「おじさん」が一致団結してシンクロに挑む。

「弱者に対する温かい眼差しとユーモアもフランス映画の魅力」と中谷さんは語る。『シンク・オア・スイム』は、「社会の片隅に生きる人々の反逆」をユーモア混じりに代弁している。

©️ Hiroki Sugiura

洋の東西を問わず、女性の苦難を代弁する映画たち

本映画祭のもうひとつのキーワード「女性の見つめる現代社会」についても力作が揃っている。

現在、オーストリアに暮らす中谷さんは、女性として日本社会をどう見ているのだろうか。

「日本の女性は素晴らしいと思います。まだまだ男女格差が横たわる社会の中で、上手く男性と折り合いをつけていく術を身に着け、活躍していらっしゃる方々がたくさんおられるわけですから。これは、そうせざるを得ないのですが。

ヨーロッパでは堂々と意見を言っても、誰も訝しげな顔をしませんし、むしろ意見を言わなければ一人前の人間として尊重されません。けれど日本に帰国した時は、ぐっとこらえて上手にコミュニケーションするという切り替えは大事だなと思っています」

既成の枠組みに縛られず、自立して自分らしい人生を歩んできたかに見える中谷さんでも、日本では意見を言いづらい雰囲気があるという。

「意識的に日本の女性らしく振る舞おうとしていた時期もありました。若い頃にはフランスの友人の影響もあってか、相手が男性であっても議論するのが当然くらいに思っていたのですが、そのように衝突しない方法もあるのだと、いろいろな失敗から学びました。洋の東西を問わず男性は面子を大切にする傾向があると思うのですが、相手のプライドを傷つけず自分の意思を伝えるテクニックが必要だと感じています」

もちろん「男性」「女性」、あるいは「日本人」「ヨーロッパ人」と一括りにすることはできない。それでも、日本とヨーロッパを行き来しながら生きる一人の女性として、慎重に言葉を選びながら語る中谷さんの横顔が印象的だった。

フランスのアニメーション界を代表する巨匠、ミシェル・オスロの『ディリリとパリの時間旅行』では、ベル・エポックの時代を舞台に、博覧会の「人間動物園」に出演するためにパリにやって来た混血の少女ディリリが、「男性支配団」が引き起こす少女誘拐事件の解決に挑む。

パリが最も華やかな時代に、辛辣な男女差別と人種差別批判を展開するオスロ監督の眼差しは、一見華やかで美しい社会も一皮むけば醜いものが潜むという痛烈なメッセージだ。

カブールのツバメ』は、タリバン政権下の女性たちの受難を描く。女性死刑囚の収容施設の看守を務める男がいる。男の妻は大病を患っており、なんとかしてやりたいと思いつつも何もできないでいる。

ある日、不慮の事故で夫を亡くした若い女が、夫殺しの罪で収監される。男はなんとか彼女を逃したいと思い、策を弄するが上手くいかない。そんな折、男の妻が全身を覆うチャドルに身を包み、若い女性を訪ね、身代わりになることを提案する。

中東と19世紀のフランスを描いた2作だが、こうした女性の受難は普遍的な問題として観客に問いかけられる。

これからの日本社会における女性のあり方、男女平等の実現に関して、中谷さんはこう語る。

「こればかりは、どうしてもあと一世代くらいは必要なのではと思います。女性がフルタイムで働くことが当たり前になり、仕事と育児の両立で苦労する母の姿を見て育った男の子たちが社会に出る時代には、女性が尊重されるようになるではないでしょうか」

あと一世代必要、という中谷さんの言葉は、男性だけに向けられていない。

「女性の中にも男尊女卑のイメージが少なからずあります。それは、私達の中に根強く残っているもので、結局私自身もそういう枠組みの温存に加担してしまっているかもしれません」

慎重かつ的確に言葉を紡ぐ中谷さんの姿勢に、ジェンダー問題の複雑さがにじみ出る。その複雑さに埋もれて言えなかった言葉を、映画なら代弁してくれる。中谷さんも女優として、その演技で、その生き様で多くの女性の声を代弁してきたに違いない。

©️ Hiroki Sugiura

(文:杉本穂高 @Hotakasugi /編集:毛谷村真木 @sou0126

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