「フリン米次期大統領補佐官」の「危うい資質」が問題に

トランプ米次期政権の国家安全保障問題担当大統領補佐官に決まっているマイケル・T・フリン氏について、「適性」に重大な疑問が提起され始めた。

トランプ米次期政権の国家安全保障問題担当大統領補佐官に決まっているマイケル・T・フリン元国防情報局(DIA)局長(57)。大統領の安保政策および戦略策定の要となるポジションだ。

過去にはキッシンジャー、ブレジンスキー両氏のような戦略家、あるいはスコウクロフト氏のような名調整役を据えて、幾多の危機を乗り越えてきた。しかし、フリン氏については、その「適性」に重大な疑問が提起され始めた。

政権移行チームのスタッフとして働いていた息子マイケル・G・フリン氏(33)がこのほど、解任されていたことが分かった。大統領選挙直前に謀略工作まがいのツイッターを発信したことが起点となって、首都ワシントン市内で発砲事件が発生する異常事態に発展したためだ。

父親は次期大統領の信任が厚く、政権発足後は息子も国家安全保障会議(NSC)スタッフ入りが有力視されていた。

政権移行チームは、息子の処分で打ち止めにする構えだが、そもそも父親の方も証拠のない「陰謀史観」を振りまいてDIA局長を棒に振った経緯もある。父親の責任が問われる事態になれば、トランプ氏は政権発足前から困難な状況に追い込まれそうだ。

ツイッターが原因で発砲騒ぎ

フリン氏の息子が、クリントン前大統領候補および選対幹部による「児童買春」などに関する証拠をニューヨーク市警と検察が得た――とする奇妙な情報をツイッターで発したのは大統領選挙投票日の6日前。

しかし、それから約1カ月後の12月4日、ノースカロライナ州の男がその疑惑を調査すると称して、「コメット・ピンポン」という名前のワシントン市内のピザ店に行き、ライフル銃を発砲する騒ぎを起こしたという。

クリントン氏には、そんな疑惑も証拠もなかったが、事件が報道され、騒ぎが広がった。ただ死傷者はなかった。

フリン氏の息子は、フリン氏の「フリン・インテル・グループ」というコンサルタント事務所のスタッフだったが、父親が次期大統領補佐官に指名されたあと、政権移行チーム入りしていたようだ。

問題は、フリン氏自身もツイッターの常連で、10万人を超すフォロワーがいて、「陰謀史観」に基づく危ない情報を振りまいてきたことだ。

ウェブ政治誌「ポリティコ」によると、フリン氏がツイッターを使って疑わしい「ファクトイド(疑似事実)」を拡散したのは今年8月以降16回に上るという。さらに、発砲騒ぎの基となった息子のツイッターの書き込み内容にフリン氏自身がどれほど関与しているかも解明する必要がある。

解任されていた「DIA長官」

フリン次期補佐官自身、DIA局長の時から、既に深刻な問題行動を指摘されていた。フリン氏を最もよく知るジャーナリストといわれる、デーナ・プリースト元ワシントン・ポスト紙記者が11月23日、ニューヨーカー誌電子版に書いた記事には驚かされた。

彼は統合特殊部隊司令部(JSOC)情報部長や統合参謀本部情報担当、在アフガニスタン米軍情報部長を務め、2011年中将に昇進。オバマ大統領の抜擢で、2012年7月には、DIA局長に就任した。

しかし1万7000人ものインテリジェンス要員を抱える組織を動かす資質は備えていなかったようで、局長就任直後から次々問題を起こしたという。

第1に、課題の優先順位が付けられず右往左往した。

「新製品の携帯電話の4分の3はアフリカ人が購入している」とか「アルカイダよりもイラン人の方が多数のアメリカ人を殺している」など、事実ではないインテリジェンスを主張して、部下の言うことを聞かず、部下たちはこうした問題を「フリン・ファクツ」と名付けてリストアップしたこともあったという。

このため局内では相手にされず、1年半後に事態を重くみたインテリジェンス・コミュニティのトップ、ジェームズ・クラッパー国家情報長官(DNI)が9カ月後に辞任するよう求めたところ、本人は激怒、結局2014年4月、正式に辞任が発表された。

大統領もツイッターに危ない情報

その後、テレビ出演などで「イスラム教は宗教ではなく、政治的イデオロギーだ」とか、「オバマ大統領は『イスラム国』(IS)の勃興を隠すため自分を解任した」などと発言。

ツイッターでは、おきまりの「陰謀史観」に基づく主張を展開し、ウェブサイトの情報を基に「ニューヨーク市警がヒラリーの新しいeメールで警告:資金洗浄、性犯罪など」と書き込んだりしたという。

元上司のマイク・マレン統合参謀本部議長はプリースト氏に「自分の部下だったころはすばらしいインテリジェンス担当官だった」と述べ、新しい任務に向けて変わるよう忠告したという。

しっかりと分析したインテリジェンスを元に大統領を補佐しなければならないフリン氏。しかし次期大統領自身も、事実ではない情報をしばしばツイッターに書き込んで騒ぎを起こしており、責められるべきはフリン氏だけではなさそうだ。大統領補佐官人事は議会承認が不要なため、野党民主党の下院情報特別委員会委員らから人事見直し要求が出ている。

フリン氏は10月には訪日して菅義偉官房長官らと会談。11月に安倍晋三首相がトランプ氏と会談した際も同席した。日米関係にも深く関わり始めたこの人物の真実を日本政府としても探る必要がありそうだ。

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春名幹男

1946年京都市生れ。大阪外国語大学(現大阪大学)ドイツ語学科卒業。共同通信社に入社し、大阪社会部、本社外信部、ニューヨーク支局、ワシントン支局を経て93年ワシントン支局長。2004年特別編集委員。07年退社。名古屋大学大学院教授を経て、現在、早稲田大学客員教授。95年ボーン・上田記念国際記者賞、04年日本記者クラブ賞受賞。著書に『核地政学入門』(日刊工業新聞社)、『ヒバクシャ・イン・USA』(岩波新書)、『スクリュー音が消えた』(新潮社)、『秘密のファイル』(新潮文庫)、『スパイはなんでも知っている』(新潮社)などがある。

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(2016年12月12日フォーサイトより転載)

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