【3.11】地元の農産物を手に、福島ユナイテッドの選手はピッチに立つ。東日本大震災から7年

「スポーツの力で、福島の子が誇りを持てるように」

東日本大震災から7年目を迎えた3月11日、サッカーJ3の「福島ユナイテッドFC(フットボールクラブ)」が開幕戦に臨む。試合会場では、地元の農産物を販売する。

福島ユナイテッドは、福島市・飯坂温泉に事務所を構え、旅館から朝食の提供を受けるなど支援されてきた。そうした地元への恩返しに、親子サッカー教室や、名産品のフードパークなど様々な企画も行われる。

FC運営会社の社長・鈴木勇人さん(45)に、震災から7年の決意を聞いた。

鈴木勇人さん
鈴木勇人さん
なかのかおり

再出発の1か月後に震災

鈴木さんは建築家で、小学生から社会人までサッカー選手だったこともあり、福島ユナイテッドの旧運営会社を手伝っていた。その経営難を受けて2011年2月、有志5人で新会社を立ち上げてチームを譲り受けた。

プロチームを目指し、建て直しを誓った1か月後に起きた震災。スポンサーは撤退、7人の選手が退団して存続が危ぶまれた。「今、やめるのも勇気ある決断ではないか」と思った。だが選手と避難所を訪問した時、福島ユナイテッドのサッカースクールに通っていた女の子に「チームがなくなっちゃうの?」と投げかけられ、考えが変わった。

鈴木さんは建築物の応急危険度判定士として災害派遣され、県内を奔走していた。周囲から「プロ化は絶対に無理」と言われて金銭的なリスクもあったが、2011年5月に新会社の代表を引き受けた。「スポーツで街を元気にする、とチームの目的がはっきりしました」

「サッカーどころじゃない」からJ3に

25人ほどいた選手は収入がなく、サッカースクールもできなかった。「役員会に3か月の猶予をくださいと宣言しましたが、スポンサーを求めて営業に回っても『震災でサッカーどころじゃないんだから』と企画書を突き返されました」

それでもチームは力をつけ、震災の年にあった東北社会人サッカーリーグで初優勝。選手は増えずスポンサーは見つからなかったが、「もっと強くなろう」と覚悟を決めた。2012年には新監督を迎え、天皇杯で全国16強に。アマチュアの全国リーグであるJFLに昇格した。翌年はJリーグの湘南ベルマーレと業務提携して交流がスタート。

そしてJ3リーグができて福島ユナイテッドも入会、県内初のプロチームが誕生した。このころ、福島市の飯坂温泉に事務所を設けた。飯坂温泉の旅館が選手に朝食ブッフェを提供したり、観光協会がグッズを販売したりチームを支援。選手は、出先で観光PRをする形で恩返して、地域ぐるみの活動が始まった。

農産物を販売、選手が果物作りも

チームは福島の農産物の応援にも力を入れる。福島第一原発の事故による風評被害の払拭に協力したいと、2013年6月から試合会場で農産物の販売をする「ふくしマルシェ」を始めた。県内の農園や、生ハム・なめこなど加工品を扱う計15社と契約して買い取る。3月から12月のシーズン中に約20の試合会場で販売するほか、ネット通販も始めた。

ふくしマルシェ
ふくしマルシェ
福島ユナイテッド提供

2014年にはクラブとして農園の木を買い、選手が須賀川市と福島市でリンゴやモモを育てている。選手が農園に2人ずつ出向き、花摘みや剪定、受粉、出荷、箱詰めまでする。収穫量は増え、試合会場だけでなくスーパーでも販売するように。今やチームのグッズより売れている。

リンゴ農園で
リンゴ農園で
福島ユナイテッド提供
もも農園で
もも農園で
福島ユナイテッド提供

ふくしマルシェはGM・竹鼻快さんのアイデアだった。竹鼻さんは、鳥取のチームをJ2に押し上げた運営のプロで、鈴木さんが説得して招いていた。

年商増えるも、やはり勝つこと

子どものサッカースクールも復活した。県内10か所に拠点があり、およそ300人の子どもたちに選手が教えに行く。原発事故の影響で外で遊べなくなった時期が数年あり、子どもの肥満や運動不足が問題になっているという。

福島ユナイテッド提供

FCの年商は当初、7000万円ほどだったのが、今はスクール運営や農産物の販売を含め約3億5000万円に。スポンサーは400社になった。会社が成長しても、やはり勝つことが大事だ。

「勝つとファンが増えてお金が入り、いい選手が来る。念願のJ2に加入するには、年商が4億円以上は必要。優勝したとしても、基準を満たしたスタジアムや専用練習場がないのでJ2に上がれないんです。選手は毎日、相馬や米沢に出向いて練習していて、交通費もかかります」

経済活性化に温泉ツーリズム

「新しいスタジアムを作ろう」と経済界の有志で会を結成して行政に呼びかけ、福島市が屋内型のフットサル練習場を整備した。各地のスタジアムを見に行ったら、地域おこしを目的としたところが多かった。「J2の基準を満たすスタジアムを作ると、メンテナンスや維持費を含め50億円かかる。基準より少なくてもまず観客数5000人程度のスタジアムを作って、地域の活性化につながれば。将来は増築できるよう考えたいです」

地元の人が楽しめる機会も作っている。ホーム会場では、地元のダンススクールに出演してもらったり、母の日や父の日イベントを開いたり。いわき市のアクアマリンふくしまからの移動水族館も。さらに経済を活性化させるために温泉ツーリズム、スポーツツーリズムを提案。ホームの飯坂温泉に、合宿や試合で来て泊まってもらおうとPRする。

3・11に開幕戦、全力で戦う

昨年末、中田英寿さんが発案したアスリートの社会貢献活動を表彰する「HEROs AWARD 2017」で、福島ユナイテッドが受賞。ふくしマルシェの活動が評価された。私も取材した授賞式で、プレゼンターを務めたレーシングドライバー・佐藤琢磨さんがチームに激励の言葉を贈った。

震災から7年の3月11日には、福島市内のホーム会場「とうほうみんなのスタジアム」で開幕戦がある。鈴木さんは「全力で戦う姿勢を見せたい」と意気込む。対戦相手は格上の群馬のチーム。試合の時間をずらして12時半にスタートし、地震のあった2時47分にはサポーターと選手が円になって黙とうする予定だ。農産物の季節ではないが、加工品や地ビールを販売する。

鈴木さんとは、私が交流のある老舗旅館の再建(関連記事「東日本大震災から7年、福島市の老舗旅館を廃業から救ったのは『復興の柱』だった。」)に尽くしたのが縁で知り合った。

新しいつながりも生まれた。私は先日、イラクや福島を支援する「JIM-NET 日本イラク医療支援ネットワーク」のチョコレート募金を取材した。(関連記事「2月はバレンタインデーだけじゃない。がんの子供たちに薬を届ける「チョコレート募金」とは)ジムネットの事務局長・佐藤真紀さんに鈴木さんを紹介すると、福島の子どもたちのために連携が決まったという。開幕戦で、ジムネットのチョコレート千個を来場者にプレゼントする。チョコレートが入った缶には、イラクのがんの子が描いた絵があしらわれている。

3月11日を前に、鈴木さんは改めて決意した。「ネガティブな情報で『世界の福島』になってしまったけれど、後ろを向かずに発信していきたい。スポーツの力で、福島の子が誇りを持てるように」

なかのかおり ジャーナリスト Twitter @kaoritanuki

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