「ジャーマンウイングス事故の再発を防げ!」 乗務員のリスクをめぐり独で激論

犠牲者の遺族からは「自殺をするために100人を超える乗客を巻き添えにするような人物が、なぜ副操縦士になれたのか」という疑問の声が上がるだろう。

3月24日、ドイツ航空史上最悪の墜落事故が発生した。バルセロナからデュッセルドルフへ向かっていたジャーマンウイングス社のエアバスA320型機が、フランス上空で突然急降下してアルプス山脈に墜落したのだ。

*欧州に強い衝撃

4U9525便の機体は跡形もなく大破し、乗客・乗員150人は全員死亡した。そのうち、75人がドイツ人、約40人がスペイン人で、ノルトライン=ヴェストファーレン州のハルテルンという町のギムナジウムの生徒16人と2人の教師は、スペインでの修学旅行を終えてドイツへ帰るためにこの飛行機に乗り、犠牲となった。デュッセルドルフ在住の日本人も2人同乗していた。すべての犠牲者に対し、心から冥福をお祈りする。

ドイツのメルケル首相、フランスのオランド大統領、スペインのラホイ首相、ノルトライン・ヴェストファーレン州のクラフト首相がそろって事故の翌日に現場入りし、犠牲者に追悼の意を表したことは、この大惨事が欧州諸国に与えた衝撃の強さを物語っている。

*副操縦士の自殺?

だが、事故から2日後の3月26日、さらに衝撃的な事実が明らかになった。フランス検察庁は、「事故機のボイスレコーダーの分析から、4U9525便の副操縦士が故意に事故を起こした疑いが強い」と発表したのだ。27歳の副操縦士Lは、機長が操縦室を離れた後、ドアを内部からロックして外から開かないようにした後、直ちに機体の高度を下げた。異常に気付いた機長がドアを叩いて開けるよう要求したが、副操縦士はドアを開けずに、無言のまま同機を急降下させ、アルプスの岩山に激突させた。

ボイスレコーダーには、最後の瞬間まで彼の呼吸音が残っていたので、彼は墜落まで意識を失っていなかった可能性が強い。さらにフライトレコーダーの解析から、彼が飛行機を降下させ始めてから、数回にわたり加速していたこともわかった。このことから検察庁は、副操縦士がわざと4U9525便を墜落させたとみている。

副操縦士が自殺のために149人を道連れにしたとしたら、それは大量殺人である。何が彼を凶行に走らせたのだろうか。遺書や犯行声明は見つかっていない。ラインラント=プファルツ出身のL は、2008年からルフトハンザのパイロット養成学校で訓練を受け、2013年にジャーマンウイングスのパイロットになった。

だが3月26日にドイツの捜査当局がLのデュッセルドルフの自宅を捜索した結果、医師の証明書が引きちぎられた状態で見つかった。それは、Lが病気のため就労不能であることを医師が証明した書類だった。さらに検察庁は、「Lはルフトハンザの航空学校での研修を数ヶ月中断した後、重い鬱病にかかっていたことをメールで学校側に連絡していた」と発表している。

Lは事故当日も、精神疾患のために働けない状態だったことを会社に隠して、飛行機に乗り込んでいたのだ。旅客機を操縦するパイロットが、リスクになった。想定外の事態である。飛行機を利用している全ての人を戦慄させる事実だ。

メルケル首相は「我々の想像を絶する出来事が起きた」と述べ、非常に強いショックを受けたことを明らかにするとともに、捜査当局に事件の背景を徹底的に解明するよう求めた。

*ルフトハンザには痛撃

ジャーマンウイングスは、ルフトハンザの子会社の格安航空会社。ルフトハンザにとって、死者を出す事故は22年ぶり。同社はここ数年、割安でサービスが良いカタール航空やエミレーツ航空などに乗客を奪われていたほか、乗務員のストライキが頻発し、利用者に迷惑を掛けるなど、苦しい状況に追い込まれていた。

2014年の決算は、7億3200万ユーロ(951億6000万円・1ユーロ=130円換算)の赤字だった。

副操縦士が故意に引き起こした大事故は、安全性を重要な売りにしてきたルフトハンザにとっては大打撃である。同社は、ライアンエアーやエア・ベルリンなどの格安航空会社に対抗するために、ディスカウント路線を拡大する方針を明らかにしていた。乗務員のストライキが多発していた原因の1つも、そこにある。今回の事件は、同社のディスカウント路線の拡大にとって、逆風となるだろう。

ルフトハンザのカルステン・シュポール社長は3月26日の記者会見で、「我が社でパイロットになれるのは、希望者の10人に1人。選抜基準は非常に厳しい。乗務員の心理チェックを行っているほか、精神面の健康にも十分配慮している」と述べている。そして「4U9525便の副操縦士の異常な行動は、例外中の例外だ」と指摘した。

*安全対策の強化を!

しかし、犠牲者の遺族からは「自殺をするために100人を超える乗客を巻き添えにするような人物が、なぜ副操縦士になれたのか」という疑問の声が上がるだろう。

ルフトハンザなど欧州の航空会社は、今回のような事態の再発を防ぐために、機長もしくは副操縦士が操縦席を離れる時には別の乗務員がコックピットに入るルールを導入した。副操縦士ないし機長が、コックピットで1人にならないようにするためである。しかしパイロットの組合では、「今回の事件は、例外中の例外であり、パイロットや副操縦士全員を疑惑の目で見るべきではない。さらに、コックピットに常に2人の乗員がいるようにすれば、今回のような事件を必ず防げるという保証もない」と反発している。

統計によると、乗務員が自殺を図って多数の乗客を巻き添えにするという事故は、確かに少ない。さらに、全ての乗務員の精神状態をフライト直前にチェックすることは、事実上不可能である。

現在ドイツでは、「乗員による飛行機事故のリスク」をどう減らすかについて、議論が行われている。

バイロイト病院で精神科の医長を務めるマンフレート・ヴォルファースドルフ氏は、「鬱病患者が100人を超える人を道連れにして自殺するのは極めて稀だ。この副操縦士は何かに追いつめられて強迫観念を抱いた結果、発作的に旅客機を墜落させたのではないか」と推測する。

ミュンヘンのフラエンホーファー研究所で精神医療を担当していたフロリアン・ホルスベーア氏も、3月31日に放映された公共放送局WDRの番組の中で「全ての鬱病患者が大量殺人を犯すわけではない」と述べ、心の病を持つ人に偏見を抱かないよう訴えた。

*医師の守秘義務をめぐる議論

ドイツの医師は、原則として患者の病気について他人に漏らすことを法律で禁止されている。守秘義務を破った医師は、罰せられる。例外が認められているのは、患者が直ちに他者に危害を加える危険が高いと判断された時だけだ。

しかし患者は、医師に職業を伝える義務はない。したがって、医師は患者が仕事中に市民に危害を加える可能性があることを知らない場合も多い。

キリスト教民主同盟(CDU)のディルク・エリク・フィッシャー議員は「パイロットには、雇用者が指定する医師の診断を受けることを義務づけるべきだ。現在、医師は原則的に患者の病気について雇用者に通報することを禁止されているが、パイロットの病気の雇用者と航空安全局への通報については、指定医の守秘義務を緩和するべきだ」と述べている。

医師の組織であるハルトマン連盟のクラウス・ラインハルト会長も、「現在は就労不能証明書を雇用者に提出するかどうかは、患者の判断に任されている。市民の命を危険にさらす可能性がある職種については、医師が病名を書かずに、雇用者に就労不能証明書を直接送付することも検討するべきだ。そのような制度があったら、今回の事件は防げていたかもしれない」と指摘する。

これに対し、ドイツ連邦医師会のフランク・ウルリヒ・モントゴメリー会長は「守秘義務を緩和し、医師が特定の病気について雇用者に通報する義務を導入することは、患者の基本的人権の侵害だ」として強く反対している。

今回の事件が、乗員・乗客の遺族に与えた悲しみと絶望感、そして世界中の旅客機の利用者に与えた不安感は、底知れない。ルフトハンザは、信頼を回復するために、必死に努力せざるを得ないだろう。

ドイツ・ニュースダイジェスト掲載の記事に大幅に加筆の上、転載

筆者ホームページ: http://www.tkumagai.de

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