東京の「仕事の空気」は離島に持ち込めない。夫と娘を残して5日間のワーケーションをやってみた

身体は離島の五島にあるのに、画面の向こうでは東京の仕事の話。「ワーケーション」にはどうしても超えられない壁もあった。

(文章・鈴木円香 一般社団法人「みつめる旅」理事、ウートピ編集長)

7月26日から8月18日までのちょうど3週間、ワーケーションをしていた。

「今年の夏は五島で過ごす」と決めたのは、今年の2月上旬。

まだまだ新型コロナウイルスの感染拡大が本格化していなくて、東京オリンピックは当然開催されるだろうと考えていた頃。東京の暑さとオリンピックの混雑を避けて、「今年の夏はひと月五島で家族と過ごします!」と宣言したのだった。

そして、コロナがやってきた。

五島には、3年前に、移住した友人を訪ねていったところからすっかり魅了されてしまい、これまでいろいろなプロジェクトを立ち上げ、だんだんと仲間が増え、今では現地に法人を登記するまでになった。

写真家やアーティストから、旅行業や観光業、旅館業、飲食業に就いている人、農業や漁業など一次産業に従事している人、そして行政で働いている人などなど、自分でも信じられないくらいたくさんの人と知り合いになった。

五島での体験を全3回の連載でお届けします。まずは夫と娘を東京に置いて、一人で過ごしてリモートで働いてみた「最初の5日間」の話からーー。

五島には、こうした人工物がほとんどない小さなビーチが点在している。その素朴さに魅了され、何度も通うようになってから早3年近く。(撮影:廣瀬健司)
廣瀬健司
五島には、こうした人工物がほとんどない小さなビーチが点在している。その素朴さに魅了され、何度も通うようになってから早3年近く。(撮影:廣瀬健司)

コロナ時代のワーケーション。自分で4つのルールを決めた

コロナが始まる前も、始まってからも、五島の人とは常にプロジェクトの打ち合わせなどで連絡を取り続けている。その頻度は、東京の仕事仲間のそれとほとんど変わらないか、メンバーによっては、それを凌駕するくらいだ。

コロナで五島はどうなっているのか?

感染を恐れて島外から「来ないで」と言う人もいれば、「こういう時こそ来て」と内心願っている人もいる。島の大事な産業の一つは観光なので、「来てくれないと、会社が潰れる!店が潰れる!」と夜も眠れないほど困っている人もいる。

地域の人の反応もバラバラで、正解はない。

五島市としては、コロナは長期戦となることを前提に、感染防止対策を万全にした上で来島者はウェルカムという基本姿勢を打ち出している。

また、東京など都市部から島にやってきて、仕事と休暇を同時に行う「ワーケーション」は、経済のV字回復および移住促進のための重要施策の一つにもなっている。経済と島民の安全のバランスをなんとか保とうとしているのだいう。

コロナ禍でどう生きていくか、正解はない。

感染に最大限気をつけながら、すべては、自分で情報を集めて、自分の頭で考えて、決めて、動くしかない。それがwith/afterコロナの唯一のルールなのだろうというのが、2020年7月時点での私の結論だった。そこで、五島でワーケーションを実行するに当たり、次の4つのルールを自分に課すことに決めた。

(1)お年寄りや基礎疾患のある人と会わない
(2)外食は減らして、できるだけ自炊する
(3)買い物に行く時はマスクをつける
(4)地域の人との打ち合わせも、できるだけオンラインでやる

朝から晩まで、ほぼ一人きり

3週間のうち最初の5日間は、夫と娘は東京を残したままひとりきりで過ごしてみた。市街地から車で30分ほどの、海辺にあるバンガローを借りて、朝から晩までほぼひとりきりでいた。

その5日間の私の毎日はだいたいこんな感じだった。

朝5時起床。

バンガローの2階にふとんを敷いて、夜風にあたりながら寝ていた(結局、そのバンガロー滞在中にクーラーをつけることはなかった)。

もともと朝型だったけれど、娘ができてからは、一番集中して片づけたい仕事は家族が寝ている朝5〜8時に終わらせるという習慣がすっかり身についてしまったので、五島でひとりきりになっても、どうしても5時に目が覚めてしまう。東京にいる時、この朝の3時間で重要な仕事はほぼ終わる。

ひとりで過ごした5日間、毎日ゴロゴロしながら眺めていたバンガローからの朝焼け。みるみる色合いが変わっていき、見ていて飽きない(筆者撮影)
筆者撮影
ひとりで過ごした5日間、毎日ゴロゴロしながら眺めていたバンガローからの朝焼け。みるみる色合いが変わっていき、見ていて飽きない(筆者撮影)

ミーティングが始まるのは10時半。本を読んで過ごす

まぶたを開けると、風でふわりと舞い上がるカーテンの向こうに、紫色の夜明けの空を破るように、濃いピンク色の朝焼けが細く覗いている。毎日、昨日に巻き戻されたかと錯覚するほどに同じ光景。

空の、ピンク色の裂け目がだんだんと広がり、やがてオレンジっぽい色や、黄色っぽい色が加わって、朝焼けが複雑な色味に変化していくのを眺める。そうしているうちに30分ほどが過ぎていく。

あー、なんて幸せなんだろうー

と、思う。

このまま時間を止めてくださいー

と、思う。

朝焼けの濃度がどんどん失われ、空が明るくなっていくのが、なんだかさみしい。

が、まあいいや、と思い直し、ふとんも畳まず一階へ降りて水をごくごく飲む。基本的に、余計な家事は何もしない。

ふとんは畳まず敷きっぱなし。料理も基本しない(焼くだけ、チンするだけ、お湯を入れるだけ、しかしない)。パジャマと部屋着も区別しない。洗濯は着るものがなくなったら、仕方なくする。買い物にも行かない。

そして、6時から7時までバンガローの前の海で泳ぎ続ける。

水着を着る必要さえ疑われるほど、誰もいない。

朝の冷たい海を、最初の30分くらいは、ただただストイックに泳ぎ続ける。波を見ながら、空を見ながら、横になったり、上を向いたりして海を漂う。

泳いで身体が軽くなったら、朝ごはん。

私が借りたバンガローにはトースターがなかったので、スーパーで買ってきたデニッシュをフライパンで焼いて、コーヒーを淹れて飲む。あとは、ヨーグルトか、夜の残りものをちょっと。食器洗いも夜寝る前にまとめて1回するだけで、食事ごとにはやらない。

7時半から、最初のミーティングが始まる10時半くらいまでは、だいたい本を読んで過ごす。3時間もぶっ通しで読書ができる。

五島の海の色は、時間ごとに、季節ごとに、まったく違う。車を運転してカーブを曲がった先に、不意に抜けるようなブルーが現れたりする。(撮影:廣瀬健司)
廣瀬健司
五島の海の色は、時間ごとに、季節ごとに、まったく違う。車を運転してカーブを曲がった先に、不意に抜けるようなブルーが現れたりする。(撮影:廣瀬健司)

画面越しの「草刈りと蝉の音がすごいですね」

10時半から17時くらいまでは、断続的にオンラインミーティングが入る。五島の夏は、草刈りの季節だ。ミーティングをしていると、草刈り機のブーンという音が聞こえてくる。東京にいる仕事先の相手から「草刈りと蝉の音がすごいですね」と言われてしまう。

早く、高性能のノイズキャンセリング機能がついたイヤフォンをamazonで注文しなきゃ、と思う。

娘のお迎えが17時なので、東京にいる時はだいたい17時には仕事を終え、自宅から徒歩3分ほどの保育園へ向かう。五島にいる間も17時以降は仕事をしなかった。

空が明るいうち、18時から19時にかけてまた海でひと泳ぎしてから、何か一品だけの夜ごはんを用意してビールを飲み、あとはまた夜風に当たりながら本を読んで寝落ちする。

ーーそんな5日間が過ぎた。

五島にいても「東京の仕事」はできる、しかし…

五島にいながら、東京の仕事ができるのか?

私自身、一般社団法人みつめる旅の理事として、これまで五島で「リモートワーク実証実験」や「ワーケーション・チャレンジ」を企画・運営してきたので、迷うことなく「Yes!できます!」と断言したいところだけれど、果たしてどうだろうか…。

物理的には、できる。完全にできてしまう。まったくもって支障がない。

Wi-Fi環境とPC、そして草刈りや蝉の音(それから、台風の後の波の音や船のエンジンの音とか…)を拾わないノイズキャンセリング機能のついたイヤフォンさえあれば、東京にいるのと遜色がない。

その点、コロナで仕事がフルリモートになったことは、とてもありがたかった。いちいち自分だけ「五島にいるからリモート参加ですみません」と謝らなくていいのだから。

市街地から車で30分ちょっとの海の前に、バンガローを借りた。移動はすべて車。運転している間のどかな風景が広がる。(撮影:廣瀬健司)
廣瀬健司
市街地から車で30分ちょっとの海の前に、バンガローを借りた。移動はすべて車。運転している間のどかな風景が広がる。(撮影:廣瀬健司)

ミーティングに集中していても「あ、ブタの匂いだ」

でも、精神的にはだんだんつらくなってくる。

人間は、物理的に離れた場所で、意味的に離れた仕事をこなせるほど器用ではない。

五島の海を眺めながら、東京の企業のCI(コーポレート・アイデンディティ)やブランディング、首都圏にメイン読者をもつメディアについて考え続けるのは、なんだか身体がついてこない。

日を追うごとに、イヤフォンから聞こえる声よりも、窓の外から聞こえるカモメの声や虫の音に、PCの画面越しに見える相手の姿や画面共有されたスライドよりも、雲間から注ぐ光の加減によって刻々と変わる海の色に、意識は奪われていく。

そして、オンラインではどうしても伝わらない嗅覚と触覚。風向きによっては少し離れたところに建つ豚舎の匂いが混じることもある潮風に、身体はすぐさま反応する。どれほどミーティングに集中していても、「あ、ブタの匂いだ」と思ってしまう。

やっぱり、人間は身体性からは逃れられないのだ。

それは、どんなにテクノロジーが進歩しても同じだろう。

仮にVRがものすごく進化して、あたかも東京の会議室で同席しているかのようなリアルな知覚を得られるほどの、オンライン会議システムが利用可能になったとしても、果たして、東京の仕事を五島でやりたいと思えるだろうか。

たぶん「No」だ。VRを通して知覚するものと、VRから離れた時に知覚するものの差があまりにも大きくて、おそらく私の身体はついていけないだろうということが、容易に予想できた。

市街地の港。こういう何ともない日常の中に、不意に絶景が現れるのも、五島に何度通っても飽きない理由かもしれない。(撮影:廣瀬健司)
廣瀬健司
市街地の港。こういう何ともない日常の中に、不意に絶景が現れるのも、五島に何度通っても飽きない理由かもしれない。(撮影:廣瀬健司)

ワーケーションに向いている「仕事」とは?

結論として、ワーケーションでは、「普段の仕事」をするよりも、「普段はやれない仕事」をする方がいいんじゃないかと思う。

たとえば、一人でじっくりこれまでの仕事やキャリアを振り返るとか、チームで合宿をしてとことん議論するとか、ひたすら企画を考え続けるとか、膨大な資料やデータを読み続けるとか。そういう、普段はやりたいけど、雑事に紛れてなかなか着手できずにいる仕事を集中して片づけてしまうのにちょうどいい時間の質であるような気がする。

もしくは、仕事のありかた自体を変えていくか。

つまり「東京中心の仕事」を減らしていくということ。頭脳が物理的にちらばっていて、それぞれがそれぞれの場所で、身体をもち、知覚し、思考すること自体が大きな価値を生むような仕事を、世の中に増やしていく。それは果たしてどんな仕事なのか? 今のところ、コレ!と即答できるものはない。でも、それが主流となる世の中は、きっとすごく楽しいだろう。

「リモートワーク」や「ワーケーション」といっても、人間が身体から逃れられない存在である以上、そんなに簡単なことではないのだ。

とても大きな発見だった。

ーーー

五島市は2021年1月16日(土曜日)~1月31日(日曜日)まで「島ぐらしワーケーション in 五島列島 2021」の参加者を募っています。もし興味を持ったらぜひこちらのサイトをのぞいてみてください。

【筆者略歴】

鈴木円香(すずき・まどか):一般社団法人みつめる旅・理事。1983年兵庫県生まれ。2006年京都大学総合人間学部卒、朝日新聞出版、ダイヤモンド社で書籍の編集を経て、2016年に独立。アラサー女性のためのニュースメディア「ウートピ」編集長、SHELLYがMCを務めるAbemaTV「Wの悲喜劇〜日本一過激なオンナのニュース〜」レギュラーコメンテーター。旅行で訪れた五島に魅せられ、五島の写真家と共にフォトガイドブックを出版、Business Insider Japan主催のリモートワーク実証実験、五島市主催のワーケーション・チャレンジの企画運営。その他、五島と都市部の豊かな関係人口を創出するべく活動中。

【写真撮影】

廣瀬健司(ひろせ・たけし):福江島在住の写真家。生まれも育ちも五島列島・福江島。東京で警察官として働いたのち、1987年に五島にUターン。写真家として30年のキャリアを持つ。2001年には「ながさき阿蘭陀年 写真伝来の地ながさきフォトコンテスト」でグランプリを受賞。五島の「くらしと人々」をテーマにした作品を撮り続けている。2011年には初の作品集『おさがりの長靴はいて』(長崎新聞社)から出版。