大人が「幸せ」になるために必要な3つのものとは?

「幸せのメカニズム」の専門家が今の日本社会で幸福度を高めるために必要なことについて語った。
前野隆司・慶応義塾大学システムデザイン・マネジメント研究科教授
前野隆司・慶応義塾大学システムデザイン・マネジメント研究科教授
サステナブル・ブランド

私たち大人は幸せだろうか――。政府は昨年7月、未成年の自殺率が統計を取り始めた1978年以降最多だったと発表した。日本社会の持続可能性を考えると、大人が幸せに生き、若者が希望を見出せる社会をつくることが喫緊の課題だ。慶応大学大学院で幸福学を研究する前野隆司教授は「これからは製品やサービスも、消費者の幸せや人生にどれだけ影響を与えられるかが問われる」と話す。前野教授に、幸せのメカニズム、そして今の日本社会で幸福度を高めるために何が必要かを個人や組織、学校教育、社会の観点から聞いた。(サステナブル・ブランド ジャパン編集局=小松遥香)

日本企業でエンジニアとして勤めた後、ロボットや脳科学の研究者となった前野教授。幸福学研究を始めた背景には、科学技術の進歩などによってGDPが上がったにも関わらず、終戦直後と比べて人々の幸せ(生活満足度)が変わっていないことへの疑問と、工学者らしく、体系的に幸福を明らかにし、人々が日々の中で幸福度を向上させられる実践的な幸福の研究をしたいという思いがあったという。

幸せになるために必要なもの

――幸せのメカニズムを研究されてきました。日々の中で、人が幸せになる、幸福度を上げるにはどんなことが必要でしょうか。

前野:幸せになるために必要なことは、健康と比べると分かりやすいです。健康になるには、まずは健康についての知識を得ることが必要です。太り過ぎは良くないとか目が悪かったらメガネをかけるとか。幸せになるのも同じで、どうすれば幸せになれるか「知識」を得ることです。

「知識」の次は、現状の幸福度を「測る」ことです。健康診断で体の状態を測りますよね。私の開発した「幸せの4因子の診断」など、世の中には幸福度を測るツールがあります。

それから、幸せになるための「対策を打つ」ことです。健康になるためには、スポーツをしたり、食事に気を付けたりします。幸せになるには、簡単なものだと、感謝することや笑顔をつくること、口角を上げると幸福度が高まることが分かっています。

知識を得て、測って、行動してということを繰り返すことが重要です。そうすると、自分の状態が好転しているのか悪化しているのか分かります。

人が幸せになるためには、幸福感に影響する4つの心の要因のバランスがとれていることが必要です。「やってみよう!」因子(自己実現と成長の因子)、「ありがとう!」因子(つながりと感謝の因子)、「なんとかなる!」因子(前向きと楽観の因子)、「あなたらしく!」因子(独立とマイペースの因子)です。

簡単に言うと、生き生き、わくわく「やりがい」を持って、人との充実した「つながり」がある人は幸せです。ですから、自分が本当にやりたいことが見つかっていない人は見つけたほうが良いし、つながりが希薄な人はちょっとずつ人とつながっていく方が良いです。そうすることが長期的な幸せにつながると思います。

「幸せ」には短期的な幸せと長期的な幸せがあります。やりがい、つながり、健康や安全、愛情といった非地位財による幸せは長く続きます。お金やモノ、地位という地位財による幸せは長続きしないことが分かっています。

――最近は、「感動」についても研究されています。昨年9月に『感動のメカニズム 心を動かすWork&Lifeのつくり方』(講談社現代新書)を上梓されました。これからは、企業の製品やサービスも、消費者が感動や幸福を味わえるよう「真の人間中心設計」をすることが求められると指摘しています。

「世の中はより多様な人を巻き込んでいく方向に進んでいる。より、人間中心へ。製品やサービスも、初期の人間中心設計とは異なり、より深い、人間の認知や行動といった経験にフォーカスを置く方向へと変化している。そして『真の人間中心設計』によって、中心に置かれた人間が、心からやりたいことをやり、豊かに幸せに生きるとはどうであり、そのために何ができるのかが問われるべきだ。真の人間中心設計とは、感動中心設計、幸せ中心設計。人生に、どこまで影響を与えた製品やサービスを作り得たか、ということが問われる時代が目の前に迫っている」(『感動のメカニズム 心を動かすWork&Lifeのつくり方』から一部抜粋)

前野:感動することは大きく自分が変わるきっかけになります。幸せになるための重要な部品です。幸せに生きるには、熱中したり、何かを満喫したり、感動したり、強い体験や情熱的な体験をした方が良いと思います。

やはり良いものを見ると、人は成長できます。凄いものを見ると、自分もそれを目標にします。目標が高すぎると自己肯定感が下がってしまいますが、目標があるというのはやる気があるということであり、色んな人と繋がって生きていくきっかけになると思います。

――社会や企業が変わっていくには、組織に感動を生むことも大事です。どんなことが必要でしょうか。

前野:組織の中に、感動する人がいないとだめですよね。企業にもよりますが、大企業には感情を出すことは悪であるみたいな雰囲気があります。例えば、喜ぶときは「ヤッター」と叫んでも良いわけじゃないですか。情熱的に満喫する態度を持つという文化を創らないといけないと思います。

今は、笑いながら働こうという風土を持つ会社もあります。「笑おう」とか「楽しく」とか「幸せ」とかを社是や会社の目標に入れる会社が増え始めています。例えば、ソニーのパーパス(存在意義)は「クリエイティビティとテクノロジーの力で、世界を感動で満たす」です。

感動は全身で感じるものです。ロジックで考えていると、「すごい車。うわ、感動した」って感性も理性もすべて使った表現になりますよね。もし左脳だけで考え、分析するだけだと「あっ、なるほどここはこういう形にしたのか」と感動しないですよね。

『ティール組織』(フレデリック・ラルー著)や『サピエンス全史』(ユヴァル・ノア・ハラリ著)などが流行っているように、世界を地球的な全体として、歴史を人類史全体として見るホリスティックなものの見方が注目を集めています。大きな変化を捉えるべき時代であり、個人主義だけでは世界が立ち行かないことが明確になっているからです。

そうした中、左脳の理性と右脳の感性という全体を使う感動は、これからの時代の考え方に近いと思います。例えば、「ティール組織」は、左脳を使ったピラミッド組織、つまり軍隊みたいに管理する組織ではなく、みんながもっとのびのびできる組織が全体としてより良い組織だというものです。脳の中から自由に感動しようよということです。

自己肯定感を高める学校教育が、日本社会の幸福度を上げる

――日本では若い世代、15-39歳の死因の1位が自殺です。格差が広がる中で、閉塞感や生きづらさを感じている人が少なからずいて、そうした社会の突破口が求められています。大学で若い人たちと接する中で、「幸せ」について何か感じることはありますか。

前野:若者というより、諸外国に住み、旅行した経験から感じることは、日本人は自己肯定感が低いということです。子どもも大人も、明らかに低いです。

――それはなぜでしょうか。

前野:一つには、やはり横並び教育です。個性を伸ばすのではなく、平均化する教育を戦後ずっとやってきたからではないでしょうか。国語、数学、理科、社会があり、どれかが苦手なら、デコボコにならないように苦手なものを高める教育をしてきました。

米国では、得意なものを伸ばし、他は普通で良いです。良いところを伸ばす教育か、悪いところを減らす教育のどちらが良いかということです。良いところを伸ばす教育をすると、「俺には良いところがあるんだ」って10人いたら10通りの良いところを自慢に思うわけです。

例えば、教育先進国デンマークのある子どもに「あなたの良いところは何ですか」と質問すると、「人と自分を比べないところが良いところ」と答えるんです。それはつまり、人と比べない自立した自己を持っていると言えるということです。素敵じゃないですか。

――日本の教育は変わりつつあると思いますか。

前野:ちょっとずつ、ちょっとずつ変わりつつあります。学習指導要領が変わり、「主体的・対話的で深い学び」という教育に変わろうとしています。これは欧米だと30-40年前からやっていた教育ですが、日本もやっとなろうとしている。

一部の学校では、アクティブラーニングやグループラーニング、反転授業といって生徒が教える、自主性を発揮する授業に取り組んでいます。そうすることで、自分の良さが見つかり、自己肯定感が高まります。

学校教育だけでなく、親が子どもに行う教育も重要です。日本人の親は、幼稚園に行ったら「あの子がこんな習い事をしているから、うちの子もやらなければ」とか、テストをしたら「あの子より低かった」とか。とにかく人と比べます。人と比べて悪いと、子どもはどんどん自己肯定感が下がります。

だから、あらゆる面での教育が必要です。すべてを変えていけば、日本人の自己肯定感は高まると思います。

ゆとり教育は失敗しましたよね。ゆとりを持って自由にのびのびやろうという良い目的でしたが、先生も親も急に変われないので、結局、上手く行かなくなってだめな教育と言われています。日本で良い教育をしようと思って本気で変えようとしても、60年間ぐらいかかると思うんです。古い考えの世代がいなくなるまでかかります。

悲観的に言うと60年かかるのですが、変化は起き始めていますから、あとは各自の対応ですよね。例えば、アメリカンスクールに入学する人もいるし、先進的な良い学校が出てきはじめています。幼稚園だとモンテッソーリー教育やシュタイナー教育など色々あります。新しい教育を受けた人から変わっていくでしょう。

幸せな仕事を人間がして、不幸せな単純労働はAIがやってくれる

前野:今は激動の時代、歪みの時代です。1945年の戦後から成長を続け、バブルがあり、それが崩壊して、昔のやり方ではだめということで、無駄みたいなものが溜まって歪みが生まれています。

明治維新や終戦の時と似ています。明治維新によって武士がいなくなり、全員が平等になって世の中が変わりました。第二次世界大戦で負けて焼け野原になって、大きく世の中が変わりました。色々なものが溜まってきて明治維新が起き、同じようにして終戦を迎え、また溜まってきて「今、この時代」なんですよ。

だから、マクロに見ると、社会が変わるには、革命などの大きな変化あるいはソフトランディングが必要になります。大きな痛みを伴う変化か、ゆっくりとじわっと変わっていくか――。でも、60年かけてできる人から変わっていくという方法だと、小さな犠牲者をいっぱい生みます。

――前野教授は元々、ロボットや脳科学の研究をなさっていました。AIの存在は、人間の幸福をどう左右しますか。

前野:AIは単純な仕事を人間から奪います。例えば、人間がやっていた高度なこと、例えば裁判官の判決、医療画像を見て病名を判断するということをAIがしてくれるようになります。

やってくれないのは、個性や感性、芸術、創造性などの領域です。世界には77億人いるけれど、これをやれるのは私だけというようなことです。例えば、ピコ太郎のようなことをしている人は世界に1人です。

従来なら、学歴などが自分自身の特徴でした。でも今は「面白い」や「優しい」など何でも良いので、自分にしかない個性を磨けば、AI時代でもAIに負けることはないし、人間らしく生きられます。そもそも、それが人間らしいじゃないですか。個性を磨き、自分の良さを磨くことは、幸せの条件とも一致します。結局、やりがいを見つけて、それに邁進することが一番幸せです。期せずして、幸せな仕事を人間がし、不幸せな単純労働をAIがしてくれる時代がやってくるのです。

すごい時代が来たと思いますが、悪い面を見ると、個性を磨ききれないとAIにとって代わられます。

だから、勉強が苦手な人、嫌いな人もやはり「学ぶ」ことは好きになったほうが良いです。もちろん好きなことを学べば良いです。ものすごくワクワクして、学びたくなるという時代になると思います。好きなことを見つければ良いのです。ワクワクして、ときめくことは何なのか――。それを探してやっていくことが幸せにつながります。

――その現れとして、最近では、大学を卒業してすぐに起業する若者や、好きなことを仕事にする若者が増えています。

前野:本能で時代の最先端をやるのが今の若者です。私の若い頃は、大企業に入ることが安心で伸びると思っていたから、みんな大企業に入り、官僚になりました。それも本能でやっていたと思います。

日本の企業が硬直化しているのは従来型でやっているからです。GAFAなど新しい企業や若者が欲しいものを実現しようと取り組んでいるのは米国です。若者が欲しいものを若者が作れば伸びるわけです。

日本企業は、自動車メーカーだから電気自動車とか空飛ぶ車にしようという発想でやっています。それに、図体が大きくなって、1000億円儲かることでないと新しいことができないという風にがんじがらめになっています。しかし従来の発想では太刀打ちできません。それを抜け出さないと、今の消費者が求めるものはつくれません。

日本社会には少し新陳代謝が必要です。新しい発想で、これまでにないものを作る若い企業も出てきていますから、そういう企業に人が流れるようにすることも一つです。そして、私と同じ世代の人が新しい考えや若い人を謙虚に理解しないと企業は変わりません。良い大人がいる企業は新陳代謝が早く進みます。

写真提供:サステナブル・ブランド
写真提供:サステナブル・ブランド
サステナブル・ブランド
幸福度の高い社会をつくるには

前野:日本はこれまで、成長することが楽しみだという国づくりをしてきませんでした。もっと手前にある安全な国づくりをするところで止まっています。もちろん安全は基盤ですから大事です。しかし、次の段階として、「みんなが成長をして、もっと安全で自己実現できる国をつくりましょう」とならなければ、多くの人は心が成長する喜びを知らないまま死んでいきます。

人は心の成長を求ないと、幸福度が止まってしまいます。心の成長を求める人は、成長することで新たな感動や喜びを覚えます。心が成長するというのは利他的になることですから、利他の心は転がるように大きくなり、一度それを味わうと止められません。

ですから、成長する喜びを知らない人に小さな成長を味わってもらい、さらなる心の成長を求める方に向いてもらう社会をつくっていくことが大事だと思います。

――心を成長させるには何が大切ですか。

前野:まずは、「人は生涯、成長し続けることができる」ということを理解することです。実際に、成人発達理論というものがあります。

「大人になると成長できない」と思いがちですが、そうではありません。成長に対する心構えに、「人は成長しない」というフィックスト・マインドセット(Fixed Mindset)と「人は成長できる」というグロース・マインドセット(Growth Mindset)があります。「自分なんか変わらなくていいよ」と思ってしまった人は変わりませんし、自分はどんどん変わって成長するのだと思っている人は成長できます。100歳の人でも成長できると思います。

多くの日本人は、「50歳は定年が近いから、もう終わり」と思っています。そうして、成長を諦める人が多いです。しかし年齢を重ねると、若い時のようにスポーツで強くなるというパワフルな成長はしなくても、全体を掴めるようになり、奥深さや繊細さが理解できるようになります。利他的な幸せも、年齢と共に上がる傾向にあると研究結果で分かっています。

成長できることを理解したら、実際に行動して、少しずつ成長する喜びを感じることです。

日本人は自己肯定感が低いため、「私なんかここまで行けたら御の字ですよ」みたいな変な肯定や「成長なんて大変なので、ここら辺で良いです」といった幸福度の低い状態で止まっています。

自己肯定感が低いのは不幸とほぼ同じです。自己肯定感が高まっていくことが成長とも言えます。要するに、「自分はこれもできて、あれもできる。欠点もあるけど、これで良いじゃないか。みんなと力を合わせれば色んなことができる」と思うことです。

辛いことがあっても、「ああ、そういう試練が来たか」と楽しめる人と「辛くてしょうがない」という人とがいます。自己肯定感が高いと、「よし、やってやろう」と思えます。自己肯定感はその後の行動や幸福度、心の成長にもすごく関係します。

人はどこまで幸せになれるのか

――人は幸せをどこまで追求できるのでしょうか。限りはあるのでしょうか。

前野:最高という境地があります。そこを知ると、下がる心配のない安心した状態でいられます。

――その最高は人によって違うものですか。

前野:本当は一緒ですが、多くの人がそこまで行けず、不安や心配で止まっています。そこまで行けずに人生を終える人が大半です。「悟りの境地」と言ったりします。お坊さんが達する怪しい境地と思うかもしれませんが、仏教哲学者・鈴木大拙は「エデンの園にいるような至福の境地だ」と言っています。

最高とは、座禅をし、何の悩みもなく、不幸になるのではないかという悩みもなく、これですべて満足という境地です。そこに向けて、行けるところまで行って死ぬ人生と「もっとあれをやっておけば良かった」と後悔する人生があるので、なるべく成長して、自己肯定感を高めてここに近づくことが良いですね。

――最後に、人が生きる目的は幸せになるためでしょうか。

前野:私は、人間が生きる目的はないと思っています。生物が進化して、誕生し、子孫を残す理由もないのだけれど、子孫を残すから生き延びている。進化論から考えるとそうなります。目的はないけれど、生物が生き延びて、生き延びたいと思っているだけです。

理由もないとすれば、幸せに生きても不幸せに生きても良いと思うのです。それで、どちらでも良いのであれば、みんな幸せに生きた方が良いのではないかと思います。

せっかく100年ぐらい生きるのですから、青い地球を守りながら、幸せに生きていくほうが良いですよね。いがみ合って、地球温暖化を引き起こして、一部の人だけがお金持ちになる社会と、みんなが仲良く幸せに過ごして青い地球を守る社会とどちらが良いか――。後者が良いですよね。すべてはわれわれの選択です。幸せになることを選びましょうよ。それがサステナブルです。

写真提供:サステナブル・ブランド
写真提供:サステナブル・ブランド
サステナブル・ブランド

前野 隆司
慶應義塾大学システムデザイン・マネジメント研究科教授
1984年東京工業大学卒業、1986年同大学修士課程修了。キヤノン株式会社、カリフォルニア大学バークレー校訪問研究員、ハーバード大学訪問教授等を経て現在慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授。慶應義塾大学ウェルビーイングリサーチセンター長兼務。博士(工学)。著書に、『感動のメカニズム』(2019年)、『幸福学×経営学』(2018年)、『幸せのメカニズム』(2014年)、『脳はなぜ「心」を作ったのか』(筑摩書房,2004年)など多数。日本機械学会賞(論文)(1999年)、日本ロボット学会論文賞(2003年)、日本バーチャルリアリティー学会論文賞(2007年)などを受賞。専門は、システムデザイン・マネジメント学、幸福学、イノベーション教育など。

関連記事:

注目記事