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2021年02月23日 10時25分 JST

橋本聖子氏「女性理事40%の実現だけでは意味ない」ジェンダー平等を若者世代に向けて語る

前女性活躍・男女共同参画担当大臣として、若者世代と男女共同参画について語り合うオンラインイベントに出席。組織委の女性理事比率の向上について述べました。

時事通信社
橋本聖子氏

橋本聖子氏は2月22日、30歳未満の若者世代と男女共同参画について語り合うオンラインイベントに出席し、オリパラ組織委員会における女性理事比率の向上について「40%を実現するだけでは意味がない。そこから何を打ち出せるか」が重要だと訴えた。

女性活躍・男女共同参画担当大臣として出席予定だった橋本氏は、東京オリンピック・パラリンピック組織委会長への就任に伴い大臣を退任したが、イベントは予定通り開催された。

女性理事「40%実現だけでは意味がない」

橋本氏は、組織委として掲げた女性理事比率の向上について問われ「大会まで5カ月に迫った中で、今まで苦労してきた理事の方に何人かやめてもらい、そこに女性だけを入れて数を揃えるのは急にはできない」と説明。

そのため、定款を変えて理事の枠を増やした上で「その分を全て女性にすることで40%を実現する」と明かした。

一方で、「40%を実現するだけでは意味がない」と強調。ワーキングチームを設置し、今週・来週までに人員選定する方針を示した上で「そこから何を確実に打ち出していくのか、同時にやっていく」と述べた。

国会議員になった経緯

話は、橋本氏が議員になった経緯や、国会議員時代の出産などにも広がった。

初当選は1995年。当時30歳で、現役のスポーツ選手だった。政治は男性社会で、女性議員はほんの一握りだったと振り返る。

女性が政治家になること自体、否定的に見られていた。そんな時代になぜ立候補したのか、橋本氏はこう明かす。

「海外は元五輪アスリートがセカンドキャリアで国会議員になるケースが多くて、すでに開かれていた。友達の海外アスリートが国会議員になって頑張っている姿を見てきたので、やるしかないと思った」

現役の国会議員として出産、50年ぶり2人目

橋本氏は、国会議員の産休制度創設のきっかけとなった。

国会議員が会期中に、公務や疾病といった理由で国会を離れる場合、「請暇願」を議長に提出する必要がある。

橋本氏が出産を控えた2000年、理由の欄に「出産」と書き込めるルールがなかった。議員規則を改正しない限り、出産という理由で国会を休む場合は、「その他(突発的な事故)」と書くしかないと説明を受けたという。

これを受けて、その年の国会で、「出産」という言葉が書き込めるよう議員規則の改正された。

「現職の参院議員で出産した人がいなくて、私が史上初でした。国会議員のための請暇願いに『出産』という文言を入れるとは誰も考えていなかった。20年前ですが『国会議員が出産するのか』と大先輩の男性議員にびっくりされました」と振り返る。

朝日新聞2000年2月8日付朝刊によると、過去に国会議員が在職中に出産したのは、衆院議員だった故・園田天光光氏のみで、半世紀も前の1950年に遡る。当時、橋本氏が2人目だった。

働く女性たちから“抗議”を受けた

出産後もほとんど休まず働き続けたことで、働く女性たちから“抗議”を受けたというエピソードも紹介した。

出産直前まで仕事を続け、出産後は退院後すぐに復帰。議員会館事務所にベビーサークルを設けて、会議の合間に授乳や搾乳をしていたという。

「休むことにはメンタル的にも抵抗があって、まだまだ男性社会の国会で、いろいろ言われたくなくて頑張ってしまった」

橋本氏の出産や産後復帰は話題となる一方、橋本氏と同じような働きぶりを勤務先や上司から求められた女性社員からは、抗議・要望が殺到した。

「国会議員という立場だからこそしっかりと産休を取って、その後にまた国会に出ることを作り上げてもらわないと、あなたが頑張れば頑張るほど、私たちもにも頑張りなさいと上司に言われてしまうんですという意見がすごかった」

この反省から、産休、育休を理解する国会や社会を目指して活動を続けてきたという。

選択的夫婦別姓「絶対に早い段階で解決」

選択的夫婦別姓については「絶対に早い段階で解決していく必要がある」と力を込める。

担当大臣時代に手がけた第5次男女共同参画基本計画で、「選択的夫婦別氏(姓)」の文言を当初案に盛り込んだが、自民党内からの反発に配慮する形で削除された

「後退した」という批判に対して、「3、4歩進んだと思ったのが、結果的に2歩ぐらい抑えられてしまった」と説明。

それまで自民党内で本質的な議論がされてこなかったと経緯に触れ、「一気に進めることで、世の中の空気を変えていく、そのことで国会議員が動かされていくということにしたかった」と打ち明ける。

そのおかげで「反対派や慎重派の議員に動いてもらうきっかけにつながった。一歩だけ進むためにどうしようというのでは、ここまでの議論にならなかった」と述べ、前進したという認識を示した。

第5次男女共同参画基本計画の策定に当たって、若い女性たちのグループと面会し、直接提案書を受け取った。そうした世代の声を実際の計画に取り入れ、専門調査委員会で提言内容を取り上げたりしたという。

若い世代に対して「全ての物事に対して諦めないでほしいなと思います、政治という部分も諦めたいと思っている人たくさんいると思います。(中略)みんなの力でガンガン言って、国会議員をユースの皆で問いただすところは問いただす。年齢なんて関係ない」と呼びかけた。