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2018年08月21日 19時15分 JST | 更新 2018年08月22日 14時04分 JST

林真須美宅「ヒ素」発見経緯の不可解 検証「和歌山カレー事件」(3)

和歌山県警は、カレー事件では証拠捏造はなかったとしているが、今となっては確かめようもない。

Kenji Hayashi
林真須美と幼い頃の長男

1998年7月25日に発生した和歌山毒物混入カレー事件(以下、カレー事件)。地域の夏祭りで配られたカレーライスにヒ素が混入され、67人が急性ヒ素中毒に陥り、うち4人が亡くなった。

事件発生当初から、「疑惑の夫婦」として犯人視されたのが、現場近くに暮らす林健治(当時53歳)、真須美(正しい表記は眞須美。当時37歳)である。

健治はかつてヒ素を扱う白アリ駆除業に就いており、真須美は祭り当日、カレー鍋の見張り番の1人だった。夫婦が保険金詐欺で生計を立てていること、その際ヒ素を用いていること、さらに真須美が知人や健治にヒ素を盛り、死亡保険金を得ようとしていたという疑惑が報道されるにいたり、日本中が真須美をカレー事件の犯人と信じて疑わない状況となった。

しかし、真須美はなかなか逮捕されなかった。確たる証拠がなかったため、別件逮捕が検討されていたのだが、保険金目当ての"ヒ素による殺人未遂容疑"で真須美を逮捕したい県警と、まずは"ヒ素がからまない保険金詐欺容疑"で固めたい地検との間で折り合いがつかず、もめていたのである。

カレー事件の解決には、"ヒ素による殺人未遂"での立件が不可欠と考えていた県警は、本部長を大阪高検へ向かわせ、高検検事長に異例の直談判を行った。その結果、逮捕を半月延ばし、その間に"ヒ素による殺人未遂容疑"を固めるという方向性が定まった。

その後、大阪高検、和歌山地検、県警の三者が協議し、まず「"ヒ素による殺人未遂"と、確実に起訴できる"ヒ素がからまない保険金詐欺"の両方の容疑で逮捕する」、次に「ヒ素の存在を明らかにするため、自宅などを徹底捜索する」、そして「両方の容疑を組み合わせた再逮捕を複数回繰り返し、カレー事件に進む」という方針が決められた。

事件から2カ月半後の10月4日、真須美は殺人未遂と詐欺と詐欺未遂容疑で、健治は詐欺と詐欺未遂容疑で逮捕された。そしてその日から、「ヒ素の存在を明らかにするため」徹底した家宅捜索が行われた。果たして、台所シンク下の物入れから、黒の油性ペンで「白アリ薬剤」と書かれたプラスティック容器が見つかったのである。

家宅捜索は、84人の捜査員が1階、2階、外周の3班に分かれて行い、1日目は約11時間、2日目は約8時間、3日目は約9時間を費やした。容器が見つかったのは、台所の物入れという目につきやすい場所にあったにも関わらず、4日目である。

結局、この容器に付着していたヒ素と、事件現場に残されていた紙コップに付着していたヒ素、そしてカレー鍋に残留していたヒ素が「同一である」という鑑定結果が示され、真須美が自宅にあったヒ素を紙コップに移し入れて運び、カレー鍋に混入したということが裏付けられた。

しかし、真須美の死刑確定後に、京都大学大学院の河合潤教授が行なった再鑑定によれば、紙コップに付着していたヒ素は75%(亜ヒ酸濃度に換算すると99%)と高濃度であるのに対し、プラスティック容器に付着していたヒ素は不純物が多く、紙コップのヒ素の3分の1から7分の1程度の濃度にすぎなかった。つまり、真須美が台所にあったヒ素をカレー鍋に混入したという筋書きは、成り立たないのである。弁護団は、再審請求を行ない、河合教授の鑑定書も提出したのだが、和歌山地裁は棄却した。

それにしても、カレー事件発生以来、常に疑われていた夫婦が、後生大事にそんな容器を取っておくだろうか。隠し場所も、台所の物入れでは、見つけてくださいと言わんばかりである。 

容器には洗い流された痕跡があり、いかにも証拠隠滅を図ったかのように装われていたが、ご丁寧に「白アリ薬剤」と書かれていたのである。健治はシロアリ駆除業に就いていた頃、ヒ素のことを「重(おも)」と呼んでおり、ヒ素が入った容器にも「重」と書いていた。

この容器について、林夫妻も子どもたちも、まったく見覚えがないと言っている。それを裏付けるように、容器からは林家のいずれの指紋も検出されていない。

また、林夫妻は保険金詐欺にヒ素を用いていたことを認めているため、「見覚えがない」などと惚ける必要がない。彼らは近所の貸しガレージにヒ素を保管し、必要なときだけジャムの瓶などに小分けして自宅へ運んでいたと供述している。

弁護団は、この容器が警察による「証拠捏造」であると主張している。そして、それを否定しきれないようなことが、実際に起きている。

カレー事件の際に、4通の鑑定書作成に関わった和歌山県警科捜研の研究員が、2010年に発生した交通事故や変死事件など、少なくとも6事件7件の鑑定で証拠を偽造したとして、証拠隠滅と有印公文書偽造・同行使の罪で書類送検され、執行猶予つきの有罪判決を受けたのだ。

この研究員は、1985年に採用され、カレー事件の翌年に主任研究員に昇格した。科捜研に4人いる化学専門の研究員の一人で、毒劇物や麻薬、繊維、塗料などの化学分析を担当し、カレー事件の際には、シンク下のプラスティック容器や、紙コップを扱っていたという。和歌山県警は、カレー事件では証拠捏造はなかったとしているが、今となっては確かめようもない。

なぜ林真須美が"犯人"にされたのか 検証「和歌山カレー事件」(1)

毒物は本当に「ヒ素」だったのか? 検証「和歌山カレー事件」(2)

(文中、敬称略)

田中ひかるのウェブサイト

http://tanaka-hikaru.com