好きなタイプは「ルブタンが似合う人」。彼がハイヒールを履いて知ったこと、彼女が気づいたこと。

女性だって、生まれつきハイヒールに慣れていたり足を閉じて座れるわけじゃない。
Kasane Nakamura/Huffpost Japan

「平成最後の今年、ハイヒールを脱ぐ覚悟はできていますか?」

こんなタイトルの記事が3月1日、採用プラットフォーム「wantedly」に掲載された。

誰が、何のために、何の覚悟をしなくてはいけないの?

「ハイヒールを履く女性はいつもきれいで凛として強い。ハイヒールを履いた素敵な方に1日密着をしてみました!」

記事は、こんな導入で始まる。

午前6時半には、インスタ映えもバッチリな朝食スムージーボールの写真。黒のパンツとヒール姿で出勤し、打ち合わせに出かけたりおしゃれななカフェに立ち寄ったりする様子をカメラと文章で切り取っていく。

ベルフェイス株式会社

実はこれ、ITベンチャー「ベルフェイス」の人事担当・西島悠蔵さん(31)のハイヒール体験記。遊び心いっぱいの企画について詳しく知りたくて、東京千代田区にある同社のオフィスを訪ねた。

「モテたいんでしょ、なんで分かんないの?」

「10月ごろかな。女性社員3人と僕で残業してたら、『外回りじゃなくなって、ヒール履かなくなって楽』みたいな女子トークが始まったんです」

溝にヒールが引っかかる、階段が怖い、ストッキングが蒸れる、脱いだら足が臭いーー。

次々と飛び出す「ハイヒールあるある」に、西島さんは思わず口を挟んだ。

「ほんとに?全然分かんないわ、その感覚(笑)」

西島さんが好きな女性のタイプは、ハイヒールの高級ブランド「ルブタン」が似合う女性。

「一通り恋愛経験もしてきたけれど、彼女たちは普通にヒールを履いていたし、そんなに大変だなんて聞いたこともなかったから……」

女性がハイヒールを履くのは西島さんにとって「当たり前」だった。

西島さんの反応に驚いたのは女性陣だ。そのうちの一人、同社広報の小正一葉さん(28)は当時をこう振り返る。

「男性ってこんなに知らないんだなって。『モテたいんでしょ?なんで分かんないの?』ってみんな言ってました」

「1日履いて体験してみれば?どれだけヒールが大変か分かるから…」

西島さんはその夜、Amazonで28センチのハイヒールを購入した。

人事として、女性への理解が深まるのは得策だ。ベルフェイスが取り組む、外に出なくてもオンラインで営業できる『インサイドセールス』のPRにもなるかもしれない。

「始めたばかりのTwitterでウケるかも、という期待もありました(笑)」

西島さん(左)と小正さん(右)
西島さん(左)と小正さん(右)
Kasane Nakamura/Huffpost Japan

5センチ先の世界には、恐怖と感動が…

届いたハイヒールを、一人暮らしの自宅で履いてみると…。

「でかい!立てない!歩けない!高い!怖い!!って、もうそれだけですよ。鏡を見ながら、一人で何やってるんだろうって」

身長178センチの西島さんが、5センチのピンヒールを履くと、183センチになる。たった5センチ先には、想像できなかった世界が広がっていた。

撮影日、西島さんはコンビニでLLサイズのストッキングを購入した。

「やるなら、ちゃんとやりましょう」という小正さんのアドバイスだ。

個室にこもること10分。人生初のストッキングの感想は?

「こんな話…」と照れて汗を拭きながら、「ストッキング、脱がすのは得意だと思ってたんだけど、こんなに履くのが大変だとは…。女性ってすごいな、と思いました」(西島さん)

ハイヒールで街に出て、打ち合わせ先へ。「足をそろえて!」という小正さんの指導のもと、ミーティングの様子を30分かけて撮影し、その後1時間ほど会社内を案内してもらったという。

「立ち上がる時、ふくらはぎと太ももの筋肉をこんなに使うんですね」と、西島さん。

これまで、女性が座る時に両足を揃えたり、横に流したりするのは「自然な行為」だと思っていた。「座るだけなのに、すごく気を遣ってるんだなぁって。本当に驚きました

階段の恐怖も痛感したという。

階段の上り下り、めちゃめちゃ怖かったです。恥ずかしい話、撮影に協力していくれた方がヨチヨチしている僕を見て、手を差し伸べてくれてちょっと感動しました。足も痛くて痛くて。ハイヒールで階段を使う女性を見る目が変わりましたね

撮影も終盤、ヒールが折れた。

ようやく普段の靴に履き替えると、思わずいつものスピードで歩いてしまい、小正さんに怒られたという。

「歩くの早過ぎ!って。ヒールで歩く大変さがよく分かっていたので、すぐに謝りました(笑)」

折れたハイヒール。ガムテープでくっつけて撮影を続けたという
折れたハイヒール。ガムテープでくっつけて撮影を続けたという
Kasane Nakamura/Huffpost Japan

ハイヒールは努力の賜物

前職でアパレルの営業をしていた小正さんは、仕事中に履くハイヒールが苦痛だった。

ハイヒールは、おしゃれをするためのアイテムとしては好き。だからファッションの中に取り入れたい時は、もちろんあります。でも仕事では、見栄えより効率を重視したい。ブランドの営業だとハイヒールの方がきちんとしている、という空気があって、苦痛でした」

そんな小正さんが、西島さんのチャレンジに付き合って感じたことがある。

「西島がストッキングを履くのに四苦八苦しているのを見て、私ってすごいなって。ストッキングを履いたり、ハイヒールで歩いたり、ビジネスシーンで座る時に足をそろえたり。できない人を見て、できる自分に改めて気づきました(笑)」

「それに、私自身がストッキングやヒールの窮屈さを当たり前に思っていたことにも気づきました。ある意味、目に見えない社会的な男女差別になっているんだなって……」

小正さんは「分からないことを理解しよう、という西島の気持ちが嬉しい」と言う。

かつてハイヒールを履かない女性を「手抜き」と思っていた西島さんも、こう振り返った。

「デートにペタンコ靴で来ると『今日のデートは本気じゃないのかな』と不満に思っていたけど、今は女性がハイヒールを履いているだけで感謝と幸せを感じられます

女性だって、生まれつきハイヒールに慣れていたり足を閉じて座れるわけじゃない。意識して努力してやってるんだ、と気づいて、すごいなと思いました

小正さん
小正さん
Kasane Nakamura/Huffpost Japan

当たり前なんてない

「ハイヒールを脱ぐ覚悟はできていますか?」というタイトルには、「女性がハイヒールを履くのは当たり前じゃない」という男性へのメッセージも込めた。

西島さんは今も、折れたヒールと靴を大事に持っている。

「優しさや感謝を忘れそうになったら、引っ張り出します」とヒールを眺めながらも、「もう二度とハイヒールは履きたくない」と笑った。

体験記への反響で採用活動への手応えも感じているといい、「新入社員研修でハイヒールを履いてもらったら、オンライン営業の意義が理解できるかも」と小正さんと盛り上がった。

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