あの人のことば
2019年03月25日 17時23分 JST

仕事はその時々の自分に合わせて決めるもの。30歳。梶山ひろみさんの「しごととわたし」

「30歳になったら絶対悩むとわかっていたから、怖かった」。恋愛や結婚、家庭と仕事の両立で悩む女性たちを見て考えた、梶山ひろみさんの現在地。

Renna Hata

手のひらに収まるほどの小さなフリーペーパー「しごととわたし」は、女性の生き方や仕事についてのインタビュー冊子だ。

2012年から約1年間全国で配布され、2014年には書籍化もされた。発行人は当時大学を卒業したばかりだった梶山ひろみさん。

梶山さんはその後もフリーランスの編集・ライターとして仕事を続け、昨年30歳を迎えた。あの頃から追いかけていた女性と仕事のこと。年齢や社会人としての経験を重ね、今改めて見えてきたことはあるのだろうか?

 

30歳になったら絶対悩むとわかっていたから、怖かった

ーーフリーペーパー「しごととわたし」を作り始めたきっかけや、仕事と女性をテーマにした理由は何だったのでしょうか?

大学3年生の就活の時期、これからどんな人生を歩んでいこうかすごく迷っていました。東京に行きたい一心だけで熊本から上京してきた私は、特にこれといってやりたいこともなく、自分が仕事をして生きていくということのイメージがはっきりとつかめなかったんです。

その頃よく通っていたカフェで出会って親しくしていた30歳前後の女性たちがいたのですが、彼女たちはそれぞれ、恋愛や結婚、家庭と仕事の両立といったことに悩んでいました。それまでそういったことを考える機会もなく呑気に暮らしていた私は、自分もきっと30歳になった時、彼女たちと同じように悩むに違いないと、恐怖を感じていました。それが女性が仕事をしながら生きていくということについて考え始めたきっかけとなり、フリーペーパーを作ることにつながりました。

 

Renna Hata

 

 ーー大学卒業後、すぐにフリーランスで仕事を始めたのですか?

はじめの1年間は紹介いただいた方の編集アシスタントとして働きました。その後、雑誌編集部直属のアシスタントを経験し、独立したのが26歳のときです。私は大学を卒業してからずっと個人事業主なのですが、そういった働き方を選んだ理由として一つ大きなきっかけがあったんです。

東日本大震災が起きた時に、私は自分が住む場所は自分で決めたいとはっきりと思いました。どんな場所で生活するかというのは、自分がどう生きたいかということととても結びつきが強いものだと思うのですが、会社に所属しているとそれが自由にならないこともある。住む場所に限った話ではないですが、私は、自分にとって大切なことを誰かに決められることにすごく窮屈さを感じます。そういった性格もあって、会社に属さず、フリーランスで仕事をすることを選びました。

 

結婚したから自由になれた 

ーー2015年、梶山さんは25歳で結婚をされていますが、仕事もまだアシスタントという状況の中、勇気のいる決断だったのではないでしょうか?

「しごととわたし」を一緒に作っていたカメラマンと結婚しました。結婚を決めた当時は2人ともアシスタントで、金銭的なことも考えて、「一緒に暮らしてみよう」という流れになったのですが、まず考えたのは、私の父が絶対に認めないだろうということ。

ーー梶山さんのお父さんはどんな方なのでしょうか?

私の父はものすごく保守的な人で、そもそも私が上京することにも大反対していました。大学在学中も繰り返し卒業後は熊本で就職するようにと言われていました。どうにか説得し、東京で働くことを許してもらえたんです。そんななかで父に「女は結婚して子どもを産むのが幸せなのに、お前はなんでそんな仕事につくんだ」と言われたことがあって。その価値観の違いや排他的な考え方に、またそれを押し付けてくることにもショックを受け、絶望しました。結婚や子どもをもつということは、私一人ではできないことなのに、そういう過程を全てすっ飛ばして、そんなことはさも簡単だというような言い方をしたことにも腹がたちました。

ーー結婚されて梶山さんの中ではどんな変化がありましたか?

結婚前の同棲は許さないけど、結婚は大歓迎。結果として、そういう父の意思に従った形で、あっという間に入籍を決めました。私には結婚というかたちが合っていたみたいで。自分の家庭をもてたことで、何事も父ではなく、私たち2人が決められるんだ、という気持ちになれてそれまでの恐怖や不安が薄れました。今年で結婚丸6年になりますが、去年やっと新婚旅行にも行きました。来たる30歳、あんなに不安に思っていたことを今、全然悩んでいないし、私は結婚によって、やっと父からも解放され、自由になれたような気がします。

 

Renna Hata

 

 

世の中のスタンダードは私の幸せとイコールじゃない

 ーー今はどんな仕事をされているのでしょうか。

昨年から「MATCHA」という訪日外国人向けのwebメディアを運営している会社で、編集者兼秘書の仕事をしています。

MATCHAで働き始めたきっかけは、去年、新婚旅行で3週間海外をまわった時にあらかじめ行きたい場所を細かくリサーチしていたんですね。実際に現地に行ってみたら、自分で自分を満足させることができて、そのことが自信になったんです。「私って旅行関係のコーディネーターとか向いてるかもしれない!」って。ゆくゆくはそういう仕事に携われたらと思い、まずは観光に関する仕事のそばに身をおいてみようと職探しを始め、旅行から帰ってきて3週間後には今の職場で働かせてもらうことになりました。フリーランスの編集、ライターの仕事も続けています。

ーー梶山さんのように身軽に新しい仕事を始めたり、転職したりできる人はなかなかいないと思うのですが、迷っている時はどのようにしたらいいと思いますか?

「他の道もあるかもしれない……」くらいのぼんやりした気持ちだと行動を起こす力としては弱い気がします。それですぐにごはんを食べていけるかということではなく、自分の中の確信というか、なんだかこれはいけそう!という感覚が大切。今のこの状況を抜け出したい、辛い、逃げたい、というモヤモヤした気持ちに、プラスして「これがやりたい!」という、ときめきがセットになったときに私は新しい選択をしてきたように思います。

ーー完全にフリーランスで仕事をしている時から環境はどのように変化しましたか?

週5日決まった場所で仕事をしているのは、初めてです。毎日早くに起きて、満員電車で通勤なんてできないと思っていましたが、慣れてしまえば意外と平気。収入も安定しました。とは言っても、正規雇用ではなく、副業も大切な収入源であるというのは世の中のスタンダードな働き方じゃないですよね。でも、今はこれが自分にあっています。しっかりコミットできる仕事と、細かなスパンで動いていく仕事の2本柱を持つことで精神的にも切り替えがしやすいと感じています。

ーー「世の中のスタンダード」ではないことに不安や劣等感を感じることもありますか?

「女は結婚して子供を産むのが幸せ」という価値観もそうですが、そのスタンダードがイコール私の幸せなのか、というと、やっぱりそれは人それぞれなんだと思うんです。

私は、昔から人と比べられることがとにかく嫌いで、合コンなんて、絶対に嫌です。同じくらいの年齢の女性がずらりと並んで、天秤にかけられて、可愛い子がちやほやされているのを眺めながら「私なんかより、あの人の方が可愛いから……」という卑屈な気持ちを味わうのは耐えられない。性別とか年齢とか、共通する要素があるだけ比べやすいですよね。私はその傾向が特に強いからこそ、苦痛をなるべく回避できる道を選んできたように思います。

 

 仕事に自分を合わせるんじゃなくて その時の自分が仕事を選んでいく

 ーー梶山さんは、今後どのようにキャリアを積んでいきたいと考えていますか?また、女性たちにとって仕事がどんなものであってほしいと思っていますか?

MATCHAに入るまでは、フリーランスで仕事しながら、大学の食堂の皿洗いやパン屋のアルバイトをしていたくらいなんでもありでやってきたので、「キャリア」と言われても、全然ピンとこないというのが正直なところなんです。

ただ、これからも仕事は続けていくんだろうなとは思っていますが、どんな仕事をしたいのかと聞かれたら、自分が楽しいと思うものが変わっていけば、仕事も変わっていく可能性は当然あると答えるしかできません。仕事に自分を合わせてくんじゃなくて、その時の自分が仕事を選んでいくということが、もっと当たり前になってもいいという気がしているんですよね。

ーー仕事がまだイメージでしかなかった頃と経験を積んだ今、梶山さんの仕事に対する考えはどのように変わったのでしょうか?

学生の頃は、自分が好きなこと、やりたいことを仕事にしたい、ということがまず一番にあって、それから、私にしかできない仕事がしたい、ということを考えてきました。でも今は、人の役に立ちたい、とか、求められることを全うしたい、という気持ちも大きいです。でも、人の役に立てたらそれだけでいいのか? というと、急に苦しくなったりするときもあって。最近気が付いたのは、私は「自分が特別な気持ちになれる仕事」がしたいんだということ。それは必ずしも「好きな仕事」ということではないかもしれません。生活の中でもふとした時に特別な気持ちを感じる瞬間ってありませんか? それは自分だけが感じられるもので、誰のジャッジにも脅かされないもの。そんな気持ちを掻き立ててくれる仕事ができたら、すごく幸せなことだと思います。 

(取材・文:秦レンナ 編集:泉谷由梨子)