赤穂市民病院からの手紙 −地域周産期医療崩壊の序曲−

第2の故郷である兵庫県のためにも、自分も可能な限りの貢献をしていきたい。
YDL via Getty Images

ある日職場に兵庫県は赤穂市民病院から自分宛の手紙が届いた。「常勤医師の退職に伴い2017年9月から分娩取扱を休止している。地域住民、妊婦からは分娩取扱再開の要望が多く、医師確保に奔走しているが上手くいかない。どんなことでもいいから情報提供をお願いしたい。」読んで非常に驚いた。曰く、私が昨年度までの神戸中央市民病院在籍中に書いた前稿「意外な医療過疎地域、兵庫〜関西修行記 vol.2〜」を見て連絡してきたとのことだ。しかし受け取った私は産婦人科4年目、今年専門医になるただの若造なのだ。どうしてこのような切迫した状況になってしまったのだろうか。

赤穂市と聞くと忠臣蔵・赤穂義士の話を思い出す人も多いだろうが、兵庫県の中でも最も西の岡山との県境にある西播磨地区に属する。県境とはいうが、近隣の大都市である兵庫県、姫路へは約40km、岡山へは約60kmと毎回の妊婦健診を近隣へ受けに行くにはアクセスがいいとは言えない位置だ。元々西播磨地区は医師が少ない。2014年に兵庫県で働いていた産婦人科医師数は神戸市159人、阪神154人に対し、東播磨62人、中播磨49人。そしてなんと西播磨は11人だった。それでも2016年まで赤穂市民病院には4人の産婦人科常勤医がいたが、このうち3人が2017年8月までに退職。緊急時の対応が困難なことから同年9月に分娩取扱を休止した。

医師確保のために地域行政がまず働きかけるのは、当然大学だ。赤穂市民病院は神戸大学産婦人科学教室の関連施設として同教室のHPにも記載がある。しかし、神戸大学からの医師派遣は実現しそうにないという。おそらく、大学も人手が足りていないのだろう。現に神戸大学関連病院で地域周産期における最重要拠点の1つである兵庫県立こども病院でさえも医師数が減り、規模が縮小されていると聞く。産科は緊急症例に対応するため、そして毎晩当直医が必要になることから最低2人以上のスタッフを確保するのが望ましいが、それだけの医師を派遣することは他関連病院の兼ね合いもあり難しいのが実情と考えられる。

さらにここへ追い打ちをかけるのが「新専門医制度」だ。新専門医制度とその問題点についてここでは詳しく語らないが、この制度では、若手医師は専門医取得のため大学病院か同等規模の基幹施設で主に研修し、連携施設となった病院でさえも6−12ヶ月しか所属することはない。このためそもそも赤穂市民病院自体が若手医師を独自に雇うことはほぼ不可能であるし、たとえ若手医師が送られてきても、病院ごとの文化に適応しまともに働けるようになる前に他へ移ってしまうことになる。

さらに新専門医制度による兵庫県で産婦人科研修を始める医師数の減少が拍車をかける。厚労省の調査では、兵庫県の2012-2014年における医師3-5年目の後期研修医数は102人であった。即ち、毎年約34人が兵庫県で産婦人科として研修を開始したこととなる。一方2018年の研修開始者は14人と半数以下となってしまった。来年以降も同様の傾向が続くかどうかはわからないが、もし続いた場合はさらに医師不足は進行し、医師確保は困難となることが予想される。なお、新専門医制度で地方の若手医師数が減ること、その原因については様々な議論がすでに尽くされており、別稿を参照されたい。

また、昨今の分娩施設集約化の流れも問題の一つだ。2016年に次々と報道された無痛分娩で出産した母体の死亡例についての報道を皮切りに、安全性の確保を錦の御旗に分娩施設集約化の流れが興っている。安全性の確保は確かに大切だが、そのために人員を集約化すれば現在分娩を取り扱う地域の中小病院から医師がいなくなることは必定だ。一方で助産師、看護師へのtask shiftingや、ITの活用などいかに人員数を変えずに業務の効率化、安全性の確保を行うかについての議論は依然として行われていない。

赤穂市には元々赤穂市民病院と赤穂中央病院の2病院が分娩を取り扱っており、2016年度の分娩は計648件。市民病院は249件、赤穂中央病院は399件だった。隣接する岡山県も含めて市外の利用者が約6割を占めていたようで、赤穂市だけでなく西播磨地区近くの住民が利用していたと予想される。一般的な産婦人科の感覚として、650人の分娩を一つの病院で回すには最低でも3−4人以上の産科医が必要だ。現時点では姫路や岡山へ妊婦が流出することで、市民病院から最も近い赤穂中央病院の妊婦受け入れ制限などには至っていないが、今回の赤穂市民病院と同じような事態がいつ起きないとも限らない。赤穂市民病院の分娩取扱休止に伴い、姫路市以外の西播磨地域で出産できるのは、赤穂中央病院と公立宍粟総合病院(宍粟市山崎町鹿沢)の2病院のみとなった。将来、西播磨地区では分娩できない未来がきてしまうかもしれない。

長くなったが、今回のことをまとめれば以下のようになる。

・赤穂市民病院の分娩取扱中止・医師確保が困難となった事態は、西播磨地区の産婦人科医不足を背景に偶発的に起きたことであるが、新専門医制度・分娩集約化と言う産科医療全体の流れの中で生じており、他地域でも全く同様の事態が生じる可能性がある。

・赤穂市は西播磨地区において1つの周産期医療拠点である。今回の分娩取扱中止を契機に西播磨地区全体の周産期医療が崩壊する危険性も考えられる。

この問題をどのように解決すればよいのだろうか。理想的には日本の産婦人科医療全体が安全性を保ちながら効率化し、人員をすべての地域に循環させることが望ましい。しかし残念ながら現在では絵に描いた餅であり、効率化が進むとしても多大な時間がかかると予想される。人材の速やかな確保には個人的なつながりをたどること、そして病院や地域全体からの、赤穂という地域や、赤穂で働くことの利点を感じられるような情報発信が必要だ。第2の故郷である兵庫県のためにも、自分も可能な限りの貢献をしていきたい。

(2018年8月14日MRIC by 医療ガバナンス学会より転載)

注目記事