2020年06月08日 10時00分 JST | 更新 2020年06月08日 10時00分 JST

お店も商品も無いエア本屋「いか文庫」が選ぶ『ちょうど良くポジティブになれる本』

疲れや不安を和らげて、前向きな気持ちにしてくれる本を紹介します。

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例年同様に、お花見や新生活などにウキウキするはずだった今年の春は、世界的なウィルスの大流行という、誰も予測できなかった苦しい事態に見舞われてしまいました。決してネガティブなことだけでは無いと思いますが、多くの方が、あらゆるストレスを大なり小なり抱えているんじゃないかと思います。

本は生きていくために必要か?と問われると、正直なところ即答できません。そう思いたいけれど、それよりも食べ物や日用品の方が絶対的に必要なものですから。

でも、たまたま手にした本に書いてあったことが「少し気を楽にしてくれた」「明るい気持ちにしてくれた」という経験をしたことのある方は、案外多いのではないでしょうか?

今回は、そんな体験から本が大好きになった店主が営んでいる、「お店が無くて商品も持っていないエア本屋、いか文庫」が、激推し!ではなく、「よかったら、どうですか?」くらいの気持ちで、そっと差し出したい本を5冊紹介します。

苦しい、辛い、少しでもそう思っているなら…

『ラブという薬』いとうせいこう、星野概念 (リトル・モア)

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音楽や舞台、映像など多方面で活躍している作家・いとうせいこうが精神的危機を抱えていた時に、ミュージシャンでもある精神科医・星野概念に「カウンセリング」を受けたいと申し出たことがきっかけで生まれた対談本。実際の診療室で話しているような内容をそのまま本にするという、あまり前例の無い試みの一冊です。

タイトルの「ラブ」というのは、恋愛ではなく、博愛のラブ。そのラブを「相手に」そして「自分に」向けることで、どういう良い効果が現れるのか? を、じんわり、ゆっくり、教えてくれます。

特にこの自粛期間中、あらゆるニュースや意見が飛び交ったインターネットからの情報に疲れてしまったという方には、SNSとの付き合い方の章を。あれ? この人の意見、なんかちょっと自分と違うかも? 本当は自分はどう思っているんだろう? というようなことを考える機会があったなら、大きく頷けるかもしれません。

精神科とは、カウンセリングとは、心理療法とは。「自分が辛い理由ってこれかも」と、ゆる〜く発見するためのいくつかの提案をしてくれるから、いわゆるノウハウ本と違って「こうなるためには、こうしなければならない!」と、変な負担がかからないのもこの本の良いところ。

一息ついてお茶を飲むように、お風呂に入って大きくため息をつくように、リラックスした気分で開いてみてください。

疲れているとか、苦しいとか、辛いとか。それって本当はもっと気楽に捉えていいんだな、と心が少し軽くなって、「確かにラブって薬だな〜」と、つぶやきたくなります。

女子高生の「BL友達」は、ポジティブおばあちゃん!

『メタモルフォーゼの縁側』鶴谷香央理(KADOKAWA)

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自分が将来どうなりたいか?が全く見えず、でもどんどん大人びていく同級生たちに引け目を感じている女子高生のうらら。好きなものはBL(ボーイズラブ)漫画だけれど、それも、誰にも言えない自分だけの秘密です。

でもある日、バイト先の本屋に訪れたおばあちゃん・雪が、自分の好きなBL作家の漫画を購入してびっくり。それがきっかけで意気投合し、二人はBL漫画を語り合う仲間になります。

これから先何にでもなれる高校生と、数年前に夫に先立たれ終活もはじめたおばあちゃん。接点など無いはずの二人が同じ趣味を通して、今までできなかった「1冊の漫画の好きなシーンを熱く語り合う楽しさ」を味わうことや、存在すら知らなかった「コミティア(同人誌のビッグイベント)に行ってみる」などの体験で、お互い少しずつ意識が変わっていきます。

一見、ポジティブな雪にネガティブなうららが鼓舞されているように感じられ、うららの立場に立って「私もがんばらなきゃな」と思わせられますが、その一方の雪も、うららが新しいことにチャレンジする姿を見て「私も応援したい」と力を貸す。その姿を見ていると、読んでいるこちらは、一斉に二人に励まされているような心強さを与えられます。

夜寝る前に読めば、ちょっと前向きな気分で眠れる、明日のための漫画です。

「笑って、忘れてまえ!」って言われているような小説

『円卓』西加奈子(文藝春秋)

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この物語の主人公、こっこは小学3年生。3世代同居&4姉妹の末っ子なので、溺愛されて育った結果、偏屈で強気で口が悪くて「うるさいぼけ」が口癖の女の子に育ってしまいました。

知らない物事に出くわすたびに「ジャポニカ学習帳」に大きく太い字で記し、幼なじみに聞いたり、祖父に聞いたり、自分で突撃したりして、知識と経験を増やしていくこっこ。自分が同級生の誰よりも大人と思っているので、同級生がめまいで倒れたことを「かっこいい!」と感激し、真似した結果怒られるというようなトライアンドエラーに必死の日々を過ごしています。

何よりこの小説の読みどころは、大阪弁で繰り広げられる、漫才のようなテンポの良い文章。ぐいぐい引き込まれ、ことあるごとに笑ってしまいます。しかも、出てくる登場人物のキャラクターが皆最高!なのも魅力の一つ。こっこの必死さにも、祖父の寛大さにも、三つ子の姉たちの賑やかさにも、個性豊かな学校の友人たちにも、全員に愛おしさを感じます。そして、この世に誰一人として同じ人間はいないということにも気づかされ、読み終わる頃には、心地の良い笑い疲れと、自分の存在を肯定されたようなふんわりとした幸福感に満たされます。

笑っているうちに今日あった嫌なことも吹っ飛んでしまうので、落ち込んだ日こそ読みたくなる、お守りのような1冊でもあります。(しかもページ数が少ないので本当にあっという間に読了!)

実写映画化もされているので、合わせて観るのもおすすめです。

「精神の貴族」と呼ばれた詩人に学ぶ、心の持ち方

『永遠の詩3 山之口獏』山之口獏 (小学館)

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山之口獏は、戦前〜戦後にかけて生きた沖縄出身の詩人です。粘り強く作品を作っていたため寡作ですが、メロディをつけミュージシャンに歌い継がれるほど、今もなお愛され続けています。

その魅力は、自分の心にまっすぐであったこと。生涯貧乏だったそうですが、それを苦にすることよりむしろネタにした作品や、結婚したくなった気持ちをそのまま綴った「求婚の広告」という作品、反戦詩であることがわからないように風刺を効かせた作品など、厳しい現実世界にユーモアを組み合わせた詩を作り続けました。そういった作風や自身のエピソードからも、詩人仲間には「精神の貴族」と名づけられるような人物だったそうです。

便所の汲み取りの仕事をしていようと、家がなかろうと、生まれ故郷を卑下されようと、明るく、自分の心に嘘をつかず、かつ客観性を持って作られた作品を読んでいると、「自分はなにをそんなに思い悩んでいるのか。獏さんのような大きい人間でありたい。」と、心底思わせられます。

この本の表紙に書かれた「僕ですか?これはまことに自惚れるようですが びんぼうなのであります」。心が荒んでいるなと思ったら、この一文を唱えてみてください。顔と目線が少し、上向きになるはずです。

挑み続ける彼に、パワーを分けてもらいましょう

『極北へ』石川直樹(毎日新聞出版)

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読んだ本がきっかけで、高校生の時に一人、アラスカに旅立ったという著者。その日以来、ひたすら抱いた夢と目標に邁進し、写真家、冒険家、文筆家として世界中に旅をし続ける姿には、憧れと尊敬の気持ちを持たずにはいられません。そんな著者が出向いた中でも特に、「極北の地」での経験を綴りまとめたのがこのエッセイです。

北アメリカ大陸最高峰・デナリには20歳の時に初登頂していますが、自分一人の力では達成できなかったと振り返り、それから18年後、様々な旅で得た知識や経験を元に、再度一人で登頂を試みます。写真とは別に学んだ人類学、民俗学の視点からも、訪れた先の人々の暮らしをその目で見て記録するなど、そのモチベーションはどこから得るのか?と、何度も驚かされます。

ただ、この本を読んでいくと、過酷な地への挑戦や出会う人々から得たものが、彼の追求心を駆り立てるのかもしれないとも思えてきます。私たちがその土地を実際に訪れることは、ここ数ヶ月の状況下ということを抜きにしても、なかなか実現させにくいこと。だからこそ、この本から伝わってくる著者の視点と声から勇気や活力を与えられることは、間違いありません。

この世界はこんなにも広大で、人間が太刀打ちできないことだらけだということを教えてもらえるだけで、明日からの気の持ち方に、ちょっと、いや、すごく大きな変化をもたらしてくれるのではないでしょうか。

まとめ

これらのおすすめはあくまでも「いか文庫」の独断と偏見で取り上げたものたちなので、すべての読者の皆さんに響くかどうかはわかりません。
でも、ふとしたきっかけで出会った1冊が、ここぞという時に、必需品と同じくらい役に立つこともあります。食べ物と違って賞味期限もなくて、その時が来るのを本棚でじっと待っていることもできますので、気が向いたらぜひ、手に取ってページを開いてみてください。もしかしたら、新しい生活様式=ニューノーマルにも役立つ、運命の出会いになるかもしれません。

<プロフィール>いか文庫
店主・粕川ゆき
お店も無いし、商品も無いけど、毎日どこかで開店している「エア本屋」の店主。 どこで?どんな風に?どうやったら?本を(たまにイカも)楽しく売ったり買ったり知ったり味わったりできるのかを、日々考え動き回っています。最近は、雑誌、テレビ、WEBなどにリアル出没中。
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