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2019年08月15日 08時30分 JST | 更新 2019年08月16日 00時15分 JST

8月15日「だからこそ」戦争の記事を出してもいいのではないか。ネットメディアの現場から見えること

報道批判として使われてきた「8月ジャーナリズム」という言葉。その声を受け止めつつも、あえて違う見方を示してみたい。

Jiji Press
広島で祈る男性

「8月ジャーナリズム」という言葉がある。8月6日に広島、8月9日に長崎の「原爆の日」、そして8月15日に終戦の日が続き、メディア上でアジア・太平洋戦争に関連する記事や特集が集中するのを揶揄する言葉だ。

「そんなに戦争の記事が大事なら8月以外にも報道したらいい」——。私自身も歴史家などから何度か批判されてきた。だが、本当に揶揄されるようなものなのか。私は毎日新聞でキャリアをスタートして、今はハフポスト日本版を含めて様々な媒体で書いている。ネットメディアの現実からは違った印象が見えてくる。

 

 ネットで読まれる戦争記事

「タイミングがあえば戦争関連の記事はネットでは読まれるし、シェアされていく。社会の関心は思われているほど低くはない」と話すと、少なくないメディア関係者からも驚かれる。

 彼らの反応からは「インターネットでは、戦争関連の記事は読まれない」という思い込みが透けて見える。「ネットはもっと軽くて、手軽なものばかりが読まれるのだろう」と。

確かにそのような面はあるが、現実はもう少し複雑だ。PV数やシェア数という数字を見ていると8月は、戦争についての記事を読みたいという読者ニーズは意外なほどある。

 私が過去に書いた記事でいえば、こんなことがあった。

 ナチス時代のドイツにアドルフ・ライヒヴァインという人がいた。と、書いても誰だかわかるという人はほとんどいないだろう。まったくの無名と言っていいナチスに抵抗した教育学者である。

 対馬達雄さん(秋田大学名誉教授)が書いた『ヒトラーに抵抗した人々』(中公新書)を読み、ライビヴァインのことを知った私は、対馬さんへの取材やリサーチを元に、評伝や関連する資料を集め、彼の人生をたどる記事を2年前の8月15日に発表した

 はっきり言って誰もが知る有名人ではないし、日本国内の話ですらない。そこまで読まれないだろうと思っていた。書き出しも決してとっつきやすくはない。次のような文章だ。

 《1944年10月20日、ベルリンで一人の男が処刑された。アドルフ・ライヒヴァイン、ナチスに最後まで抵抗した教育者である。

 逮捕されてから処刑されるまでの3ヶ月半、殴られ、喉を締め付けられ、気を失っては冷水を浴びせられるといった拷問を受けて、ライヒヴァインは声を失った。

 そんな過酷な状況下にあって、彼は最後まで人間の良心を貫く。処刑が執行される4日前、娘に最後の言葉を綴っている。

 「機会があったら、いつでも人には親切にしなさい。助けたり与えたりする必要のある人びとにそうすることが、人生でいちばん大事なことなのです。

 だんだん強くなり、楽しいこともどんどん増えてきて、いっぱい勉強するようになると、それだけ人びとを助けることができるようになるのです。

 これから頑張ってね、さようなら。お父さんより」(ウルリヒ・アムルンク『反ナチ・抵抗の教育者』—以下、『評伝』と略—より)

 ナチスに苦しめられながら、なぜ彼は娘にこんな言葉を残したのだろうか?

ナチス支配下のドイツにあって、自らの良心に従い、人間性を失わずに最後まで生きたライヒヴァインとは何者なのか。

 彼の人生と行動を知ることは、どんな暗い時代であっても「少数の人々がともす不確かでちらちらとゆれる」(ハンナ・アーレント)光明があること、その事実を知ることである。》

 

Jiji Press

外れた予想

 ところが、この記事は嬉しいほうに予想が外れた。発表直後からSNS上でかなりシェアもされ、「いいね」やリツイートが広がっていったのだ。ある女性読者からもらったメールに印象深いことが書かれていた。

彼女は普段はニュースもさほど読まないし、SNSも積極的に使っていない(実際にアカウントを見にいったら、3日に1回程度、日常で起きたことを書いていたり、おもしろい動画や写真をリツイートしているくらいだった)。

この記事もたまたまフォロワーから流れてきたので、読んだという程度のものだった。

普段なら硬いニュースをシェアすることへの抵抗感もあるが、「8月15日くらいなら」シェアしてもいいと思ったーー。

 そんなことが書かれていた。「くらいなら」というところに、思いが込められている。SNSで連日ニュースを語り、社会的な関心を寄せるという人は、メディア業界にいる私の周りでは多いが、社会全体から見れば超がつく少数派、というのが私の印象だ。

彼女のような人が、「この日くらいなら戦争について語ってもいいと思える」とき。言い換えれば、ニュースをシェアするハードルが下がるとき、それが8月なのだろう。この記事に限らず、原爆の日や戦争について書いた他の記事でも、似たような反応があった。

『この世界の片隅に』が教えてくれたこと

 「中央公論」元編集長で、今は「ほぼ日の学校長」になった編集者の河野通和が朝日新聞(2019年6月25日)でこんなことを語っている。

 《8月になって平和を「お題目」にしたような記事が集中するのは、「8月ジャーナリズム」と揶揄される。「平和がいい、戦争はいけない」と、結論だけを重視する記事は一種の思考停止だろう。一方で、漫画家こうの史代さんが戦時下の夫婦の日常を丁寧に描いた「この世界の片隅に」が反響を呼んだり、若い世代が戦争を題材にした小説や漫画などを次々に発表したりしている。新しい感性と切り口で平和の意味を現代に投げかける人が出てきている。》

 こうのさんの傑作『この世界の片隅に』は、主人公・すずの「日常」を切り口にすることで、お題目を超えて、多くの読者や視聴者を獲得していった。アニメ版が8月3日に初めてNHK で放映されたとき、SNSでも話題のワードに上がっていた。

あの戦争のことを知りたい、何かを知りたいという思いを持っている層がいることの証左だろう。中には「この作品についてなら」「今日という日くらいなら」という思いでツイートした人も少なくないと思うのだ。

『正論』だけでは伝えられない

 「そんなに大事なら8月以外も大量に報道しろ」という「8月ジャーナリズム」批判は、確かに正しいし、正論であることは間違いない。だが、そこには、正しさだけでは解決できない問題があるという視点が抜け落ちている。

いま問われているのは「この日くらいなら」シェアしたい、という読者にどう届けていくかという点でもあるのではないか。「8月ジャーナリズム」批判を受け止めつつも、「8月ジャーナリズム」の質を高めて、インターネットにも関心の入り口をたくさん作っていくことだ。

アジア・太平洋戦争について知られていない話はたくさんあることだけは間違いない。私たちは知らないから、調べて、8月にタイミングをあわせて、伝えていく。むしろ「8月ジャーナリズム」を徹底するほうがいい。ネットメディアの現場からあえてこんな問題提起をしてみたい。