新型コロナウイルスと3月11日 あの日の福島から学ぶべきこと

リスクは原発事故そのもの、あるいは新型コロナウイルスそのものだけではない。経済がうまく回らなければ、人の命と直結する問題が起きる。
参議院予算委員会で答弁する安倍晋三首相=2020年3月9日、国会内
参議院予算委員会で答弁する安倍晋三首相=2020年3月9日、国会内
時事通信社

忘却される3月11日からあとのこと

新型コロナウイルス問題は、2011年3月11日からの福島に学ぶべきだ。教訓はここに詰まっていたはずなのに、政治もメディアもあまりにも忘れすぎている。

この間、取材先からいただいた、いくつかのメッセージでそう確信した。リスクは原発事故そのもの、あるいは新型コロナウイルスそのものだけではない。社会がどう反応するか、が問題の大きさを決める。

経済がうまく回らなければ、ウイルスだけでなく人の命と直結する問題が起きる。

福島から届いた声

福島から届いた2人のメッセージを紹介したい。福島県飯舘村に住む菅野クニさん、元東京電力社員で2011年当時福島第二原発に勤務していた吉川彰宏さんだ。2人はいずれも拙著『リスクと生きる、死者と生きる』(亜紀書房)に登場する、私の取材先である。

ことの発端は私がFacebookに「このままだと新型コロナウイルス問題で、経済に深刻な打撃がやってくる。経済の悪化は人の命の問題」であるという趣旨の投稿を書いたことだ。

805円27銭安の2万1142円96銭と急落した日経平均株価などを示す電光ボード=2月28日午後、東京
805円27銭安の2万1142円96銭と急落した日経平均株価などを示す電光ボード=2月28日午後、東京
時事通信社

それを読んだ菅野さんが真っ先にこんなコメントを書いてくれた。

《9年前の東電福島第一原発事故で、自死の方が何人もおります。避難指示が出ない地域で、美味しい野菜を作っていた農家さん、酪農家さん…。

私の村は1か月遅れの避難指示がありましたが、「いずれ避難していただきます」と予告ニュースがあったその明け方に、同じ行政区の90歳を超えた元気な男性が…福島県は地震津波による直接死より震災関連死が多いのです。この意味をぜひ想像してください。》

「人殺し」「子供に食べさせたくない」と言われて。

福島県によると、福島県の震災、津波による死者数(直接死)は1605人、震災関連死者数は2304人(20年3月5日現在)。関連死には自死も含まれる。

ここで、自死の意味を考えてみる。

ある人にとって生きがいと仕事は直結している。人は誰かの役に立っていると感じることで、生きることができ、働くことは「役に立っている」という実感につながるものだ。

想像してみてほしい。放射性物質の汚染状況からみて、科学的には問題ないことがわかっていても、農家が育てた生産物が「いらない」「人殺し」「子供たちのために食べさせたくない」と言われたどうだろうか。

原発事故による避難が続く中で、事業の再開が見通せなくなった酪農家は何を思うだろうか。

結局、問題は科学にとどまらない。科学的なリスク評価とは別の次元も含めて、社会は動いている。

経済活動が停滞し、仕事がなくなれば、人は自ら死を選ぶことも起こりうる。そして、生活環境の変化は思いもよらぬストレスを与え、心身に負荷をかけるのだ。

東京電力福島第1原発の敷地内に並ぶ処理水を保管するタンク=2020年1月17日
東京電力福島第1原発の敷地内に並ぶ処理水を保管するタンク=2020年1月17日
時事通信社

本当のリスクはどこにある?

吉川さんは原発事故と新型コロナウイルス問題を踏まえて「人は中々命を絶てないけれど、追い込まれてしまった時に場合によっては簡単に絶ってしまうことがあります。お金の重さは個人個人。そして政治はより一人でも救う事に本質があります」という。

かつて、私にこんな話をしてくれたことがある。

《原発のリスクというのは健康影響だけではありません。問題を健康影響に限定してしまうのは、事故の本当の被害を見えにくくしている思います。

本当の被害というのは生活そのもの当たり前の暮らしです。2011年の夏ごろでした。社員や協力企業の方からこんな話を聞く機会が増えました。

「東電社員だからって理由で彼女とわかれることになりました」「放射能がうつるって。子供ができたときに不安だからって」「結婚はやめようといわれました」

「親父が原発で働いていると、娘が結婚もできない」といって、去っていく協力企業の方もいました。みんな、ごめんなさい、といって去っていくのです。なにも謝ってやめていかなくてもいいよ、と思っていましたが、それを口にすることはできません。》

この言葉をそのまま使えば、新型コロナウイルスのリスクというのは人の健康だけではない。人の気持ち、生活に与える影響だ。

ろくなエビデンスも説明されないまま、「自粛してください」と安倍首相が要請すればほぼ全国一斉に休校が始まる。社会全体で「今は自粛」という空気ができあがり、経済は停滞する。

すでに予告された危機

内閣府の発表(2020年3月9日)によると、昨年年10~12月期の国内総生産(GDP、季節調整値)改定値は、前期比1.8%減、このペースが1年続くと仮定した年率換算は7.1%減となる。

重要なのは、この数字が、新型コロナウイルスショックが直撃する「前」の数字であるということだ。

大きな原因は消費増税で、この時点で消費も前年比マイナス2.8%、民間企業の設備投資もマイナス4.6%にまで落ち込んでいる。ここにさらにコロナショックが加わる。

東京都内も普段なら観光客で混んでいる銀座のショップも閑散としており、郊外のショッピングモールも空いている。もちろん、場所にもよるだろうが、およそ景気が上向いているとは言えないだろう。

福島から学ぶべきは何か。経済の停滞、産業の先行き不透明性は人の命に直結するということだ。経済を大切に、という話をするとすぐに「子供の命と経済はどちらが大切なのか」という話に問題をすり替える人がいる。

これは問いが間違っている。「どちらが」ではなく、「どちらも大切」なのだ。

2011年3月11日からの教訓は、どのみち経済がうまく回らなければ、科学的なリスクが低かったとしても、人の命に直結する事態になるということ。これである。

(文:石戸諭/ 編集:南 麻理江)

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