14年ぶりに歌にハマったアラフォー女性。とたんに仕事が輝き出した。

仕事もオン、休みもオン。それが私の生きる道

4月のある土曜日。東京・町田のマンションの一室で、吉岡泉さんはひとり、ヴェルディのオペラ「運命の力」のアリアを歌っていた。

本番まで3ヵ月半に迫ったコンサートに向けて、練習に余念がない。この日は、3時間歌った。

発声練習にはじまり、練習用のシンプルな曲でのびのびと声をだした後、ヴェルディのアリアを歌う。

喉を痛める恐れがあるため、本来長時間の練習は好ましくないが、「好きすぎて、ついつい歌ってしまう。ばれたら先生に怒られちゃいますね」と吉岡さんはおどける。

吉岡泉さん提供

心がコミットした。

吉岡さんにとって、歌は今や「生きがい」になっている。

きっかけはささいなことだった。2年前に引っ越したマンションが、「たまたま楽器演奏がOK」な物件だったのだ。

もともとクラシック音楽が好きで、大学卒業後、音大に通ったこともあったが、険しい道程に挫折。以来、すっかり歌からは遠ざかっていた。

一度はあきらめた「夢」への思いが、再び自分の中でもたげてきた。

再び楽譜を開いた2016年夏、吉岡さんの生活は劇的に変わった。

たまたまインターネットで探しあてた10歳以上も年下の講師の、声の美しさ、迫力にどんどん魅了され、歌にハマっていった。

「私も先生のように歌いたい」。憧れや目標は日に日に大きくなり、練習に熱が入った。クラシックを聞くだけだった頃とは、音楽と自分の関係性も変わった。「自分が歌う側になって、心がもっとコミットしたんですよね」と吉岡さん。

「私の人生、音楽がないとダメだなぁって思います。なんで14年も中断してたんだろうって後悔してますね。70になっても、80になっても私、一生歌ってられる気がするんです」

発表会の日の吉岡さんとお母さん
発表会の日の吉岡さんとお母さん
吉岡泉さん提供

仕事もオン、休みもオン

そんな吉岡さんの「平日の顔」は、サントリー美術館の職員だ。

「元々イージーゴーイングな性格」だと語るように、これまでも、一つ一つの仕事に前向きに取り組んできた。しかしいま振り返ってみると、歌にハマるまでは、どこか漫然と働いていた部分があった。平日と土日の切り分けも「何となくだった」と振り返る。

しかし、歌との再会が、吉岡さんの生活や生き方をガラリと変えた。それまでは「オン=仕事、オフ=休み」だったのが、仕事も休みも「オン」になった。

吉岡さんにとって「新しい時間」のはじまりだった。

HuffPost Japan

歌にハマったことで、逆説的だが仕事も充実するようになった。

「全ては歌のため」。週末に仕事を持ち越さないように、テキパキ仕事を終わらせる。平日も、帰宅後に楽譜を読んだり、イタリア語の歌詞を勉強する時間を確保するため、午前中から仕事に集中する。

プライベートが充実しているからこそ、仕事も充実する。生きがいがあるから、働きがいも増す。

吉岡さんの生活には、いまだかつてないメリハリがついた。

「この曲を仕上げてモノにするぞ、っていう気持ちがあるおかげで、仕事や生活に緩急がついている」と語る。

吉岡さんは今年1月から、仕事の面でも「新しい時間」をスタートさせている。会社の「顔」ともいえる広報担当者になったのだ。

何でも手探りでやってみる。

日本美術やガラス工芸を中心に3000件超のコレクションを所蔵するサントリー美術館は「難しいと思われがちだし、最初は何だかとっつきにくいかも」。何とか一度、来てみてほしいーー

足を運んでもらうためのきっかけ作りに試行錯誤している。

前回の企画展では、同美術館として初めて動画を作ってTwitterに投稿した。

写真だけでは伝わりきらない魅力を何とか届けたくて、吉岡さんは自分のiPhoneで動画を撮影。アプリを使って字幕をつけたり編集したりした。

「今さら『動画に初挑戦』なんて遅いですよね。iPhoneだし」と笑うが、上司からは「次からもやろう」と声をかけられた。

これまで通り写真だけを投稿していても誰かに怒られるわけではない。でも自分が「いいかも」と思えば何でも手探りでやってみる。それが、吉岡さん流の広報スタイルだ。

それもこれも、40歳間近で出会った歌の効果。難易度が高いと言われる曲でも「自分の声に合っている」と直感すればとにかく歌ってみる。

この「やってみる」の姿勢が仕事にも持ち込まれた。

吉岡泉さん提供

お客さんに「アタラシイ時間」を。

今後さらに、積極的な姿勢で仕事に臨みたいという吉岡さん。

だからこそ、歌にも、真剣に向きあう。

感性を磨くことが、美術館をもっといい場所にするアイデアを出すことに繋がると信じているからだ。

「今の時代、作品なんてネットでいくらでも見られます。でも、"本物"って全然違うんです。いかに本物をお見せする機会を作れるか」

そのためには「攻めに転じないと」と、吉岡さんは言う。

「私が歌うことで得ているエネルギーや癒しを、美術館に来られた方たちに与えたい」

歌を通じて「アタラシイ時間」を手に入れた吉岡さんは今日も、「アタラシイ美術館づくり」を模索している。

* *

吉岡さんが広報を務めるサントリー美術館とハフポスト日本版は、読者の皆さんに「アタラシイ時間」を提案するために5月24日(木)、「夜の美術館であそぶ時間」イベントを開催します。

いつもは18時で閉館する美術館を延長開館し、静かでシックな美術館で、皆さんをお待ちしています。

心から夢中になれる「アタラシイ時間」を過ごすことで、ありきたりだった毎日が少し違って見えるかも。

ハフポスト日本版は5月に5周年を迎えました。この5年間で、日本では「働きかた」や「ライフスタイル」の改革が進みました。

人生を豊かにするため、仕事やそのほかの時間をどう使っていくかーー。ハフポスト日本版は「アタラシイ時間」というシリーズでみなさんと一緒に考えていきたいと思います。「 #アタラシイ時間 」でみなさんのアイデアも聞かせてください。

注目記事