裁判員制度「市民からの提言」<提言①>無罪推定の原則、黙秘権の保障などの刑事裁判の理念を理解できるような法教育を行うこと

「他人事」ではなく「自分たちの問題」として考えていくことが必要です。
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裁判員制度が2009年に始まったことによって、市民が裁判員という司法の新しい「担い手」となりました。司法の新しい担い手として主体的に参加するためには、裁判員制度のあり方について「他人事」ではなく「自分たちの問題」として考えていくことが必要です。

裁判員ネットでは、裁判員制度を自分たちの問題として捉え、情報を知り、一人でも多くの人と共に考える機会をつくりたいという想いから裁判員制度開始当初から活動を積み重ねてきました。

この『市民からの提言』は、裁判員制度の現場を見た市民からの提案です。裁判員制度の現状と課題を整理し、具体的に変えるべきと考える点をまとめました。ここでは14の提言を順次ご紹介します。この提言が専門家だけではなく、一人でも多くの市民が裁判員制度を考え、議論していくきっかけになることを心から願っています。

<提言①>

無罪推定の原則、黙秘権の保障などの刑事裁判の理念を理解できるような法教育を行うこと

1 現状と課題

⑴ 法教育の重要性~裁判員時代の「市民の常識」

裁判員を務めるにあたって細かい法律知識を身に付ける必要はありません。しかし、市民が責任をもって刑事裁判に臨むためには、無罪推定の原則や黙秘権の保障といった刑事裁判の理念を十分に理解しておくことが必要です。

裁判員ネットが行っている裁判員裁判市民モニターでは、参加者の声から刑事裁判の理念について認識がない故に、刑事裁判に対して誤った印象を持ってしまうケースが見られました。

市民が司法に参加する裁判員制度が始まった今日、刑事裁判の理念を「市民の常識」にするために、法教育が重要であると考えます。

⑵ 高等学校における法教育の実践

高等学校における法教育は、未来の裁判員を育てるために必要不可欠なものです。

裁判員ネットでは、これまでに、高等学校及び18歳から25歳までの若者を対象として、法教育・裁判員制度に関するアンケートを実施しました。

ア 高等学校へのアンケート結果

裁判員ネットでは、2012年4月、東京23区内にある高等学校300校(公立114校・私立186校)を対象にアンケート調査を実施し、54校の先生方から回答を得ました。

このアンケートでは、多くの学校が授業で裁判員制度について扱っていることが分かりました。もっとも、その授業数は1コマのみが圧倒的に多く、黙秘権の保障などの刑事裁判の理念については教えていない学校があることも分かりました。法教育の実践面では、学校や担当教員によって、内容に濃淡があるようです。

イ 若者へのアンケート結果

裁判員ネットでは、2017年4月から5月にかけて、東京都内の大学生などを中心とする若者(18歳から25歳まで)を対象に「法教育・裁判員制度についてのアンケート」を行い、高等学校での法教育の現状及び若い世代の裁判員制度に関する意識調査を実施しました。アンケート調査の結果、1,060人から回答を得ました。

まず、「高等学校で裁判員裁判についての授業を受けたことがありますか」という質問に対して、回答者のうち437人(41%)が「はい」、623人(59%)が「いいえ」と回答しました。

次に、高等学校の授業で裁判員裁判について習ったことがある人に対して、「無罪推定の原則」について習ったかと質問したところ、「はい」が118人(28%)、「いいえ」が315人(72%)でした。同様に、「黙秘権の保障」について習ったかと質問したところ、「はい」が280人(66%)、「いいえ」が148人(34%)でした。このうち、「無罪推定の原則」と「黙秘権の保障」の両方を習ったと回答したのは111人でした。これは、本アンケート調査の回答者全体でみれば約10%に止まります。

ウ 小括

学習指導要領に従えば、必ず高校時代のどこかで裁判員制度の内容について触れることになっています。しかし、アンケートの結果、過半数が授業を受けたことがないと回答しています。また、「無罪推定の原則」や「黙秘権の保障」などの刑事裁判の理念についても、多くの若者が授業で習ったことがないと回答しています。

この中には、実際に授業を受けていない人のほか、授業を受けていたとしても、十分な説明を受けなかったために記憶に残らなかった人もいると思われます。

市民が責任を持って刑事裁判に臨むためには、裁判員制度や、無罪推定の原則・黙秘権の保障といった刑事裁判の理念を十分に理解しておくことが必要です。その意味で、この調査結果には強い危機感を持つべきです。

例えば、体験型学習を取り入れるなど、主体的な参加意識や責任感を芽生えさせるような法教育を行う工夫も必要です。

⑶ 市民講座

学校教育を終えた社会人は、今、まさに、裁判員になるかもしれない市民ですので、法教育を受ける機会が必要です。

裁判員制度施行直後は、裁判所や検察庁、弁護士会は勿論のこと、地方自治体なども、広く、裁判員制度の市民講座を行っていました。

裁判員制度、そして刑事司法に関する問題は、責任ある司法参加をするため、また、社会で起こっている出来事を我が事として考えるため、常に考えていかなくてはならない問題です。そのため、これらの問題を、単なる時事問題ではなく、市民が当然知っておかなければならない常識としていかなくてはなりません。

このような市民講座が、今後も継続的に実施されることが望まれます。

2 具体的な提案

⑴ 体験型学習の充実

学校での法教育は、未来の裁判員を育てるために必要不可欠なものです。そして、主体的な参加意識を芽生えさせるためには、単に用語を解説するに止まらず、裁判傍聴や模擬評議などの体験型学習を取り入れることが効果的です。

一人でも多くの未来の裁判員が、刑事裁判の理念を理解し、刑事裁判への主体的意識を持つことができるように、体験型学習を広く取り入れることを提案します。

⑵ 地方自治体や大学などによる市民講座の開催

社会人に対する法教育の機会を提供するために、地方自治他や大学が裁判員制度に関する市民講座を継続的に行うよう提案します。

(提言②に続く)

裁判員制度「市民からの提言2018」

1.市民の司法リテラシーの向上に関する提言

<提言①>無罪推定の原則、黙秘権の保障などの刑事裁判の理念を理解できるような法教育を行うこと

<提言②>無罪推定の原則、黙秘権の保障などの刑事裁判の理念を遵守するように、公開の法廷で、説示を行うこと

2.裁判所の情報提供に関する提言

<提言③>裁判員裁判及びその控訴審・上告審の実施日程を各地方裁判所の窓口及びインターネットで公表すること

<提言④>裁判員だけではなく、裁判員裁判を担当した裁判官も判決後の記者会見を行うこと

3.裁判員候補者に関する提言

<提言⑤>裁判員候補者であることの公表禁止を見直すこと

<提言⑥>裁判員候補者名簿掲載通知・呼出状の中に、裁判を傍聴できる旨を案内し、問い合わせ窓口を各地方裁判所に用意すること

<提言⑦>裁判員候補者のうち希望する人に「裁判員事前ガイダンス」を実施すること

<提言⑧>思想良心による辞退事由を明記して代替義務を設けること

4.裁判員・裁判員経験者に関する提言

<提言⑨>予備時間を設けることで審理日程を柔軟にして、訴訟進行においても裁判員の意見を反映させる余地をつくること

<提言⑩>裁判員の心のケアのために裁判員裁判を実施する各裁判所に臨床心理士等を配置すること

<提言⑪>守秘義務を緩和すること

5.裁判員制度をより公正なものにするための提言

<提言⑫>裁判員裁判の通訳に関して、資格制度を設けて一定の質を確保するとともに、複数の通訳が担当することで通訳の正確性を担保すること

<提言⑬>裁判員裁判の控訴審にも市民参加する「控訴審裁判員」の仕組みを導入すること

<提言⑭>市民の視点から裁判員制度を継続的に検証する組織を設置し、制度見直しを3年毎に行うこと

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