退避勧告地域で拉致されたら自己責任だと言う議論はあまりに不毛だ

不合理極まりない議論に1日も早く終止符が打たれることを願ってやまない。
安田純平さん
安田純平さん
EFE

シリアで武装勢力に拉致された安田純平さんが解放され、ネットでは「退避勧告が出ている所へ行って拉致されたのだから自己責任だ」「日本政府が身代金を払ったのだとしたら(安田さんに)お金を返金してもらいたい」などと、自己責任論が噴出している。私は、3年近く退避勧告が出ている地域で仕事をしていた経験があるが、この自己責任論がどれだけ不毛で、どれだけ不合理極まりないのかをお伝えしたい。

外務省が日本人に退避勧告を出している国や地域は10以上あるが、それらの地域には全く日本人がいないのだろうか?しっかりした統計に基づいたわけではないが、私がざっと知っている人を数えただけでも100人以上はいるだろう。イラク、シリア、ソマリア、イエメン、南スーダン。これらの国で活動をしている国連機関やNGOで働く邦人職員は、外務省の退避勧告に従う義務がない。それでは、彼らが拉致されても、「自己責任」なのだろうか?もし、「いや、援助活動をしているのなら自己責任ではない」という考えだとしたら、その考えは、援助機関がやっている仕事が必要不可欠で、安田さんがやっている仕事はそこまで必要でないという議論以外では成立しないだろう。

では、国連やNGOがやっている仕事は本当に必要不可欠なことばかりなのだろうか?紛争地で効率的な支援活動をするというのは極めて困難なことだ。幾多の震災を経験し、被災地支援の経験が豊富な日本人なら、現地のニーズに合わない支援をやってしまった経験があるのではないか。日本人同士でも緊急援助は難しいことなのに、文化も言語も全く違う場所での難しさは想像できるのではないだろうか。

私が3年近く支援活動をしていたケニアのダダーブというところは、私が活動中の2011年に欧米人が拉致され、日本大使館から退避勧告が出たが、私は国連や米国のNGOに属していたため、従う必要がなかった。

当時ダダーブには40万人以上のソマリア難民が暮らしていた。1991年からあるキャンプでは、住民間の経済格差がもの凄かった。車やパソコンを所有し、ホテルやレストランを経営する裕福な難民がいる一方、文字の読み書きもできず、やせ細った難民もいた。難民の裕福度は、キャンプの滞在歴に比例していた。紛争が続くソマリア国内よりも、キャンプの方が治安が良く、援助機関のおかげで、学校や医療施設が発達しているため、1991年の設立当初からキャンプに滞在している難民ほど裕福だった。2007年にもソマリアで大きな紛争があって、多くの難民がキャンプに来たが、識字率も高等学校卒業者の割合も、1991年に来た難民の半分以下だった。「新しい住民」と呼ばれる彼らは、1991年に来た人とも部族も出身地域も異なった。

そんな事情があるにも関わらず、なぜか国連は1991年から暮らしている難民を優先に欧米諸国へ定住させた。それにより、欧米に渡った難民が、キャンプにいる同じ部族の親せきや友人に送金するため、キャンプ内の部族間格差が一気に拡大した。

私が国連勤務時代の2010年に実施した実態調査では、1991年に到着した難民は、2007年以降に到着した難民より、4倍の確率で援助団体から何かしらの研修を受けていた。援助団体による支援が富裕層にばかりに偏っていたのだ。

2011年、ダダーブで援助機関で働く欧米人が拉致され、ソマリアの武装勢力の犯行と断定したケニアがソマリアへ侵攻した。これにより、キリスト教徒が多数派を占めるケニアが、イスラム教徒がほとんどソマリアを攻撃したため、キリスト教徒が大半の欧米諸国の援助団体に対する報復が始まった。ケニア警察の車両に爆弾がしかけられたり、援助団体の運転手が拉致されたりした。それだけでなく、長年、援助団体と協力関係にあった難民のリーダーたちも狙われ、幹部が射殺されたり、幹部の家が強盗にあったりした。

欧米人が拉致された場所は、2007年以降にキャンプに来た人たちの暮らす地域で、射殺されたり強盗にあった難民はすべて1991年に来た難民だった。国連による支援が、間接的に、ソマリア人内にある部族間の対立を過激化させたのである。

私がダダーブにいた3年間で、日本のジャーナリストが訪れた合計日数はたったの5日間。ほとんどが日帰りで、一番長くいた人でも2泊の滞在だった。だから、誰も、援助機関がやっている不効率な援助活動に関して報じることができない。結果、国連に渡っていく私たち日本人の税金が無駄になっている。

もし、こういう実態を報じることができる人がいるとすれば、安田さんの様に、退避勧告が出ている地域に乗り込んでいくジャーナリストだ。安田さんを税金泥棒と呼んで、こういう地域に行くジャーナリストを減らすことは、返って、よりたくさんの私たちの税金が援助機関に無駄に使われることにつながるのだということを理解してもらいたい。不合理極まりない議論に1日も早く終止符が打たれることを願ってやまない。

私のケニアでの体験をもっと知りたい方はこちらをクリックしてください。

注目記事