表現のこれから
2019年10月08日 09時33分 JST | 更新 2019年10月08日 12時49分 JST

河村たかし市長インタビュー。本音はどこにあるのか【あいちトリエンナーレ全面再開】

表現の不自由展を含む、あいトリの全面再開。河村市長はトリエンナーレのレガシーについて「暴力が残っただけ。より厳しくチェックせな、となっちゃった」と語りました。

揺れに揺れた国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」の企画展「表現の不自由展・その後」は、10月8日午後に再開されることが決まった。

この企画展に寄せられた多くの批判のうち、急先鋒が名古屋市の河村たかし市長だ。少女像などの展示に対して「どう考えても日本人の心を踏みにじるものだ」と発言していた。一方で、河村市長の発言には「権力者からの介入」との批判もあった。


河村市長は再開が発表される前の10月7日午前、ハフポスト日本版のインタビューに初めて応じ、「こんな日本人の普通の人の気持ちをハイジャックして。暴力ですよ」と展示への不快感を語った。

AKIKO MINATO/HUFFPOST JAPAN
河村たかし市長

「暴力によるハイジャックだ」

インタビューは愛知県の大村秀章知事が「表現の不自由展・その後」の再開を発表する約8時間前の10月7日午前11時半から名古屋市役所で行われた。

どのように再開すべきか、関係者のあいだで激しい協議が行われていた。

ーー早ければ8日から再開となっていますが、市長の見解は?

再開なんていかんね。決まっとるがね、こんなもん。

本当に(日本人の心を)踏みにじりますよ。名古屋市民に恥かかせてええの?
無茶くちゃだがい。ようやる。こんな日本人の普通の人の気持ちをハイジャックして。暴力ですよ。そんなことやる人が、なぜ表現の自由なんて言えるんですか? 恥ずかしい…

 

ーー大村知事には、それを伝えているんですか?

伝えてますよ、何べんも。今日も副知事でもええ、そんなハイジャックはやめてくれ、と(伝えたい)。

悪いけど、暴力ですよ。オープンしようというのは。

 

ーー市長も実行委のメンバーです。不自由展再開に向けての協議には?

そんなん無効ですよ。暴力ですわ、今回は暴力ですよ。

俺、はっきり言うけれども。芸術家と称せられる方の、一定の思想を持っとる人たちの、暴力ですよ。市民の意見を暴力でハイジャックして奪ったということじゃないの?

 

ーーどの辺がハイジャックだと表現されるんですか?

一般的な世論はあるでしょ。天皇なら天皇の話で。ええですよ、天皇制を反対する人がおっても。でも、多くの人は、憲法第1条で象徴ゆう風になってるんですよ。

午後7時45分から開かれた緊急会見で、大村知事は「表現の不自由展・その後」を8日午後から再開すると発表

ハフポストのインタビュー後、再開が決まるまでの間に河村市長と電話で話したと明かした。再開が決まり、名古屋市側には事務方を通じて担当者に連絡したという。

毎日新聞などによると、河村市長は再開決定を受けて報道陣の取材に応じ、8日に会場前などで座り込んで抗議する考えを示したという。

AKIKO MINATO/HUFFPOST JAPAN
河村たかし市長

あいトリのレガシー「暴力が残っただけ」

ーー検証委の中間報告では、「条件が整い次第、すみやかに再開すべき」とされています。

検証委なんてほとんど暴力ですよ。メンバーについて、個人的に恨みはにゃーけどね。

ある方なんて、愛知県の顧問やっとって(検証委も)やってるわけでしょ。第三者性なんかあるわけないじゃない。どんどこどんどこ決めて…。
重要なことは運営委員会でやるって書いてあるがね。1回もやらずに。今日もう一回申し込もう思ってるけど。

 

ーー10月5、6日と、国際フォーラムが開かれていました。市民も参加されての公開討論会も行われていました。

そんなの、暴力的に全部決めた人たちがですね。なんで、そんな暴力の巷(ちまた)に行かにゃいかんですか、私。本当に、ひどいですよ、本当に。

「あいちトリエンナーレ」の全面再開を発表した7日夜の会見で大村知事は「世界的に見ても一度中止になった展示が再開された例はないと聞いている」と評価。さらに、「一つの芸術祭のあり方をお示しできたのではないかと思う。あと1週間、色々な立場の方の意見を、異なる考え方の意見も尊重しながら、毎日安心安全な運営に全力をあげて(閉幕の)14日にたどり着きたい」として、アートと行政のあり方をめぐる、今後の大きな資産(「レガシー」)にしようという意欲をのぞかせた。

ーートリエンナーレもあと1週間で終わりますけれど、世界に向け、3年後のあいトリに向け、残せるレガシーはなんだと思いますか?

残せるもの(笑)。暴力が残っただけですわ。

より厳しくチェックせな、になっちゃったがな。なってくるでしょうが。
(これまでに、あいちトリエンナーレは)3回やったけども、みんな楽しゅう、楽しいゆうか、現代アートのプロモーションをやってちょ、いうだけだったの。

事後でも補助金やいろんな金を支払わないことができるという規定はあるんですよ。

 

ーー逆に、表現の自由を規制せざるを得なくなってしまった、と?

こんな風になると、(そう)なりますよ。

そうなると、とにかくフェアにだけやらにゃいかん。(事前に)きちっと出品者の名前を明らかにして、内容もちゃんと明らかにして。自分で分かるでしょ、問題になるゆうことは。表現者の方だったら…。

時事通信社
表現の不自由展・その後

「マスコミは事実を伝えていない」

ーー河村市長が8月2日に不自由展を視察して以来、たくさんの節目がありました。国内外の注目も非常に高まりました。刻々と変化したあいちトリエンナーレをどう見ていましたか?

マスコミの批判してもしょうがないことはないけど、正しいことを言わないかんよ、あんたたちも。

なんで表現の自由て大事かいうと、要は、民主主義社会においては色々議論が出てきて、言論の自由市場といいますけど、みんなでわあわあ言うようにせにゃあかん。

しかし表現の自由を自由市場にするためには、国民の知る権利が満たされておらなあかんわけですよ。だから、マスコミが事実を伝えるのは、どえりゃあできゃあ(とても大事な)わけですよ。

 

ーー今回、メディアが事実を伝えていないというのは、どういう点でそう思われたんですか?

三つありますよ。

一つは、慰安婦のことばっかり言いますけど、天皇陛下の話がでかいんですよ。天皇陛下の肖像を燃やしてですよ、それもバーナーで燃やしてですよ。燃えてると朝日新聞が書いとったと思うけど(笑)、燃えてるんやない、バーナーという暴力行為で燃やしてる、それを足で踏んづけてるというのが展示されてる。これは事実じゃないですか。

二つ目は、私は、悪いけど作家の人やら不自由展の実行委の人に、こういう表現をするなと言ったことはいっぺんもないですよ。公共事業ではやめてくれ(と言ってるんです)、これ。名古屋市と愛知県の、まあ国の金も入ってますけどね。公共事業なわけです。東京オリンピックと同じですよ。東京オリンピックの会場に行ったら、慰安婦の像と天皇陛下の像を燃やして足で踏んづけるやつと、兵士が間抜けだいうのが飾ってあったらどうします? そこちゃんとやらないと、マスコミも。公共事業だと(伝えないと)。

それから三つ目。これが決定的だと思ってますけど、法的なことも考えてますけど、やっぱり公的なものを申請する時には、補助金適正化法というのがあって。今回、補助金と主催という名義。実は主催がでかいんですよ、名古屋市主催というと、名古屋市が認めた、すなわち市民がそれを応援するいうことになりますから。名古屋市民が天皇陛下の像をバーナーで燃やして足で踏んづけるという表現行為を応援することになりますから、これ。そのプロセスが明らかにアンフェアというか。どう言ったらいいんだ? これ。まあ、ハラスメントですわ。

 

ーーアートの解釈が人によって分かれるのはよくあることです。今回の作品も、政治的スタンス、歴史の解釈によって感じ方は人それぞれだと思いますが、アート作品は国民全員が不快感を抱かないようなものであるべきだと思われるんですか?

いや、公共事業だいうことが分かってないから。外国人記者クラブでもいっぺん言わないかん。違うんだいうて。名古屋市直営事業なんだ、これ。名古屋市直営事業ということになると、名古屋市民約230万人いますけど、愛知県だと700万くらいか…。

みんながみんな「OK」と言わなくてもいいですよ。そら、いろんな意見があるから。しかし、だいたいがですね、自分たちの意見を踏みにじられんもんをやってちょうだいよ、というもんですよ。そうじゃないと困るじゃないですか。これ、公共でやる場合は。

じゃあなんで、自分の金で、自分たちでやらんの? やりゃあいいじゃないですか、別に。わしは、「どうぞどうぞ」とは言わんけど、「どうぞ」と一回くらいは言ったてもいい。どっかの画廊をお借りになって、主張されればいいじゃないですか。

 

ーー公共の美術館を使って、公金を使うべきではない、と?

いや、主催で。主催が大きいんですよ、主催が。それ言やあせんもん、あんたたちマスコミ。これ主催って。

主催ってどういうことかいったら、東京オリンピックですがな、あれ。あれ日本国主催だがね。そりゃどういうことかいうと、みんなのためにやる、そりゃ100人が100人じゃないよ。でもみんなの心を踏みにじるのはやめてくれ、と。市民が思いますよ、そりゃ。

そういう意味で、日本国民の心を踏みにじるのは、主催はいかんですよ。主催は。

編集部注:あいちトリエンナーレ2019の主催者は「あいちトリエンナーレ実行委員会」。意思決定機関は「運営会議」で、会長が愛知県の大村知事、会長代行が河村市長。委員には、中日新聞社の社長や、NHK名古屋放送局の局長も名を連ねる。

一方、芸術監督の津田大介さんは運営会議のメンバーではなく、芸術部門の責任者。トリエンナーレ全体の企画を統括する役割を担う。河村市長が使う「公共事業」・「名古屋市直営事業」・「主催」という言葉には違和感が残る。


同様に、東京オリンピック・パラリンピックの主催者は、日本国ではなく、「公益財団法人東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会」となっている。

Kaori Sawaki/Huffpost Japan
展示が一時中止となっているあいちトリエンナーレ「表現の不自由展・その後」

補助金は支払わない方針「不正義だった」

ーー市も補助金の一部を支払わない可能性があるとおっしゃっていましたけれど、そのあたり変化はありませんか?

そんなもん、不正申告、目的外使用、もうそれがあったらいけないじゃないですか、それは。市民の税金なんだから。

 

ーー文化庁も全額不交付との姿勢を崩しませんが、同じスタンスですか?

文化庁(の姿勢)も理解していますよ、私。どういう展示しとくというの、(事前に)正直に言わなあかんですよ。

 

ーー事前に知っていたら止めていた?

事前に知ったら、実行委を直ちに開きましょうと言ったと思いますよ。津田さんにも、展示やる人にも来てもらって、そこで議論するだがね。そこで一つの方向性が出たと思いますよ。

 

ーー問題は事前のコミュニケーション不足だったということ?

コミュニケーションじゃないが。隠したんですよ。そんな甘いもんじゃないですよ、これ。

だからね、反政府活動もええよ? 反政府活動も。でもこうやってやるんだったら、堂々とやってくれなあかん。こんな騙してハイジャックしちゃいけません、これ犯罪の可能性あるんですよ? 騙して犯罪的にやったことに、表現の自由ってあるんですか?

なぜ嘘を言うんですか? 本当の事、言やあええの。手続きも申請も、ちゃんと。しょうがないんですよ、公共の主催でやろう言うんだから。嫌なら、自分でやればいいんですよ、そりゃ。公共の主催という看板を取りたかったわけでしょ? 補助金も取りたかったわけでしょ?

 

ーーもし事前に議論されてたら納得感がありましたか?

そんなもん分からんですよ。やるまでもないじゃないですか。嘘言って、騙して、出さなかった。はっきり言ってるじゃないですか、作家も言ってるじゃないですか。僕の知っとる芸術家も言ってましたよ、「ああいうのは、いかん」て。

正直に言わなあかんよ。そこで議論することが、『表現の自由』の現れになるわけです。そこで当事者も来て、僕なら「(内容や展示方式を)考えてくれんか」と言ったかもしれない、それは検閲ですか? 

 

ーー対話は、不自由展が中止となった後にあちこちでやっています。作家さんたちも積極的に市民との対話の場所を作ったりもされていますが、それでは納得はできない?

(騙して)出しちゃったら、ダメですよ。当然のことながら、(展示を)出す前にやるに決まっとるがね。そんなこと言っとたら、役人もいらんですよ。議会もいらん、マスコミもいらのや。何もチェックせんで、全部表現の自由だ。そんなら。

 

ーーやはり、問題はスタートの段階でのコミュニケーション…

不正義だったの!

コミュニケーションじゃない、不正義だったんです!これは。

AKIKO MINATO/HuffPost Japan
河村たかし市長

「検証委そのものも暴力的だ」

ーー再開には否定的なお考えですが、もし「不自由展」が中止したまま再開されずにトリエンナーレが終わった場合、検証委も言っているように、電凸だったり攻撃的・脅迫性をはらんだような抗議によって表現の場が奪われるという悪しき前例を作ってしまうとは思いませんか?

検証委のみなさん、自分たちそのものが暴力的だと感じないかんですよ、まず。
だれが承認したんですか、あれ、検証委。名古屋市になんの相談もねえ、突然出て来てね、その中に愛知県の顧問やっとる人が入っていてですね、第三者性なんかあるわけないじゃないですか。

悪しき前例どころじゃない、ちゃんと正直に(事前に情報を)出して来ればこんなこと起きんかったですよ。僕は、「頼む、今のままだったらやめてくれ」と言ったと思いますけど、主張したければ、違うところでご自由にやるか、方式をもうちょっと納得行くように変えてくれと言ったってええでしょ。

 

ーーそれは検閲とは言わない?

言わないですよ。検閲ゆうのは、最高裁の判例で決まっとって。一切表現を禁止するやつを検閲と言うんです。

例えば、僕がある出版社に入っていって、「この本はもう出しちゃだめ」と、言うと検閲になる。今回の場合、民間であればなんの問題もなく(展示)できるわけです、これ。なんの問題もないかどうか、知らんけど。私が言う権限もありませんし、検閲とは全く関係も無い。

100歩譲って(不自由展の作品が)芸術だというんだったら、(内容への口出しは)必要最小限にとどめなあかんいう論理は分かります。

それから、みなさんが気づいとらんのは、(今回のような)主催という問題は、ガバメントスピーチと言いますけど、「行政が発信するなら、正しい」という裏書き効果がある。そういう効果がありますから、普通の画廊でやるのと、名古屋市主催でやるのと全く意味が違うんです。名古屋市主催でこういうことをやりますと、そうでない意見の人たちは対抗できんせんのですよ。

 

ーーそういう風にならないように、委員会という形を立てて、芸術監督とかを間に立てるのが公共が関わる美術祭のあり方だと思うんですけど。今回もその形を取っていましたが。

騙したで、いかんじゃないですか。問題はそこに行きますよ。

本当のことを言っとれば、さすがの大村知事も、わしも言いますから。ちょっと待ってくれと。大方の日本人の気持ちを著しく害すると。天皇陛下のやつは特にね。

AYA IKUTA/Huffpost Japan
「表現の不自由展・その後」(中止前撮影)

アートとは何か。

「表現の不自由展・その後」が中止された当時、抗議電話の約4割が、昭和天皇の肖像写真をモチーフにした大浦信行氏の映像作品についての批判だった。河村知事も、インタビューの中で、何度もこの作品について言及した。

 ーーあの作品をご覧になって、あれがアートだということに異議はありませんか?

アートの定義がなんだか分かりませんけども、まあ一般的に言ったら一人でも感動したらアートかもしれませんよ、定義はありませんから。(でも)一般的にいう芸術ゆうものではないですわな、普通は。

 

ーー一般的にいう芸術とは、どういうものだとお考えですか?

そりゃ、ああいう政治的なメッセージがあるものなら、ピカソの『ゲルニカ』とか、ああいうやつですわ。それから平和なやつだと、『モナリザ』とか。

 

検証委によると、大浦氏は昭和天皇をモチーフにした作品について制作した背景をこう答えているという。

「映像の中で焼かれているのは写真でなく、自分(大浦氏)の版画作品そのもの。焼くことを従軍看護婦の女の子に託したのは、それを焼くことで自分の中に抱え込まれた内なる天皇を燃やすことで昇華させる行為であり、祈りと言ってもいい」という。

さらに、「天皇を批判するために燃やすなどという幼稚なものは芸術の表現ではない」として、天皇を侮辱する目的ではないと強調している。

ーー大浦作品の意図はご存知ですか?

色々言っとるけど、そうなる(炎上する)に決まってるじゃないですか。自分の意図がどうであろうと、受け取る人がどう思うかがでかいんだから。

 

ーー天皇陛下を燃やそうと思ったわけではない、ということはご存知…

そんなバカな。実際燃やしとるがな、バーナーで。そんなん通じませんよ。そんなこと。悪いけど。

 

ーー感じ方はそれぞれですが、こういう解釈があるんだ、という風には思われない?

祈りがあったとか、そんなもんじゃないですよ。(中間報告)読んどるけど。普通の人が見て、どう思うかですよ。

そんなことを隠れてやって、どういうつもりですか?日本の国民世論をハイジャックしてどうするの、これ。

世界に大恥を晒して。日本国民って、天皇陛下に敬意を持たん国なんだなということを世界に晒すことになるよ、言っておくけど。

 

ーー意図がどうであれ、まったく伝わらないと?

受け取る人がどう思うかが決定的にでかいわけですよ。

(事前に)正直に言いなさい、と言っとるんですよ。ハレーションが起こるのと、非常に多くの日本の人たちの心を踏みにじることになるのは、分かっとるわけでしょ?そうでしょ?

だいたい多くの日本人は、みんな陛下に敬意を持っとるわけです、長い歴史の中で。そういう方たちの気持ちを踏みにじると思わない?

名古屋市民、愛知県民、日本国民。主催事業ですから、自国の天皇陛下の肖像画をバーナーで暴力的に燃やして、足で踏みつける展示を積極的に認めたことになるんですよ。主催だから。恥じゃない?

 

ーー作品を見て、平和や検閲について考える人も少なからずいると思います。そういう人は、日本人、市民には当たらないんですか?

色んな意見があってもええですよ。ほんだけど、やり方ちゅうのがあるんであって。正直に「こういう展示を出します」と言えば、討論会になったでしょう。実行委員会を開こうという事になっただろうから、そこに大浦さんが来て話せばいいじゃないですか。

 

ーー最後に一つ。河村さんの中で、芸術祭や芸術とは、どういうものだとお考えですか?

そりゃあ、みんな自分の意見をどんどん言っていくゆうのは、大変ええことであって。ただフェアにだけやらないかん、ということです。

ある日突然、ハイジャックしてですね、騙して。だまし討ちにしたような人たちが出てきてですね、マスコミも真実を伝えずに……。そういうのは、本当に危険な日本になりますよ。

フェアにだけやって、そこで議論を巻き起こせばいいじゃないですか。正当なステップが嫌だで、隠して出したんでしょ。そこにどうして『表現の自由』があるんですか。表現の自由という名の、国民世論の、普通の人の国民世論のハイジャックですよ。

暴力的、今回のは、ひどい話ですよ、こんなの。おびただしい人たちの、天皇陛下に敬意を持とうという人たちの心はどうなるんですか? 名古屋市とか愛知県とか日本国とかそこが主催でやるんですよ? 個人じゃないのよ。これは止めないかんでしょ、いくらなんでも。恐ろしい話だわ。どえりゃあ…

◇「 #表現のこれから 」を考えます◇

「伝える」が、バズるに負けている。ネットが広まって20年。丁寧な意見より、大量に拡散される「バズ」が力を持ちすぎている。 

あいちトリエンナーレ2019の「電凸」も、文化庁の補助金のとりやめも、気軽なリツイートのように、あっけなく行われた。

「伝える」は誰かを傷つけ、「ヘイト」にもなり得る。どうすれば表現はより自由になるのか。

ハフポスト日本版では、「#表現のこれから」で読者の方と考えていきたいです。

記事一覧はこちらです。