中央アジアの優等生「カザフスタン」の憂鬱

資源開発の成功で中進国入りした中央アジア・カザフスタンで大統領選が予定を早めて実施される。首都アスタナと南部のアルマトイで中露とカザフ外交の舵取りを探った。

資源開発の成功で中進国入りした中央アジア・カザフスタンで4月26日、大統領選が予定を早めて実施される。ソ連時代の1989年以来最高指導者の地位にあるナザルバエフ大統領の信任投票であり、同大統領の当選は確実。繰り上げ大統領選の背景には、事実上の同盟国・ロシアとの複雑怪奇な関係が影響している。3月に首都アスタナと南部のアルマトイを訪れ、中露に挟まれたカザフ外交の舵取りを探った。

建設が進む新首都アスタナ。アスタナは「世

界で最も寒い首都」と言われる

(写真はすべて筆者撮影)

プーチンの不規則発言

関税同盟を結ぶロシア、カザフ、ベラルーシ3国は1月、農工業など主要部門で協調政策を取る「ユーラシア経済同盟」を発足させ、アルメニアも加わった。ロシアは旧ソ連圏の経済統合をさらに推進する構えだが、昨年3月のロシアによるウクライナ領クリミア併合や東部での親露派支援が、ロシア・カザフ関係に微妙な影を落としている。カザフは公然と表明しないものの、ロシアのウクライナ干渉に批判的なのだ。

昨年3月、国連総会に上程されたウクライナの領土保全を求める決議案に対し、ベラルーシやアルメニアは反対したが、カザフは中国と同様、棄権に回った。カザフ居住のロシア系住民は約23%。カザフ北部ではロシア系住民が多数派で、ロシア語地名も多いことから、ロシアの極右指導者、ジリノフスキー自民党党首はカザフ北部を「ロシア固有の領土」と呼んだことがある。ウクライナ介入により、ロシアが将来、カザフ北部の親露派をたきつけて分離独立を図る理論的可能性が生じた。

ナザルバエフ大統領は昨年5月、北部のロシア国境地帯にカザフ人の入植を奨励する政策を決定。7月には分離活動や国境変更に絡む活動を禁止する新法を制定した。ウクライナ危機を受けて、ロシアの干渉を事前に阻止する措置だった。外交筋によれば、プーチン政権は昨年8月、欧米への逆制裁に加担するようカザフに求めたが、カザフ政府はこれを拒否したという。

これに対し、ロシアのプーチン大統領は昨年8月29日、モスクワ郊外で行った若者との対話で、カザフに関する質問に対し、「カザフは一度も国家を持ったことがないが、ナザルバエフ大統領はそこに国家を創設した。彼は賢明で退陣する意思もないが、自分が辞めたあとの国家の将来を憂慮している」「広範なロシア経済圏に加わったほうが、産業、技術の発展の上でもカザフにとってプラスだ」などと奇妙な発言をした。ロシアのウクライナ政策を支持しようとしないカザフへの恫喝ともとれる発言だった。

「ナザルバエフ後」への不安

このプーチン発言に対し、カザフ政界では、「カザフ国家創設は13世紀のモンゴル侵略時にさかのぼり、プーチン発言は単純な誤りだ」(アシンバエフ議員)、「カザフへの侮辱であり、挑戦的発言だ。これを繰り返すなら、ロシアは中央アジアで同盟国を失うことになる」(政治評論家、アイドス・サリム氏)などと反発が高まった。ネット上では、プーチン大統領をヒトラーになぞらえ、「プートラー」と揶揄する表現が流行したという。

カザフ軍は今年1月、北部で対テロ対策と称して軍事演習を実施したが、ロシアの動きに警戒した演習とみられた。ただし、カザフ政府は公式にはプーチン発言についてコメントしていない。ユーラシア経済同盟の設立手続きも淡々と進み、表面的には2国間関係に動揺は見られない。ナザルバエフ大統領は昨年末の演説で、「カザフ外交の重要パートナー」として、①ロシア②中国③他の中央アジア諸国④欧米⑤日韓などアジア諸国――の順に挙げた。

プーチン大統領がナザルバエフ大統領に一目置いているのは間違いない。ソ連時代末期、ナザルバエフ氏は共産党政治局員で、ゴルバチョフ大統領から副大統領ポストを打診された実力者であるのに対し、プーチン氏はヒラの党員で、ソ連国家保安委員会(KGB)でも出世できなかった。しかし、ナザルバエフ氏は74歳と高齢であり、安定の象徴である同氏の退陣後がカントリーリスクとなりつつある。プーチン大統領がポスト・ナザルバエフに言及したことはカザフにとって不気味だろう。

ナザルバエフ大統領の任期は2016年までだったが、4月に繰り上げ大統領選を実施する背景には、こうした対露関係が影響している。カザフはロシア同様、資源依存経済ながら、経済危機はまだ波及しておらず、通貨テンゲも米ドルとリンクし、安定している。このため、カザフの富裕層は通貨ルーブルが半値になったロシアで不動産投資や高級品購入に走っている。しかし、カザフとロシアの経済統合促進や石油価格下落で、今年後半からカザフ経済も落ち込むとの見方が多い。それに伴い、政治や社会も混乱する可能性があり、繰り上げ大統領選で政治体制を事前に安定化させておく狙いがあるようだ。

高まる「中国の影」

外交筋によれば、カザフは通貨危機やインフレに苦しむロシアとの再統合に積極的でなかったが、プーチン大統領はナザルバエフ大統領が20数年前にモスクワで行った演説で、「ユーラシア経済同盟」を訴えたことを逆手に取って統合を強要したとされる。ただ、昨年のカザフの貿易統計では、欧州連合(EU)との貿易が全体の44%でトップ。ロシアは15.8%、中国が14.4%だった。中国との貿易が急増しており、市場で見た日用品の大半は中国製だった。カザフへの投資・貿易で、中国が近くロシアを抜くのは間違いない。

中国・カザフ間は石油・ガスパイプラインで結ばれているが、近年中国の企業進出や農民の進出が目立つ。南部の最大都市、アルマトイには大型中国人市場があり、数万人の中国人が農地をレンタルして収穫している。中国の経済プレゼンスが確実に増大しているのが分かる。

初代大統領報道官を務めたジャーナリストのセイトカズイ・マタエフ氏は「ロシアとはソ連の枠内で70年間一緒にやっており、出方が分かっている。中国はカザフの資源に野心を持ち、中国の方が危険だ。今年からカザフで、中国のプレゼンスが目に見えて拡大するだろう。カザフにとって最大の潜在的脅威であり、次の脅威が、人口が多く、貧しい隣国のウズベキスタンだ。われわれは独立当初、日本とドイツの企業が進出し、カザフの工業化を支援してくれると期待したが、夢は実現しなかった」と話していた。

エリート養成大学に日本人学長

カザフにおける日本のプレゼンスは貿易、投資ともに小さいが、カザフで最も著名な日本人は勝茂夫・ナザルバエフ大学学長だろう。世銀副総裁を経て、2010年開学したナザルバエフ大学の初代学長に就任。カザフ政府の経済顧問も務める。同大学はエリート養成大学として大統領の肝いりで誕生し、理工系が中心で授業はすべて英語。首都アスタナの新キャンパスは近代的で、新大学と新学長への国家の期待は大きい。

中国の習近平国家主席は13年9月、カザフを訪れた際、同大学で講演し、「新シルクロード構想」を初めて発表したが、講演の司会を務めたのが勝学長だった。ナザルバエフ大統領とも親しく、経済政策のアドバイスもするという。「教授陣の8割は外国人で欧米の学者が多い。欧米で博士号を取った日本人教師もいる。カザフの医学や理工系部門、市場経済運営などを担う人材育成を目的としており、東工大など日本の大学とも提携交渉している」(勝学長)。

エリートを養成するナザルバエフ大学の校舎

カザフは2017年にアスタナで万博を開催する予定で、ナザルバエフ大学前の広大な敷地で突貫工事が行われている。22年の冬季五輪候補地でも北京とアルマトイが最終選考に残っている。中露という奇怪な隣人に挟まれたカザフは、国際化の促進や多角化外交によって両国の不当な介入を避けようとしているように思えた。

G7(主要7カ国)とCIS(独立国家共同体)指導者に囲まれたナザルバエフ大統領の絵。アスタナの独立宮殿に飾られ、大統領の個人崇拝を示している。左端が小泉元総理

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名越健郎

1953年岡山県生れ。東京外国語大学ロシア語科卒業。時事通信社に入社、外信部、バンコク支局、モスクワ支局、ワシントン支局、外信部長を歴任。2011年、同社退社。現在、拓殖大学海外事情研究所教授。国際教養大学東アジア調査研究センター特任教授。著書に『クレムリン秘密文書は語る―闇の日ソ関係史』(中公新書)、『独裁者たちへ!!―ひと口レジスタンス459』(講談社)、『ジョークで読む国際政治』(新潮新書)、『独裁者プーチン』(文春新書)など。

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(2015年4月3日フォーサイトより転載)

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