アートとカルチャー
2020年10月13日 12時26分 JST | 更新 2020年10月13日 12時33分 JST

『きまぐれオレンジ☆ロード』まつもと泉さん死去。「日本のラブコメ界の巨匠」漫画界から悼む声

80年代を代表するラブコメ漫画の作者の訃報に、漫画家仲間から追悼のツイートが相次いでいる。

集英社
『きまぐれオレンジ☆ロード』単行本の書影

きまぐれオレンジ☆ロード』で知られる漫画家のまつもと泉さんが、死去したことが10月13日、公式サイトのブログで発表された。脳脊髄液減少症で闘病中だったが、10月6日に入院療養中の病院で亡くなったという。61歳だった。

 

■『きまぐれオレンジ☆ロード』で一世を風靡。シリーズ累計部数は2000万部 

まつもとさんは1958年10月13日、富山県高岡市生まれ。1984年から週刊少年ジャンプで『きまぐれオレンジ☆ロード』を連載。超能力を持った一家に生まれた少年と、同級生の少女の恋愛をコミカルに描いて人気を博した。シリーズ累計発行部数は2000万部を突破。1987年にはアニメ化された

ウレぴあ総研が掲載したプロフィールによると、1999年の「スーパージャンプ」誌の新連載開始前に原因不明の症状に悩まされ、活動を中断。2004年に脳脊髄液減少症であることが判明していたという。

愛媛県公式サイトによると「脳脊髄液減少症」は、頭部への強い外傷等が原因で脳脊髄液が漏れることにより、頭痛、めまいなどの様々な症状を引き起こす病気だという。

 

■江口寿史さん「闘病されてるとは聞いていたが」

 まつもとさんの訃報に、漫画家仲間から追悼のツイートが相次いだ。

80年代に少年ジャンプで『ストップ!! ひばりくん!』を連載していた江口寿史さんは、「ジャンプのラブコメ路線を作った二人だよ」と紹介する2014年の2ショット写真を引用しつつ「闘病されてるとは聞いていたが、この時が最後になってしまった」と残念そうにツイートした。 

 

■河下水希さん「こんな女の子描きたいっていつも憧れていました」

少年ジャンプのラブコメ漫画『いちご100%』で知られる河下水希さんも、「小学生の頃大好きだった作品」とした上で、「カッコよくて綺麗でおしゃれで繊細で可愛くて、こんな女の子描きたいっていつも憧れていました」と思い出を綴った。 

  

■甲斐谷忍さん「日本のラブコメ界の巨匠」

「LIAR GAME」で知られる甲斐谷忍さんは、まつもとさんの出身地である富山県高岡市でサラリーマンをしていた時代に漫画家になることを決意した際に「周りから『漫画家目指すならまつもと泉先生のような大作家に!』と、いったい何人の人に言われたことか」と振り返った。

その上で「富山の至宝。いや日本のラブコメ界の巨匠。あまりに早すぎます」と追悼した。

  

■岡崎武士さん「すべてを学ばせて頂きました」

19歳のときから2年間、まつもとさんのアシスタントを務めていた岡崎武士さんは「先生が真摯に作品作りに取組む姿を間近で拝見し作品作りの素晴らしいところ苦しいところすべてを学ばせて頂きました。先生の許で学んだものは自分にとってかけがえのないものになっております」と感謝の言葉を送った。

 

■まつもとさんの公式サイトでの報告全文

『まつもと泉についてWAVE STUDIOから皆さまへのご報告』

まつもと泉は今月6日午前0時過ぎに、かねてより入院療養中の病院にて永眠いたしました。これまで公私に亘ってお付き合いをいただきました方々、そして作品を愛してくださいました方々に心より御礼を申し上げます。

 近年のまつもと泉は脳脊髄液減少症による不定愁訴に苦しみながらも 仕事復帰への意欲に燃えて闘病を続けてまいりましたが 数年前に手術をした心臓にも不安を抱えており、残念ながら身体が保たなかったようです。

 ただ医師によりますと、苦しむことなく睡眠中に そのまま安らかに旅立ったとのことでした。

なお葬儀はすでに近親者のみで執り行いましたので、お供えやご香典はご辞退いただきたくお願い申し上げます。

略儀ながら書中をもちまして、まつもと泉についてのご報告とさせていただきます。あらためまして生前お世話になりました皆さまに感謝をお伝えしますとともに 今後ともまつもと泉の作品を広く楽しんでいただけますようお願いをいたします。

 WAVE STUDIO