ハリウッドでチャンスをつかむ処世術とは:辛酸なめ子の「LAエンタメ修行 伝聞録」

「Uberに乗ったら、お客さんと運転手がお互い映画関係で連絡先を交換していたり。とにかく人脈が重要なので、皆アグレッシブです」
辛酸なめ子

人脈のるつぼ、LA。

内向的な性格としては、野望にあふれた業界人だらけの街があると思うと想像するだけで震えますが、自ら飛び込んでいった果敢なMutsumiさん。そこではどのようなやりとりが繰り広げられているのでしょう。

「前に″セレブハンター”のジェシカの話をしましたが、彼女と出会ったのはAFM(アメリカン・フィルム・マーケット)のセミナーの待合室。ロビーにいたらジェシカが『あなたたち何やってるの? 企画あるなら見せて』って話しかけてきたんです。『フィルムメーカーです。次こういうのやろうと思ってて』と話したら『私もプロデューサー目指しているから何か一緒にできたらいいね』っていう話になりました。こっちではこういう風に知り合うのはよくあることです」

日本で先日、知らない人に道端で「名刺交換しませんか」と話しかけられ、走って逃げましたが、LAだったらそうやって知り合うのも許容範囲のようです。誰もが人脈を広げることに積極的です。

「ロスの街全体、業界人が集まっている感じなんです。そのジェシカとスタバでお茶していた時のこと。ジェシカが『私はフランス映画が好き』と話していたら、突然知らない女性が私たちのテーブルに来て『私はフランス映画を作っていて企画があるから見てくれませんか』と売り込みはじめました」

「会話に聞き耳を立ててチャンスだと思ったらしいです。彼女はジェシカと名刺交換していました。別の人と喋っていてもおかまいなしです」

日本でもカフェで隣で知らない人があやふやな情報を喋っていた時など「違いますよ」と教えてあげたい衝動にかられることがありますが (例えば前、おじいさん同士の会話で『多臓器不全』をずっと『たきぞう不全』と言っていて気になりました) 、自分の売り込みをするのは発想になかったです。

その女性も毎日スタバで張り込んでチャンスを伺っているのでしょうか。

「このくらいのメンタリティで行かないとチャンスをつかめないのかな、って思いました。その人は見た目はあやしくないですよ。フランス系の50代のおばさまでした」

「こっちに来ていいなと思ったのは、50代60代でも皆さん夢に向かってチャレンジしているということ。仕事をリタイヤした後新しいことにチャレンジするのは当たり前という風潮です」

「映画を作りたいと思ったら若い人だけではなくシニアの人でもどんどん挑戦していいんです」

こちらとは空気感が全然違います。先日の、年金では老後2000万円だか3000万円が足りなくなる説で、どんよりした空気になってしまっています。年金のことを心配しすぎる前に、ポジティブに、夢について考えた方がいいかもしれません。

エンタメの街では出会いもドラマティック

Mutsumiさんのエピソードは豊富です。

「ついこの間も、こんなことがありました。遅いお昼に、夫とレストランに行ったんです。15時ぐらいでお客さんはほとんどいなかったのですが、もうひと組いた男女がすごい大きな声で喋っていて、その会話が気になってしまいました」

「初老くらいの年代の男女で、親族か夫婦なのかわからないですが『あなたは自分の魂を救ったほうがいいわ』『人生はハードだ』とかシリアスなトークをしていました。ワーッて白熱して、ギリギリケンカになる寸前でお互いトイレに立ったり笑いにまぎらせたりで沈静化して、またしばらく話してヒートアップ、というのをくり返していたんです」

「ウェイターのこれまた初老の男性がその二人を気にかけていて、ときどき話しかけたりしていました。それで『あなた何やってるの?』と聞かれたウェイターが『今脚本書いてます』と答えたら、客の男性はなんと有名なプロダクションのプロデューサーだったらしく、『スクリプト送ってよ』と連絡先交換していました」

映画業界の街では、映画みたいな出会いが日常的に起こっているんですね。チャンスはどこにあるかわかりません。口論と言う素の状態を見せた相手なので、フレンドリーな関係で良い仕事ができることでしょう。LAではどこに有力者がいるかわからないので、出会う人全てにナイスに対応した方が良さそうです。

Mustumiさんたちも彼らと席がもうちょっと近かったら、その仕事の話に絡んでいけたかもしれません。

「夫がさっそく検索したら、そのプロデューサーの会社はかなり有名で、ホドロフスキーが実現できなかったSF作品『DUNE』を製作しているみたいです。『ブレードランナー 2049』もその会社が共同製作していました」

それは楽しみです。デヴィッド・リンチも挑戦して興行的に大失敗となった『デューン/砂の惑星』。いわくつきのSF大作が遂に成功するのでしょうか。ウェイターのおじさんの脚本もいつか世に出ることを祈ります。

「よくいわれているのが、LAにいる8割の人がエンタメ業界の人だそうです。カフェでパソコン作業している人をチラっと見ると、脚本っぽい書類だったり、ディレクターズなんとかっていう本が置いてあったり。女優を目指している人だけでなくフィルムメーカーもゴロゴロいます」

「Uberに乗ったら、お客さんと運転手がお互い映画関係で連絡先を交換していたり。とにかく人脈が重要なので、皆アグレッシブです」

日本人の遠慮とか謙遜とかはLAでは通用しないようです。誰かが自分を見いだしてくれる……という受動的な態度では次のステップにいけません。

「売り込みする方もされる方もそれが普通だから否定的じゃない。この前、データサイエンティストのジェイにクラブに連れて行ってもらったんですが、たまたま話したグループが映画のCGだったり衣装関係の仕事をしている男女でした。こっちが映画関係とわかった瞬間、営業トークがぶわーって始まったんです。自分の会社や自分の仕事のすごさなど……。夫は監督だからそういうのはよくありますね」

「フィルムメイカー」「エンタテインメント」といったワードが聞こえた瞬間、アプローチが始まるそうです。相手がちゃんとした人かもわからず、危険なのでは? とつい思ってしまいますが、同じ街で同じ夢を抱いている同士、悪い人はいない、という性善説が根底にあるのかもしれません。ただ、成り上がっていく過程ではダークサイドに行ったり、周りを蹴落としたり、競争が熾烈なのだと思いますが、そこまで行かない夢追い人の段階だと皆ピュアで平和なのでしょう……。

そんなLAに思いをはせている間は、老後の年金の心配から少し離れられました。

(2019年6月20日note「辛酸なめ子の「LAエンタメ修行 伝聞禄」より転載)

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