2019年07月26日 11時58分 JST | 更新 19時間前

定住はもう古い!? オフィス+宿泊施設型「地方共創型コミュニティ」の魅力とは?

新たなライフスタイルを提案する「LivingAnywhere Commons」の挑戦

下田に広がる海、森林浴が楽しめる磐梯山の麓……。全国各地の「名所」に設けられたオフィスを好きなだけ利用できる定額制サービスが誕生した。

「LivingAnywhere Commons(リビング・エニウェア・コモンズ、LAC)」で、不動産情報サービスや地方創生事業を展開する「LIFULL」(本社・東京)が運営の主体となる。

地方の遊休施設をオフィスとして再生させ、飲食設備(キッチン)や宿泊機能も持たせるなど、そこで暮らしながらリモートワークできる。

すでに利用企業が相次いでおり、将来的には100拠点を目指すという。

オフィスはもちろん、住まいとインフラも提供することで、LACは働く人たちの自由度を高め、クリエイティブなアイデアや新たな人とのつながりを生み出す可能性がある。

「人々が場所に縛られないライフスタイルを実現する」。7月3日、東京で開かれたLACの発表会で、この事業を主導する井上高志・LIFULL社長はそう胸を張った。

LACは全国の遊休施設をオフィススペースとして再利用し、それをコミュニティメンバーに加入した法人や個人が定額で利用できる多拠点オフィスのサブスクリプションモデルだ。

現在、福島県磐梯町と静岡県下田市の2拠点がオープン。沖縄県、山梨県、千葉県などでも順次検討を進めており、2023年度までに100拠点を目指している。

LACの特徴は、設けられるのはオフィス機能だけではないという点だ。通信設備や会議室など仕事環境が整っているだけでなく、宿泊設備や風呂・シャワー、飲食設備(キッチン)など、暮らすための機能(インフラ)も整っており、長期滞在しながらテレワークすることができる仕組みだ。

長期滞在すれば、自ずと地域住民とのつながりが生まれ、公私に渡って様々な刺激を受けることになる。そんなチャンスをサポートするため、各拠点にはその地域に精通するコミュニティ・マネージャーが常駐する。

地域の人たちや行政とつながることで、新たなビジネスや地域の課題を解決するアイデアが生まれるかもしれない。そんな副産物も期待できる。

運営主体はLIFULLだが、コミュニティメンバーに収支は公開され、利益はすべて新たな拠点開発や設備の拡充など、LACのために再投資される。

LACの発表会には、井上社長(右から4人目)のほか、参画企業や協力団体の関係者も出席した=7月3日、東京

LACを主導する井上高志・LIFULL社長

この事業は2年前、新しい働き方、暮らし方を模索しようと起業家の孫泰蔵さん(Mistletoe 代表理事)らとともに一般社団法人LivingAnywhereを設立したのが始まりです。

プロジェクトを具体化する上で、LIFULLの事業として展開することになりました。

私たちにとって、LACを通して試みていることが2つあります。

1つは、収益をすべて可視化し、LAC事業に再投資するか利用料を下げるなどして、コミュニティメンバーに還元する「割り勘制」のような新しいビジネスモデルを構築することです。

もう1つは、「限界費用ゼロ社会」(※)にどれだけ近づけるかを調べるための実験です。

暮らすためには住居を用意し、ライフラインのコストを負担する必要がありますが、テクノロジーの発展により、将来的にその限界費用がゼロに近づくと考えています。

人の働き方には「ライスワーク」「ライクワーク」「ライフワーク」の3種類があると考えています。

ライスワークは文字通り、生活費を得るための仕事。ライクワークは好きだからやっている仕事。ライフワークは自分の人生をかけた仕事です。

今までは生活を維持していくために、ライスワークに注力せざるを得ませんでした。でも、もっと人は豊かに暮らしていいはずです。

ライクワークやライフワークを実践した場合、収入が減る可能性があります。ですが、減っても生活コストを劇的に下げて暮らせるようにすれば、以前と変わらない生活水準が維持できます。そのために、限界費用ゼロ社会が必要となるのです。

例えば、今回参画してくれたWOTAが開発したAI水循環システムを活用すれば、従来の20分の1の水量でシャワーを使えるため、水道料金を大幅に下げられます。

また、人工光合成の技術では水と空気と光だけで水素エネルギーを取り出し、利用後は水だけが排出されるので、将来的にはAI水循環システムとつなげて永久機関のようなシステムも作れます。

これらを自動走行機能付きのトレーラーハウス(ルーメット)にパッケージすれば、ほぼエネルギーコストがかからず拠点をグルグル回ることもできます。

LACでは、このようなテクノロジー設備を拠点に導入したり、スタートアップを中心としたテクノロジー企業に参画してもらったりすることで、限界費用ゼロを目指し、ライクワーク・ライフワークだけに注力できる生活の実現を目指していきたいと考えています。

もちろん、LACは社会課題解決にも視点を置いています。現在、全国にある行政の未利用・低利用・遊休地や廃校、企業の遊休不動産などを拠点として開発できるように交渉を進めています。

LACの拠点で、企業ユーザーや個人の方、そして地元の人々が交流することで、驚くような「化学反応」が発生します。地域、企業ユーザー、個人、誰もが「共創」できる仕組みを目指していきます。

※限界費用とは増産に必要な費用を指す。工業製品では作る度に一定の限界費用が必要となるが、ネットでの情報配信ではコンテンツをいくつ見ても限界費用はゼロとなる。
 
井上高志(いのうえ・たかし) 1968年生まれ。新卒入社した株式会社リクルートコスモス(現、株式会社コスモスイニシア)勤務時代に「不動産業界の仕組みを変えたい」との強い想いを抱き、1997年独立して株式会社ネクスト(現LIFULL)を設立。「HOME'S(現:LIFULL HOME'S)」を立ち上げ、国内最大級のサイトに育て上げる。社是に「利他主義」を掲げ、国内外併せて約20社のグループ会社、世界63ヶ国にて社会課題を解決するビジネスを展開している

「LACはイノベーションのヒント」

LACを利用する企業が早くも相次いでいる。その1つが広告会社の東急エージェンシー(東京)だ。ワークスタイルデザイン部担当部長の高山慶子氏と、企画開発部長の長谷川光氏に話を聞いた。

「チームマネジメントや人材育成にも役立つ働き方改革を考えていたところ、LACの活用にたどり着きました」。高山氏はそう明かした。

同社ではこれまで、働き方改革の一環として、シェアオフィスを利用したテレワークや在宅勤務などが導入されてきた。

だが、地域との交流もあるLACはさらに、「社員への刺激にもなり、社会課題に取り組むことで『イノベージョン』のヒントにもなる」(高山氏)という。

長谷川光氏は、LACの最初の拠点がある下田市のまちづくりを手伝う仕事も兼務しており、「当社では地域創生のビジネスも行っており、LACの活動は行政と地域と県外から来た“よそ者”がタッグを組んで町の活性化に役立ついいきっかけになります」と言う。

管理職の中には、決められたオフィスに毎日やってきて働くという伝統的なスタイルにこだわる人もいたが、「そもそもテレワーク自体、管理しにくいという意見も根強かったので、LACのメリットを多角的に訴えました」と高山氏は語った。

一方、長谷川氏は「首都圏に比べて地方は規制も緩いので、ドローンを飛ばしやすいなど、いろいろと面白い実験ができます。それがローカルのよさ」と、LACだからこそ実現できるメリットも挙げた。

取材に応じる東急エージェンシー コーポレート本部コーポレートブランディング局ワークスタイルデザイン部担当部長の高山慶子氏(左)と、戦略事業本部エリアプロジェクト局企画開発部部長の長谷川光氏。長谷川氏は下田市役所観光交流課下田市シティプロモーションアドバイザーも兼ねている

とがった企業の実験場にも

LACを利用する別のベンチャー企業「WOTA」(東京)は、自社事業の「実験場」としてもサービスを活用している。

同社は2014年に創業し、次世代の分散型水インフラの研究開発に取り組んでいる。

今年、世界最先端の浄水システム「WOTA BOX」の開発に成功。小型の水処理センサーと、AIを駆使し、一度使った水の98%を再利用できるようにした。シャワーだと、通常2人で使い切ってしまう量(100L)で、100人が浴びることができる計算だ。

そんな「虎の子」の技術を開発する場所になっているのが、LACだ。北川力社長は「会員は企業も個人も先進的なアーリーアダプターが多いので、そのフィードバックは参考になるはずです。同時に現状の水インフラに不安を感じている山間部など地方の人たちからの問い合わせも多く、LACがその議論の場になると思っています」と語る。

この技術はLACの運営にも役立てる予定。LACはオフィスだけでなく、電気や水道などのインフラも独自に提供することを目指しており、北川社長は「家庭単位で使える分散型の水インフラ構築を目指しており、LACを実現するのに役立つ」と語る。

WOTA BOXを使ったシャワー設備をトレーラーハウスに組み込む作業が続いており、近々LACの拠点でお披露目される予定だ。

WOTA 代表取締役/CEOの北川 力氏。石川高専から筑波大、東大大学院へと進む。水に関わる研究を続けており、水処理技術から上下水道整備計画まで幅広い領域に詳しい。WOTAでは、熊本地震、西日本豪雨災害、それぞれの被災地でのシャワーの無償提供などにも取り組んだ