「STEAM教育」の旗振り役を狙う深圳発のベンチャー。Makeblockが日本で夢見る「なんでも実現できる世界」

世界140か国以上に展開する深圳のMakeblock。日本は重要な市場だが、立ちはだかる壁もある。

STEAM(スティーム)教育が、日本の教育現場で徐々に注目され始めている。

きっかけは小学校では2020年度から始まる新しい学習指導要領だ。「プログラミング」が必修化され、子どもたちはIT機器への習熟と論理的な思考力が求められることになる。

STEAM教育は、そのプログラミングに親しみながら、さらに数学や芸術など広い範囲への感性を養えるとして期待されている。欧米では定着しているところもあるが、日本ではまだこれからだ。

中国・深圳のベンチャー企業・Makeblockは、このSTEAM教育用のロボットなどを開発・販売し世界140以上の国や地域に販路を広げる成長ぶりを見せている。

この企業は今、日本を重要なターゲットとして見ている。STEAMとはそもそも何なのか?日本での実態と戦略はどのようなものか?日本法人のトップ・菊池裕史カントリーマネージャーを訪ねた。

菊池裕史・カントリーマネージャー
菊池裕史・カントリーマネージャー
Fumiya Takahashi

■STEAM教育とは?

そもそもSTEAM教育とは、5つの要素を横断的に取り入れ、課題を解決する方法を養うことだ。その要素は次の通り。

S・・・Science(科学)

T・・・Technology(技術)

E・・・Engineering(工学)

A・・・Art(芸術)

M・・・Mathematics(数学)

「これらの要素を分割しないで、包括的に扱うのがSTEAMの特徴です」と菊池さん。

例えば、小学生が身近な地球温暖化について調べ、クラスで発表するのも立派なSTEAM教育だという。

「毎日、校庭の温度を測るときに、温度を測ってくれるようなプログラムを書いて、データを解析するときに数学が入ってくる。みんなに発表するときに、データを可視化するための模造紙のデザインをどうしよう、というときにはアートの感覚が重要になってきますよね」(菊池さん)

大切なことは、目標(ゴール)を設定して、それをクリアするための過程(プロセス)を組み立てること。プログラミングの技術自体は、それを達成するための一つの手段という位置付けだ。

■実際に遊んでみた

Makeblockは、そのSTEAM教育に必要な素養を遊びの中で養うための製品を製造・販売するベンチャー企業だ。2013年に中国・深圳で王建軍(おう・けんぐん)CEOが設立し、これまでに世界140以上の国や地域で販売されるまで成長を続けた。モノづくりの力で急速に発展した深圳の「創業者ドリーム」を叶えた企業と言えるが、積極的に海外展開を進めているのは特徴的だ。

日本に拠点を設立したのは2016年。未上場のため具体的な数字は非公表だが「毎年、倍々のペースで成長をしています。何倍かは言えませんけどね」と順調さをうかがわせる。

主力製品の一つが、おもに未就学児向けに作られた「mTiny(えむたいにー)」だ。パンダをモチーフにしたタイヤ付きの四角いロボットと、すごろくのようなマップ、それに「→」や「×4」などが書かれたカードがセットになっている。

mTinyと付属のマップ
mTinyと付属のマップ
Fumiyan Takahashi

マップには「病院」や「ご飯屋さん」などがそれぞれのマスに描かれている。パンダにこのうえを移動させて遊ぶのだが、その方法がユニークだ。

付属のスティックで「→」を読み込ませると、パンダがその通りに動く。「×4」なら4回その指示を繰り返すのだ。カードによっては、旋回させたりパンダの表情を変えることも可能だ。

「スタートとエンドのカードもあります。スタートを押してから複数の指示を出すと、エンドを押したときに一気にそれを実行します。病院からご飯屋さんまで行くにはどのカードを、どの順番に並べればいいか、などを論理的に考えるわけです」(菊池さん)

記号のカードになっているため指示がわかりやすい。実際のプログラミングも、順序と条件などを決めて指示を出し、それを実行させるので、原理は一緒だ。mTinyはそれを極端にシンプルにさせたもののようだ。

小学生になると、より本格的なものに近く。用いられるのはCodey Rocky(こーでぃ・ろっきー)と呼ばれるロボットだ。

Codey Rocky
Codey Rocky
Fumiya Takahashi

先ほどのmTinyはカードを使って動かしたが、今度はパソコン上の画面で指示を作っていく。mBlockと呼ばれる専門のプログラミング画面で、「速さ50%で1秒右折」などといった指示内容を画面から上に並べていく。そのまま画面を切り替えて、Python(パイソン)という実際のプログラミング言語で指示することも可能だ。

旗マークが押されると、右方向に一回転(4回右折)する
旗マークが押されると、右方向に一回転(4回右折)する
Fumiya Takahashi

■課題は「子供の時間」

Makeblockは、家庭やプログラミングなどの塾、それに学校などに販路を広げてきた。「教育委員会が、授業に取り入れるため自治体単位で買うこともあります」と菊池さん。

国内市場で特に競合は意識していないというが、成長には課題もある。

例えば小学生ならば、下校してから塾へ行ったり、YouTubeを見たり、もちろん食事や睡眠もある。自由に使える「可処分時間」は限られており、Makeblockは他業種とそのパイを奪い合うことになる。同じ教育分野でも、新型コロナウイルスの影響でオンライン教育サービスが注目され始めている。

「オンライン教育は、中国では学校が閉まった影響でどんどん普及しています。この状況が続くと、家庭でどのくらい学べるようになるかがすごく大事なポイント。うちの製品でプログラミングを学んでいただければいいですが、NHKの番組や、YouTubeのような楽しいものが選ばれる可能性もあります」

もう1つの壁が受験システムだ。 論理的な思考力を鍛えるよりも、差し迫った受験を優先し、保護者が受験対策に学習塾などを選ぶ可能性もある。菊池さんは、日本の受験システムが変わってほしいと考えている。

「日・中・韓など北東アジアは知識偏重型のテストになっているので、塾に通わせる保護者は多いと思います。個人の好みですが、思考力が注目されるといいなと思います」

■成長できる環境を作る

Makeblockは、自分たちの製品がより売れる環境を作り出すために、市場に変化を促そうとしている。その1つが東京大学との研究協力だ。日本でのSTEAM教育の導入などについて調べる研究室に、海外での事例や研究資金などを提供する。

さらに、現場の教員への支援も行う。小学校の場合、担任教師が全ての科目を受け持つのが一般的。英語が必修化され、さらにプログラミングも、となると重荷になりかねない。

Makeblockにとって、教員の負担削減は生き残りのためには至上命題。「課題であり、取り組まないといけない」と教員向けのオンライン研修などを無償で実施している。

その先に見据えるのは、頭の中に描いたアイデアを具現化できる世界だ。好みの音や色を出しながら走る救急車やブルドーザー...なんでもいい。思い描いたもの(ゴール)を実現できる思考力と技術を広めていく。

「レーザーカッターなども販売して、素材を切り取って物自体も生み出せるようにしています。プログラミングは音を光を出すなど、ソフト面で重要ですが、それだけでなくSTEAM全般をサポートできる。このバリューがどれだけ日本の皆様にお伝えできるかが勝負だと思っています」

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