メディアと表現
2019年08月09日 12時47分 JST

「日本人として扱ってくれない」 ミックスルーツの女性が日本社会に感じてきたこと

日本とフランスにルーツを持つ女性が、テレビ番組のスタッフを名乗る人から「外国人」として出演を打診された。その経験から感じたこととは。

JUN TSUBOIKE/ HUFFPOST JAPAN
えりささん

日本とフランスにルーツを持つ女性が、テレビ番組のスタッフを名乗る人から「外国人」としての番組出演を打診された。

女性は、そのやりとりの中で感じた「ミックスルーツの人を日本人として扱わない」という事は、日本社会の中で感じ続けてきたことでもあったと話す。

 

■「外国人」と私を表現されるのは違う

7月上旬、ヘアモデルとして活動するえりささんのインスタグラムに、テレビの制作会社を名乗るアカウントからダイレクトメッセージ(DM)が届いた。 

民放のあるバラエティ番組の出演者を募集しているという内容で、DMには「番組への出演にご興味を持っていただける日本に住む外国人の方を探しております」と書かれていた。

えりささんは、母親は日本人で、父親はフランス人。えりささんは日本で生まれ育った。インスタグラムのプロフィール欄には日本とフランスの国旗の絵文字と共に「ハーフというかミックス」との説明をつけ、ミックスルーツであることを明らかにしている。 

そのDMに対し、えりささんは、「わたしは日本とフランスのハーフです外国人ではありません」と返事をした。

その後のやりとりの中で、相手は「(出演は)ハーフの方でも対象」と説明。その上で、「外国人」と表記する定型テロップは「作り変えることが出来ないので、予めご了承ください」などの説明が続いた。

えりささんは、「『外国人』と私を表現されるのは違う」と考え、依頼を断った。 

ハフポストは、えりささんの許諾を得た上で、このDM上のやりとりについて事実確認をすべくその民放局に取材をした。同局は「番組制作や交渉の過程については、原則お答えしておりません」と回答し、それ以上は明らかにしなかった。

一方で、同時にハフポストが聞いた「貴番組では、従前から日本にルーツを持つハーフの方を『外国人』として紹介したり、『外国人』というテロップを入れたりしてきたのでしょうか」という質問に対しては、「当番組には、ハーフの方も出演されていますが、アイデンティティやご意向を尊重し、事前にご納得の上で出演していただいております」との回答があった。

■「日本人として扱ってくれない」

「日本人として扱ってくれない」

これは、えりささんが今回のやりとりだけでなく、子どもの頃から生活の中で感じてきたことだった。

「日本語が上手ね」

「何かあったら、どの国を応援するの?」

こういった言葉を何度となくかけられてきたという。

小学校では「英語人」とからかわれ、アルバイト先では「定住証明書を出して」と言われたり、日本語で話しているのに相手が英語で答えてきたり、意見を主張すると「やっぱり外国人なんだね」と言われたり…といった経験を重ねてきた。

そのたびに「私は外国人だと思われている」「顔が『外人』だと、外国人として扱われる」と感じてきた。 

「日本では、ハーフの人が置かれている状況や、日本で育つ外国人もいること、帰化している人がいること、国籍に関する問題などを知らない人、関心がない人が多いと感じます」

■テレビの描く「ハーフ像」が与える影響

JUN TSUBOIKE/ HUFFPOST JAPAN
えりささん

えりささんはこれまでも、テレビ番組で、日本に長く暮らすミックスルーツの人が「外国人」の立ち位置でコメントを求められる場面などに違和感を感じてきた。 

そういった「外国人扱い」の他にも、テレビでは、ミックスルーツの人を「残念な存在」などのステレオタイプで表現することがあるとも、えりささんは感じているという。

ミックスルーツの芸人が「英語ができない」ことを「笑い」にしている場面が放送されているのを見ると、「日本で生まれ育った人なら普通のことなのに、それを『残念なこと』と表現されている」と辛くなるという。

また、「ハーフは、タメ口で話す」というような演出もテレビでは多いと感じているという。

えりささん自身も生活の中で、「英語はしゃべれるの?」「どうして英語をしゃべれないの?」などと聞かれたり、敬語を使うと「タメ口じゃないんだね」と驚かれたりする時に、テレビの影響を感じている。

「テレビでやっているのと同じような質問をされてきた。テレビの影響・刷り込みを感じます。テレビは、『誰が見ても嫌な思いをしない、面白いもの』を作ってくれればいいはずなのに、誰かが面白がるために私たちのキャラクターが作られていると感じます」

 

取材を終えて

えりささんは、「テレビでやっているのと同じような質問をされてきた」という話の中で、こう問いかけた。

 

「『これをやってもいい(これを聞いてもいい)』という価値観は誰かが作ってますよね」

 

テレビをはじめとしたメディアや、私たちが生活の中で作ってきたミックスルーツの人たちに対する先入観は、当事者の生き方を型にはめ、苦しめてきた部分があると考えさせられた。それは同時に、相手を「個人」として知る機会も失ってきたということではないだろうか。

 

日本国外で生まれ育ち、就職を機に両親の母国である日本で生活するようになった記者(坪池)も、個人的にえりささんの経験に共感する部分があった。

 

記者は「日本的」な名前であり、この国における「マジョリティ」に当てはまるであろう容姿なので、相手は「当たり前」に「日本人」ととらえる。だが、記者が外国で育ったことが分かると、相手の態度が変わり、「外国で育ったから○○な性格なんでしょう」「日本人なら○○をしない」などの先入観にさらされることがある。

 

今の社会では、共に暮らす人々の経験やルーツは多様化している。当事者を主語とした発信が尊重される社会であって欲しいと思う。(坪池順、湊彬子)