名護市長選の分析~辺野古反対派はなぜ敗北したのか?~

今回の選挙で翁長知事は、地元の民意という大義の源を失った。
名護市長選挙で敗北が確実となり、厳しい表情の稲嶺進氏(右)。左は沖縄県の翁長雄志知事=4日夜、沖縄県名護市
名護市長選挙で敗北が確実となり、厳しい表情の稲嶺進氏(右)。左は沖縄県の翁長雄志知事=4日夜、沖縄県名護市
時事通信社

2月4日の名護市長選で、普天間基地の辺野古移設に反対してきた「オール沖縄」の稲嶺現市長が敗れた。前回(2014年)選挙では、移設容認の候補を4000票以上の差をつけ圧勝したが、今回は逆に約3500票の大差をつけられ落選したのである。

昨年秋まで楽勝すると予想されていた稲嶺氏がなぜ大逆転を許したのか。本稿では、勝敗を分けた要因を考える。

まず第一に、公明党が渡具知候補を推薦し、フル回転したことが挙げられる。辺野古移設に反対の公明党沖縄県本部に配慮して、渡具知氏は「海兵隊の県外・国外移転を求める」政策協定を同党県本部と結び、公明党が渡具知氏に全面的に協力する環境が整った。前回公明票の60%前後が稲嶺氏に流れたとされるが、今回は約90%が渡具知氏に投じられたと見られる。加えて、前回は自主投票であった維新の会も、今回は渡具知候補を推薦した。名護市の公明票が2000~3000、維新は1000~1500と言われるので、公明・維新支持層の票の変動だけで、稲嶺氏と渡具知氏との間の差は一挙に縮まったと推測される。

第二に、名護市民の中に「辺野古疲れ」が見られることである。辺野古への移設工事は大幅に遅れてはいるが、着々と進んでいる。反対派地元民の多くは高齢化し、徐々に運動から離れていった。移設反対運動を担ってきたリーダーたちの中にも、「そろそろ結着をつけて欲しい」と漏らす人も出てきたほどである。市長選と並行して行われた名護市議補選の結果も、1997年以来20年間に及ぶ辺野古移設反対運動に疲れ果てた市民の気分を象徴するものであった。反基地活動家として有名な安次富浩氏が、団体職員の無名の女性候補に大差で敗れたのである。

第三に、近年の観光ブームに沸く沖縄の中にあって、取り残されたと感じる名護市民の間に、「基地問題」より「生活」への取り組みを求める声が高まってきたことが挙げられる。「生活」問題の中には、景気対策の他、生徒の給食費問題やごみ問題、上下水道の未整備、医療体制の遅れなどが含まれる。そして、渡具知後援会会長の宮里達也氏は、北部医師会副会長であり、県福祉保健部長、北部福祉保健所長を歴任し、県の医療問題だけでなく、福祉や保健衛生、飲食業などに精通しており、人望もある。宮里氏のような人物が渡具知氏陣営の中心に座ったことで、「基地問題」の稲嶺、「生活」の渡具知というイメージが作られたことも、稲嶺氏への逆風になった。

第四の要因は、「オール沖縄」のまとまりの無さである。「保革相乗り」と言われ、多様な立場のグループが集った同陣営は、新左翼系から共産党、社民党、ローカル政党の社会大衆党、自由党、リベラル系文化人や知識人、さらには金秀、かりゆし、沖縄ハムなどの有力企業グループの経営者たちなどの寄せ集めである。それぞれの主張の隔たりは大きい。

問題は、全体を束ねる司令塔が存在しないことである。つまり、「オール沖縄」とは、ゆるいネットワークにしか過ぎず、各グループは独自に運動方針を立てる。そのため、統率の取れない場面も出てしまう。

前回より接戦になるとの情報があったため、今回の選挙運動では、共産党が全国から大量の運動員を名護市に投入した。彼らは名護市の地域事情をほとんど知らず、地元の稲嶺後援会メンバーとの意思疎通も十分でなかった。ビラまきなどのサポート役を超えて、路上での呼びかけから戸別訪問まで行った。だが、共産党運動員の「空気を読まない」選挙運動は、自分の意見を明快に述べたがらない名護市民から歓迎されなかった。余りにも頻繁に訪れる運動員たちに「帰れ、二度と来るな」と怒鳴る人も出てきたほどである。

このような異様な状況を危惧する稲嶺陣営関係者は多かった。だが、稲嶺後援会会員の高齢化と人手不足に悩む陣営は、強力な組織を持つ共産党に依存せざるを得ず、同党に強く物申すことができなかったという。

今回の名護での選挙で起きた事態に、共産党の体質が図らずも露呈している。名護市の事情に詳しい地元関係者の指示に従って動くのではなく、党中央から派遣された幹部の命令で動く中央集権型の活動は、自主的で柔軟な草の根運動とはかけ離れたものである。名護市民がしつこい選挙運動に辟易し、「この選挙は私たちの(名護の)選挙なのだ、放っといてくれ」と感じたのも無理はない。

稲嶺陣営の中で共産党が極端に目立ったため、「稲嶺=共産党」というイメージすら作られてしまい、稲嶺氏の支持者がかなり減ったのではないかと言われている。

第五に、応援弁士の質と情報拡散力の差を挙げたい。

各党の最高幹部クラスが名護入りした中で、名護市民を最も惹きつけたのは小泉進次郎自民党筆頭副幹事長である。告示後、1月31日(水)には自民党の若手スター議員を一目見ようと、3カ所の会場には溢れんばかりの人が集まった。特に若者と女性の姿が目立ち、会場すべてをタクシーで回った中年女性の「追っかけグループ」も現れたという。演説に酔いしれた聴衆の中には、演説直後、そのまま期日前投票に向かった人も多く、投票所には行列ができた。

小泉氏の演説は、名護市民を悩ますゴミ問題から入り、目の前に見える地元の高校名や中学名に触れ、さらに名護市の魅力や名産物などを列挙するなど、市民にとって聞きやすく、心地よい内容であった。一方の稲嶺陣営側の志位和夫共産党委員長や福島瑞穂元社民党党首らの話は、基地問題に終始し、安倍政権との対決を叫ぶものであり、「辺野古疲れ」が見える名護市民にとっては、さらに疲れを倍加させる内容だったのかもしれない。

1月30日までは、選挙情勢はかなり拮抗したが、1月31日の小泉演説を境に渡具知候補が優勢に転じたとの見立ては多い。自民党は駄目を押すように、選挙投票日前日の2月3日(土)に進次郎氏を再度名護入りさせている。

六つ目の要因として、若い世代の動向とSNS効果がある。沖縄テレビ(OTV)の出口調査によれば、60歳以上は稲嶺氏、10代~60歳までは渡具知氏と、世代によって支持層がきれいに分かれた。稲嶺氏は「基地問題」より「生活」や就職に関心のある若者に、最後まで浸透できなかった。

また、高齢者中心の稲嶺陣営は、概してSNSが苦手である。一方の渡具知氏を応援する若者たちはSNSを駆使し、訴えを拡散した。効果的だった例は、先述した小泉進次郎演説の情報拡散であった。小泉来訪の情報を得た中学生や高校生が親を連れて会場に駆けつけるケースが多かったと言われるが、それは小泉ブームを起こし、その光景をまたSNSが拡散するというサイクルを生み出した。

七つ目の要因として、稲嶺候補がパンダ誘致を公約に掲げたことがある。沖縄本島北部の最大の観光名所「美ら海水族館」を目ざす観光客は、めぼしい観光資源がない名護市を素通りしてしまう。そこで稲嶺陣営はパンダ誘致を打ち出したのであろうが、この公約の評判は悪かった。

パンダ誘致先として候補に挙がった名護市のネオパークは、経営難に悩む貧弱な動物園である。年間計数億円とも言われる飼育料やレンタル料を、財政難の名護市がどのように準備できるか具体的な説明はなかった。誘致を呼びかけた発起人には「オール沖縄」関係者が並び、野生動物や動物園の専門家は見当たらない。稲嶺候補は、名護で多数の聴衆を集めた小泉進次郎氏を「客寄せパンダ」と皮肉り、「我々は本物のパンダを呼ぶ」と語った。しかし、「シャンシャン」ブームにあやかった、選挙目当ての「票寄せパンダ」と言われても仕方がない。「パンダより子供の給食が先だ」との声も上がった。

また、稲嶺後援会関係者たちの多くも、パンダ誘致の経緯を知らされておらず、寝耳に水だったという。まさに稲嶺陣営の「迷走」であった。

第八の要因は、稲嶺陣営の慢心である。

一昨年の県会議員、参議院議員、さらには昨年秋の総選挙などの全県レベルでの選挙では、「基地問題」が争点となり、「オール沖縄」が勝利を重ねた。その背景に、米軍属による女性殺害、オスプレイやヘリの事故、米兵の飲酒運転など、米軍がらみの事件・事故が相次いだことがあったと言える。選挙告示直前には、国会で米軍機の事故などをめぐる質問に対し松本文明内閣府副大臣(当時)が「それで何人死んだんだ」とヤジを飛ばして、沖縄県民があきれるというオマケまでついた。

辺野古を抱える名護市は、反基地運動の最も重要な地域である。しかも、前回選挙で稲嶺氏は圧勝している。「無名の市議でしかない渡具知ごときに、稲嶺が負けるはずはない」という雰囲気が陣営内に広がっていた

だが、冷静に2014年の選挙を振り返ると、稲嶺氏にとって偶然好条件がそろっていたため圧勝できたと言える。まず、自民党の候補者選びが迷走し、選挙運動に大幅に乗り遅れた一方、現職の稲嶺氏は選挙体制を早くから整えることができた。また、選挙直前に、仲井眞知事(当時)の埋め立て承認が県民の怒りに火をつけたし、公明党と維新の会も自主投票であった。しかし、今回の状況は全く異なる。

稲嶺陣営が油断した理由として各種世論調査の結果を挙げる人もいる。この数年間、どのメディアの世論調査でも、辺野古移設反対が一貫して60~70%を占めてきた。今回の選挙での出口調査でも同様の傾向が見られる。これだけ辺野古移設反対の世論があれば、辺野古という現場のある名護市の選挙では絶対勝てる、という感覚が生じてもやむを得ないかもしれない。

だが、一般に、沖縄における「基地問題」に関する世論調査や出口調査の回答拒否率はかなり高い。意見を言いにくい社会環境があるためであろう。その事実を勘案すると、得られた回答に基づく世論や情勢の分析が果たして事実を反映しているのかどうかは検討の余地がある。今回の選挙の出口調査で稲嶺氏が優勢とされたにもかかわらず、開票結果が逆になったことは、その証左である(例えば、共同通信、琉球新報、沖縄タイムス共同の投票日の出口調査では回答拒否率が49.7%に上る)。

沖縄の世論調査や出口調査の結果を分析する際に、有権者が置かれている状況を常に念頭に置く必要があるであろう。特に名護市のように、コミュニティに様々な力が作用し、激しい対立を生み、その対立が友人関係は言うに及ばず、親せき関係や家族関係まで歪めてきた地域にあっては、親しくない人間には、容易に心を開かない人が多い。それを踏まえて調査データを特別な注意を払って分析すべきである。

ここまで、今回の名護市長選挙で勝敗を分けた要因を詳しく見てきた。最後に、稲嶺氏が大敗したとはいえ、実は意外に善戦したことを指摘したい。

上に挙げたような稲嶺候補にとっての悪条件が重なれば、地滑り的大敗北(例えばダブル・スコアでの落選)を喫しても不思議ではない状況であった。にもかかわらず、稲嶺候補は45%の票を得た。その事実は、いまだに名護市民、沖縄県民の間に、「沖縄基地問題」における安倍政権と在沖縄米軍の姿勢に根強い反発があることを示している。松本文明議員のヤジに見られるように、本土の政治家と国民の沖縄理解は極めて不十分であることは、今も沖縄県民を苛立たせているのである。

いずれにせよ、今回の選挙で翁長知事は、地元の民意という大義の源を失った。知事が必ず実施すると公言してきた「埋め立て承認の撤回」という最後の抵抗手段は、その根拠を失い、宙に浮く可能性がある。今後の焦点は11月に予定される県知事選挙であるが、情勢は厳しい。自民党側がいまだに候補者を決められないでいることが、翁長氏にとって唯一の救いであるが、それがいつまでも続く保証はない。

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