「存立危機事態」は存在するか 中谷元・前防衛相VS木村草太・首都大学東京教授

中谷元・前防衛相と木村草太・首都大学東京教授(憲法学)にお越しいただき、安保法制をめぐる問題点と課題を徹底討論したいと思います。

中谷元・前防衛相(左)と木村草太・首都大学東京教授

国民の理解が広がらない中、本格運用が進む

国論を二分した安全保障関連法が昨年9月に成立してから1年以上の時間が流れました。集団的自衛権の行使を認める安保法制が整備されたことを受けて、政府は本格運用に向けた準備を進めています。

その一方で、安保法制についての国民の理解はいっこうに広がらず、安保法に対する違憲の疑いも払拭(ふっしょく)されてはいません。リベラルや保守という考え方や立場の違いを超えて、安保法制の全体像や細部のあり方、自衛隊の今後の運用の仕方などに依然として不安が強く残されているのです。

そんな中、政府は安保法を運用段階へと移行させるべく、11月20日に陸上自衛隊を南スーダンでの国連平和維持活動(PKO)に派遣しました。南スーダンPKO派遣部隊には、NGO職員らが武装集団に襲われた際に武器を持って助けに行く「駆けつけ警護」も新たな任務として付与しました。

南スーダンの情勢については、10月25日に政府からこんな文章が発表されています。

「現在も、地方を中心に、武力衝突や一般市民の殺傷行為が度々生じている。首都ジュバについても(中略)今後の治安情勢については楽観できない状況である。政府としても、邦人に対して、首都ジュバを含め、南スーダン全土に『退避勧告』を出している。これは、最も厳しいレベル四の措置であり、治安情勢が厳しいことは十分認識している」(「派遣継続に関する基本的な考え方」)

自衛隊員の今後が非常に懸念されるといわざるをえない状態です。

そこで今日は、中谷元・前防衛相と木村草太・首都大学東京教授(憲法学)にお越しいただき、安保法制をめぐる問題点と課題を徹底討論したいと思います。(司会は松本一弥・WEBRONZA編集長)

戦後日本の政策を大きく転換

反対する野党議員に囲まれる中、安保関連法案を委員会採決する浜田靖一委員長(中央右)=2015年7月15日

松本 最初に、これまでの議論の流れをざっと振り返っておきたいと思います。

安全保障関連法は、安倍政権のもと、2015年9月の通常国会で自民、公明両党が採決を強行し、成立しました。集団的自衛権の行使を認める改正武力攻撃事態法などの10法を束ねた一括法「平和安全法制整備法」と、自衛隊をいつでも海外に派遣できる恒久法「国際平和支援法」の2本で構成されています。

昨年9月の成立を経て、安保法は今年3月29日に施行されました。

自衛隊の海外での武力行使や、米軍など他国軍への後方支援を世界中で可能としており、戦後日本が維持してきた「専守防衛」の政策を大きく転換したわけです。

戦後の政権は、一貫して集団的自衛権行使を認めてきませんでした。また、これまでの政府解釈では、日本が「自衛の措置」として武力を使えるのは、日本が直接攻撃を受けた場合に限定してきました。

しかし、改正武力攻撃事態法に盛り込まれた「武力行使の新3要件」(キーワード)は、日本が直接攻撃を受けていなくても、密接な関係のある他国が攻撃され、日本の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある場合(存立危機事態)であれば、集団的自衛権を使った武力攻撃を認めたのです。

◆キーワード

<武力行使の新3要件>集団的自衛権を使う際の前提条件

(1)密接な関係にある他国への武力攻撃が発生し、日本の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある(存立危機事態)

(2)我が国の存立を全うし、国民を守るために他に適当な手段がない

(3)必要最小限度の実力行使にとどまるーーの3点からなる。

このようにして安倍政権は従来の憲法解釈を変え、集団的自衛権の行使を認めて安保法制を作りましたが、日本の自衛隊が具体的にどんな局面で何をどこまでできるのかについてはあいまいな部分が残されています。

今日は、集団的自衛権の行使要件として新たに盛り込まれた「存立危機事態」とは何か?という点を中心に、それ以外の様々な論点も含めて改めて議論したいと考えています。「存立危機事態」をめぐっては、昨年の国会審議を通じて政権側の答弁があいまいで、疑問点が解消されたとはいえない状態が今日まで続いているからです。では、木村さんから発言をお願いします。

「存立危機事態」とはそもそも何か?

木村 安保法制の成立を受けて自衛隊法76条第1項が改正され、第2号が付け加わり、「存立危機事態」での防衛出動が可能になりました。

第六章 自衛隊の行動 (防衛出動)

第七十六条 内閣総理大臣は、次に掲げる事態に際して、我が国を防衛するため必要があると認める場合には、自衛隊の全部又は一部の出動を命ずることができる。この場合においては、武力攻撃事態等及び存立危機事態における我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全の確保に関する法律 (平成十五年法律第七十九号)第九条 の定めるところにより、国会の承認を得なければならない。

一 我が国に対する外部からの武力攻撃が発生した事態又は我が国に対する外部からの武力攻撃が発生する明白な危険が切迫していると認められるに至つた事態

二 我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある事態

2 内閣総理大臣は、出動の必要がなくなつたときは、直ちに、自衛隊の撤収を命じなければならない。

木村 私がわからないのは、この条文の第2号、「我が国の存立が脅かされ」るという場合の、「存立」という言葉の意味です。これはどのように定義されているのでしょうか?

中谷 存立は、言葉の通りの意味でありまして、「存在し、成り立つこと」です。そして、存立危機事態は、法律に書いてある通りでして、密接な関係にある国に武力攻撃が発生し、「これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある状態」ということです。これは、そのままでは、すなわち、その状況の下、武力を用いた対処をしなければ、我が国が武力攻撃を受けた場合と同様な深刻・重大な被害が国民に及ぶことが明らかな状況であります。

木村 この条文の構造には三つの条件があると私には読めます。一つ目は「我が国と密接な関係にある他国に対する攻撃」があった場合、二つ目は「我が国の存立が脅かされ」ること、三つ目が「国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある事態」です。

しかし今の説明だと、②と③の条件の違いがはっきりしません。何があると国家の存立が脅かされるのかという点が不明確です。「我が国の存立」という言葉に意味はないということですか?

中谷 「我が国の存立」の意味としては、当たり前ですが、先ほど述べたとおり、我が国という国家が存続し、成り立つということでして、これが、我が国と密接な関係にある国に対する武力攻撃が発生することで、「脅かされる」ということです。

木村 「存立」という言葉は、国民の権利とは別に国家全体にかかわることで、②は独立して意味がある文言であるべきだということを指摘したいと思います。

近代国家とはつまり主権国家のことです。その意味で、集団的自衛権を行使できるかどうかは、「我が国の主権に対する侵害があるかどうか」で認定されるべきではないでしょうか?

中谷 「国の存立」は、国民の権利とは別であるということですが、確かに国家としての主権の問題もあると思いますので、そのように考えて頂いてかまわない場合もあると思います。私としては、条文上にある国民の様々な権利が根底から覆されるような状況も、「国の存立」に影響すると捉えております。

どちらにしても、国家が存立の危機に陥らないように対処するということがとにかく重要ですので、密接な関係国に対する武力攻撃によって、「我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある」という事態を設けました。

「極めて例外」な事態とは?

松本 昨年9月17日にまとまった安保法制の付帯決議の中には、「存立危機事態に該当するような状況は、同時に武力攻撃事態等にも該当することがほとんどで、存立危機事態と武力攻撃事態等が重ならない場合は、極めて例外である」と書かれています。

また、安保法制の法案策定にかかわった政府関係者の中には「存立危機事態という状況は実は存在しない」と話す人もいます。「いや、そんなことはない」と否定されるのであれば、ぜひ具体的な事例を挙げて下さい。

中谷 具体的な例を包括的に示すことはできませんが、あえて言えば、例えば、我が国周辺で、我が国と密接な関係にある国、米国に対して武力攻撃がなされたとして、その時点では、まだ我が国に対する武力攻撃が発生したとは認定されないものの、攻撃国は、我が国をも射程にとらえる相当数の弾道ミサイルを保有していて、その言動などから我が国への武力攻撃の発生が差し迫っている、といった状況であり、そのような状況の下、米国の弾道ミサイル対応の艦艇に対する武力攻撃を早急に止めなければ、我が国が武力攻撃を受けた場合と同様な深刻、重大な被害が及ぶことが明らかな場合が挙げられます。

木村 日本への武力攻撃の着手がないにもかかわらず、「日本の存立が脅かされている」と認定していいのでしょうか?

中谷 上のような状況下において、我が国に対する武力攻撃の発生を待って対処するのでは、弾道ミサイルによる第一撃によって取り返しのつかない甚大な被害が及ぶことになる明らかな危険がある場合には、「我が国の存立が脅かされている」と言えます。まさに、我が国への武力攻撃はなされていませんが、武力攻撃を受けた場合と同様な深刻、重大な被害が及ぶおそれがあるのです。このような事態を存立危機事態と定義し、武力の行使を可能としました。

「一つのレーダーだけでは対処できない」

松本 公海上で弾道ミサイルの対応にあたる米艦に対しては、「米艦のイージス艦が持つ高性能のSPY1レーダーの性能の高さなどからして、自衛隊による防護が必要ないのではないか」との指摘もあります。米軍のイージス艦は通常、複数で活動している点も踏まえると、自衛隊の助けは必須ではなく、米艦防護は米艦自身で対応できるということになるのではありませんか?

中谷 一つのレーダーだけでミサイルに対処することはできません。例えば、宇宙空間には米国の早期警戒衛星(DSP)が上がっていまして、相手のミサイルが発射される瞬間を感知して早急に日本に通報してくれています。

このほかにも、地上レーダーである「ガメラレーダー」(FPSー5)や、イージス艦に搭載されたレーダーを始め、日米間で弾道ミサイルをとらえるレーダーがたくさん配備されているなど、どこで発射されても大丈夫なように警戒する複数のレーダーが必要なのです。その点、日本のレーダーだけでは限界があるので、日米で協力して対処しなければなりません。

松本 しかし、仮に米軍のイージス艦が相手のミサイル攻撃を受けて被害が出たとしても、弾道ミサイルを打ち落とす機能を備えた複数のBMD艦が神奈川県横須賀沖などに展開しています。「一部の米艦が攻撃された」というだけの事実でもって、日米の弾道ミサイル防衛システム全体が崩壊の危機に直面し、それが即座に日本の「存立危機事態」を招くというシナリオは極論ではないですか?

中谷 「一部の米艦が攻撃された」との事象だけをもって、即座に存立危機事態を認定するわけではありません。存立危機事態の認定については、個別具体的な状況に即して、政府が全ての情報を総合して客観的、合理的に判断します。主に、①攻撃国の意思、能力、②事態の発生場所、③事態の規模、態様、推移などの要素を総合的に考慮し、我が国に戦禍が及ぶ蓋然性と国民が被ることとなる犠牲の深刻性、重大性などから客観的、合理的に判断することとなります。

すなわち、先ほどの弾道ミサイルのケースは、すべからく存立危機事態になるというわけではなく、存立危機事態に「該当し得る」例として挙げたまでです。

我が国が早急に対処しないことで生じる米国の弾道ミサイル防衛システムの崩壊によって、我が国に取り返しのつかない甚大な被害が及ぶ明らかな危険が存在するケースは、あり得ると言っているまでです。逆に言わせて頂ければ、そのようなケースが絶対にないとは誰が断言できるのでしょうか。

松本 今の説明をうかがっていると、要はケースバイケースで、実際に起きてからでなくてはわからないという感じがしますね。「政府がすべての情報を総合して客観的かつ合理的に判断する」といわれても、それでは政府に対する事実上の丸投げの域を出ないのではないでしょうか? これまでの説明を聞いて、「なるほど『存立危機事態』」が具体的にイメージできるようになった」とは残念ながらやはり言えないと思います。

木村 確認させていただきたいのですが、すべての米艦に対する攻撃が日本の「存立危機事態」にあてはまるわけはないですね? 「存立危機事態」にあたるとして日本が防衛出動を検討する場合、日本の防衛に協力している米艦への攻撃が対象になるとして、その米艦防護の範囲はどうやって判断するのですか。

またその際、その米艦への攻撃が、日本に対する武力攻撃への着手にあたると認定できる場合でないと、本当はこの「存立危機事態」の条文も使えないのではないでしょうか。

中谷 米国に対する武力攻撃が発生するすべてのケースが、存立危機事態になるわけでは当然ありません。また、存立危機事態を認定した後でも、米国に対する武力攻撃の全てに対処するわけではありません。すでに存立危機事態が認定されているとして、「存立危機武力攻撃」、これは条文上、「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃であって、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険があるもの」と規定されていますが、これを排除するために、武力の行使の新たな三要件を満たす限りにおいて対処することとなります。「存立危機武力攻撃」が排除できれば、対処は終わりです。

「憲法違反ではないか」

木村 「存立危機事態」という概念は1972年の政府見解にも出てきますが、この時は「存立危機事態」だと認定できるのは我が国が武力攻撃を受けた場合に限られると明言しています。

だとすると、72年見解と矛盾せずに「存立危機事態」を認定できるのはやはり、日本が武力攻撃を受けた場合に限定されなければおかしい。にもかかわらず今回の「存立危機事態」条項は、日本への武力攻撃の着手がない段階での武力行使を根拠づけるものとなっていて憲法違反だと考えます。

中谷 平和安全法制では、「限定的な集団的自衛権」の行使を容認しましたが、昭和47年の政府見解で示されている憲法解釈の基本的な論理を変えるものではないため、憲法違反との指摘は当たりません。

我が国を取り巻く安全保障環境が客観的に大きく変化していることは理解していただけると思いますが、この現実を踏まえて、従来の憲法解釈との論理的整合性と法的安定性に十分留意し、昭和47年の政府見解における憲法第9条の解釈の「基本的な論理」の枠内で、国民の命と平和な暮らしを守り抜くための合理的な当てはめの帰結として、「限定的な集団的自衛権」の行使は導き出されました。

砂川判決では、「我が国が、自国の平和と安全を維持し、その存立を全うするために必要な自衛の措置を取りうることは、国家固有の機能の行使として、当然のことと言わなければならない」となっておりまして、憲法上、「自衛の措置」を取ることが認められております。

この「自衛の措置」は、個別的自衛権、集団的自衛権という区別をして論じられているわけではないのです。「必要な自衛の措置」とは何か、それはどうあるべきかを考えた結果、「限定的な集団的自衛権の行使の容認」は導き出されました。昭和47年当時、それは、我が国に対する武力攻撃の着手を想定した個別的自衛権だけでありましたが、現在の厳しい安全保障環境等を勘案しますと、それは、個別的自衛権だけでなく、「限定的な集団的自衛権」も必要になったということなのです。そして、これは憲法で認められた自衛の措置と整理できるのです。

極めて重要な付帯決議の内容

松本 先ほども少し触れましたが、昨年9月、安保関連法案の参院での審議の最終局面で、自民、公明の与党と3野党との間で法案に重要な付帯決議がまとめられ、その後閣議決定されました。国会が今後、自衛隊の活動を監視するシステムを作るよう促しているなどの点で極めて重要な決議です。

外交だけでなく安全保障の分野も含め、事後的な検証システムというものをあらかじめ制度の中に組み込んでおかない限り、あとからまともな検証はできません。そのことが、米英などと比べた場合の日本のイラク戦争検証のいいかげんさを見ているとよくわかります。

この付帯決議についての報道は十分とはいえないと思いますが、この修正協議は、自民、公明の与党と、次世代の党、日本を元気にする会、新党改革の3野党との間で行われたわけです。そして付帯決議として参院で議決したものを、閣議決定するということで法的効力を持たせるやり方が採用されました。その付帯決議の内容は以下の通りです。

一 存立危機事態の認定に係る新三要件の該当性を判断するに当たっては(中略)我が国に対する犠牲の深刻性、重大性などから判断することに十分留意しつつ、これを行うこと。さらに存立危機事態の認定は、武力攻撃を受けた国の要請又は同意があることを前提とすること。また、重要影響事態において他国を支援する場合には、当該他国の要請を前提とすること。

二 存立危機事態に該当するが、武力攻撃事態等に該当しない例外的な場合における防衛出動の国会承認については、例外なく事前承認を求めること。現在の安全保障環境を考えれば、存立危機事態に該当するような状況は、同時に武力攻撃事態等にも該当することがほとんどで、存立危機事態と武力攻撃事態等が重ならない場合は、極めて例外である。

三 平和安全法制に基づく自衛隊の活動については、国会による民主的統制を確保するものとし、重要影響事態においては国民の生死に関わる極めて限定的な場合を除いて国会の事前承認を求めること。また、PKO派遣において、駆け付け警護を行おうとするときは、改めて国会の承認を求めること。また、政府が国会承認を求めるに当たっては、情報開示と丁寧な説明をすること。(中略)また、当該自衛隊の活動について百八十日ごとに国会に報告を行うこと。

四 平和安全法制に基づく自衛隊の活動について、国会がその承認をするに当たって国会がその期間を限定した場合において、当該期間を超えて引き続き活動を行おうとするときは、改めて国会の承認を求めること。また、政府が国会承認を求めるに当たっては、情報開示と丁寧な説明をすること。また、当該自衛隊の活動の終了後において、法律に定められた国会報告を行うに際し、当該活動に対する国内外、現地の評価も含めて、丁寧に説明すること。また、当該自衛隊の活動について百八十日ごとに国会に報告を行うこと。

五 国会が自衛隊の活動の終了を決議したときには、法律に規定がある場合と同様、政府はこれを尊重し、速やかにその終了措置をとること。

六 国際平和支援法及び重要影響事態法の「実施区域」については、現地の状況を適切に考慮し、自衛隊が安全かつ円滑に活動できるよう、自衛隊の部隊等が現実に活動を行う期間について戦闘行為が発生しないと見込まれる場所を指定すること。

七 「弾薬の提供」は、緊急の必要性が極めて高い状況下にのみ想定されるものであり、拳銃、小銃、機関銃などの他国部隊の要員等の生命・身体を保護するために使用される弾薬の提供に限ること。

八 我が国が非核三原則を堅持し、NPT条約、生物兵器禁止条約、化学兵器禁止条約等を批准していることに鑑み、核兵器、生物兵器、化学兵器といった大量破壊兵器や、クラスター弾、劣化ウラン弾の輸送は行わないこと

九 なお、平和安全法制に基づく自衛隊の活動の継続中及び活動終了後において、常時監視及び事後検証のため、適時提起説に所管の委員会等で審査を行うこと。さらに、平和安全法制に基づく自衛隊の活動に対する常時監視及び事後検証のための国会の組織の在り方、重要影響事態及びPKO派遣の国会関与の強化については、両方成立後、各党間で検討を行い、結論を得ること

木村 この付帯決議は第2項で、「存立危機事態に該当するが、武力攻撃事態等に該当しない」、いわゆる「例外的な場合における防衛出動の国会承認については、例外なく事前承認を求めること」が明記されていますね。

この条文を読むと、先ほどお話が出たような米艦に対する防護も、ちゃんと国会承認を受けてからでなければ自衛隊は出て行けないということになるわけですね?

中谷 米艦に対する防護と一口で申しても、存立危機事態だけが生起している状況、または、存立危機事態と武力攻撃事態等が併存している状況があり得ます。付帯決議の第2項は、前者を指しており、この場合の防衛出動に関しては、例外なく事前に国会承認を求めなさいとしております。一方、後者のようなケース、すなわち、武力攻撃事態等も同時に生起している場合には、特に緊急の必要があり事前に国会の承認を得るいとまがないといったことが想定されますので、法律上、事後の国会承認を認められています。

したがって、附帯決議は、後者のケースを含め、すべからく事前の国会承認を求めているものではないと認識しています。その上で、この付帯決議は、昨年9月17日に参議院特別委員会で議決されまして、19日に閣議決定をしております。つまり、政府は付帯決議を遵守し、その趣旨を尊重し、適切に対応することを約束をしておりますので、存立危機事態だけが生起しているケースでは、事前に国会の承認を求めることとなります

木村 ですから、米艦を防護するという場合でも、日本への武力攻撃着手がないにもかかわらず、いきなり内閣だけの判断で武力攻撃をしてしまうということはないのだということですね?

政府の運用としては「こういう米艦への攻撃であれば自衛隊が守って良いのだ」というふうな国会の承認があって初めて行われる事態と理解すればいいわけですね?

中谷 ええ。付帯決議の趣旨を尊重して適切に対処するということです。

この閣議決定を具体化する意思はあるか?

木村 この条項は非常に重要な内容をたくさん含んでいると思います。存立危機事態の時のコントロールもそうですし、松本さんが話された事後検証とか、あるいは活動中の自衛隊の監視、とりわけ第5項では「国会が自衛隊の活動の終了を決議したときには、法律に規定がある場合と同様、政府はこれを尊重し、速やかにその終了措置をとること」と定めている。

国会が決議したら自衛隊は帰ってこなければいけないということは、国会が常時、自衛隊の活動を監視できるような仕組みを設けなくてはいけないということですね?

そういう意味では、この閣議決定を具体化するために、法律を制定したり、あるいは国会の中で委員会の特別な制度を作ったりすることが今後必要になってくると思うのですけれども、これは自民党として今後そういうことに取り組まれる意思はあるのでしょうか。

中谷 はい。もちろんです。これは長い議論の末、与党と野党の3党でまとめられた附帯決議であります。また、閣議決定もしました。9項目からなる合意事項については、その存立危機事態の認定、それから、国会承認、報告、そして活動終了後の決議、実施区域、弾薬、大量破壊兵器の輸送、国会における監視、検証、こういった項目が入っております。これを閣議決定しましたので、適切に対処していきたいと考えています。

木村 私はとりわけこの第2項、「存立危機事態に該当するが、武力攻撃事態等に該当しない例外的な場合における防衛出動の国会承認については、例外なく事前承認を求めること」がすごく重要だと思うのですが、具体的に今後。法制化、あるいは国会議員の対応と考えた時に、中谷さんはこの中で特に優先順位の高い条項はどれだと思われますか?

中谷 国会というのは最大のシビリアンコントロールでありますので、ここでの承認については必要だという議論がかなりありました。附帯決議を尊重し、武力攻撃事態等にはなっておらず、存立危機事態だけが生起している場合には、防衛出動の国会承認は事前に求めるということです。ちなみに念のため、申し上げますと、事前、事後の区別をしなければ、存立危機事態でも武力攻撃事態でも、防衛出動をする際には、国会の承認を得なければなりません。

木村 2項のところですね。

中谷 はい。

木村 それは具体的にはどうしていくのでしょうか? 法律に事前の承認を求めると書き込んでいく対応をしていくということになるのでしょうか。

中谷 これは閣議決定までしていますので、その状況でありますが、武力攻撃事態ですら国会の承認を得る暇もないケースがあるわけですから、その点についてはこの附帯決議を当然、尊重しますけれども、国会においてしっかりと対応するようにしていくべきだと思います。私が大事だと考えるのは、国会における審査ですね。

特にこの情報等の報告なども、やはり国内外、現地の評価も含めてていねいな説明をするということでございますので、こういった国会での審議なども活動を行いながら、当然行っていくべきものであると考えています。

木村 なるほど。市民の側としては当然、政府に説明義務があるという閣議決定までされているわけですから、わからないこと、開示を求めたいことは国会等を通じてどんどん政府にぶつけていくべきで、政府もそれに応えていくべきだということですね。

中谷 そうなんですね。

南スーダンでのPKOに自衛隊を派遣

松本 南スーダンでの国連平和維持活動(PKO)ですが、政府は「駆けつけ警護」について、メディア向けには武器使用を伴わない訓練を公開しました。政府は「PKO参加5原則」(キーワード)は維持されていると繰り返していますが、今の南スーダンの状況は「紛争当事者間の停戦合意」や「紛争当事者の安定的な受け入れ同意」が確立した状況とは考えにくいのではないか?との指摘もあります。

また、東ティモールで国連PKOの幹部として紛争解決に取り組んできた東京外国語大学大学院の伊勢崎賢治教授は、「『停戦合意が破られたら撤退する』といった話は国際社会から見えば20年前の議論。今のPKOはそんなレベルのものではない」「現在のPKOのミッションは『住民保護』で、必要があれば先制攻撃まで辞さないものに変容している」と指摘しておられます。今回の自衛隊の活動が、南スーダンの現状とPKOの役割の変化という「現実」に合っているのか、懸念材料はいろいろあります。

◆キーワード:PKO参加5原則

(1)紛争当事者間で停戦合意が成立している

(2)日本の参加に現地政府や紛争当事者が同意している

(3)中立的立場の厳守

(4)以上のいずれかが満たされなければ撤収ができる

(5)武器使用は必要最小限のものに限られる

早朝、作業に向かうため「UN(国連)」と書かれた車両で宿営地を出る南スーダンの国連平和維持活動(PKO)に派遣されている自衛隊員=2016年11月

木村 南スーダンの首都のジュバでは、政府軍の制服を着た部隊によるNGOへの襲撃などが起きていると伝えられていて、多くの国民がかなり心配をしていると思います。こうした情報からすると、「自衛隊のPKO参加5原則」の一つである「停戦合意が存在している」点などはすでに破れているのではないでしょうか?

中谷 「PKO参加5原則」が成立しなければPKOはできません。情勢についていえば、7月にジュバでキール大統領派と当時のマシャール第一副大統領派の間で衝突が発生して治安が悪化していたのは事実です。

しかし衝突後、双方が敵対行為の禁止を表明して以降は現地の情勢も比較的落ち着いていますし、現地に派遣されている自衛隊からの情報を総合的に勘案すると、PKO法上の武力紛争が新たに発生したとは考えていません。当時の第一副大統領派はもうすでに国外に出ておりまして、紛争当事者に該当するとは考えていないということです。

自衛隊員のリスクをもっと真剣に語れ

松本 昨年の国会審議を通して、安保法制を見直すことに伴う「自衛隊員のリスク」という問題があまりにも語られなさすぎたと感じています。

政権側は当初からこの点の明言を避け、中谷さんも「新たな任務に伴うリスクは生じる可能性はあるが、リスクは管理できるものであり、極小化する」などと答弁するにとどまりました。政権は、そして政治家はもっと真剣に自衛隊員のリスクを正面から語るべきだと改めて指摘したいと思います。

自分の話で恐縮ですが、私はイラク戦争を検証するため2010年にイラクや欧米各国をまわり、イラク戦争やアフガニスタン戦争に従事した元兵士やその家族、元兵士を精神的に支える医師や退役軍人組織などへのインタビューを続けました。そしてその取材体験を通じて、自衛隊員が直面する様々な「リスク」は戦場にだけあるのではなく、戦場から帰ってきたあとも延々と続くのだということを痛感させられ、新聞連載の後に大幅に加筆して本にまとめました。

「55人が語るイラク戦争 9・11後の世界を生きる」(松本一弥、岩波書店)https://www.iwanami.co.jp/.BOOKS/02/X/0229150.html

話を聞けた元帰還兵の中には、戦場で一般人を誤って殺してしまった罪の意識にさいなまれ、心的外傷後ストレス障害(PTSD)などで苦しい日々を送っている人もいます。その一人で、イラクで戦った元米海兵隊員の男性は「自分は怪物だった」と証言しています。

誰が正規の軍人で、誰がゲリラで、誰が民間人なのかがまったくわからない戦場で、あらかじめ決められていたROE(Rule of Engagement、交戦規則)がいいかげんになり、「路上にいる者は敵とみなせ」「やられる前に撃て」となってしまう中、何の罪もない、名前も知らない民間人を多数殺してしまった。そんな罪の意識にさいなまれ、日常生活に戻ってきたら今度は人々の「無関心」にとまどい、PTSDに苦しめられる日々を送っていました。

アフガニスタンやイラクから帰還した元米兵だけでも二百数十万人いるといわれます。そのうち40~50万人ほどがやはりPTSDやうつ症状に苦しみながら社会の中で暮らしています。元兵士を助けようと努力する医師や看護師、カウンセラー、退役軍人の団体やボランティア団体などが活動を続ける現場も実際に見てきましたが、退役軍人に生涯にわたって支払われる様々な費用はばく大な額に膨れあがっています。国のいうことを信じ、国のために戦った人々が直面する可能性のあるリスクというものを、政府はもっと真摯に国民に対して語るべきです。

中谷 私も自衛隊で勤務していまして、部隊の指揮官として与えられた任務を遂行する上で隊員の安全を考えて計画を立ててきました。確かに、新しい法律に伴うリスクというものは新たにあるというのは事実ですけれども、実際、これを実施する上においてはそのリスクを極小化して実施できるよう訓練を行い、情報収集もし、対応しております。隊員が十分に任務達成できるようにしていきたいと思っているところです。

精神的な問題についても、十分に隊員の心情を把握し、「クールダウン」といいますけれども、海外における任務を終えて帰国する場合などには、十分時間をかけ、精神を落ち着かせた状態で帰らせたり、カウンセリングなどでの対策もしながら、メンタルヘルスの部分にも十分注意をして実施していきたいと思っています。

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中谷元 1957年生まれ。防衛大学校卒業。陸上自衛隊普通科連隊小銃小隊長、レンジャー教官を経て衆議院議員(当選9回)。防衛庁長官、防衛相を歴任した。自民党安保法制整備推進本部長も務めた。現在は自民党憲法改正推進本部長代理、衆院憲法審査会の自民党筆頭幹事。

木村草太 1980年生まれ。東京大学法学部卒。同助手を経て現職。主な著書に「平等なき平等条項論」(東京大学出版会)、「憲法の急所」(羽鳥書店)、「キヨミズ准教授の法学入門」(星海社新書)、「憲法の創造力」(NHK出版新書)、「テレビが伝えない憲法の話」(PHP新書)、「集団的自衛権はなぜ違憲なのか」(晶文社)、「憲法という希望」(講談社現代新書)などがある。

松本一弥 1959年生まれ。早稲田大学法学部卒。月刊「論座」副編集長、オピニオン編集グループ次長、月刊「Journalism」編集長などを経て現職。満州事変から占領期までのメディアの戦争責任を、朝日新聞を中心に徹底検証した「新聞と戦争」では総括デスクを務めた。著書に『55人が語るイラク戦争―9・11後の世界を生きる』(岩波書店)、共著に『新聞と戦争』(上・下、朝日文庫)

(撮影:大嶋千尋)

◇対談の全文はWEBRONZAで11月23日まで、期間限定で無料公開します。

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2016-02-23-1456217138-8420084-logo.pngWEBRONZAは、特定の立場やイデオロギーにもたれかかった声高な論調を排し、落ち着いてじっくり考える人々のための「開かれた広場」でありたいと願っています。

ネットメディアならではの「瞬発力」を活かしつつ、政治や国際情勢、経済、社会、文化、スポーツ、エンタメまでを幅広く扱いながら、それぞれのジャンルで奥行きと深みのある論考を集めた「論の饗宴」を目指します。

また、記者クラブ発のニュースに依拠せず、現場の意見や地域に暮らす人々の声に積極的に耳を傾ける「シビック・ジャーナリズム」の一翼を担いたいとも考えています。

歴史家のE・H・カーは「歴史は現在と過去との対話」であるといいました。報道はともすれば日々新たな事象に目を奪われがちですが、ジャーナリズムのもう一つの仕事は「歴史との絶えざる対話」です。そのことを戦後71年目の今、改めて強く意識したいと思います。

過去の歴史から貴重な教訓を学びつつ、「多様な言論」を実践する取り組みを通して「過去・現在・未来を照らす言論サイト」になることに挑戦するとともに、ジャーナリズムの新たなあり方を模索していきます。

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