新聞が軽減税率と引き換えに失う報道機関としての信頼

消費税を10%に引き上げる際に8%に据え置く「軽減税率」の対象品目について、新聞が含まれることが明らかになりました。

消費税を10%に引き上げる際に8%に据え置く「軽減税率」の対象品目について、新聞が含まれることが明らかになりました。これは、新聞業界が労使一体となり求めてきたことです。私たちは人に何かをお願いしたら、借りを返さねばならないことを知っています。政権にお願いをしながら、政権の都合の悪い報道ができるのか?という素朴な疑問を持つのは当然です。

労使一体で権力にお願いする異常

日本新聞協会は、2013年に「軽減税率を求める声明」を出し、特設サイト「聞いてください!新聞への消費税軽減税率適用のこと」を立ち上げて著名人のインタビューなどを掲載してきました。「日本でも軽減税率が導入された場合、生活必需品と同じように新聞・書籍も軽減税率の対象にするべきだと思いますか。対象にするべきではないと思いますか。」という調査に対して、42.1%が対象にすべきと回答したことを紹介し、人々も望んでいると主張しています。

特定秘密保護法が成立した2013年12月6日にはこのような動きがありました。自民党新聞販売懇話会は、15年10月にも党税調に要望を行っています。自民党の政治家が勝手に「新聞を応援するぞ」とはなるはずはなく、新聞業界のロビー活動を受け、懇話会が要望を行っていると考えるのが妥当でしょう。

"自民党新聞販売懇話会の丹羽雄哉会長らは6日、党税制調査会の額賀福志郎小委員長と国会内で会談し、消費税率引き上げに伴い、新聞への軽減税率導入に賛同する党所属国会議員207人の署名を手渡した。『新聞に軽減税率を 自民党207議員の賛同署名提出』"

出典:産経ニュース

経営側だけでなく労組も軽減税率の適用を要望しています。

全国紙、ブロック紙、地方紙、地域紙などの労組87、約2万人が加盟している労働組合・新聞労連は2014年5月に「知識課税強化に反対する~民主主義と地域・社会の発展に力を尽くしていくことを誓います~」という声明を発表しています。

声明は『新聞ジャーナリズムの在り方に対するさまざまな批判があることも、謙虚に受け止めます。』『議論の中で「新聞自らが優遇を求めることは、ジャーナリズムとしての独立性を損なうとみなされ社会の信頼を失うのではないか」との懸念も提起されました。』などと書きながら、知識課税に反対するというカタチで軽減税率を求めており、理解も共感もできません。

公益性は、ジャーナリズム活動にあるのであり、新聞産業や新聞労働者の給与のためにあるのではないのです。この声明はジャーナリズムという言葉の信頼性、社会的な役割を貶めるものでしかありません。

現場の記者が後ろ指を指されても仕方ない

FNNはヤフーニュースに下記のような記事を配信していました。

"自民党の幹部は、新聞を対象にしたのは、選挙対策の一環でもあるとの認識を示していて、増税で、販売部数の減少を避けたい新聞業界と、軽減税率制度への批判を抑えたい政府与党との思惑が、一致した点もあるとみられる。"

出典:FNN

スクープは権力に都合の悪いことが多く、だからこそジャーナリズムは権力に対して慎重な距離を取る事が求められて来たのです。しかし、新聞業界がやっていることはまったく逆なのです。

元新聞記者で国会議員の山下雄平さんはブログにこう書いているのですが

"私は約9年記者をしました。多くの記者は日夜、体力をすり減らして必死で取材し、記事を書いています。政治家にとって都合のいい記事ばかりではありません。「偏っているんじゃないか」「見方が間違っている」と感じる時もあります。しかし、新聞が政治権力と距離をおき、信ずるところを自由に報道しているからこそ、国民・読者から一定の信頼を得ているのだと思います。「新聞は国から税金をまけてもらっている」と後ろ指を指されて一番辛い思いをするのは現場の記者です。"

出典:なぜ新聞だけなのか(山下雄平オフィシャルブログ)

新聞の労組は反対しているのではなく賛成しており、後ろ指を指されても仕方がないのです。

もし、嫌なら反対の声を上げる必要があります。しかし、朝日新聞での池上彰さん記事掲載拒否騒動の際のように、ツイッターをやっている記者たちが一斉に声をあげているわけではありません。下記のまとめを見ても、むしろ賛成のようです。

メディアのいつか来た道

新聞業界の広告費は2000年に1兆2474億円ありましたが、2014年は6,057億円と半減しています。にもかかわらず、アメリカのように新聞社が売却されたり、記者の大量解雇につながらないのは、宅配に支えられているからです。新聞への軽減税率が宅配率を基準にして検討されている理由は明確です。

メディア研究者佐藤卓己さんの労作に『言論統制―情報官・鈴木庫三と教育の国防国家』 (中公新書)という本があります。「小ヒムラー」と呼ばれ、戦時中の言論統制の元凶とされた鈴木の日記をひもとく中で、出版社やマスコミや言論人は、「軍部に書く自由を奪われた」のではなく、戦争で拡大するメディアビジネスのために統制されている紙を求め軍部に協力し、取り入ろうとしていたことが明らかになっていきます。

現場の記者や労組が、直接的な権力による報道の自由への圧力ではなく、ビジネスだから大丈夫と思っているなら歴史に学んでなさすぎるでしょう。権力にお願いするものが、権力を批判し、監視することはできない。むしろ積極的に一体化していく。それが、メディアがビジネスのために権力にお願いした結果、戦争を止めるどころか煽ったという歴史的な事実から学べることです。

お金で買えないメディアだからこそ価値がある。権力に売った魂は戻りません。新聞は軽減税率の適用で経営的に一息つくのかもしれませんが、紙は減り続けるのは間違いなく、たった2%と引き換えに、報道機関としての読者からの信頼という最も大切なものを失うことになるでしょう。

(2015年12月16日「藤代裕之 - 個人 - Yahoo!ニュース」より転載)

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