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2021年03月09日 06時46分 JST | 更新 2021年03月09日 10時26分 JST

「見えない原発」地図とコンパス頼りに撮り続ける。写真家がつなぎ止める福島の記憶【東日本大震災】

1年後がどうなっているのかわからないのに 30年後も続いていると疑いなく思えることが 他にどれほどあるだろう

今井智己
2011年4月21日、福島第一原発から18キロの地点から撮影した写真。20キロ圏内が立ち入り禁止と正式決定される1日前だった。

1年後がどうなっているのかわからないのに、30年後も続いていると疑いなく思えることが他にどれほどあるだろう。原発の廃炉作業は、30年後も続く。あるいは40年後もーー。

そう言うのは、写真家・今井智己さん(46)だ。東京から約250キロ離れている東京電力福島第一原発。見えないけれど、原発のある方向にカメラを向け続けている。

「遠く」の原発。そして記憶が少しづつ薄れていく福島第一原発の事故。けれど、よく考えると東京からはわずか250キロだ。

震災の約1ヶ月後、2011年4月21日に初めて、原発から18キロの地点の手倉山に登り、原発がある方向に向かってシャッターを切った。20キロ圏内が立ち入り禁止と正式決定される1日前のことだ。

今井智己
13.5キロ地点(2020年3月11日撮影)

今井さんは、311の発生時は東京・世田谷の自宅でパソコンで仕事をしていた。物凄い揺れだったが、巻き込まれることはなかった。「割と冷静でした」。家族も無事だった。

しかし、取り巻くものは一変した。テレビ、新聞、ラジオで伝えられるのは、津波に飲み込まれた人や街、原発の建屋が爆発する様子、避難する人々...。

計画停電で突然暗くなる時間帯や一部窓ガラスが割れたビルはあるものの、流れてくるニュースに比べ、東京は変わらない。しかし、新聞には毎日、福島を含む東京などの放射線量の計測値が掲載される日々。そして放射能の汚染問題は、自分の一生の間でも解決しない膨大な時間がかかることを察していた。

「津波の現場に向かうカメラマンはいる。けれど自分は、事件カメラマンではない。ただ、原発は、写真をとることで関わっておかないと忘れちゃうなと思った」という。阿武隈の山々に登っては、地図と方位磁石をたよりに10年間、原発の方角にカメラを向けて撮影している。

Jun Tsuboike / HuffPost Japan
今井智己さん

発災から1ヶ月後、原発を見ることができそうな山を地図などで選び、福島県浪江町の手倉山に向かった。カメラ、三脚、地図、コンパス、山登り用ヘッドランプをリュックサックに入れて一人で登った。途中、誰にも会わない。「怖いな」。汚染物質があるとは思いながら登って行った。

標高631mの山頂に着くと、遠くに海の水平線と白い箱が見えた。眼下にはどこまでも森が広がっていた。

写真には、木々と山並み、原発につながる平野と海らしきものが収まっている。おどろおどろしさはなく「風景写真」だ。

だが、写っている森は汚染区域。「風景を撮っていた。けれど明らかなことは、自分のいるところから原発まで、ほとんど誰もいないということでした」。被害はフレームの中に収まりきるものではなく、もっと広い。

「近くにいたら悲惨な現状が分かり、肉薄するというものでもない。遠くから淡々と撮っていき続けなければ」。使命のようなものを感じていた。

今井智己
26.5キロ地点(2020年7月24日撮影)

10年の間に、東京から自家用車で福島に来ては、手倉山を含め22の山に、計50回登って写真におさめた。

「原発の写真というと、人々が期待するものは、人が住まなくなった荒れ果てた家や壊れた建屋、除染廃棄物などです。ですが、建屋が目の前に写っていなくても、三脚を立て写真を撮っているその場所から考えたい。そしてそこも、全て被災地なのですよね」

震災から10年になる2021年の年に、東京にある原美術館の美術館最後の展示会に出展していた。Semicircle Law と名付けた原発にレンズを向けた作品群だ。

Semicircle Lawとは、避難指示区域の指し示す半円を意味する。原美術館は原発から231km。時間と空間を超えて、作品を見ている客にグッと福島第一原発を引きつける内容だった。

写真24枚と映像が流れるその展示空間は、一言で言うと「森」に包まれているかのようだった。

写っているのは、時間が経つごとに伸びる木々。人の手が入らず、生茂る葉がめいいっぱい広がる。写真は、福島第一原発が、どの写真にも同じ真ん中にあるように設計されているが、ほとんどの写真の中には原発は見えない。

「自分は被災した当事者ではないし、原発自体の賛否についても正直わからなかった。けれども、起きたことの悲惨さを気にかける、遠くから見続けているというのが『忘れない』と言う形ではないのか」と話す。

Jun Tsuboike / HuffPost Japan
「Semicircle Law」。「写真を通じてふと思ってくれたらいいかなーと思ってもいないわけではないですが、自分がやりたいからやっているだけです」と今井さんは話す

山は登ると、気持ち良いと言う。「空気は澄んでいるし、自然に囲まれて歩くのは楽しい」。悲壮感はない。ただ、立ち入り禁止区域が解かれた登山道でも、誰にも会わないことだけが、そこが福島だということを思い起こさせた。

毎回山に登って思うのは、「人間とは全く関係なく、ありのままの自然が育って、時間が流れている」ということだ。

「取り止めのない時間もシャッターを切らないとあったことすらわからない。シャッターを切ったことは、何十年後でも知ることができる。それが写真というものだと思う。30年後に原発に向かって、その時間、誰かが立っていたということは残ります」

「福島で撮影していて感じるのは、忘却ということを含めて、時の流れの呵責のなさです。そういう時間の流れの呵責のなさに対して写真は、点を打ち、目印をつけて繋ぎ止めると思っています」。

それは、福島の山の中からでも、今いる場所からでも、処理が続く原発に心を向けていることと同義かもしれない。

「純粋に自分が忘れたくないからレンズを向け続けています」と話す今井さん。3月11日、10年後の写真を福島県内の山から原発に向けてカメラを構える予定だ。 【ハフポスト日本版・井上未雪 / ポートレート写真・坪池順】

今井智己
13.5キロ地点(2015年3月11日撮影)

時間が流れる
廃炉作業は30年後も続いている
あるいは40年後も
1年後がどうなっているのかわからないのに
30年後も続いていると疑いなく思えることが
他にどれほどあるだろう
(原美術館での”Semicircle Law”展示の一部)