北朝鮮「水爆実験」:「中朝冷却化」は本当か?

1月6日に北朝鮮は4回目の核実験を行い、「初めての水爆実験に成功した」と主張しているが、注目すべきは事前通告がなかったという中国の対応である。

1月6日に北朝鮮は4回目の核実験を行い、「初めての水爆実験に成功した」と主張しているが、注目すべきは事前通告がなかったという中国の対応である。華春瑩中国外交部報道官は、2日後、8日の定例記者会見で、金正恩朝鮮労働党第1書記の誕生日にあたり祝意を伝達したのかという質問に、「我不知道(I don't know)」と答えたが、このやり取りは、外交部公式ホームページにはなぜか掲載されていない

2015年の誕生日の際には、同じ質問に対して、北朝鮮に祝意を伝達したと回答していることから、「私は知らない」という今年の回答は、とっさに出た言葉というよりは、準備された応答要領に基づくものであると考えることが、外交上の常識である。

もし中国が、北朝鮮のいわゆる「水爆実験」への怒りを真剣に表現したいのであれば、祝意を伝えていないとした上で、北朝鮮への批判を述べればよいはずだ。しかし、このような一見あいまいにみえる中国の対応から読み取れることは、一部日本メディアで語られているように、中国が北朝鮮の暴挙に怒り心頭というのは全く誤りで、中国が祝意伝達を婉曲に肯定し、中朝関係維持に腐心していることを意味している。

変わらない北朝鮮重視路線

これと対をなす動きが、北朝鮮メディアからの「劉雲山消去」だろう。 昨年10月に朝鮮労働党創建70年を祝うために、劉雲山中国共産党政治局常務委員(序列5位)が訪朝したが、朝鮮中央テレビが9日放映した北朝鮮の記録映画では、金正恩の隣にいた劉雲山が出席していなかったように編集されていたと報道されている。それは中国に対する配慮、つまり、北朝鮮としても、水爆実験直後に中朝関係の親密さを強調することで中国の国際社会での立場に迷惑を掛けることを避けたかったと考えることができる。

中国の北朝鮮重視は、2011年12月に金正恩が最高指導者の地位に就いて以降、中国共産党政治局委員(現在25人)を3度にわたり派遣していることからも窺える(2012年11月に李建国全国人民代表大会常務委員会副委員長、2013年7月に李源潮国家副主席、2015年10月に劉雲山が訪朝)。たとえば日本に対しては、2010年11月に国際会議(横浜APEC)で訪日した胡錦濤国家主席(当時)を除けば、2009年12月の習近平国家副主席(当時、序列6位)以来、派遣していないこととも好対照をなしている。

李源潮(Li Yuanchao)は、朝鮮戦争勃発(1950年6月25日)の約5カ月後の生まれだが、出生時の名は、「援朝(発音:yuanchao、北朝鮮を助けるの意)」であり、のちに発音は全くそのままで漢字のみを現在の「源潮」に変えたという。その李が北朝鮮が「戦勝節」と主張する朝鮮戦争休戦協定締結60周年のタイミングで訪朝したことの象徴的意味は小さくない。朝鮮労働党創建70周年に劉雲山が訪朝した際には、李源潮は北京の北朝鮮大使館で開催された記念式典に出席している

実効性に乏しい「口座封鎖」

3回目の北朝鮮核実験(2013年2月)後に、中国は国連安保理決議に基づく制裁の他に、独自制裁に踏み切った。中国4大国有銀行の1つである「中国銀行」が、北朝鮮の貿易決済銀行「朝鮮貿易銀行」の口座を閉鎖したのだ(2013年5月)。朝鮮貿易銀行は1959年に設立され、北朝鮮の対外的な金融取引を統括するとされる。

米国財務省によると、北朝鮮の有力な武器輸出会社を金融面で支えるなど資金繰りの柱になっている。しかし、北朝鮮は口座閉鎖の直前、資金の大半を引き出すなど対策を取ったとされ、北朝鮮にとって、金融制裁による打撃はきわめて軽かった。

また、このとき、米国は当初、安保理決議採択時に朝鮮貿易銀行を制裁対象とするよう動いたが、中国側の反発で断念したとされる。もし、朝鮮貿易銀行に対する制裁が安保理決議の中身の一部になってしまうと、常任理事国である中国としては、朝鮮貿易銀行への制裁に加えて、その他の制裁実施を国際社会から求められてしまう。

そこで中国は先手を打って、北朝鮮に大きな打撃を与えない制裁を安保理決議の外側に残しつつ、それを独自制裁として発動することで、国際社会に対して、足並みを揃えて北朝鮮に強硬姿勢をとったとアピールしたわけだが、実のところ金融面でも北朝鮮に止めを刺すつもりは毛頭ない。

もっと実効性のある金融制裁や石油供給停止などの制裁措置を中国が北朝鮮に科すれば、北朝鮮の政治経済は大きなダメージを受けるはずであるが、現状、表面的に中朝関係が冷却化しているように見えるのは、中国と北朝鮮が示し合わせてそう演じているのに過ぎなさそうだ。現在、米国主導で採択が目指されている安保理制裁決議案においても、中国は、表向きは国際社会と足並みを揃えるが、北朝鮮が本当に嫌がる制裁にはあの手この手を使って反対するだろう。

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村上政俊

1983年7月生まれ。桜美林大学総合研究機構客員研究員。東京大学法学部政治コース卒。2008年4月外務省入省。総合外交政策局総務課、国際情報統括官組織第三国際情報官室、在中国大使館外交官補(北京大学国際関係学院留学)勤務で、中国情勢分析や日中韓首脳会議に携わる。12年12月~14年11月衆議院議員。中央大学大学院公共政策研究科客員教授(13年10月~15年3月)を経て15年7月から現職。

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(2015年1月14日フォーサイトより転載)

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