「金正恩訪ロ」「国連決議」「暗殺映画」:岐路に立つ北朝鮮

北朝鮮は来年10月に党創建70周年を迎える。金正恩政権は「3年服喪」を経て、独り立ちに向かうが、挑発路線を進んで国際的な孤立を深めるのか、「人民生活の向上」や「国際的な孤立からの脱却」を成果に国際社会の和解に向かうのかの岐路にある。
時事通信社

ロシアのペスコフ大統領報道官は12月19日、来年5月の対ドイツ戦勝70周年記念の式典に、北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)第1書記を招待したと明らかにした。金正恩第1書記の最初の外国訪問、外国元首との首脳会談がロシアで行われる可能性が浮上した。

さらに、ロシアのウシャコフ大統領補佐官(外交担当)は12月22日、金正恩第1書記が、ロシア訪問の可能性を「考慮している」との見方を示し、ロシア側は金正恩第1書記のロシア訪問についてさらに一歩踏み込んだ見方を示した。

ロシアは例年、5月9日にナチス・ドイツに勝利したことを記念して盛大な式典を行っているが、来年は勝利70周年の大々的な式典を行う予定だ。これには金正恩第1書記だけでなく、中国の習近平国家主席、米国のオバマ大統領、さらには朴槿恵(パク・クネ)大統領や安倍晋三首相まで招待されている。

金正恩第1書記がこのようなマルチの首脳会談の舞台に登場するのかどうか、本当にロシア訪問が最初の外国訪問になるのだろうか。

崔龍海訪ロの成果は?

北朝鮮とロシアの急接近が指摘されているが、11月の崔龍海(チェ・リョンヘ)党書記のロシア訪問を振り返ってみよう。崔龍海党書記は4月26日の党中央軍事委員会で軍総政治局長を解任され、政治序列でも後任の黄炳瑞(ファン・ビョンソ)軍総政治局長より下になったが、10月28日に党政治局常務委員であることが確認され、再び黄炳瑞軍総政治局長より上になった。

崔龍海党書記はそうした復権を果たした上で、金正恩第1書記の特使として11月17日から24日までロシアを訪問した。北朝鮮からは2月に金永南(キム・ヨンナム)最高人民会議常任委員長がソチ五輪開幕式出席のための訪問、10月にも李洙墉(リ・スヨン)外相がロシアを訪問し、今年に入って北朝鮮指導部のロシアへの訪問が活発化していた。

崔龍海氏を乗せた特別機は平壌を飛び立った後に機体に異常があり平壌に引き返すというアクシデントに見舞われた。最初の出発は17日午前だったが、朝鮮中央通信が崔龍海氏の出発を報じたのは午後8時になってからだった。モスクワ到着も本来は17日午後2時の予定だったが18日未明になった。ここでも北朝鮮の航空機の老朽化が表面化した。

崔龍海特使のロシア訪問に同行したのは金桂冠(キム・ゲグァン)第1外務次官、朝鮮人民軍の努光鉄(ノ・グァンチョル)副総参謀長、李永哲(リ・ヨンチョル)党国際部副部長、対外経済省の李光根(リ・グァングン)次官というメンバーだった。これを黄炳瑞軍総政治局長、金己男(キム・ギナム)書記、李洙墉外相、李龍男(リ・リョンナム)対外経済相、党中央委員会の金成男(キム・ソンナム)国際部副部長、アレクサンドル・ティモニン駐朝ロシア大使が平壌空港で見送った。

特使一行のメンバー構成から、このロシア訪問では、金正恩第1書記の訪ロ、北朝鮮の核問題を含めた6カ国協議の今後の進め方、ロ朝間の軍事協力、経済協力などが協議されるとみられた。

プーチン大統領は11月18日にクレムリンで崔龍海特使一行と会談した。崔龍海氏は金正恩第1書記の親書を伝達した。

プーチン大統領は会談の席上、金正日(キム・ジョンイル)総書記との会談を感慨深げに振り返り「ロシアと北朝鮮は親しい隣国であり、長い親善協力の伝統を持っている」と指摘し「両国間の互恵的な協力をより発展させることのできる方法を積極的に探求することが重要だ」と述べた。

これに対し、崔龍海特使は「意義深い来年に朝ロ両国間の親善協力関係をさらに高い段階に拡大、発展させる」ことを訴えた。

ロシア外務省筋は、インタファクス通信に、崔氏の滞在中「両国の貿易関係強化や朝鮮半島の非核化、政治対話のレベル格上げ」を協議したいと語った。ロシアの最高指導者と北朝鮮の序列3位とが会談したあとで「対話レベルの格上げ」を協議するということが、ロ朝首脳会談を意味することは間違いない。

これに先立ち、玄永哲(ヒョン・ヨンチョル)人民武力部長も旧ソ連時代に国防相を務め、故金正日(キム・ジョンイル)総書記と親しかったドミトリー・ヤゾフ氏の90歳の誕生日を祝うために訪ロし、11月8日にプーチン大統領と会談した。玄永哲人民武力部長も金正恩第1書記からのあいさつを伝えた。

崔龍海特使はこのわずか10日後にプーチン大統領と会談した。おそらくは玄永哲人民武力部長の「予備会談」の感触を確かめた上での会談だけに、金正恩第1書記のロシア訪問について意見交換があったとみるべきだろう。

軍事・経済・極東での協力

崔龍海特使に同行した努光鉄軍副総参謀長は11月19日、ロシアのアンドレイ・カルタポロフ・ロシア連邦武力総参謀部副総参謀長兼作戦総局長と会談した。朝鮮中央通信によると、双方は「朝ロ両国軍隊間の友好と協力を新たな高い段階へ発展させるため」に幅広く意見交換した。

北朝鮮がロシアとの軍事交流や技術的な協力に関心を示すのには理由がある。ロシアは現在、北朝鮮への武器提供を中断しているとみられている。しかし、北朝鮮の在来武器の大半は旧ソ連時代に導入されたものであり、武器の老朽化や部品不足などが深刻な問題になっている。北朝鮮軍部はロシア軍部の支援を必要としている。ロ朝両国軍部が今後、軍事交流や技術協力を進めていく可能性は十分にある。

一方、李光根・対外経済省次官も同日、アレクサンドル・S・ガルシカ極東発展相と会談した。ここでも「経済・貿易分野において両国間の協力をよりいっそう深化、発展させて実質的な結果をより多くもたらすための対策的問題」を協議した。

崔龍海特使は11月20日にはラブロフ外相と会談した。ラブロフ氏は会談後、記者団に「両国で時期を合意できれば、首脳を含めたあらゆるレベルで接触する用意があると確認した」と述べ、ロ朝首脳会談の可能性をさらに強く示唆した。

崔龍海特使は、この会談冒頭で、金正恩第1書記のプーチン氏への親書と自身の訪ロが「両国指導者の一層の緊密な関係構築につながることを期待する」と述べた。

ラブロフ外相は記者団に、ロ朝の経済貿易関係が「質的に新たなレベルに達した」と指摘し、北朝鮮側がロシア産天然ガスを北朝鮮経由で韓国に供給する計画などに取り組む用意ができていると表明したことを明らかにした。

崔龍海特使一行はこの後、極東のハバロフスクやウラジオストクを訪問して帰国の途に就いた。一行は21日、ハバロフスクを訪れ、同地方のシポルト知事と会談した。会談では、農業分野での共同事業など、極東での経済協力強化を話し合ったとみられる。かつて金正日総書記が訪問した郷土博物館、ロシア正教の教会なども訪問した。さらに一行は22日、ウラジオストクで沿海地方のミクルシェフスキー知事と会談した。

崔龍海特使は11月24日に帰国したが、朝鮮中央通信は翌25日、崔龍海特使一行のロシア訪問を包括的に伝える報道をし、この中で「朝鮮解放70周年とロシアの偉大な祖国戦争勝利70周年にあたる来年(2015年)に共同の慶祝行事を盛大に催し、代表団の交流をはじめ両国間の往来と協力を活発に行っていくことについて見解の一致を見た」と報じた。党機関紙「労働新聞」も26日付2面でこの朝鮮中央通信記事とともに写真6枚を掲載して特使一行の訪問成果を強調した。

金正恩氏「訪ロの可能性」が低い理由

金正恩第1書記は本当に最初の外国訪問としてロシアを訪問するだろうか。

現時点では、その可能性は低いと考える。北朝鮮は当初、来年の早い時期のロシア訪問を考えていたのではないかと思う。つまり、金正恩第1書記の単独での訪問だ。しかし、ロシア政府は来年5月の対独勝利70周年への招待を公表し、マルチの外交舞台に金正恩第1書記を招待した。

北朝鮮の最高指導者が西側諸国の元首も参加するマルチの外交舞台に出た前例はない。まだ外交経験も少ない金正恩第1書記にとって、そうした会談に出席することはかなりのリスクを背負い込む。

2005年に対独戦勝利60周年記念式典を行った際もロシアの大統領はプーチン大統領だった。当時はブッシュ大統領、胡錦濤国家主席、盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領、小泉純一郎首相など53カ国の首脳が出席した。この時に、プーチン大統領がまともな首脳会談を行ったのはブッシュ大統領ぐらいで、あとの首脳たちとは10分から20分の短い「会談」だった。

プーチン大統領が多数の国家元首が集まる場で、金正恩第1書記を「VIP」として遇してくれるかどうかは不透明だ。さらに現在のように北朝鮮が孤立を深める中で、各国の元首がモスクワでの会談に応じてくる可能性は低い。初の外国訪問としてモスクワを訪問しても、自らの「孤立」を確認する旅になる可能性がある。そういう場で、プーチン大統領と会談をしても2国間問題を含めた突っ込んだ会談になるとは考えにくい。

さらに最も重要なのは、金正恩第1書記が中国に対して本当に「ロシアカード」を切ることができるのかという問題である。習近平国家主席が北朝鮮を訪問せず、今年7月に韓国を訪問し朴槿恵大統領と首脳会談をした以上、金正恩第1書記が習近平主席と会談をする前にプーチン大統領と会談をしても「おあいこ」といえる。

だが、中朝関係がそれで済むかという問題である。ロ朝関係が急接近していると言っても、2013年の中朝貿易は、北朝鮮貿易全体(韓国との南北交易を除く)の89.1%を占める65億4700万ドルであり、ロ朝貿易は1.4%、1億420万ドルでしかない。ロシアは中国の代わりにはなり得ないのだ。しかも、中国元が北朝鮮通貨のように北朝鮮国内で流通し、北朝鮮経済は中国経済の大きな枠組みの中に組み込まれている。北朝鮮のロシア接近は、外交的、経済的な中国依存度を低め、それを多角化することではあっても、ロシアが中国の「代役」を担えるものではない。

金正恩第1書記はロシアを訪問することはできるが、それを強行すれば中朝関係の冷却化はさらに長期化する。来年10月は朝鮮労働党創建70周年である。それまでに中国との関係を修復し、中国の高位級代表団が訪朝する環境を整備する方が遙かに実利的である。

中国から「関係修復」のシグナル

中朝関係が冷却化しているのは事実だが、金正恩政権になっての3年間にも悪化と修復を繰り返して来た。中朝双方にとって、現在の関係悪化が続くことは得策ではない。北朝鮮にとっては核保有をしながら、中朝関係を正常化させることこそが外交目的である。

その意味では金正日総書記の死去3周年の際の中国の反応は注目すべきである。

中国外務省の秦剛報道局長は、金正日総書記の死亡3周年前日の12月16日の定例記者会見で「金正日総書記は朝鮮の党と国家の偉大な指導者だった」と高く評価し「中国人民は懐かしんでいる」と述べた。さらに「(金正日総書記は)中朝の伝統的な友好協力関係の発展に重要な貢献を果たした」と強調した。

命日の17日には党内序列5位の劉雲山政治局常務委員が北京の北朝鮮大使館での追悼式に出席した。秦剛報道局長は劉雲山常務委員の追悼式出席を記者団に紹介し「中国側は両国関係を発展させ、朝鮮半島の平和と安定を保つために北朝鮮と共に努力する用意がある」と述べた。

新華社通信は追悼式に出席した劉雲山常務委員が「習近平同志が総書記を担う中国共産党中央委員会は中朝の伝統友誼を高度に重視する」と述べたと報じた。劉常務委員は「中国は朝鮮とともに、長期的で大局的な見地から出発し中朝の伝統友誼を維持・保護し、確固として発展させていくことを希望する」と述べた。

劉常務委員が追悼式に出て「中朝の伝統友誼」を強調したことは、冷却している中朝関係を金正日総書記の死亡3年という区切りを活用して修復に向かうシグナルのようにも見える。

北朝鮮が「ロシアカード」を使ってロ朝接近を図ったことは、中国の関係修復の動機付けになった可能性がある。そうであれば、金正恩第1書記はロシア訪問よりは、中国訪問を検討するかもしれない。本来は来年10月の党創建70周年までに中朝関係を修復することが「本筋」である。あるいは、ロシアを訪問するにしても、その前に中国訪問を実現するというモメンタムになる可能性もある。

高まる国連での人権侵害非難

中国とロシアを天秤に掛けて国益を確保するのは北朝鮮が建国以来使ってきた外交手法だが、この重要性が実証されたのが国連における北朝鮮の人権決議問題であった。

国連人権理事会は2013年3月21日、北朝鮮の人権に関して調査委員会を設置することを全会一致で採択した。同調査委員会は昨年8月にソウルと東京で北朝鮮脱出住民や拉致被害者家族らの公聴会を実施。同調査委のカービー委員長は昨年9月に国連人権理事会で中間報告を行い、拉致被害者の家族らの証言は、北朝鮮による組織的で広範囲な人権侵害の典型を示していると指摘した。

そして、北朝鮮人権調査委員会は今年2月17日、日本人ら外国人拉致や公開処刑などの残虐行為を挙げ、北朝鮮が国家最高レベルによる「人道に対する罪」を犯していると厳しく非難する最終報告書を公表した。この上で、同報告書は国連安全保障理事会に対し、北朝鮮の犯罪を裁くため、国際刑事裁判所(ICC)への付託や、国連特別法廷の設置を勧告した。

北朝鮮の外務省報道官は2月21日、国連調査委員会の最終報告書について「敵対勢力が我が国で罪を犯して逃げた正体も分からぬ脱北者や犯罪逃亡者たちの虚偽捏造資料を集めてつくった一顧の価値もないもので、全面排撃する」とした。

そして、国連人権理事会は3月28日、外国人拉致を含む人権侵害を厳しく非難し、責任追及のため「適切な国際刑事司法メカニズム」への付託を検討するよう国連安全保障理事会に勧告した決議案を賛成多数で採択した。4月17日には国連安全保障理事会の非公式会合が開かれ、北朝鮮の人権侵害について討議されたが、中国、ロシアは出席しなかった。

北朝鮮は、国際社会のこうした人権侵害批判を黙殺する姿勢を続けてきたが、批判の声が高まることを無視できず、9月13日に朝鮮人権研究協会による人権状況の報告書を発表した。報告書は北朝鮮では人民の政治的自由があり、拷問は厳格に禁止されているなどと強調した。この上で国際社会の非難は「ゆがめられた見解」「内政干渉」だと反論した。北朝鮮の国連代表部は10月7日に、北朝鮮の人権状況を各国に説明する会合を国連本部で開催した。北朝鮮としては異例のことで、高まる人権侵害非難への対応だった。北朝鮮外務省の崔ミョンナム国際機構局副局長は、この会合で政治犯収容所の存在を否定する一方で、労働矯正収容施設があることは認めた。

「最高尊厳」の危機

こうした国連を舞台にした北朝鮮の人権侵害非難は北朝鮮にとって容認しがたい状況へと発展して行った。日本と欧州連合(EU)は10月8日、北朝鮮の人権侵害を非難する国連総会決議の草案を関係国に配布した。草案は「国家の最高レベル」で数十年にわたり確立されてきた政策により、人道に対する罪を犯したと信ずるに足る合理的根拠があるとし、こうした人権侵害をICCへ付託することを検討するよう安全保障理事会に促した。北朝鮮にとっては、これは自国の「最高尊厳」(最高指導者)の処罰に道を開くものであり、絶対に容認できないものであった。

国連総会第3委員会(人権)は11月18日、北朝鮮の人権侵害を非難する決議案を賛成多数で採択した。同種の決議は10年連続だが、今回は安全保障理事会に対し、「国家の最高レベル」による人権侵害をICCへ付託することを検討するよう初めて促した。第3委員会での賛成は111カ国、反対は中国、ロシアなど19カ国、棄権は55カ国だった。

北朝鮮外務省の崔ミョンナム国際機構局副局長は「(日本とEUは)決議を強行し、対立の道を選んだ」と主張し、北朝鮮が「核実験の実施を自制するのは難しくなっている」と反発、4回目の核実験の可能性を示した。北朝鮮外務省も11月20日にスポークスマン声明を発表し、「われわれの戦争抑止力は無制限に強化される」とし核実験の可能性を示唆した。さらに国防委員会も11月23日「未曽有の超強硬対応戦に突入する」との声明を発表した。決議案は日本とEUが主導したが、声明は決議の背後には米国がいるとし、これに追随する韓国を含めた日米韓、EUを非難した。日本に対しては「島国にどのような残酷な結果がもたらされるか、一寸の先でも見通して行動すべきであろう」と警告し、「朴槿恵一味はもちろん、日本もそっくり焦土化され、水葬されなければならない」とまで言及した。非難にも限度というものがある。この声明の筆者は「焦土化され、水葬されなければならない」日本に、多くの在日の同胞が生活をしていることを少しでも考えて文章を書いたのかと問い返したい。

12月18日の国連総会本会議でも北朝鮮の人権侵害を非難した決議が賛成多数で採択された。日本や欧米各国など116カ国が賛成、中国やロシア、キューバなど20カ国が反対、53カ国が棄権した。

さらに、米英両国など国連安全保障理事会の10カ国は12月5日、北朝鮮の人権問題を安保理の議題とし、公式に会合を開いて討議するよう求める書簡を議長に提出していたが、これを受けて国連安保理は12月22日、北朝鮮の人権問題を議題にすることを賛成多数で決めた。議題化の採決では11カ国が賛成、ナイジェリアとチャドが棄権し、常任理事国の中国とロシアは反対した。常任理事国の中国とロシアが反対しているため、北朝鮮の人権侵害をICCに付託するような決議がされる可能性はないが、議題化に常任理事国の拒否権はないため、北朝鮮の人権問題が国連安保理で協議されることになった。

自国の人権問題を抱える中国は、北朝鮮の人権問題を取り上げることは朝鮮半島の緊張を高めかねないとした。

頼りは「中ロ」だけ

北朝鮮は人権問題ですっかり包囲網を敷かれてしまった形だ。頼りになるのは拒否権を持つ中国、ロシアしかいない。

北朝鮮は4回目の核実験をちらつかせて米国などを威嚇しているが、ここでもジレンマがある。現時点では、中国もロシアも安保理で北朝鮮に同調しているが、中ロともに北朝鮮の核実験には強く反対している。北朝鮮が核実験を強行した場合、中国とロシアが、かばいきれないと背を向ければ、北朝鮮の「最高尊厳」の危機につながる。金正恩第1書記のロシア訪問などであまり中国を刺激するようなことをすれば、中国がどこまで北朝鮮をかばってくれるか不透明になる。北朝鮮としては何としても中ロの「2重保証」を確保しなければならない。その意味で、軽々に核実験をすることもできない状況だ。

聯合ニュースによると、韓国で近く発表される「2014年版国防白書」では、北朝鮮の核兵器開発について「核弾頭の小型化が視野に入る段階」に入ったと表現されているという。これが事実であれば、北朝鮮軍部としては、第4回目の実験をしたいであろう。しかし、一方で、北朝鮮の核実験による威嚇に「既視感」が出ているのも事実だ。核弾頭の小型化や弾道ミサイルの射程の延長が出てきても、それが「使えないカード」である以上、核を持ってしまった北朝鮮にとって「使えないカード」の価値は次第に下がっている。

北朝鮮の人権問題は国連安保理で議題になり、北朝鮮を苛立たせることになったが、そのことで、北朝鮮は中国、ロシアを自国につなぎ止めなくてはならなくなり、それが第4回目の核実験を自制させる働きになるという奇妙な関係に突き当たる。

しかし、その一方で、北朝鮮が核兵器を放棄することはなく、いずれは4回目の核実験をやるであろうこともまた否定できない。

暗殺映画は「極悪な挑発行為」

米主要メディアは12月1日、北朝鮮の金正恩第1書記の暗殺をテーマにしたコメディ映画を作っていた米ソニー・ピクチャーズエンタテインメント(SPE)が大掛かりなサイバー攻撃を受け、未公開映画がインターネット上に流出するなどの被害を受けていたことが分かったと報じた。

このコメディ映画は「ザ・インタビュー」という題名で、米テレビのニュースキャスターとプロデューサーが金正恩氏とインタビューすることになり、米中央情報局(CIA)の指示を受けて同氏を暗殺するというストーリー。

SPEは11月24日にサイバー攻撃を受け、「平和の守護神」と名乗るハッカーは「要求に従わなければ社内の機密情報を世界に公開する」と脅し、その後、劇場未公開の新作を含む5本の映画や個人情報が一時ネット上に流出した。

北朝鮮が運営するサイト「わが民族同士」は11月28日に、この映画に対して「完全な現実歪曲と怪異な想像でできた謀略映画の上映はわが共和国(北朝鮮)に対する極悪な挑発行為でわが人民に対する耐えがたい冒涜」と非難した。

北朝鮮は、自らが「最高尊厳」とする金正恩第1書記を冒涜する映画を許すことはできないということだ。

国防委員会政策局のスポークスマンも12月7日に朝鮮中央通信の質問に答え「わが共和国と連係させ、荒唐無稽な世論を拡散させている」とし、北朝鮮はハッキングとは無関係だと主張した上で「不純映画を燃やす緊急措置を取るべきだ」と要求した。さらに「ハッキング攻撃もわれわれのこのアピールに応えて立ち上がったわれわれの支持者、同情者の義に徹する所業であるのが確かである」とハッカーを支持した。

ハッカーはネット上のメッセージで、映画館近くの住民には上映期間中は外出するよう呼び掛けたり、「9.11を忘れるな」「世界は恐怖に包まれるだろう」などと脅したりし、テロ攻撃をほのめかした。

そして、SPEは12月17日に「映画館側の決定を尊重し、従業員と観客の安全への配慮を共有」して、クリスマスに全米で公開予定だった映画「ザ・インタビュー」の上映中止を決めた。

サイバー攻撃を捜査していた米連邦捜査局(FBI)は12月19日に、犯行の手口などから北朝鮮政府によるものだと発表した。FBIはデータ削除の手口が過去の北朝鮮の手口と似ていることや、昨年3月に韓国で起きたサイバー攻撃と似ていることなどを北朝鮮の犯行の根拠として挙げた。しかし、専門家の間では、過去の韓国でのサイバー攻撃も北朝鮮の犯行と完全に立証されたとは言い難く、いずれも「状況証拠」に過ぎないという意見もある。

オバマ米大統領は12月21日放送のCNNテレビのインタビューで、SPEへのサイバー攻撃に関連して、北朝鮮をテロ支援国家に再指定するかどうかを検討していると語った。さらにサイバー攻撃を「非常に深刻にとらえており、相応の対応を取る」とした。また、SPEが映画の公開を中止したことを批判し「われわれはハッカーの脅しに屈さない」と語った。

米国内では映画の公開を中止したSPEに対して大物俳優などからも「表現の自由がテロに屈した」との批判が相次いだ。

オバマ大統領をはじめとする各界からSPEへの批判が高まると、SPEは一転して映画を公開すると姿勢を転換した。SPEは12月24日にインターネットで映画「ザ・インタビュー」を先行公開し、同25日には全米300を超える映画館で上映された。オバマ大統領も映画の公開を「うれしい」と評価した。北朝鮮外務省スポークスマンは12月20日、米国政府がサイバー攻撃を北朝鮮の犯行と断定したことを非難し、あらためて自国の関与を否定した上で、米朝による共同調査を提案した。

北朝鮮の国連代表部当局者は映画がネットで先行公開された24日の時点で、共同通信に対して公開を「非難する」と述べた上で「わが国は(SPEへの)ハッキングとは何の関係もない」と関与を重ねて否定し、関与していないことを「証明する能力がある」とも述べた。AP通信によると、同代表部当局者は映画の公開についての「物理的な対応」は否定した。

サイバー攻撃は到底許されるものではないが、現存する指導者の暗殺を実名で映画化することが適切かどうかには議論があるだろう。直接、映画を見ていないので具体的な評価はできないが、北朝鮮にとっては、「最高尊厳」である最高指導者がコメディの素材に使われることには当然、反発があるだろう。慎重に扱われるべきテーマであることは間違いない。

中国共産党機関紙、人民日報系の「環球時報」は25日付でこの問題を1面トップで報道し「(もともとは)低予算の平凡な映画が、米国の言論の自由を守るという『愛国映画』に変わった」と皮肉を込めて報じた。「もしオバマ米大統領暗殺の映画だったなら、米連邦捜査局(FBI)はこの映画製作者の家に突入するだろう」との見方を紹介し、ハリウッドに反省を促した。

しかし、それでも、サイバー攻撃やテロを示唆するような威嚇が許されないことは言うまでもない。北朝鮮にとって「最高尊厳」は絶対的な存在だが、自分たちの対応が逆にレベルの低いコメディ映画を世界的な話題にしてしまうという結果を招いた。北朝鮮は「最高尊厳」の絶対性を守ろうとして、結果的には国際的な孤立を深めている。視野の限界と言ってしまえばそれまでだが、北朝鮮も広い視野に立った対応を求められている。北朝鮮への米国の対応が注目されている中で、12月23日午前1時過ぎに「労働新聞」をはじめとする北朝鮮のサイトがダウンするという事態が発生した。各サイトとも同日午後には回復した。米国による報復サイバー攻撃ではないかという見方も出たが事実関係は不明だ。北朝鮮のサイトは過去にもハッカーから攻撃を受けてダウンしたことがある。米朝間のサイバー戦というのは少しうがった見方のように思う。

韓国側はサイバー要員5900人と推定

北朝鮮のハッカー部隊の規模や水準については北朝鮮側が発表をしたことはなく、韓国側の推定があるだけだ。

北朝鮮は1986年に指揮自動化大学(旧・美林大学)を設立し、毎年100人程度のサイバー専門家を育成してきたという。さらに1990年に設立した牡丹峰大学では専門的なハッカー教育をしているとされる

韓国の金寛鎮(キム・グァンジン)国防相(当時)は2013年6月20日にソウル市内で開催された軍関係の会合で、北朝鮮のサイバー部隊について「偵察総局のもとに3000人余りのサイバー専門部隊を運用している」と述べた。偵察総局というのは2009年に北朝鮮の工作機関である党作戦部や軍偵察局などを統廃合してつくった工作機関である。金国防相は、「北朝鮮による攻撃のたびに技術が高度化しテロの水準が高まっている」とした。

韓国の聯合ニュースは今年7月6日、韓国軍と韓国の情報当局の話として、北朝鮮の偵察総局がサイバー戦要員をそれまでの3000人から5900人にほぼ倍増させたと報じた。この中には専門のハッカー部隊が編成され、ハッカー専門家が1200人活動しているとした。相当数が中国など第3国に拠点を置いてサイバー戦を行っているとし、人的規模では北朝鮮は米国を上回るほどだという。

「使えぬ核・ミサイル」「使えるサイバー攻撃」

米紙ニューヨークタイムズは12月19日付の記事で、米国と53年ぶりに関係改善を宣言したキューバと異なり、北朝鮮は孤立の道を歩んでいると指摘しながら、「北朝鮮は6~12個の核兵器をつくることのできる核燃料を持っているが、こうした武器は西側を刺激する道具としては使えない」とし、「そういう時点で、サイバー武器が登場した」と指摘した。同紙は「北朝鮮は米国との対立の水位を上げてきたが、サイバー攻撃という方式が核兵器をつくったり、ミサイルを発射したりするよりはるかに革新的である」とし、それで「サイバー攻撃に転換した」とした。

サイバー戦では、北朝鮮は有利な立場にあるともいえる。米国はすさまじい情報大国で攻撃の対象はどこにでもある。これに対して、北朝鮮は世界でもまれな閉鎖社会であり、インターネットで連結している世界は限定的だ。国内のイントラネットとインターネットが分離しており、米国が攻撃しようとするターゲットが見えてこないだけに、弱者が強者より優位に立てる。

オバマ大統領は北朝鮮を再度、テロ支援国に指定することを検討するとした。米議会でも北朝鮮をテロ支援国に再指定することを求める声が上がっている。

北朝鮮は1987年の大韓航空機爆破事件でテロ支援国の指定を受けた。だが、ブッシュ政権末期に核計画申告の検証方法で合意したことを受けて、米国は2008年10月にテロ支援国の指定を解除した。

しかし、米国務省のテロ支援国指定には細かい要件があり、サイバー攻撃を従来の「テロ」の概念にいれるかどうかについては米国内でも意見が分かれる。米国務省のハーフ副報道官は12月23日の会見で、同国をテロ支援国家に再指定するのは「最善な方法ではないかもしれない」と述べ、慎重な姿勢を示した。 それに加えて、北朝鮮は、テロ支援国の指定は解除されたが、ミサイル発射や核実験で国連制裁や2国間の経済制裁などを受けている。米国との貿易もほとんどなく、米政府による人道支援も受けていない。こうした状況では、再度、テロ支援国の指定を受けても、北朝鮮への「実効性」はあまりない。

ただ、テロ支援国の再指定を受ければ、現在よりももっと6カ国協議の再開や米国との関係改善は遠のくだろう。

北朝鮮指導部は、米国とキューバが国交正常化に向かうのを見て何を考えているのだろうか。キューバの裏切りと見ているのか、それとも羨望の眼差しで見ているのか。

北朝鮮は来年10月に党創建70周年を迎える。金正恩政権は「3年服喪」を経て、独り立ちに向かうが、挑発路線を進んで国際的な孤立を深めるのか、「人民生活の向上」や「国際的な孤立からの脱却」を成果に国際社会の和解に向かうのかの岐路にある。人権問題やサイバー攻撃でさらに孤立を深めることが、北朝鮮を挑発路線に走らせないか危惧される。北朝鮮が「合理的な判断」をすれば、そうした道を取ることはないが、「最高尊厳」を愚弄されたとする独特の論理は、そうした合理的な判断を失わせる危険性がある。北朝鮮は過去、何度もそうした合理的な判断をせずに、孤立を深める道を歩んできただけに気が重い。それでも北朝鮮が崩壊しなかったことも事実なのだ。

2014-12-26-2014110420141104forsight_hirai6_31ad30fad68750d40e3ee94ad5cd6159.jpg

平井久志

ジャーナリスト。1952年香川県生れ。75年早稲田大学法学部卒業、共同通信社に入社。外信部、ソウル支局長、北京特派員、編集委員兼論説委員などを経て2012年3月に定年退社。現在、共同通信客員論説委員。2002年、瀋陽事件報道で新聞協会賞受賞。同年、瀋陽事件や北朝鮮経済改革などの朝鮮問題報道でボーン・上田賞受賞。 著書に『ソウル打令―反日と嫌韓の谷間で―』『日韓子育て戦争―「虹」と「星」が架ける橋―』(共に徳間書店)、『コリア打令―あまりにダイナミックな韓国人の現住所―』(ビジネス社)、『なぜ北朝鮮は孤立するのか 金正日 破局へ向かう「先軍体制」』(新潮選書)『北朝鮮の指導体制と後継 金正日から金正恩へ』(岩波現代文庫)など。

【関連記事】

(2014年12月26日「新潮社フォーサイト」より転載)

注目記事