あの人のことば
2019年06月05日 09時40分 JST | 更新 2019年06月05日 12時14分 JST

『五体不満足』から21年、いま「自立」の意味をとらえ直す。乙武洋匡×伊是名夏子【特別対談】

世間の風当たりは強くなっている? 多様性に対する理解は本当に進んだのか。

川しまゆう子

作家・乙武洋匡さんの大ベストセラー『五体不満足』が発売されたのは1998年だった。

あれから21年。平成が終わり、令和の時代を迎えた。来年には東京オリンピック・パラリンピックが開催される。

はたして、障害者をめぐる私たちの理解や意識はどう変わったのだろう?

時代の変化とともに、多様性に対する理解は本当に進んだのか。 

障害の有無に関わらず、私たちはどうしたらもっと生きやすくなるのだろう?

「障害者に対する声はかなり批判的になっている」と語る乙武さんと、『ママは身長100cm』を上梓したコラム二スト・伊是名夏子さんとの対談が実現した。

 

世間の風当たりは、より強くなっている

川しまゆう子

――乙武さんの『五体不満足』が発売されてから21年が経ちました。先日、発売されたばかりの伊是名さんの初著書『ママは身長100cm』も話題になっていますが、社会の障害者に対する理解や意識に変化は感じますか? 

乙武:残念ながら、障害者は誰かの支えなくしては生きていけない、という現実に対する世間の風当たりは、より強くなっているように感じます。

特にここ数年の、「自己責任論」を強調するような風潮を考えると、伊是名さんの本に対しても冷ややかな声が多いのではないかと心配になります。私もさんざん言われましたが、「車椅子に乗って自分のこともできない人間が、結婚して子どもを持つなんて」と……。

伊是名:おっしゃる通りです。私の子育てを取材していただいたハフポストの記事が、Yahoo!のアクセスランキング1位になった時は、批判コメントが一夜にして400件以上も投稿されて。ヘルパーさんの髪型やピアスまで批判されました。

乙武:私が『五体不満足』を出した時は、「2ちゃんねる」はあったのですが、そこまで一般の方からのコメントはなかったんですよね。

SNSの普及によってそうした声が可視化されただけなのか、それとも世の中の風潮が変わってきたのかわかりませんが、障害者に対する声はかなり批判的になっていると感じています。 

伊是名:本当にそうだと思います。私も、批判コメントで叩かれまくった時は、心が折れそうでした。

川しまゆう子

 

――社会がそうなってしまった原因は何だと思われますか?

乙武:1つは、経済格差の広がりによる社会問題が大きいと思います。

ここ数年、ブラック企業の問題が深刻化しているように、働けども働けども給料が増えず、心身ともに疲弊するだけの余裕のない毎日を生きていると、ストレスをどこかにぶつけないとやっていられないのだと思います。そのはけ口が、障害者をはじめとした弱者に向けられている。ユダヤ人排斥に向かった第二次世界大戦前のドイツがまさにそうでしたよね。

伊是名:ストレスを誰かにぶつけている人たちも、社会の弱者なんですよね。

でも今は、生き方や働き方が同じ方向や目的の人だけではなくなっているから、弱者も多様化している。弱者の側面を持つ人も増えてきてきます。そうすると、弱者にいる自分に気づいた時、それを認められずに苦しくなっているのかもしれません。

 

義足の選手がオリンピック記録を更新したら… 

川しまゆう子

 

乙武:場面や状況によって弱者も変わるから、自分がその立場になって怒りやもどかしさを感じた時に、気持ちのやり場が難しくなりますよね。そのことを感じた出来事が、パラリンピックの世界でもありました。

パラリンピックの陸上世界記録保持者のオスカー・ピストリウス選手が、健常者のオリンピックへの出場を果たした時、準決勝で敗退したから美談として終わったんですね。

ところが、義足のマルクス・レーム選手が、パラリンピックの幅跳びでオリンピック金メダリストの記録を更新したら、健常者への大会への出場を禁じられてしまったのです。 

Evening Standard
義足のマルクス・レーム選手

つまり、健常者より成績が下なら融合は許されるけれども、健常者を超えた場合は許されないと。これは、健常者の傲慢な価値観を示した象徴的な出来事だと思います。

私に対するアンチが多い理由のひとつは、多くの人が抱いていた「障害者は健常者より下」という前提を覆してしまったことにもあると思うんです。

そういう人たちは、障害者が楽しそうにしていたり、自分よりいい生活をしているように見えると、「生意気だ」「障害者のくせに」という感情を抱いてしまう。自分より下であるはずの弱者が上に見えてしまうと、価値観が混乱して、心穏やかでいられなくなるんでしょうね。

伊是名:それは、乙武さんの(車椅子ホストの)小説『車輪の上』でも伝えたかったことですよね。

 

先入観を打ち破らないと社会は変わらない

川しまゆう子

乙武:他にも最近、ダルビッシュ選手がTwitterで、右肩を痛めた中日の松坂大輔選手がゴルフに興じていたことを擁護する発言をしたり、10歳のYouTuber・ゆたぼんについて発言したら、スポーツ選手が専門家でもないのに社会的なことを言うべきではない、といった批判が起こりました。

でも私は真逆の考えで、ダルビッシュ選手のおかげで、今後、スポーツ選手も社会問題を積極的に語れる風潮になっていけばいいなと思ったんです。「社会問題を語れないアスリートってダサいよね」と思うぐらいに。

やっぱり、そうやって誰かが、「このカテゴリの人たちはこうあるべき」という先入観や偏見を打ち破って、結果を出して認めてもらうことを繰り返していかないと、社会はなかなか変わりません。

そういう意味で、伊是名さんの本は、障害者を下に見ている人の価値観を揺さぶって、良い意味で偏見に一石を投じてくれるんじゃないかな、と思いますけれど。

 

お世話になりながら子育てするのは「普通」

川しまゆう子

――伊是名さんが、初めての本で一番伝えたかったことは何でしょうか。

伊是名:私は、自分ができないことが多いので、むしろできないことがある時どうすればいいのかということを、アピールしたかったんですよね。

今、5歳と3歳の子どもがいて、1日10時間はヘルパーさんに交代で手伝ってもらっているので、助け合うことがどれほど大切か伝えたくて。

私が子育てしていると言うと、「すごいね」と驚かれることがよくあるんです。人のお世話になりながらでも子育てするのって、普通のことだと思うのですが。もっと「普通」の意味が広がってほしい、という思いも込めました。

HUFFPOST JAPAN
伊是名夏子さんの新刊『ママは身長100cm』

乙武:私たち車椅子ユーザーが街を歩いていると、通りすがりの人から「頑張ってください」と声をかけられることがよくあるわけです。私自身も、『五体不満足』が出て、世に知られる前からそうでした。

そのたびに、「なんで私たちだけ頑張らなきゃいけないんだ?」となる。どんな人でも、人生を生きるために頑張っていると考えるなら、「私も頑張るけど、あなたも頑張らなきゃいけないですよね」となるはずですから。

もちろん彼らに悪気はないのですが、障害者がこの社会で生きていくためには、健常者より頑張りが必要だという考え方が広く浸透している。残念ながらそれはひどく残酷な事実で、とても平等な社会とは言えないですよね。

反対に、障害者が頑張ろうと思った時、頑張れない状況もあるわけです。

たとえば、私も伊是名さんも早稲田大学を卒業していますが、他の卒業生と同等の学力や知識を備えていても、職場環境などの理由で採用から弾かれてしまうケースが多々あるわけです。障害者だから頑張りたくても、頑張れない状況がある。そういう社会もやっぱりおかしいですよね。

伊是名:だからといって、「障害者のために、エレベーターと多目的トイレを設置すればいいんでしょ?」という考え方も、多様性のある社会とは言い切れないから難しいですよね。

ハード面もソフト面も、両方大事ですから。本当の意味での多様性のある社会は、障害者や健常者に関わらず、できないことがある人は助け合って、誰でもわがままや弱音を言えるような社会だと思うので。

川しまゆう子

 

「自立」の意味をとらえ直すということ

乙武:その通りだと思います。でも日本では「自立」という言葉の意味を、「自分で何でもできるようになること」、「自分の力だけで生きていくこと」ととらえている人が圧倒的に多いですよね。その定義で考えると、私たちは一生、自立ができなくなってしまう。

だから、障害者の多くは、「自立」の意味を、依存したり助けてもらえる人や場所を複数確保することだと、その意味をとらえ直すのです。

私たち障害者だけでなく、健常者もそう思えるようになったら、社会も変わっていくような気がするんですけどね。

伊是名:私はよく、いろんな人に助けられてうらやましいと言われることがあるんです。だけど、健常者だから助けを求められない社会もおかしい。障害があってもなくても、誰もが助けを求めやすい社会にするには、頑張れない人を思いやる心を育てることが大事ですよね。

乙武:実は私自身、数年前まで間違った考え方をしていまして。『五体不満足』を出してから15年近くは、本当に恥ずかしい話ですけれど、頑張れない障害者に対してもどかしい思いを抱いていました。

川しまゆう子

人が抱える生きづらさって、家庭環境や、人間関係、経済面、健康状態など、いろいろな要因が絡んでいます。身体障害は、数ある生きづらさの中の1つでしかないんですよね。

でも数年前までの私は、身体障害という自分との共通項だけを見て、他の生きづらさの原因に目を向けていませんでした。「自分はこれだけ頑張っているのに、君たちは何をしているの?」と、他の障害者に対してどこかで思ってしまっていたのです。今振り返ると、本当に恥ずべきことです。

伊是名:何か気づいたきっかけがあったんですか?

乙武:海外をいろいろと旅して、人間の本当に多様な生き方を見たことが大きいですね。そういう経験の中で、自分の考え方が間違っていたことに気がつきました。

 

※続編は近日中に掲載予定です 

(取材・文:樺山美夏 写真:川しまゆう子 編集:笹川かおり)