ベビーカーと一緒に乗る? みんなで待つ?「電車の乗り方」で考える多様性。乙武洋匡×伊是名夏子【特別対談】

ともに教師を経験し、車椅子で生活する2人が語る、いま私たちが前に進むために必要なこと。
川しまゆう子

作家・乙武洋匡さんの大ベストセラー『五体不満足』が発売されたのは1998年だった。

あれから21年。平成が終わり、令和の時代を迎えた。来年には東京オリンピック・パラリンピックが開催される。

障害者をめぐる私たちの理解や意識は、どう変わったのか。

多様性を認め合いながら、私たちはどう前に進んでいけばいいのだろう?

乙武さんと、『ママは身長100cm』を上梓したコラム二スト・伊是名夏子さんとの対談が実現。ともに教師の経験がある2人が、チームワークの力や海外で目の当たりにした多様性のありかたについて語り合った。

子どもは障害者に対して、ひとりの人間として接してくれる

川しまゆう子

――乙武さんと伊是名さんは、お二人とも小学校教諭のご経験があります。先生になりたいと思われたのはなぜでしょうか。

乙武:私は大学卒業後、7年間スポーツライターをしていたのですが、当時は、12歳前後の少年少女が人の命を奪う事件が相次いだ時期だったんですね。彼らの家庭や学校の現場にいた大人たちは、どういう対応をしていたのか、とても気になりました。

自分は、家庭教育や学校教育に恵まれて、社会に出ても自立できるようになりました。だから今度は、自分が子どもたちに何か貢献する番なのかもしれないと思って、29歳で大学に入り直して教員免許を取得したのです。

伊是名:私はもともと子どもがすごく好きなのです。子どもって車椅子でもまったく動じずにいろいろ聞いてきたり、目線が同じなので「一緒に遊ぼう!」と誘ってくれるのも楽しくて。それで学校の先生になりたいと思って、教員免許をとって、沖縄の小学校で先生をしていました。

その頃に感じたのは、子どもは障害者に対してもひとりの人間として接してくれるのに、歳を重ねるごとに世間一般的な障害者像や思い込みが刷り込まれて、どんどん変わっていってしまうこと。それがとても残念でしたね。

乙武:私が教員をしていた10年ほど前は、見た目ではわからない発達障害が認識されはじめた時期でした。障害にもいろいろあることがわかって、教育現場でもその課題が重要視されるようになったのは感じました。

伊是名:私は先生になる前、フリースクールでスタッフをしていたこともあるんですね。そこでは障害があるとかないとか関係なく楽しむことが前提だったので、とても学びが多かったんですよ。

小学校でも、本当は先生も楽しみながら子どもたちと学び合いたいけれど、忙しすぎてそんな余裕がなかったり、先生の中にも発達障害の方がいたりします。本当にさまざまな状況のなかで、やらなければいけないことが多いので、ルールだけが厳しくなってしまって。

子どもも先生も多様性を認め合い、協力し合えるようになるには、今の教育システムではなかなか難しいように感じました。

「義足プロジェクト」テクノロジーの可能性

――伊是名さんの著書『ママは身長100cm』には、チームで協力し合うことの楽しさや難しさが書いてあります。これは子育てに限らず、教育現場やビジネスの世界にも共通する課題です。乙武さんの義足プロジェクトも、まさにチームワークですね。

乙武:義足プロジェクトは、乙武洋匡が歩くためのプロジェクトだと、勘違いしている方も多いようなのです。

でも、もともとは、ソニーコンピュータサイエンス研究所の遠藤謙さんが義足を開発して、その取り組みを広く知ってもらうために私が被験者として協力させてもらっているんですね。

そこには、遠藤さんの他にも、理学療法士、義肢装具士、デザイナーの方などが関わっていて、まさにさまざまな分野のスペシャリストによるチームワークで進めています。

伊是名:義足プロジェクトの話を最初に聞いたとき、二足歩行できたほうがやっぱり車椅子よりも格好いい、という価値観を生み出すんじゃないかな?って、私はちょっと不安に思ったのですが、そこはいかがでしたか?

乙武:私は、義足プロジェクトの取材を受けるたびに、「これは、二足歩行で歩くことが車椅子で移動することよりも上だというものではなく、選択肢を提示しているのです」と話しています。

車椅子が便利な場面もあれば、二足歩行のほうがいい場面もありますから。私が実生活においてどちらを選ぶかは別として、二足歩行できる選択肢が出てきたことを社会に提示することがこのプロジェクトの目的なのです。

川しまゆう子

伊是名:そうそう。私もそう思いました。

乙武:本当の意味で多様性を認め合える社会に必要なことは、「意識」と「制度」の2本柱だと、私はこの20年ずっと考えてきました。でも義足プロジェクトがはじまってから、そこに「テクノロジー」の3本目の柱が加わりはじめたと感じています。

(ロボット研究者の)吉藤オリィさんが開発した分身ロボット「OriHime」も、身体が不自由な人や入院中の人が遠くの人とコミュニケーションできるツールとして実用化され、寝たきりの人が仕事をできる環境を実現しました。本当にすごい時代になったと思います。

誰もが平等に待つ。電車から考える多様性のある社会

――伊是名さんも乙武さんも海外経験が豊富ですが、多様性のある社会が成り立っていると感じた国や地域はありますか?

伊是名:私がデンマークに留学していた時は、電車がすごく面白かったですね。車椅子で乗れる車両、自転車が乗る車両、携帯電話で話してもいい車両、ペットと乗れる車両と、ひとつの電車に選択肢がいっぱいあるんです。

それを見た時、障害者も健常者も自分に合った選択をするために、どんどん希望を言って必要な制度を導入してもらうことが理想的だと思いました。

伊是名夏子さん提供

乙武:制度に関して言うと、つくる側に当事者がいなければ意味がありません。

先日、アメリカのアラバマ州で望まない妊娠でも中絶を禁止する法案が成立しましたが、賛成したのは全員男性です。議会がもし男女半々の比率で、平等に投票する権利を有していたら、あんなひどい法案は通らなかったはずです。

伊是名:そうですね。制度に関して言うと、「他薦」というヘルパー派遣システムがあります。すでに事業所に登録しているヘルパーさんにきてもらうことで、一般的なヘルパー制度の使い方です。その場合、本人の連絡先を聞いたらダメというルールがあるので、すごく不便を感じています。

来る途中で買ってきてほしい物があったり、子どもが熱を出して少し早く来てほしい時も、間に仲介会社が入るのでスムーズにやりとりできなくて。

なので、私は自分で人を見つけ、資格を取ってもらい、ヘルパーになってもらっています。「自薦」と言います。そうすると、友だちの延長のような、信頼関係を築きやすい間になります。

制度を厳しくすると、いろいろと困難が生じるので、いつも何かあった時に頼めるよう、ボランティアさんや、ファミリーサポート、近所の方々など、いろいろな人と繋がるようにもしています。

またヘルパーさんみんなが気持ちよく助け合えるように、定期的にパーティを開いたりしています。ヘルパーさん同士は、シフトなので、会うことが少ないので、一緒に美味しいものを食べ、話しをして、顔の見える関係を作るようにしています。

乙武:制度を変えるためには、当事者の声が本当に大事だと思います。ただ、意識を変えるためには逆で、非当事者の声こそ必要だと私は思っているんですね。

たとえば、昨年ずっと海外を回っている中で、ロンドンに3カ月滞在してびっくりしたのが、朝の通勤時間帯でも地下鉄がそれほど混んでいないことです。

なぜかというと、駅の中で乗車規制をかけているからです。

駅構内にロープが張られているので、その後ろは混雑していますが、電車には一定数しか乗れません。ですから、人と人が触れ合わないスペースが確保できる程度の混み具合なのです。

川しまゆう子

そのシステムがいいと思ったのは、車椅子の人もベビーカーを押す人も、そして健常者も、誰もが平等に待たされて、誰もが平等に乗れることです。

これが日本だと、電車の混雑時は「ベビーカーはご遠慮ください」、「ベビーカーはたたんでください」となるわけですが、「なぜ赤ちゃんをベビーカーに乗せている人が必ず遠慮する側なの?」と思うのです。

車椅子も周りから迷惑がられますけど、なぜ非当事者は遠慮しなくていいのでしょうか。でも当事者の私たちがそういうことを言うと、大バッシングに遭います。

なぜなら、車椅子やベビーカーを使っていない人が圧倒的に多くて、そちらの都合が優先されてしまいますから。だからこそ、弱者に対して不平等な社会に問題意識を持つ非当事者の方から声をあげていただくことが、社会全体の意識を変えていくためには必要なのです。

選択肢を増やして、本人が選べる教育制度に

川しまゆう子

――声をあげる非当事者を育てるためには、どういう教育が必要だと思われますか?

伊是名:やはり学校教育でも、選択肢を増やしてほしいですね。たとえば、障害を持つ子どもは週3日は特別支援学級で、週2日は普通学級とか、本人が選べるように。

今の時代は、障害者が健常者の学校に普通に通うことも少なくありません。けれども、特別な配慮がない場合、できないことの劣等感だけが強くなる障害者がものすごく多いんですね。

「障害者差別解消法」のような法律ができて、これから変わっていくとは思います。ただ、誤解を恐れずに言うと、障害があっても普通学級に通わせているからいいでしょう?という考え方だけで通してきたのがこの20年、という印象ですね。

私の場合は、小学校も中学校も特別支援学級に通っていました。一人だけのクラスでしたが、大事に大事に育ててくださったのでとても感謝しています。自我が芽生えてきた高校生から健常者と同じ学校に通いましたが、いじめに遭うこともありませんでした。

そういう経験をふまえて言うと、やはり障害者と健常者を分ける、分けないで考えるのではなく、誰もがどうしたいかを選べる多様な制度を整えて欲しいと思いますね。

乙武:今のお話を聞いて思い出したのは、(イギリスの)リバプールにある視覚障害者の学校です。そこには、地域の学校から「健常者の生徒が」定期的に通級してくるのです。

視覚障害者の子どもたちが、目が見える子どもたちの手を引いて案内したり、慣れた手つきでドアを開けてくれたりするので、みんなびっくりして障害者に対する見方が変わるそうなんですね。その話を聞いた時に、なんて素晴らしい取り組みなんだと思いました。

伊是名:それはいいですね。そういう風に子どもの頃から、多様な人たちと接して、相手の立場になって想像力を働かせる体験をたくさんすることが、日本の教育には一番必要かもしれません。

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(取材・構成:樺山美夏 写真:川しまゆう子 編集:笹川かおり)

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