格差や貧困問題の是正が放置されているうちに、「アンダークラス(パート主婦を除く非正規労働者)」が900万人を突破、日本は「階級社会」への道を突き進んでいる。中でも「中間階級」が崩壊、「新たな貧困層」が生まれてきた。それは、生活に困窮するほどではなく、好きなことに多少のお金を掛けることはできるものの、上の階級へ這い上がることができず、将来に希望が持てない「マイルド貧困」とも呼べる新たな階級だ。そこでDOL特集「『マイルド貧困』の絶望」第1回は、地方国立大学に合格したものの2年で中退し、アルバイト生活を渡り歩いている27歳の男性の実態に迫った。(取材・文/ライター 横山 薫、ダイヤモンド・オンライン編集部 田島靖久)
手取りは18万円でもカードゲームに興じる金はある
都内のキャラクター関連ショップに、3年近く勤めている遠山健二さん(27歳・仮名)。以前はキャラクター関連のカフェで働いていたが、新規開店スタッフの募集を見つけ、新天地で頑張ろうと応募し採用された。雇用形態はアルバイトで、時給900円からスタートし、今ではバイトリーダーのようなポジションで1200円台まで上がったという。
「主な業務は販売、接客、レジ、荷物管理、電話対応などの店頭業務全般に、キャラクターに関するイベント設営・運営なども行っています。9~17時で働いて、残業もたまにします。それで額面23万~24万円、手取りは18万円くらいですね。築35年、3DK(44平方メートル)、家賃12万円の部屋に彼女と同棲しています」
手取り18万円は決して多くはないが、彼女が定職に就いており収入があるので折半していて、収入の中でうまくやり繰りしているという。
「僕の支出は家賃6万円、携帯代1万円、光熱費1万円弱。それ以外に共通の食費や生活費、自分の食費などで消えますが、毎月3万~5万円くらいは残って、その範囲内で自由に使っている感じです。残ったら翌月に持ち越したり、貯金に回したりもしています」
遠山さんが毎月1万~2万円は散財しているというカードゲーム。レアカードをゲットするために、数万円つぎ込むこともあるという Photo by Kaoru Yokoyama
遠山さんは、自由に使えるお金のうち1~2万円を、幼少期から好きな「カードゲーム」のカードの購入に充てているという。
「DSもWiiもプレイステーションも持っていて、人気ゲームはだいたい購入して遊んでいますが、今ハマっているのがカードゲームです。1~2ヵ月に1回、新キャラクターが出るから、そのたびに購入していますね。レアカードが出るまで数万円買ったりしたこともあります。スマホゲームの"ガチャ"と同じですよね。でも、形に残るだけマシかなと思っています。友達と対戦しているときが一番熱くなれます(笑)」
彼女との結婚を考えると正社員登用されたい
好きなキャラクターに囲まれて仕事をし、好きなゲームに興じて暮らしている遠山さん。しかし、将来に対しては漠然とした悩みを抱えている。
「3年付き合ってる彼女と将来は結婚も考えているけど、先の見通しは分かんないですよねぇ。僕の貯金は20万円弱。早く100万、200万と貯めて、指輪とか結婚式の費用をつくりたいと思っているのですが、手取り収入からの資金繰りを考えると、全然足りないんです...。そのためにも早く社員登用試験を受けて社員登用されたいし、将来は店長を目指しています。いずれは、本社勤務で企画などに携わりたいですね。親の面倒とかは、大変なのかなぁって漠然と思いますが、10年、20年以上先のことなんで、真剣には考えていません。あまり意識もしていませんよ」
ただ、たまに連絡を取る地元や大学時代の友人の話になると、どこか偏屈さを感じさせる。
「大学を卒業した地元の友人の中には、公務員や大手企業で働いている友だちもいるけど、ソイツはソイツ、僕は僕です。僕は働いてきた経歴から、周りにはバイトとか、バイト上がりの社員とかが多いから、そんなに焦りは感じていませんよ。ただ、数年ぶりに友達と電話して、"昔と変わっていない"のを知ると、ちょっと安心する自分もいますね」
かつての若者の貧困問題と比べると、遠山さんはわずかながら自由なお金もあり、生活にさえ困るような深刻な困窮状態には陥っていない。しかし、仕事や結婚といった将来への不安は感じつつ、「考えても意味がない」と真剣に考えることは避けている。これこそが、新たな問題として生じている「マイルド貧困」の実態である。
きっかけは大学中退一念発起して上京するが...
ゲーム機は一通り持っていて、人気ゲームはだいたい遊ぶという遠山さん。小さいころからゲーム・アニメ・キャラクター好きで、今はアニメキャラクター関連ショップで働く Photo by K.Y.
遠山さんが、こうした状況に陥った原因は大学時代にある。遠山さんは西日本のある地方で生まれ育ち、地元の国立大学に進学する優秀な高校生だった。ところが、大学でサークルにのめり込みすぎて勉強がおろそかになり、2年生が終わったときに留年するか退学するかの選択を迫られたという。
「これといって大学で学びたいこともなかったし、留年したら学費が余計に掛かるから、退学することを決断しました。漠然と『このまま地方にいてもダメだ』『今の状況から脱したい』『人と同じことはしたくない』との思いから、中退して1年間フリーターをやって、上京資金を貯めたんです」
遠山さんの両親は、準公務員と保育士の共働き世帯だが、決して裕福な家庭ではない。そのため、100万円の上京資金は実家に住みながらアルバイトで貯めたという。
「割烹料理店とチェーン系飲食店の掛け持ちで週5日、働いていました。割烹といっても調理補助で、盛り付けたり、配膳したり、食材の説明をしたり。料理なんてしたことなかったんですが、チェーン系の飲食店だったこともあってすべてがマニュアル化されており、それほど難しくはなかったので苦になりませんでしたね。昼間の時間帯はチェーン系飲食店で、その後18時から23時まで割烹で働いて月16万~17万円、多いときで20万円くらい稼いでいました。それで年間100万円を貯めたんです」
遠山さんは、100万円が貯まった段階で思い切って上京する。
「もともと東京に行こうと考えていたわけじゃないのですが、アニメキャラクター関連の専門学校の広告を見て、『これだ!』と。ただ、引っ越し代と学費で、100万円では足りなくて...。親に相談したところ、『やりたいことをやれ』と不足分を援助してくれたのは、ありがたかったですね」
手元資金はほぼゼロの状態で、東京での生活をスタートさせた。東京ではカラオケ店でバイトをしながら専門学校で学び、無事2年で卒業。卒業後はキャラクター関連のカフェに就職することができたが、やはりここでも雇用形態はアルバイトだったという。
「正社員にはあまりこだわっていませんでした。小さいころからアニメやキャラクターが好きだったので、関連する飲食店で働けるという喜びだけでしたね。夢をつかんだような。しかも、立ち上げスタッフとして入店したため、まだ誰も接客や発注業務の経験がなかったんです。そんな中、発注業務や接客マニュアルの作成を任され、アルバイトという立場でしたが、やる気に満ちていました(笑)」
売り上げ状況を見て、翌日にどんな食材をどれくらい仕入れなければいけないかなど、すべて手探り状態。ところがこの発注業務において、地元の割烹料理やとチェーン飲食店で働いていた経験が生かされたという。
「定職に就いたことがない僕ですが、アルバイトの経験だけは人一倍多い。それが生かされるとは思ってもいませんでした。3ヵ月もすると店長代理みたいな立場でリーダー的存在になり、多くの仕事を任されるようになって満足でした」
キャラクター関連のカフェでやりがいを感じ、3年間働いた遠山さんだが、あるとき、冒頭で紹介したキャラクター関連ショップが新規開店することを知って応募した。今は、小さいころから好きだったアニメキャラクター関連ショップで働くことができている遠山さん。
「人手が足りず忙しかったり、人間関係の板挟みにあうこともあったり、つらいこともあります。でも、小さいころからの夢だったし、と自分に言い聞かせて頑張っていきたいですね」
困窮するほどではないが這い上がれない「マイルド貧困」
「1億総中流」と呼ばれた時代は、はるか昔。「格差社会」も通り越して、今の日本には「現代版カースト制」さながらの「階級社会」が到来している。生まれた家庭や、就職時期の経済状況によって「階級」が決まり、しかも固定化してしまう。「格差社会」どころではない状況だ。
早稲田大学の橋本健二教授によれば、一握りの富裕層である「資本家階級」(254万人、就業者人口の4.1%)を頂点に、エリート層である「新中間階級」(1285万人、同20.6%)、ホワイトカラーであるものの所得が低い「労働者階級」(2192万人、同35.1%)、そして最下層の「アンダークラス」(929万人、同14.9%)という階級が固定化しているという。
シビアなのは、資本家階級を除き、今は新中間階級や労働者階級であっても、滑り落ちる可能性が極めて高いこと。そして、「大学をきちんと卒業し、新卒でいい会社に就職し、正社員として働き続ける」という"レール"から一度でも外れると、元に戻ることは難しいという、やり直しがきかない社会であることだ。
こうした階級に加えて、『ダイヤモンド・オンライン』では、生活保護を受けるまでではないものの、その"予備軍"である「マイルド貧困」という階級があり、確実に増えているのではないかと考えている。橋本教授の区分でいえば、「労働者階級」の下の層と、「アンダークラス」の上の層とを合わせたイメージだ。
ぜいたくこそできないものの、困窮するほどは切羽詰まってはおらず、趣味や好きなことに多少のお金を掛けることができる。だが、いったんこの階級にはまってしまえば、最下層に落ちることはあっても、社会構造上、決して上の階級に這い上がることはできない。それこそが「マイルド貧困」だ。
ある意味で夢をつかんだ気もする。そう思い込みたい――。
そう言い残して去って行った遠山さんの言葉から、新たに生まれた「マイルド貧困」の根深さが感じ取れる。今日、明日を生きることはできる。しかし5年後、10年後の将来は描くことができず、目を背けてしまう。そんな「マイルド貧困」の実態を、さまざまな角度から取り上げていくことにする。
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